初 なふたり…?
審神者の執務室。そこでは机に向かって事務処理をしているなまえとその姿を穴が開くほど見つめ続けている刀剣男士の姿があった。
刀剣男士の視線を感じるのか。
彼女は身体を強張らせながらも、視線に気付かないフリをしているらしい。
「主さん、どういうことです?」
「な、何がでしょうか?」
紫の瞳、アホ毛が毒蝶的な長い黒髪を赤い髪紐で纏めている刀剣男士。
鯰尾藤四郎はスッと息を吸い込むと唐突になまえに問いかけた。
その声にビクッと肩を跳ねさせるとぎこちなく彼の問いかけに問いかけ返す。
「何とぼけてるんですか?今日一日ずっと視線を感じっぱなしなんですけど」
「………キノセイジャナイ?」
鯰尾藤四郎は眉根を吊り上げ、彼女を問い詰めるように言葉を紡ぎ続けた。
どうやら、今現在見つめ続けているのは彼の方だが、こうなるに至るまで見つめ続けていたのはなまえの方だったらしい。
思い当たる節があるのか。
彼女はたらたらと冷や汗をかいてはいるが、認めることはなく、誤魔化しているその声音は硬い。
「視線を感じて振り向いてみればそれに気が付いて顔を背け続けた人が言う言葉ですか?」
「うぐっ……」
しかし、鯰尾藤四郎は彼女に逃げ場を与える気はないだようだ。
にこっと可愛らしくもある笑顔をなまえに向け、言葉を投げかける。
その正論に論破するものを持ち合わせていないのか。
彼女はただ言葉を詰まらせていた。
「言いたいことはちゃんと言わないと伝わりませんよ?」
「……なのに……」
「はい?」
言いたいことをある程度、言えたからなのだろう。
鯰尾はふぅと息を吐くと彼女を諭すように言葉を紡ぐ。
なまえは小さな声でぽつりと呟くが、それは彼の耳に微かに届いているが、何を言っているのかまでは分からないようだ。
鯰尾藤四郎は眉根を寄せ、首を傾げ、問いかけ返す。
「……やっと恋仲になったのに!!いつも通り過ぎません!?」
「………え」
ずっと俯いていたままだった彼女の肩はわなわなと震えはじめたと思えば、ガバッと顔を上げ、大きな声で訴えたのだ。
鯰尾藤四郎は思ってもみなかった言葉に言葉を失う。
「刀剣男士と言えど、鯰尾だって男の子でしょ!?もっとガッと来るかと思いきやいつも通りじゃない!!」
「……」
「ドキマギしてるの私だけってなんか悲しすぎるのよ!!」
「………」
我慢していた気持ちと思考は一度吐き出してしまえば、止まらないようだ。
彼女は目をぐるぐると回しながら、力説を続け、鯰尾藤四郎は開いた口が塞がらないらしい。
ぽかんと口を開けているとなまえはうるうると瞳を潤ませ、言葉を紡ぐが、彼は少し俯き、前髪で自身の目を隠すようにしていた。
「そりゃさ、歴史を守るのが刀剣男士と審神者の仕事だって分かってるよ。恋に気を取られてちゃいけないって分かってる。分かってるけどさ……」
「……はあ…」
彼女は鯰尾藤四郎のその姿に怒っていると思ったのだろう。
悲しそうに眉を下げ、冷静な自分の考えを口にする。
だから、恋にうつつを抜かしている場合ではないと理解はしている。
頭で分かっていても、それに心がついてくるかといったら、話はまた別だということが彼女の言い分のようだ。
最後まで言葉にしなくても言わんとしていることは彼もまた分かっていたのだろう。
肺に溜まった二酸化炭素を吐き出すように息を零すが、それはこの状況において、彼女にとってはため息にしか聞こえない。
「っ!!めんどくさい女でごめ……っ!」
「ちょっと待ってください……いや、そうじゃなくて……」
「何が違うのよ……っ!」
呆れられた。
そう感じ取った彼女は息を飲みこみ、涙を乱暴にふき取ると謝罪して部屋から出て行こうとしたが、グイッと腕を引っ張られ、止められてしまう。
鯰尾藤四郎は焦ってように彼女を止めて、誤解を解こうと紡ぐが、それは途中で言葉を失った。
言うか、言わないか。
迷っているような揺れる瞳を彼女に向けているとなまえは痺れを切らしたかのように反論するように声を荒げる。
次の瞬間、彼女はいつのまにか鯰尾藤四郎の腕の中にいた。そのことに彼女は思わず、息を飲む。
「俺にとって主さんは初恋の人なんですよ。だから、抱き締めたいし…恋仲らしい事だってしたいです。当たり前じゃないですか」
「じゃ、なんで……」
「それは……止まらなくなりそうだから……」
「へ?」
彼はぎゅっと抱きしめながら、恥じらっているような声音で自身の思いを口にした。
どうやら、思いは彼女と同じだったらしい。
何故、思いは同じなのにいつも通りに振る舞っているのか。
そこで疑問は生まれるようだ。
なまえは不思議そうに肩越しに彼を見ると鯰尾藤四郎は顔を見せないよう彼女の頭に手を添え、胸に落ちつけながら、ぽつりと言葉を零す。
言われると思ってもなかった言葉に驚いたからだろう。
目に溜まっていた涙は引っ込み、変な声が口から出た。
「だから、いつも通りを装ってたんです……悪いですか」
「わ、悪くないです……」
「感情のままに流されていいなら、思うがままに振る舞いますよ」
どことなく拗ねているような声で文句を言わせるつもりのない問いかけをする辺り、彼はなまえより上手らしい。
彼女はどんどん上昇する自身の体温を感じながら、彼の背中に手を回して、首を横に振った。
その姿が可愛らしく思えたのか。
鯰尾藤四郎はふっと笑みを零すと彼女を抱き締める手の力を緩め、彼女の額と自身の額をくっつける。
「え、え……?」
「覚悟して下さいね」
なまえの目にかっこつけている彼の頬がほんのりと赤く染まっていることが分かっていた。
しかし、それよりも彼の言葉にドキドキしているのか。
鯰尾藤四郎以上に顔を赤く染めている。
いつも通りにしていた彼が随分積極的な態度を取り始めたことに戸惑っているのだろう。
困惑しているように目を回しているなまえだが、それが可愛らしく見えるのか。
鯰尾藤四郎は愛おしそうに目を細め、挑発的な言葉を投げかけるとそっと彼女の唇に自身の唇を重ねたのだった。
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