花舞病-アネモネ-前編
呆然と空を見上げる白銀の髪を揺らす彼の後ろ姿。彼の頬からは赤い花びらがひらっと剥がれる。
それは風と戯れるようにひらひらと宙を舞った。
私はそんな姿を見てドキドキと鼓動を早める。
まだ早い。まだ間に合う。
胸に手を当ててそう、言い聞かせた。
「ねぇ、鶴丸。貴方の花舞病……分かったよ」
「……!」
「だから、治療しよう?」
私は彼に大事なことを告げなくてはいけない。
吉報を。希望の報せを。
彼は刀剣男士がかかる奇病に体を侵されていた。
先程も赤い花びらが舞ったのは病気が進行している証拠。
でも、彼の肌から散る花びらの正体ががやっとわかった。
彼を助けられる。失わないで済む。
そのことが何よりも嬉しかった。
そのことを伝えると驚いた表情を浮かべる。
私は安心させるように。
ゆっくり口角を上げて微笑む。
頷いて笑顔を見せてくれる。
そう思ってた。
けれど、彼は浮かない顔をする。
「俺が治療に入ったら主の近侍を取られるなぁ」
「…馬鹿な事言ってるの?戻ったらまた近侍やってもらうよ」
鶴丸はわざとらしく惚けるように言葉を紡ぎ、眉を下げて困ったように微笑んだ。
その姿はどこか儚くて。
まるで、死んでもいいからそばに居ることを望んでるようで。
私を困らせることを言ってくる近侍に私は悲しくなる。
決意が揺らいでしまうじゃない。
愚かな私になれというのか。
波紋のように揺れる私の心に気付かないふりをして彼をあしらう。
「それでも主の傍を一時でも離れるのは嫌なんだ」
「……鶴丸国永…貴方に命じます」
貴方がそばに居てくれる。
どれだけ嬉しいことか。
どれだけそれを望んでいるか。
きっと分からないでしょ?
でも、そばに居てくれる期限が限られるなんて嫌。
だから、私は揺らいでいないふりをして微笑むの。
「っ!おい、やめ……」
「貴方の花舞病の正体はアネモネ…治療して来なさい」
私が何を言うのか。
きっと分かったんだうね。
鶴丸は驚いた顔をして止めようと言葉を紡いだ。
けれど、私は止めない。
決めたんだから。
彼の言葉に被せるように命令を出す。
「…………ははっ、命令されれば応じるしかないじゃないだろ」
「………その病は刀に戻ると進行が遅くなると言います」
彼の文句を最後まで言わせず。
逆に命令を言い切った。
彼は肩を脱力させると悲しそうな顔をする。
ごめんね。
でも、儚く散って逝く君を見たくない。
ごめん。ごめんね。
心の中で何度も彼に謝る。
でも、表には出さない。
きっと君もまた分かってると思うから。
私は淡々と言葉を紡ぐ。
それは心を殺してだったからかもしれない。
抑揚のない言葉の羅列。
まるで業務内容を伝えるように。
「せめて、行くまではこの姿のまま傍に置いてくれ…主……」
「駄目。早く治して早く戻ってきて欲しいから」
彼は瞳を揺らして私に懇願する。
私もそうしたいよ。
でも、そうすれば君の病は進行するんだよ。
そんなの見過ごす訳にいかないじゃない。
私は目を閉じ、首を横に振る。
絶対彼の言葉に頷く訳にはいかないのだから。
「……こういう時くらい優しくしてくれてもいいんだがなぁ…」
「鶴丸…君にこれをあげる」
彼は頑なに頷かない私に眉を下げて笑う。
いつも、優しくないみたいに言わないでよ。
そう思いながらも私は白と紫のアネモネを差し出した。
「何だ?」
「白いアネモネは花言葉は希望といいます」
まさか何か渡されると思わなかったんだろうな。
キョトンとした顔をして受け取りながらこちらを見る。
私はふっと笑みを零しては花言葉を教えてあげた。
少しでも希望が見出せるように。
「紫のアネモネの花言葉も希望か?」
「アネモネは色で意味が変わるの…紫はあなたを信じて待つ」
何気なく手にあるもう一輪の花の言葉を彼は問う。
くすっと笑ってはもうひとつの花言葉も教えた。
そして、彼の白い頬に触れる。
「……」
「その花言葉を信じて。鶴丸を信じて…私はここで待ってるから」
まさか触れられると思わなかったんだと思う。
彼は目を見開いて固まっていた。
私は最大限のエールを花に込めて力強く。
彼を送り出す言の葉を送った。
「へぇ…じゃ、俺の赤は何なんだ?」
「教えてあげない」
彼は私の手に手を重ねるとすりっと頬を擦り寄せる。
彼はどこか擽ったそうにして病の元である赤いアネモネの花言葉を問う。
聞くと思った。
また一つ笑みを零すと私はいたずらっ子のように笑って言葉を紡ぐ。
「なっ…!」
「帰ってきたら教えてあげる」
まさか答えて貰えないなんて思わなかったんでしょう?
そんなに驚いた顔をして。
答えてあげないよ。
私は彼の顔に満足して目を細めて微笑むと次会った時の約束をする。
そして、私は彼を刀に戻した。
綺麗な白い鞘に眠る彼を大事にぎゅっと抱きしめる。
早く元気になって。
私に飛びっきりの笑顔を見せて。
「愛してる」
刀に戻った彼にこの言葉が聞こえてるのか分からない。
けれど、小さな声で誰も聞き取れない声で呟いた。
呟かずには居られなかった。
――しばらく私の傍から離れる恋刀に。
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