金木製の木の下で
(あれ?)ぱっつんを重ねたような金色の短髪で眉尻が二股に分かれた太い垂れ眉。
随分と特徴的な顔立ちをしている少年は鼻から息を吸うと何とも甘くずっと階でいたくなるような香りが身体の中へと入って行くことに気が付き、ピタリと足を止めた。
「へぇ、こんな所に咲いてたんだ」
きょろきょろとその匂いの元を探していると一本の木の上で橙色の小さいな花がたくさん咲いている姿を見つける。
匂いから何が咲いているかだいたい想像が付いていたのか。
感心したようにぽつりと言葉を零した。
「綺麗だなぁ……うへへ、禰豆子ちゃんにも見せてあげたいなぁ」
柔らかい風に運ばれてくる心落ち着く香りと小さくも強く生きる花に頬を綻ばせ、ぱっと思いついた女の子の名前を口にする。
きっと喜んでくれる。
その思いからか、さらに顔を緩ませている顔は何ともまあ、だらしないものだ。
「……わあ!?なになになに!?」
匂いの正体に近寄って見上げていた彼の上からはパラパラと橙色の花が落ちてくる。
それは少年に匂いを付けようとしているかのように。
突如落ちてくる花たちに驚き、善逸は目を大きく見開きながら、声を荒げた。
「くすくす…」
「だ、だれだれ!?誰だよ!?」
彼の驚いた声が面白かったのか。女性の小さい笑い声が聞こえてくる。
善逸はギョッとして髪型を飛び話せさせながら、更に大きな声で近くにいるであろう誰かに声をかけた。
「あら、そんなに驚くことないじゃない?」
「気配もないし、音も聞こえなかったんだから驚くじゃない!?」
木の幹が大きく、姿が見えていなかっただけらしい。
木の幹の影からひょこっと顔を出す女性は楽しげに笑みを浮かべて首を傾げると善逸はやっと姿を現した人に胸を撫で下ろしながらも、ツッコミを返した。
少年は耳が非常に良い。それも人の鼓動の音や感情が分かる程に。
そんな彼が彼女に気が付くことが出来なかったのだから、その驚きは善逸にとって当然かもしれない。
「不思議なことを言うのね」
「……ねぇ、なんで君はここにいるの?」
女性はまた鈴が転がるような声でくすくすと笑えば、言葉を返した。
そんな彼女がこんな人気のない場所で座りながら本を読んでいたことが不思議に思えたのか。彼は眉を下げて問いかける。
「……初恋の人に会いたくてここにいたの」
「会えたの?」
木の下で本を読んでいる理由を聞かれるとは思わなかったのだろう。
女性は何度か瞬きをすると目を閉じて善逸の質問に答えた。
その言葉は間違いなく本当のことだと分かる彼には一つ違和感を覚えたらしい。
それはなんとも優しく愛しそうな声音なのにどことなく切なさを覚えるものだったからだ。
だんだん興味を持ってしまった善逸は更に詳しく聞こうとする。
「ええ、会えたわ」
「……じゃあ、なんでそんなに悲しそうなの?」
哀愁漂う笑顔でこくりと頷けば、彼は強張った顔をさせた。
心苦しそうな音。胸が締め付けられるような感覚。
それに身体が強張るのか、善逸は自身の胸を無意識にぎゅっと掴んだ。
「だって……初恋は叶わないもの」
「そんなの分かんないじゃん!俺!!話聞くよ!!」
「……本当に?」
どこか諦めたような目をして茫然と見つめながら、言葉を紡ぐ彼女に共感してしまったのか。
彼はズキッという痛みを覚えるが、ぶんぶんと首を横に振って全力で叶わないという女性の言葉を全否定すると彼女の目に少しの光が戻る。
そして、恐る恐る善逸に問いかけた。
「うん!」
「じゃあ、またこの金木犀の木の下で会ってくれる?」
彼が力強く首を縦に振ると女性は瞳をウルウルと潤ませながら、聞く。
それはもう淡い希望に縋るような声で。
「毎日……は来れないけど!来れる日は来るよ!!」
「ふふっ、約束よ」
「う、うん」
善逸は鬼殺隊員だ。毎日が戦場でそんな多くの休暇なんてあるはずもない。
それでも、彼女を元気にしたいという思いがあるのか。
語尾を強めて言葉をかけられると女性は嬉しそうに頬を赤らめて微笑んで念押しした。
善逸はどもりながらもう一度、約束を肯定する。
その花のような笑顔に胸を高鳴らせている自分がいることに少なからず動揺していたのだった。