ちゃんと、
ただいま、何が起こったか。理解できていません。
今、理解できるのは綺麗なお顔が至近距離にあるということ。そのお顔が眉間に皺を寄せていて、怒っているということ。
それだけです。
そう、私は顔だけ見れば美少女…みたいなおめめパッチリな彼氏・嘴平伊之助に壁ドンされています。
「あ、の……い、伊之助くん?」
「ああ?んだよ」
何かがあって、そうなった。
そんなわけもなく、唐突です。
唐突に壁に追いやられました。
綺麗な顔だなぁなんて感想はやっぱり出てくるのですが、何故、壁ドンされているのか。訳が分かりません。
私は頬を引き攣りながら、彼の名前を呼ぶと彼はどこか機嫌悪そうに返事をする。
私、なんかやらかしました?
いや、やらかしてるよね。
避けてたもんね。
「それでも、これはあまりにも近すぎません!?」
「お前、俺に言うことあんだろ」
「まず、離れません!?」
もう、近い近い。
近いにもほどがある。
5センチも距離がない。
そんなこともあり、顔を赤くして彼へ問い掛けたけれど、そんなことは華麗にスル―されてしまった。
彼は眉間の皺を深くして、迫るように言葉を紡ぐ。
それに思わず、ツッコミを入れてしまった。
だって、そんな話をするのにこんな至近距離じゃなくてもいいじゃないですか!?
「ダメだ。答えろ」
「えっと……、なんか、あった…かな?」
真剣な目を向けて、力強く言葉を返してくる伊之助に私は眉を寄せる。
これは答えないと解放してもらえない。
そう思ったから。
でも、なんで避けてたのかなんて子供っぽくてなんとなく、言い辛い…。
私は惚けたふりをして困った表情を浮べ、首を傾げて尋ねることにした。
「なんで、今日。俺じゃない奴と過ごすんだよ」
「……………それは伊之助くんがクリスマスはひささんの天ぷらだって言ってたから言えなかったの」
不機嫌そうにため息を付くと何故、壁ドンをするのか。
その理由らしきものを教えてくれる。
まさか彼からそんな言葉が出ると思わなくて、目を見開いた。
いやだって、クリスマスが近づいてるのに誘ってくれないから、クリスマスにデートしようなんて考えが彼にないと思った。
それでも、誘おうと思って勇気出そうとしたら、パワーワード使われるし?
誘うタイミングを殺すこの人にショックを受けて、避けてました。
クリスマスにひささんが天ぷらを作ってくれるって嬉しそうに話してたんだもの。
クリスマスデートは無理だなって。
ひささんの天ぷらに勝てるなんて思ってないんだもの。
だから、友達に誘われたクリスマスパーティに行くって決めた。
誰から聞いたのか分からないけれど、私が伊之助くんじゃない誰かクリスマスを過ごすと聞いて来てた、みたい。
避けてることに怒ってるのかと思えば、クリスマスに友人と過ごすことが気に入らない…らしい?
「んなの気にしねぇで言えよ」
「あんな嬉しそうな顔されたら言われたら、言い辛いもん」
チッっと舌打ちをして文句を垂らす彼は少し、怖い。
いやぁ、なんで私が責められてるのか。
だんだん分からなくなりながらも、ぽつりぽつりと言葉を返す。
それが精いっぱいだった。
「……悪かったよ」
「え、?」
少し下を向いてぎゅっと目を瞑って彼からの言葉を待っていたら、突然告げられた謝罪の言葉。
聞き間違いかと思った。
思わず、閉じていた目を開けて、彼の目を見た。
あの伊之助くんが謝ったんだよ?
驚くでしょ。
「ババアの天ぷらは食いてぇ。でも、お前とも一緒に過ごす!いいな!!」
「………もー…そういうことはもっと前に言ってよぉ。友達にドタキャンしなきゃダメじゃない」
謝ったことが納得いかないのか。
それともなれない言葉でむずむずするのか。
それは分からないけれど、誤魔化すように大声で私に命令口調で言葉を紡ぐ。
それはもう決定事項の様に。
クリスマスを一緒に過ごせる。
その一言にほだされてしまう私も私なんだけれど。
不器用な彼の必死な言葉は嬉しくて、眉を下げて頬を緩ませてしまった。
「んなの知るか!さっさと断れ!!」
「伊之助くんのせいで断るんだから!一緒について来てよね!?」
彼はキッと私を睨んで強い口調で命令する。
自分勝手。
君の言葉が足りなくて足りな過ぎてこんなことになったのに!
でも、言葉が足りないのは私も同じだから同罪かなとそんなことを思いながら、彼へ反論すると彼の手を握って友人・善逸くんと炭治郎くんの元へと走ろうとした。
元々、私がクリスマスに伊之助くんとデートできないと落ち込んでいたから、誘ってくれてたから。
「んなとこ行かなくていい。さっさと遊びに行くぞ」
「えっ!ちょ……!!」
伊之助くんはむすっとした表情を浮べ、彼の手を掴む私の手を逆に掴み返してきた。
そして、問答無用で昇降口へと向かる彼。
断れって言ったのに帰っちゃうの!?
そう反論しようと言葉を返そうとし、足を止めるけれど、彼の力に敵うことない。
むしろ、引きずられている。
諦めて、彼のスピードに合わせて駆け寄った。
どうしようっと思って、ちらっと周りを見渡したら、私達をこっそり見てる善逸くんと炭治郎くんの姿を見かけてしまった。
行ってこい。
彼らは私に見つかったことに慌てながらも、そうジェスチャーをして見送ってくれた。
「伊之助くん」
「んだよ」
もしかしたら、伊之助くんが私の元に来たのも彼らが何か言ったのかもしれない。
ああ、なんていい友達を持ったんだろう。
そう思うと口角が自然と上げる。
私は嬉しくて彼の名前を呼ぶと彼は首を傾げ、ぶっきらぼうに言葉を返してくる。
「へへっ、ありがとうね」
「…………おう」
私はぎゅっと彼の腕に抱き付き、お礼を口にすると伊之助くんはどこか照れくさそうに返事をした。
教訓。
最初からひささんの天ぷらに敵わないと思わずにちゃんと気持ちを伝えて行くことを心に決めました。