花粉症と俺

 最近悪夢に魘される日々が続いて機嫌は良くない方だと思う。
 その上、今朝起きた時から違和感があった。

 それはまたこの季節が来たことを知らせるように。

 鼻はムズムズ痒くて思わず、鼻頭をかいた。目も痒みがあって、チクチクする感覚が止まらない。

 
「………ハックシュンッ!!」
「清光、花粉症?」

 
 鼻の奥がツーンとして来た。


 ああ、もうダメ、これは出る。


 そう思った瞬間、くしゃみは勢いよく出た。
 隣にいる安定は呑気そうに俺の顔を覗く。
 いいよね、花粉症じゃない奴は。

 
「うん…始まった……」
「この季節は大変だよね」

 
 俺はズズっと鼻を啜る。
 眉下げてこくりと頷いた。

 ほんっとに迷惑な季節がやってきた。
 春なんて嫌いだ。

 俺が不機嫌そうに言葉を返したからかもしれない。
 安定は困ったような顔をして俺に笑いかける。
 

「…辛い……」
「でも、ちょっと羨ましいな」
「はあ?何で??」


 “大変”なんて一言では片付けられない。
 喉の奥は痒いのにかけないし、泣きたい訳でもないのに声は涙声になる。
 花粉症の辛さを知らない安定は馬鹿げたことを言った。


 いや、馬鹿でしょ。
 何でわざわざ花粉症なんて買って出る訳?
 熨斗つけてあげたいぐらいの厄介者なんだけど。


 俺の顔は凄いしかめっ面だったと思う。
 自分でもそれくらい表情筋が動いたのが分かった。 


「だって、沖田くんも花粉症だったじゃない?」
「そんな所まで似たいの?」
「辛そうだから悩むかも…」


 安定は沖田くんを思い出してはにかむ様に笑う。
 何でもかんでも沖田くんに似たがるのはどうかと思う…ぶっちゃけそこまで似たいという安定に呆れた。


 いや、呆れるでしょ。


 俺は頭に手を当てて、隣の馬鹿の言ってる言葉を飲み込もうとする。
 ついでに素朴な疑問を投げかけてみた。

 でも、安定は考え込むように顎に手を当てる。


 いや、そこは悩むところないでしょ。


 てか、まず花粉症を羨ましがるなよ…って、心の中で思わず突っ込んだ。
 脳天気なこいつに寝不足のせいかムカムカする。


「……ハックシュン!あー……薬研に薬貰ってくる……」
「あははは……いってらっしゃい」


 そんな間にもまた鼻はムズムズして勢いのあるくしゃみがまた出る。


 あー…今日非番でよかった。


 本当に心からそう思った。
 出陣なんてしてたら戦う前に俺は重症だよ。

 俺は鼻を啜ってうちの医療係である薬研の元に行こうと腰を上げた。

 俺が重い腰を上げてゆっくり歩く姿を見て安定は眉を下げて笑う…というか、苦笑?俺の姿を見てやっと少しは花粉症の辛さを理解したのかもしれない。
 見送りの言葉を背に俺は自室を出た。



◇◇◇



「薬が効くまで辛いんだよねー…あ、主」
「ん?清光…鼻真っ赤」

 
 薬研から薬を貰って飲んだ俺は廊下を歩く。
 飲んでから少し時間経たないと効かないのが厄介。

 でも、それが薬というものだと薬研に言われたことを思い出して眉を下げた。

 主の自室にあたる部屋の障子が開いてる。
 何で開いてるのか不思議に思った。
 俺は思わず部屋を覗き込んで声をかける。

 声に気が付いてくれた主は首を動かした。
 俺を見つけてはきょとんとした顔をする。
 そして、眉下げてクスッと笑った。

 俺の鼻頭はどうやら傍目から見ても赤いみたいだ。
 

「花粉症が始まった…」
「そっか…春が始まったねぇ」
「俺の花粉症で季節を感じないでよ」
「目星つけやすくて…つい」
 

 俺は鼻をポリポリかく。
 愚痴を零すように言葉が零れ落ちた。

 俺の主はどこか違う。
 心配よりも俺の花粉症が始まったことに思いに耽る。


 ほら、始まった。


 この季節になると毎年言う。
 思わずため息が出た。


 いや、出るでしょ。


 心配してる素振りもないんだから。
 安定ですらしてくれてるのに主がしないんだよ。

 彼女は苦笑いして頭をかく。
 悪気がないからタチが悪いんだよね。


「はあ……何やってるの?」
「見ての通り…デスクワークよ」
 

 いまいち掴めない主に俺はため息を付いた。
 俺は彼女の部屋へ踏み入れて近づく。
 机に向かって何か作業している彼女に問いかけた。


 まあ、だいたい予想は付くんだけど。


 彼女は先程とは打って変わって眉を下げる。
 半目にさせてどんよりした雰囲気を漂わせた。


「本当に嫌いだよね、主…ここ、誤字あるよ」
「げ…ありがとう」

 
 俺は彼女の隣に座り込むと息を吐く。
 書類作業、本当に苦手だよね。

 俺は一枚の書類を手に取るとある点に目をつけた。
 訂正箇所。つまり、間違い。

 俺が指さすと彼女は顔を歪めた。
 面倒くさそうに肩の力を脱力させる。
 ショックだったんだと思う。
 でも、お礼は忘れない。
 

「最近、主の近侍やってないよねー…俺」
「新しい子の面倒に回ってもらってるからねー」
「清光は面倒みがいいから甘えてごめんね」
 

 彼女のお礼の言葉に笑みが零れた。
 でも、ひとつ気になってることがある。

 それは彼女の近侍をもう半年やってない。
 正直言うとそれはちょっとつまらない…というか寂しい。

 最初は俺がずっと近侍をやっていたのになんて思ってしまうのは重症かもしれない。

 そんな俺に気が付かずに主は眉下げて笑う。
 俺に甘えてるなんて言う。


 本当にこの人はずるい。


 その一言で俺の気持ちが上がる。
 俺の気持ちを簡単に上げちゃうんだよね。


「その言い方はずるい…」
「ふふ…頼りにしてるのは間違いないからね」


 机に頬杖付いて、ムッとした顔をする。
 つい緩みそうになる頬を引き締めて俺は小言を零した。

 気を引きたい子供のような自分に自分で呆れる。
 でも、口から出た言葉はもう戻れない。
 少しの後悔を残しながら彼女をじっと見つめた。

 彼女は柔らかく微笑む。
 信頼して任されてることが分かるんだよね、悔しいことに。

 このずるい主に振り回される。
涼風俺はそういう運命さだめなのかもしれない。


「……充電していい?」
「ふふ…どうぞ?」

 
 色々負けた気分になったから負けついでに普段なら言わないことを口にしてた。


甘えてくれてるって言ってくれたんだから俺がたまには甘えてもいいよね…?


 そんな気持ちがあるけど不安で仕方ない。
 拒否されたら立ち直れないから。

 不安げな目で主を見ていたことがバレたんだと思う。
 彼女はどこか嬉しそうに微笑んでは両手を広げた。

 その姿は例えるなら母親。
 思っていた反応と違うことに納得出来なかった…俺は母親になって欲しいわけじゃない。

 彼女の一番でいたいと思うのになかなか上手くいかないんだ。
 けど、許可が下りたからには甘えとこうと思って彼女をぎゅっと抱き締める。


 彼女の息が首筋にかかるのが少しくすぐったい。
 でも、久しぶりに主の体温を感じる距離にいることにあたたかい気持ちが広がった。
 俺は彼女の頭に顔を擦り付けて息を吸う。

 鼻から吸った息は何かの粒子を巻き込んで鼻に入る感覚があった。
 正直、嫌な予感しかしない。

 それは結論から言うと俺がやってはいけない行為だった。

 
「……っ、……ハックシュン!!」
「あれ?大丈夫?」
 

 俺は顔を背けて思いっきりくしゃみをする。
 薬を飲んでるのに出るくしゃみに俺は顔を顰めた。

 彼女はこのタイミングでくしゃみをする俺にきょとんとした顔を向ける。
 流石に心配する一声は掛けてくれた。

 いや、でも、それはおいといて…俺はある考えが過った。
 というか、確実にそうだと思う。
 

「……主の髪に花粉付いてる?」
「あー…短刀たちが頭に花をバサってかけられたから……」

 
 彼女の髪には何でか知らないけど花粉がついてた。
 なぜ、付いているのか分からない。


 というか、どうやったら付くのかなんて分からなくない?


 俺は眉間に皺を寄せて主に問いかける。
 彼女はなにか思い出したように言葉を伸ばすと苦笑いして答えた。
 

「………」
「ごめんごめん…」

 
 そこまでの言葉で分かる。
 うん、不慮の事故なんだけど。

 俺にとってはそれすら災害なんだってことを分かって欲しい。
 俺はとりあえず目で訴えることにした。

 流石に申し訳なさを感じたのかもしれない。
 彼女は眉下げて笑いながら謝罪の言葉を零す。
 そして、優しく俺の頭を撫でた。


「もー……寝る」
「え、寝るって…私、仕事中…」
「知らない…眠い、し…」
 

 撫でられるのは嫌いじゃないけど…誤魔化された感じがする。
 俺は少し困らせようと彼女の膝に頭を預けて不貞寝してみた。
 所謂、膝枕。

 案の定、主の困ったような声が上からおりてくる。
 その言葉に俺は拗ねたように言葉を返した。


 これくらい困らせてもいいでしょ、たまには。


 そんなことを思ってたら薬の副作用が今更効いてくる。
 なんだか瞼が重くなってきた。

 彼女はえー…と戸惑った声を出すけど、優しく俺の頭を撫でる。
 その優しい手に俺は嬉しくて口角を上げた。
 そして、その手に導かれるように本当に夢の世界へと旅立つように意識を手放す。
 


 ――彼女がそばにいたからかもしれない。

 悪夢は見ることなく俺はひどく優しい夢を見た気がした。



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