雨宿り

 ザアザアと降る雨。
 それはもう豪雨と言っても過言ではなく、この雨足の強さのお陰で視界を捉えるのが難しい。

 二人の男女は雨宿りが出来る小屋を見つけるとそこへと駆けこんだ。


「………最悪」
「あはは、びしょびしょになっちゃったね」


 髪からぽたぽたと滴る雨の雫を鬱陶しく思ったのか。
 前髪を掻き上げると怪訝そうに眉間にシワを寄せ、ぽつりと言葉を零す。

 そんな彼の様子を見ては女性は困ったように眉を下げ、笑い声を上げると彼女もまた水分を含んだ髪をしぼった。

 よほど、多く水を含んでいたのだろう。
 ボタボタと水が落ちる。


「しかも、みんなともはぐれたしね」
「……雨、止んだら、皆を探しに行こう」
「……ん」


 清光は深いため息を零すと彼女から視線をそらして言葉を紡ぐ。

 時間遡行軍の動きを政府から受け、出陣したはいいが、仲間とはぐれた上に雨に降られたようだ。


 なんとも、運がない。


 なまえは彼を励ますように笑みを浮かべ、言葉をかけると清光は短く返事をした。
 彼はチラッとなまえに視線を向けるが、その瞳は揺れている。

 彼女は巫女装束を身に纏っているが、それは雨に濡れ、肌が透けて見えているからだろう。


 目のやり場に困る。


それもあるだろうが、刀剣男士と言えども所詮男だ。
 その姿に欲情したのか、ごくりと固唾を飲み込む。


(……これ、一晩耐えられるの?俺)


 特に肌が透けてることも気にせずに外の景色を呑気に眺めている自身の主にもう一つため息を零して目を閉じ、ガシガシと頭をかいた。


(まあ…一晩越えればいいんだから何とか……しよ)
「クシュッ!」


 何とかなる。いや、何とかする。


 清光は理性を保たせるようにそう自分に言い聞かせていると、隣からくしゃみが聞こえた。

 それは勿論、なまえのくしゃみで彼女は寒そうに両腕をさすっている。


「大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ」


 それに清光は眉を下げ、心配そうな表情を浮かべ、彼女へ問いといかけた。

 人間は自分が思っている以上に弱い。
 それを知っているからだろう。

 なまえは慌てて首を横に降り、気丈に振る舞うが、微かにカタカタと体を震わせている。


「震えてるじゃん」
「で、でも、清光…私のこと嫌いじゃん」
「はあ?」


 あからさまな嘘に清光は呆れた顔をして、言葉を返すと彼女はギクッと一瞬、体を強ばらせた。
 彼の顔を見ることなく、外の景色に目を向け、ぽつりと言葉を零す。

 女はそれを口にすることも本来は嫌だったのかもしれない。
 悲しげに瞳を揺らしていた。

 しかし、勘違いされていたなんて思いもしなかったのだろう。
 清光は眉間のシワを深くさせては低い声で問いかける。


「ほらぁ……」
「………何をどう勘違いすればそうなるのか分からないんだけど」


 彼の低い声は威圧的に聞こえたらしい。
 なまえはビクッと肩を動かすと怯えるように言葉を口にした。

 怯えさせてしまったと理解した清光はゆっくり息を吐き出しながら、頭が痛そうに片手で頭を抱え、疑問をぶつける。
 ある事を除いては普通に接してきたはずだ。

 会話もすれば、目を合わせる。
 一体何が彼女をそういう風に思わせたのか、彼には全くもって分からないようだ。


「だって、私に触れたことない」
「あー……」
「安定が髪の毛に葉っぱがついてたら、取ってあげるのに私にはしないじゃない」
「それは……」


 彼女は俯いて小さな声で、ぽつり零す。
 雨の音が酷いと言っても、それは彼の耳には届いたようだ。

 思い当たる節があるのか。
 清光は彼女から視線を逸らし、間延びした声を出す。

 なまえは証拠とばかりに例を出すが、それには理由があるのだろう。
 清光は彼女から視線を逸らしたまま、言葉を紡ごうとするが、続く言葉はなかった。


「無理しなくていいよ…ごめんね、次からはなるべく私と行動しないように遠征とかも組むね」
「それはやだ!」


 続く言葉がない。つまり、肯定。
 そう捉えたらしい。

 なまえはぐっと下唇を噛み、込み上げてくる感情を抑えては無理矢理作った笑顔を彼に向け、謝罪の言葉を口にした。

 望んできた主人の元で働かなければならない彼を思っての言葉だろうが、その言葉に清光は酷く傷付いた顔をして、声を荒らげる。


「……清光?」
「……触れなかったのは嫌いだからじゃない。怖かったから……」
「こわ、い?」


 あまり声を荒らげない彼が荒らげた。
 その事に驚き、なまえは目を見開き、彼の名前を呼ぶと清光は俯き、表情を見せないようにさせては誤解を解くように言葉を紡ぐ。


 怖い。


 その言葉が出てくるとは思わなかったようだ。
 彼女は不思議そうに首を傾げ、彼の言葉を待った。


「……人間はどんなに強い人でも弱って、簡単に壊れる。主は女の子でしょ。余計に…触れるだけで壊れそうで……」
「………」


 少し顔を上げる清光の表情は怯えているようにも見える。


 大切だからこそ、触れられなかった。


 要約すればそういう事だ。

 まさか、そんな言葉が彼の口から出るとは思わなかったんだろう。
 彼女はぽかんとした表情を浮かべ、清光を見つめ続ける。


「な、何?」
「……大丈夫だよ、壊れないから」


 じっと見つめられ、どこか恥じらっいるような彼は誤魔化すようになまえに問いかけた。

 その様が可愛らしく見えたのだろう。
 彼女はくすっと笑みを零すと柔らかい表情を浮かべ、清光に言葉を投げかける。


「………」
「………ね、大丈夫でしょ」


 彼はおずおずと手を伸ばし、壊れものに触れるように優しい手つきでなまえの頬に触れた。

 触れられた手は雨に濡れ、冷たく感じるのか。
 彼女は小さな声を漏らすと頬に触れる彼の手に自身の手を重ねて笑みを浮かべた。


「……うん」
「嫌われてなくてよかった」


 無邪気にも思えるその笑みにつられたように清光もまた口角を上げ、頷く。

 ずっと気になっていたことが勘違いだと分かり、安心したのだろう。
 彼女は嬉しそうに言葉を紡いだ。


「触れられたのはいいけど、この状況で触れられたのは良くない……」
「クシュッ!」


 確かに誤解は解けてよかった。


 それは彼も同じ意見だが、タイミングが悪いと感じているのだろう。

 ぶっちゃけ触れたくても触れられなかった人に触れられるようになったと言っても、今ここには一人と一振ふたりしかいない。
 この状況にもう一人の自分の理性が警告を鳴らしいるようだ。

 一人葛藤しているとなまえはまたくしゃみをする。


「あー、寒いよね……っても、暖を取る方法が…ん?」


 それで思い出したかのように清光は小屋の中をキョロキョロと見渡すが、この小屋は雨を凌ぐ以外出来なかった。

 暖を取る方法がないことに眉を下げ、困った表情を浮かべているとなまえはクイッと彼の裾を引っ張る。


「寒いから抱きついていい?」
「…………」


 先程は寒くても大丈夫と口にしていた彼女だが、嫌われていないことを分かった今、我慢をするつもりは無いようだ。

 羞恥はあるのかほんのり頬を赤くそめ、遠慮気味に問いかけるその姿は今の清光には刺激が強い。


 タイミング…っ!!


 彼は心の中でそう叫びつつも、体を硬直させ、返事をする余裕はなかった。


「清光?」
「……あー…あー…うん、いい、よ……」


 こてんと首を傾げ、名前を呼ぶ主に我に返ったらしい。
 清光は言葉を濁し、考えを巡らせるが、それ以外に暖を取る方法がない現状を憎んだ。

 しかし、彼女に風邪を引かせる訳にもいかないから、覚悟を決めて首を縦に振る。


「ありがとう」
「あー…うん」


 ぱぁと花が咲くような笑顔を浮かべ、お礼を言うとなまえは清光の手を引っ張り、小屋の奥へと歩いた。


 もう、自分の理性を揺るがすようなことをしないでくれ。


 そう思いつつも、適当な返事をし、彼もまた彼女の後を追う。


「座って座って」
「はいはい」
「……これで少し、あったかいね」


 清光に壁側に座るように言うと彼は何もかも諦めたように返事をして、腰から鞘を抜き、座り込んだ。

 なまえは彼の足と足の間に座り込むと嬉しそうに後ろを振り返る。

 まだ雨に濡れ、冷たさの残る体だが、ひととひとの体温で微かに熱を感じるからだろう。
 震えていた肩は治まっていた。


「……ねぇ、主」
「んー、なに……?」


 男として見ていない彼女の態度にイラッとしたか。
 清光はずっと目を細め、彼女を呼ぶ。

 なまえが不思議そうに問いかけると清光は彼女の手に自分の右手を絡めた。


「……主に慣れるまで触らせて」
「は、……い……」


 その指の絡ませ方はどこか妖しい。
 彼は絡ませた手を口元に持っていくと彼女の指先にそっと口付け、妖艶に微笑んだ。

 体は冷えきっていたはずなのに。指先に触れられた唇は冷たかったはずなのに。
 触れられた指先に熱を持っているような感覚に陥るが、なかなか言葉が出てこないらしい。

 上昇する体温を感じながら、ただなされるがままになるしかなかった。


(……これくらいの意地悪はさせてよね)


 好いているのに嫌いだと勘違いされ、男としてみて貰えない。

 その仕返しをした反応に清光は満足そうに口角を上げると空いている左手で包み込むように彼女を抱きしめたのだった。



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(エクレア:熱,指先,包み込む)
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