きみはきみだよ

 和室で机の上に広がっている書類とにらめっこしている女性は一緒に書類整理をしてくれている銀髪蒼眼の美少年をちらっと見つめる。

 彼は彼女の視線に気が付いていないのか黙々と事務処理を行っていた。
 

「ちょぎくーん」
「…どうかしたかな?」


 彼女は机に肘を付き、手に頬を乗せながら視線に気付かない彼の名前を呼ぶ。

 “ちょぎくん”と呼ばれた山姥切長義は彼女の声に視線を書類から彼女へ向け、問い掛けた。
 

「休憩がてら、私とお話しない?」
「…休憩って、まだ今日の分終わってないじゃないか」


 視線が合うと彼女はにっこり微笑みながら彼に提案を持ちかける。

 彼女のそばにある書類は20cm程積まれており、その書類の山を見た長義は眉を下げて彼女へ進言した。

 
「あるじさん、疲れましたぁ」
「……まず、自分で主というのはどうだか…」


 彼女はどうやらやる気を失ったようで眉下げて力が抜けたような声で長義に訴えかけ続ける。
 つまり、どんな理由をつけても休みたいのだろう。

 彼はそんな彼女に、はぁ…と溜息をつきながら呆れたように言葉を零した。

 
「ね、ね?ちょぎくんや、いいでしょ?」
「……少しだけなら」


 彼女は諦め悪く休憩を勝ち取ろうと長義に肯定の言葉を催促するように問い掛ける。

 彼女の様子を見た彼は集中が切れた状態で続けても効率が悪いと判断したのだろう。
 渋々妥協するかのように彼女の提案に乗った。
 

「やったー!ありがと!」
「君は机仕事が苦手だな」
 

 彼女は長義から許可が出たことに嬉しそうにお礼を言うとペンを机に置いて両手を上にあげて座ったまま背伸びをする。

 その姿を見た長義はふっと笑いながら彼女へ言葉をかけた。


「あはは…否定しない」
「本当に素直だね」


 腕を伸ばしきると彼女はふっと力を抜いて両腕を脱力させる。
 そして、笑いながら彼の放った言葉を肯定した。
 その姿に彼はポツリと言葉を零す。

 笑いながら、言葉を返されると思っていなかったのだろう。
 

「ん?そうかな?」
「ああ、俺が今まで見てきたのは…」


 彼女はキョトンとした顔をしながら首を傾げ、彼に問う。
 長義は少し俯いて目を細めながら途中まで言葉を紡ぐがその先は黙り込んでしまった。
 

(監査官という役割の為か、都合の悪いことは隠されることが多かった…だから、)


 彼は瞳を少し揺らしながら今まで監査官として携わってきた審神者達を思い出す。
 政府に報告されるとまずいことでもあるかのように彼とは一定な距離を保つ審神者が多かったのだろう。
 

「……?」
「…いや、なんでもないよ」


 彼女は黙ってしまった長義を不思議そうにじっと見つめていると彼ははっと我に返って首を傾げ横に振った。
 

「………ちょぎくん、背中借りるね〜」
「……は?」


 彼女はそんな彼の姿を見て突然立ち上がり、長義の背に周りながら言葉を掛ける。

 彼女の突然の言葉と行動に意味が分からず、長義は間抜けな声を出した。
 

「よいっしょ…と…やっぱちょぎくんも男の子だよね」
「どういう意味かな?」


 彼女は彼の許可を得ることもせずに彼の背の後ろに座り込むとトンと背を預けてふはっと笑いながら言葉紡ぐ。

 背を預けられた長義は少し驚いた顔をしながら彼女の言葉の意図を探った。
 

「頼りになる背中だね…なんか安心する」
「っふふ、褒めてるつもりかい?」


 彼女は目を瞑って背から伝わる彼の体温を感じながら彼の問いかけに答える。

 彼女の何気ない言葉がおかしかったのだろう。
 長義は脈絡のない彼女の言葉に笑を零しながら問い掛けた。
 

「うん…褒めてるよ、君はいい子だ」
「っ、……突然何を言うんだ」


 彼女は首を縦に振って肯定すると寄りかかりながら右手を上げて長義の頭をくしゃりと撫で優しく言葉を紡ぐ。

 まさかその体制で頭を撫でられると思っていなかった長義は少し頬を赤くしながら照れを隠すように言葉を返した。
 

「……今まで君が出会ってきた審神者がどんな人達だったか分からないけれどここでは肩の力抜いていーよ」
「っ、」

 
 彼女はそっと目を開け、優しく声を掛けながら頭を撫で続ける。
 それはこの本丸に彼が来てからずっと思っていたことだったのだろう。

 長義は彼女の言葉に目を見開いて驚きの表情を見せるが、背を預けている彼女には見えていない。
 しかし、見透かされているような言葉に彼は少し固まった。


「君が見ての通り、ここは私もみんなもありのまま、素のままでいるんだから…」
「……。」


 彼女は撫でる手をそっと離しながら自身の膝を見つめ、言葉を続ける。

 長義は撫でられた頭に残った感触を感じながら彼女の声に耳を傾けた。
 

「私は料理も苦手だし、洗濯も苦手…机仕事も苦手だし、多分審神者には向いてない」
「……。」


 彼女は眉を下げながら自分の評価を下げるようにおちゃらけて言う。
 その彼女の言葉に彼は眉間に皺を寄せた。
 

「でも、誰がどんなことを抱えていたとしてもありのままを受け止める」
「……。」


 しかし、彼女は先程までのおちゃらけた口調から一転して芯のある声で自信があるように紡ぐ。

 その言葉は今まで聞いた言葉の中でとても強く優しく聞こえたのだろう。
 彼は目を見開いて瞳を揺らした。
 

「それだけは出来るから…君もちょっとは私に背を預けていいんだよ」
(全く…)


 彼女は彼の後頭部にコツンと自身の頭を預けながら言葉を零す。

 最後まで彼女の言葉を聞いていた長義は困ったようなどこか嬉しそうな表情をしては目を閉じ、彼は畳に付いていた右手で彼女の左手をそっと重ねた。
 

「…!」
「適わないな…」


 手に広がるあたたかさに彼女は目を見開いて驚く。

 彼はふぅと息を吐きながらぎこちなく彼女へ背を預けながら言葉を紡いだ。

 
「ふふ、これでも君の主ですから」
(だから、君の傍が心地良いと口を揃えて言うんだろうな)


 固まっていた筋肉が少し和らいで自身の背に負荷がかかることを彼女はどこか嬉しそうに微笑みながら、言葉を零す。

 彼女の嬉しそうな声に長義もつられるように笑みを浮かべながら、この本丸にいる刀剣男士達のことを思い浮かべて彼らの言っている言葉を身をもって実感したのだろう。

 
「頼りにしているよ」
「ふふ、こちらこそ」


 長義は重ねた手を軽く握りながらポツリと言葉を零す。
 それは数分前よりも彼女への信頼を表しているようにも見えた。

 彼女は少し照れくさそうに微笑みながらまた彼を信頼してるとばかりに握られた手を握り返したのだった。
 


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