素直じゃない

 人喰い鬼の原因である鬼舞辻無惨。
 鬼殺隊は悲願を達成した。
 彼を倒せば、全ての鬼が消滅する。

 そう予想されていたが、
 その予測は残念ながらハズレてしまった。

 上弦、下限の鬼がいないにしても
 残党は残っていて、鬼殺隊が今でもいる。
 
 私たちは今日も明日も、明後日も、
 アイツらがいなくなるその時まで
 斬って斬って斬りまくる。
 殺して殺して殺しまくる。

 それが使命。己が命を使ってやるべきこと。

 でも、私はもうここまでかもしれない。
 これは重傷だ。死ぬ。

 ああ、これでもう私の人生は尽きるのか。


 呆気ないな…


 なんて、思っていた時にあの姿を見たんだ。

 金色の長髪を高い位置で一本に束ねている男性。
 彼は鬼殺隊《鳴柱様》と呼ばれる人だ。
 ただ黙って歩く姿は頼りになる綺麗な御仁。

 戦っている様は
 稲妻のように早く、勇ましく、素敵だった。
 その姿を見たと同時に意識を失った。

 目を覚ました時、蝶屋敷にいた。
 私はギリギリ今生との縁を切られずに済んだ。

 生きてる。まず、それに感謝した。
 一度諦めて、拾った命。
 今度はあの人について生きていこう。


 そう決めた。
 

 ……そう思ってたんだけど、普段のあの人は
 喜怒哀楽を素直に全面に出す人だった。


 そりゃもう、遠慮なく。


 私が初めて見たあの姿は幻かと思うほどに。


◇◇◇


「………」
「ぎゃあああ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅ〜!!!たぁああんじろおおおお!!」
「いい加減にしろ、善逸。柱として恥ずかしくないのか」
「柱だろおおおがなんだろおおおが任務は怖いの!!死ぬかもしれないんだよ!?やだよおおおおお!!」


 空は青空が広がり、誰が見ても快晴だと伺える。とある屋敷で響き渡るその声はなんとも情けないものだ。


 また始まった…。


 少女は呆れた視線を黄色のと橙色のグラデーションの羽織を着こなし、金の長髪を高い位置で結んでいる男性に向ける。

 初めて見たら、この光景は誰もが驚くだろう。

 しかし、この屋敷にいると日常茶飯事なのか。

 彼女は冷ややかな視線を送るしかしない。

 彼は鼻水を出し、涙を滝のように流して緑と黒の市松模様の羽織を必死にしがみついている。

 黒に赤が混じった長髪を高い位置で結んでいる男性…竈門炭治郎は眉根を寄せ、呆れたように子供のように泣きわめく善逸をたしなめた。

 どうやら、善逸と炭治郎という男は鬼殺隊の柱のようだ。


 鬼殺隊の頂点に立つ人物なのだから、威厳を持て。


 その意味を込めて、炭治郎は言葉を口にしたのだろうが、善逸は汚い高音を大音量で叫び、自分を正当化させている。
 

「全く……あ、君は…」
「日柱様、こんにちは」
「こんにちは」


 困った。


 その感情が炭治郎の顔から滲み出ている。
 そして、はぁ…とため息をついた。

 息を吐いたということは当然次は息を吸う。

 鼻から取り入れた空気の中に紛れていた匂いに気が付き、首を匂いのする方へと向けた。

 そこには情けない鳴柱と日柱様のやり取りをただ観察していた少女の姿があった。


 炭治郎に存在に気付かれた。


 それが分かったのだろう。

 彼女はぺこりと丁寧にお辞儀をし、挨拶をすると彼もまた挨拶を返す。


「いつもいつも、師匠がご迷惑お掛けして誠に申し訳ありません」
「なんんんんっで!?俺が悪いの!?ねえ!!?ていうか、俺、お前の師匠だからね!!?」


 少女は申し訳なさそうな表情を浮かべては重ね重ね…と炭治郎に頭を下げた。


 それはもう、菓子寄りを持った親のよう。


 彼女の発言がとにかく気に入らないのだろう。

 先程までわんわんと子供のように泣いていたというのに額に青筋を立てて、目をつり上げて怒り出した。


「継子の君も大変だなぁ」
「慣れました」
「え!?俺、そんなに厄介扱い!?ヒドッ!!泣いちゃうよ!?」


 ぎゃあぎゃあと目くしら立てる善逸の姿に炭治郎は眉を下げ、怒られてる少女の肩を持つ。

 長年の付き合いがある炭治郎から見てもそう見えているらしい。

 それは少女より年上としてどうなのだろうか。

 そんな疑問が浮かぶが、当の本人は気にしていないようだ。

 彼女は冷静に言葉を返す。

 しかし、一人だけプンプンといまだに怒ってる人物がいる。

 彼は今度はと言うと泣きながら、怒り出した。

 雑談だが、任務に行きたくないと泣き出してから今のやり取りまでの時間は3分程度。

 その短い間で感情の起伏をここまで出せるのはある意味、特技と言ってもいいかもしれない。


「はあ……もう既に泣いてるじゃないですか」
「お前はさぁあ!師匠を慰めたりしないのかな!?」
「それはお優しい日柱様がやってくださいますよ」
「おまっ、それでも俺の弟子なの!?」


 少女は深いため息をつき、眉を寄せて困ったように言葉を返した。

 しかし、彼女の態度が素っ気ないからなのが、悲しいのか。

 善逸は鼻水を垂らし、眉を下げ、声を荒らげる。


 善逸、そんな姿を継子に見せていていいのか。

 そんな蔑むような目を炭治郎は向けているが、彼女は気付いていないようだ。

 にっこり綺麗な笑みを浮かべ、フォローになっていないフォローの言葉を紡ぐ。

 当然、その反応は二人とも想像していなかったのだろう。

 炭治郎は俺か!?と驚いた表情を浮かべ、少女を見つめた。

 善逸はどこまでも冷静な弟子に傷付いたのか、両の手を頬に当てて絶望するように叫ぶ。


「まあまあ、善逸。落ち着け」
「落ち着けるわけないでしょ!?これは問題だからね!?」
「…早く任務に行かれなくて良いのですか??」


 いいいいやああああああああ!!


 そう叫ぶ声が屋敷の外にも漏れている。

 その声に雀が一斉に飛び去るほどにうるさい。

 流石に収拾しようと思ったのだろう。

 炭治郎が仲裁に入り、善逸に言葉をかけた。

 しかし、善逸の顔は興奮からか、顔を真っ赤にさせている。

 怒り浸透。


 弟子に慕われていない。


 それが嫌なようだ。怒りを鎮める気はない。

 善逸の怒りを面と向かって受けても、平然としている少女は問いかけた。

 ぶつけられた怒りは川の水のごとく流された。その表現が適切かもしれない。

 雷の呼吸の継子なのにも関わらず、その表現が似合うから不思議だ。


「行きたくないって話聞いてたでしょ!?聞いてたよね!?俺の声でかいもんね!!?」
「……帰ってきた時にうなぎ用意しておきますから」


 善逸は地を這うような血反吐を吐くような声で叫ぶ。

 目をこれでもかというほど、見開き、白目は充血している。

 はぁ…と少女はため息をつき、彼の好物を口にした。好物を出して、大人しく任務に行かせようと思ったのだろう。

 まるで、にんじんを馬の目の前にぶら下げるかのような発言だ。

 しかし、それを鵜呑みにして頑張るほど、彼は単純だとは思えない。


「本当に?」
「私が嘘をついたことありましたか?」
「ううん、ない…」
「それに師匠と日柱様の前で嘘をついてもすぐバレます」


 善逸はピタリと激しく反抗していた肢体を止め、眉を下げて問いかける。

 否、にんじんをぶら下げる作戦はまさかの成功だ。

 彼女はそんな子供っぽい彼にふっと笑みを零し、問いかける。

 善逸は首を横に振り、少女の問いかけに答えた。


 おふたりのお耳とお鼻を騙す自信がありません。

 彼女はそう口にするとくすくすと笑みを零す。

 炭治郎は嗅覚が優れており、善逸は聴覚が優れている。

 異常な程に。

 それを知っているからこその発言だ。
 

「あー…まあ、そう、なんだけど……」
「はい、師匠と日柱様の軽食を用意させて頂きました」
「俺の分まで…ありがとう」


 くすくすと笑う彼女の笑みをみていたら、体温が上がってきたらしい。

 善逸はほんのり頬を赤らめ、言葉を濁す。

 その言葉を聞き取った少女は見逃さない。

 しおらしくなった善逸を見て、チャンスとばかりに任務へ行かざるを得ない空気を作り出した。にこっと可愛らしい笑みを浮かべ、善逸の目の前に風呂敷を差し出す。

 その行動に善逸は固まった。

 善逸と少女のやり取りを見守っていた炭治郎だったが、まさか自分の分の弁当を作って貰えてたとは思わなかったようだ。

 驚いた顔をして、照れくさそうにお礼を口にする。


「いえ、日柱様ほど上手な火加減はできてないと思いますが……」
「そんなことないよ、君が作ったものは美味しい。な、善逸」
「………あ、うん…………………」


 少女は眉を下げ、申し訳なさそうに言葉を返す。

 鬼殺隊では炭治郎の火料理は絶品。

 それは誰もが知る事実だ。

 彼に比べれば大したものじゃない。

 それを自負しているからこその発言だろう。

 炭治郎は人懐っこい笑顔を彼女に向け、褒めると善逸に同意を求めた。

 二人のやり取りをただ眺めていた善逸は呆然としていて、反応に遅れる。

 ただ、あからさまに落ち込んだような表情を浮かべ、頷いた。


「……師匠?」
「あああああ!!もうっ!!!行ってくるよ!!行ってくればいいんでしょ!?」


 急に元気をなくした善逸がおかしいと感じたのだろう。

 少女は彼の顔を覗き込み、首を傾げる。

 善逸はキッと眉根を寄せると彼女から差し出された風呂敷をガバッと奪い取るように受け取った。

 彼はそのままプンプンと怒ったように乱雑な足音をさせ、屋敷を出ていく。

 やけくそなのか、任務に行く気になったのか。

 それは彼にしかわからないが、はた目から見たら前者だろう。


「ええ…私、何かしちゃいましたか?」
「ふふっ、いや…これは善逸の問題だから気にしなくて大丈夫」
「はあ……」


 また急激に怒り出す善逸についていけないらしい。

 いや、誰でも彼の感情について行くのは難しいだろう。

 少女は思わず困惑した表情を浮かべ、まだその場を離れていなかった炭治郎に問いかける。

 スンスンと匂いを嗅ぎとった炭治郎は眉を下げ、困ったような笑みを零し、善逸のフォローをした。今日、初めてのフォローかもしれない。

 彼女は彼の言っている意味が分からないようだ。

 頭の上に疑問符を沢山浮かべ、曖昧な返事をするしか出来ない。


「ほら!炭治郎!!行くよお!?」
「あ、待ってくれ!善逸!!」
「おふたりとも!!」


 屋敷の門の前に立っていた善逸はまだ出てこない炭治郎に腹を立て、声を荒らげた。

 キイキイとするその声を聞いた炭治郎は慌てたように駆け出す。


 あ、任務に行ってしまう。


 それが分かると少女は少し悲しそうな表情をするとブンブンと首を横に震った。

 そして、善逸と炭治郎に大きな声で呼びかける。


「「??」」


 二柱は首を傾げ、少女を見つめた。


「ご武運を!!」


 柔らかい笑み。

 花のような笑みを浮かべて彼らに言葉を投げかける。

 その言葉は二人の無事を祈っていることが彼らには分かっている・・・・・・

 二人は口角を上げ、拳を上にあげると少女に背中を向けて、旅路へと歩いて行った。


「もうさ、あいつ……俺に対して酷くない?」
「そんな事ないよ。善逸に任務が入れば心配してるのは分かってるだろう?」
「……」


 怒りが収まらないのか。

 善逸はブツブツと文句を口にしながら、炭治郎に問いかける。

 炭治郎はふっと笑っては首を横に振った。


 わかってるのにそう言うな。


 そう言わんばかりに問いかける姿は長男そのものだ。

 善逸も分かっているのだろう。

 その問に黙秘するということは肯定と同意だ。


「善逸は慕われてるよ……ほら」
「………あいつ、素直じゃなさすぎ!」


 炭治郎は素直にうんと言えない善逸にくすくすと笑みを零す。

 そして、渡された風呂敷から微かに見えている紙に目をやった。

 気になった炭治郎はその紙を風呂敷から取り出すとそこに書かれた文字に目を見張る。

 善逸の反応を考えると口角が上がるのか、炭治郎は自然に笑みを浮かべ、文字の書かれた紙を彼に見せた。


 早く帰ってきて下さい。待ってます。


 早く任務に行けとばかりに急かしていた弟子には思えないメッセージ。

 それに善逸は顔を赤くさせた。

 自分の帰りを待つ者がいる。

 それは彼にとって、嬉しいことなのだろう。

 口をパクパクと動かして、やっと出た言葉は何ともまあ、照れ隠しのものだった。

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