花舞病-アネモネ-後編

「愛してる」


 そう、今にも泣きそうな声が聞こえた。
 それと同時に鞘からあたたかい温もりを感じる。

 きっと彼女がおれを抱き抱えてるんだろう。
 本来は鉄で出来た俺が人に抱き締められてあたたかいと感じること自体驚きなんだがな。


 なんて、不器用なんだろう。


 そう思いながら、俺は彼女の声に耳を傾けていた。



◇ ◇ ◇



 あれから数日経った俺は政府が立ち上げた花舞病専門の病棟にいる。
 外には様々な花たちが季節関係なく咲いていた。

 花舞病になった刀剣男士たちは強制的に人の姿にされて治療を受けてることになる。


「あれ、鶴丸さん…体調は大丈夫なんです?」
「ああ、明日には戻る」


 呆然と庭に咲いている花たちを眺めていると後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
 姿を見ればここに来て会話をするようになった他の本丸の鯰尾だ。

 不思議そうにこちらを見れば首を傾げる。
 黙っていれば顔だけは女顔だ。


 そんなことを口に出してみろ。
 怒るに違いない。

 そんな事を思いながら、鯰尾の問いかけに答えた。


「それは良かったですね」
「……そういえば赤いアネモネの花言葉を知ってるか?」


 嬉しそうに目を細めて笑う。
 どうやらお人好しな奴らしい。

 ん?刀好しか?

 そんなことを頭の片隅で考えながらも、病気仲間の鯰尾にふと気になっていたことを聞いてみた。

 気まぐれのようなものなんだが。
 見送り間際に主が言っていた花言葉というもの。
 普段なら気にしないんだが、秘密にされちゃ気になるってもんだ。


「すみません。俺はそういうの疎くって…」
「そうか…それは仕方ないな」
「……君を愛す」


 どうやら鯰尾も知らないらしい。
 眉根を寄せて困ったように笑っては謝る。

 まあ、俺も興味が無いから知らない。
 主に言われるまでそういうものがあるってことすら知らなかったくらいだ。

 こっちにいる間に探そうと思っていたが、書物を読むにしても時間が掛かりそうだ。

 知らずに戻って主が教えてくれるか。
 そう考えてみても教えてくれそうにない。

 主の性格を考えると。
 弱ったと後頭部をガシガシとかいていたら、背後から声がした。


「!…流石に気配消されたら驚くぞ、三日月…」
「いや、すまぬ。前に俺の主が教えてくれたのを思い出してな」


 気配がない背後から突然声がするもんだから目を見開いた。
 驚かされる側にこんな所でなると思っていない。
 予想外の出来事に心臓が飛び跳ねた。

 振り返るとそこには病気仲間で他の本丸の三日月が立っていた。
 眉を下げて声を掛けるとまた脳天気な口調で謝ってくる。
 どうやら三日月の所の主は花言葉に詳しいのか知っていたようだ。


「……何でそんなことをお前の主は知ってるんだ?」
「はっはっ、花まにあと言う奴らしい」
「へぇ……君を愛す、か」


 その事に思わずきょとんとした。
 いや、こんな所に赤いアネモネの花言葉を知ってる奴がいるとは思わなかった。
 思わず、首を傾げる。

 俺の顔が面白かったのか。
 それは分からないが、三日月は声を上げておおらかに笑う。
 目を細めてニコニコしては自身の主を端的に言葉で表す。

 その言葉に何となく納得する。
 そして、赤いアネモネの花言葉を零した。
 言葉にした途端、胸があたたかくなる。
 俺は無意識に口角を上げていた。


「何かあったのか?」
「いいや、何でもない。教えてくれてありがとうな」


 三日月と鯰尾は言葉を零してから黙っていた俺を心配するように顔を覗き込む。
 俺はその光景にも笑えたが、首を横に振った。

 他の本丸といえど病気仲間ができるとは思わなかったしな。二振りふたりに礼を言うと俺は踵を返して自室へと戻るために歩き始める。

 
“愛してる”


 教えないと言っていた君が呟いたあれはそういうことか。
 そう思うと頬が緩む。

 俺が花の言葉をこっちで調べるなんて君は思いもしないだろう。


 戻る時はそうだな。君を驚かそうか。
 赤いアネモネを貰って帰ろう。


 どうせ、ここには沢山咲いてるんだ。
 少しくらい貰っても構わないだろう。

 驚く君が想像つく。
 ああ、早くその顔が見たい。


 
 そして、俺の愛し子に同じ言葉を返そう。


 愛してるの言葉を――



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