とんでもねぇ師範
鬼が蔓延っていると言うのに鳥は呑気に空を飛ぶ。青空を自由に飛ぶその姿は解放的で、正直羨ましいと思う。
まあ、夜に活動するのが鬼だから、日が高いうちは関係ないんですけどね。
社畜のように働き、鬼の頸を斬るのが私たち、鬼殺隊。
あ、社畜隊ではないですよ。
そうなると意味がかなり異なってきますからね。
話が逸れましたが、私の師範である霞柱・時透無一郎が隣いて、二人で縁側に座り、お茶を飲んでいたんです。
でも、師範が何故か、いつもと様子がおかしいんですよ。
「………師範」
「……ん?」
横からすごい痛いくらい刺さる視線。
あの雲なんて名前だっけ?
って、ずーと眺めながら、考えてる時と同じような感じではあるんだけれど、また少し違う意味が混ざっているようなそんな、視線。
グサグサと刺さるそれに我慢の限界だった私は彼へ声をかけた。
師範は首を傾げ、反応を示す。
私から視線を動かす気配はまるでない。
「あの、顔面偏差値平均的な私の顔を見て、楽しいですか?」
「んー……まあ、楽しいかな」
居心地の悪いそれに私は眉を下げ、彼に問いかけた。
意味があるのか分からないその視線にぎこちなく笑うしか出来ない。
師範は考え込みながらも、目をそらさずに答えた。
「そう、ですか……あの、」
「何?」
素直に答えてくれたのは有難い。
いや、本当に有難いんですが、先程より困った状況に私はいます。
言おうか悩み、言葉を濁していると彼は不思議そうに問いかけてきた。
「そうだとしても、顔をもう少し離しても良いのでは…ないですか………?」
「なんで?」
問いかけてくれたからもう言うしかない。
私は遠慮気味に困った現状に対して、進言をした。
そう、顔が近い。
ただ近いってもんじゃなくて、顔と顔の距離がほぼないんですよ。
先程見えていた青空が全く見えないほどに。
割と意を決して言った言葉だった。
それなのにも関わらず、返ってきた言葉は疑問で、私は一瞬、ピタリと固まってしまった。
「なんでって……師範だから我慢してましたが、一つ、良いですか?」
「何に?」
師範の予想外のその言葉に私は我慢の緒が切れたらしい。
プチーンと、切れる音が私の中で聞こえた。
本当にこんな音するもんなんですね。
不思議です。
私はふつふつと沸き起こる怒りを抑え、穏やかな笑顔を浮かべる。
そして、師範へもう一度進言の許しを乞うと彼はまた不思議そうに首を傾げた。
「……あのですね。年下と言えども、師範だからずっっっと我慢してましたが、お綺麗な顔でその穴が開きそうなほどずっとみつめられるとこちらはひじょーーーーに気まずくて仕方ないのでやめて下さい」
「どうして?」
すぅ……と新鮮な空気を体に取り込み、ゆっくり丁寧に言葉を紡いでいき、師範に分かってもらおうと思ったけれど、それは思ったようにいかない。
言葉を口にしていくうちに感情が制御出来なくて、早口で荒々しく言葉を吐いてしまった。
一息付き、これで分かってくれただろう。
そう思って、もう一度彼の顔を見たけれど、またもや問いかけられてしまった。
(は?え、今、言ったよね?)
師範がなんでそんな疑問を投げかけるのか分からなさすぎて、私の思考が停止した。
綺麗な顔の人間にじっと見つめられたくないからやめろって言わないと伝わらないの?
そんなことが脳裏に浮かんだが、それは失礼極まりないので、その言葉を無理やり削除した。
「ごほんっ…私の顔なんて平均的なんですから、もっと顔の整った方を穴が開くほど見ればいいんです」
「僕は君を見ていたいんだけど」
私は咳払いをすると少し冷静になった頭と心を整理して、言葉を変え、品を変え、提案をする。
けれど、それは即答で否決されました。
だから、なんでそうなるんです!?
「お断りします。炭治郎にでもお願いして見せて貰ったらどうです?彼なら優しいから了承してくれますよ」
「………」
この何も生産されなさそうな会話に果たして意味などあるんだろうか。
そんな疑問さえ、生まれてくる。
私は片眉をぴくぴくと動かし、彼が望むことに対して、協力できないことを口にした。
いくら師範だからといって、継子がそこまで許容しなくてもいいだろう。
そう思ったからだ。
だから、私は自分に降りかかる火の粉を擦り付けようと炭治郎の名前を出す。
しかし、この名前を出した途端、師範の纏う空気がまた変わった、気がした。
気のせいじゃない。
師範の目が獲物を狙う目にさえ見える。
「な、なんですか?」
「……炭治郎のこと、下の名前で呼んでるんだ?」
私は頬を引き攣らせ、問いかけた。
どうして、そんな目をしてるのか。
何か余計なことを言ってしまっただろうか。
そんな考えがよぎる。
しかし、彼から紡がれる言葉は予想していたものと違った。
唐突ではあるが、今更な疑問な気がする。
……いや、記憶が戻るまで継子の私のことも、周りのこともどうでも良さそうにしてた人だ。
やっと周りに目を向け、気がつくようになったからなのかもしれない。
「ま、まあ…歳は違えど同期ですから」
「ふーん」
本能的に何故か、逃げたい。
そう思った。
だけど、逃げられないことは分かってた。
私は最初とは意味の異なる鋭い目に目を合わせることなんて出来なくて、目をそらし、彼の問いに答える。
師範は私の答えに満足出来てるのか。
否か。
それがすごく分かりずらい反応を返してきた。
「……炭治郎とケンカでもしました?」
「どうして?」
炭治郎とケンカするのって不死川さんくらいで、師範と喧嘩するなんて想像つかない。
だって、師範は炭治郎のことを気にってるし、親しい仲だと思っていたから。
でも、炭治郎の名前を出した途端、不機嫌そうな態度になったのが答えかと思い、問いかける。
しかし、それに対して答えではなく、疑問が返ってきてしまった。
その声はどこか、固い。
「え、いや、……だって、師範…怒ってますよ、ね?」
「………そうだね、怒ってる」
ますます分からなくなる私は困り果て、眉を下げて問いかけた。
もうこうなったら、単刀直入に聞いた方がいいと思ったから。
彼はふぅと息を吐き、こくりと頷き、私の問いかけに肯定した。
「……でも、何で炭治郎が師範を怒らせ…」
「でも、怒ってるのは君に」
「っっっ、!?」
やっぱり、怒ってるんですね。
そう思いながら、人当たりの良い彼が師範を怒らせた理由がわからなくて、それを聞こうと言葉を紡いでいたけれど、それは最後まで言わせて貰えなかった。
私の言葉に被せるように師範がそういうと腕を掴まれ、いつの間にか私は床に倒され、口を塞がれてしまったから。
はい!?接吻ですか!?
年下といえど、師範。師範といえど、男の子。
そういうことに興味があるのは分かるけれども、まさかのなんの脈絡なく、押し倒され、唇を奪われるなんて思いもしない。
目を閉じている綺麗な顔を私はただ目を見開き、見つめ、なされるがままでいるしか無かった。
「……炭治郎ばっかずるい」
「……………!?」
やっと開放された口で酸素を取り入れる。
訳が分からないまま、人生初の接吻はあっさり奪われてしまった。
師範は眉を寄せ、不貞腐れた表情をしてぽつりと言葉を零す。
でも、情報量が頭の容量を超えていて、何が何だか分からない私は返す言葉が思い浮かばない。
ただ、不慣れなその行為に私は顔を赤くして、口をパクパクすることしか出来なかった。
「まあ、いいや…次から、師範じゃなくて、下の名前で呼んで」
「え、ちょ、何言って…ぬぐっ!」
私の上から師範が退くと外に置いてあった草履に足を通しながら、また訳の分からないことを口にする。
あ、任務に行かなきゃ。
と、さも何事も無かったようにしてる辺り、余計私の頭を混乱させた。
いや、名前を呼ぶより凄いことしましたよね!?
あなたは!!
私は反論しようと言葉を紡ごうしとしたら、それもまた塞がれる。
彼の人差し指が私の唇に当たり、言葉を飲み込まされてしまった。
「じゃないと、また口塞ぐから……」
「……い、いってらっしゃいませ…」
師範はどこか妖艶に微笑み、意味深長な言葉を口にして私を黙らせる。
いや、これはもう黙るしかない。
弱肉強食。
食われる方だと自覚すると背筋がぞわりとした。
私は頬を引き攣らせて、彼を見送る言葉を言うのが精一杯。
師範は満足したように微笑むと鬼を狩る任務へと足を向け、私は呆然とその背中を見送った。
善逸が炭治郎によく言う言葉を借りるならば、私は間違いなくこう言うでしょう。
とんでもねぇ師範だ、と。