似た者同士

 この本丸を見守るように一本の大きな大きな桜の木が立っている。
 春風が吹くと葉が囁くように優しく音を鳴らす。

 そんな木に近付くのは癖のある薄紫色の髪の男。
 今は前髪を上げて薄桃色のリボンで留めて着物に襷をまいて動きやすくしているようだ。

 彼は、はぁ…と深いため息をつくと桜の木を見上げた。


「おや、主」
「っ!…何だ……歌仙か…驚いたぁ」


 彼が見上げた先には桜の木の太い枝に座って幹に寄りかかっている白衣に緋袴を着た女性がいる。
 その事に驚いたのか彼は目を見開いては彼女に声をかけた。

 まさか気付かれると思ってなかったのだろう。
 彼女は両肩をビクッとさせて恐る恐る下を見る。

 そこにいた人物…歌仙兼定だということに安堵したのか肩の力を抜いた。
 

「くす、…仕事は終わったのかい?」
「……長谷部から逃げてる最中です」


 彼女の驚き具合が予想外だったのか彼はふっと微笑むと上を見上げたまま女性へと問い掛ける。

 彼女は彼に問いかけられた言葉は今聞きたくなかったのだろう。
 歌仙から目を逸らしてぽつりと零すように答えた。


「くすくす、それはまた…長谷部が必死になって探してそうだ」
「私にだって、休憩は必要だもーん」


 彼女の答えは彼は分かっていたのだろうか。
 楽しそうに口元に手を添えながら笑うと眉下げて本日の彼女の近侍であるへし切長谷部の行動を予想して口にする。

 女性はぷくっと頬を膨らませて開き直るように言い訳を口にした。
 どうやら悪いという気持ちはあるが我慢の限界で噂の長谷部を巻いてきたことが伺える。


「心の余裕は必要だからいいと思うよ」
「流石歌仙〜!分かってるねぇ」


 歌仙は少し拗ねたような彼女はふっと笑っては桜の木の幹に寄りかかって言葉を返す。
 どうやら彼も彼女の意見に賛成のようだ。

 彼も彼女と同意見だったことが嬉しかったのか。
 女性はにっと口角を上げて笑いながら少し身を乗り出して言葉を返した。


「くす、それはどうも」
「そういえば……内番お願いした気がするんだけど…終わったの?」


 拗ねた顔が一転し、花が咲いたように笑う彼女に歌仙はまた笑うと彼女へ視線を向けた。
 彼女はふと思い出したように何気なく彼へ問い掛ける。

 そう、毎朝決まる内番は馬当番や畑当番などの当番を審神者である彼女が決め、その指示通りに刀剣男士が仕事をしていくのだが、まだお昼前だと言うのに彼は何故かここにいた。


「…………………馬当番とか雅じゃないじゃないか」
「くっ、……ふふ、そうか!君も逃げてきたのか!」


 彼は合わせていた視線を突然ふいっと逸らす。
 そして、長い間を空けて告白をした。

 そう、彼女が彼に命じた当番は彼が嫌っている馬当番だったのだ。

 彼女は彼のその言葉に笑いが堪えられずに声を出しながら笑って嬉しそうに言葉を紡ぐ。
 つまり、彼も彼女と同じように逃げてきたのだ。


「僕が肉体労働嫌いなの分かっててやらせようとする主には困ったものだね」
「まあ、嫌なのは知ってるけど…こればっかりはね…ごめんね?」


 彼は、はぁ…と深いため息をついては右手を腰に当てながら言い訳をする。
 肉付の良い身体を持つ彼だが、どうやら相当肉体労働が苦手らしい。

 彼女は眉下げて“仕方がない”とばかりに言葉を返す。
 しかし、誰だって嫌いなことをさせられるのは嫌だということを理解しているのだろう。
 彼女は彼に謝罪の言葉をかけた。


「ずっと料理当番でいいんだけどな」
「あはは…政府から普段やらない内番をやらせようっていう通達来ちゃったもんだからね…畑当番の方が良かった?」


 彼は少し拗ねたような顔をしてぽつりと言葉を零す。
 どうやら本気で彼女に訴えているようだ。

 彼女は困ったように笑いながら突然来た政府からの通達に従った迄だとばかりに言葉を返す。
 しかし、表情の変わらない歌仙に彼女は悪戯笑みでわざとらしく問い掛けた。


「どっちも雅じゃないよ…」
「だよねぇ…まあ、今日でそのウィークリー終わりだからまた明日から通常に戻すよ」


 畑仕事も汚れ仕事になるから彼は嫌いなことを分かっていながら言った言葉だったのだろう。
 彼女の問いかけにまた深いため息をついて彼はぽつりと言葉を零す。

 彼女は肩をすくめて彼の言葉に同意を示した。
 そして、少しは希望が見えるような言葉を紡ぐ。


「それは助かる…」
「皆なかなかに慣れないことしてやつれてるしね…あはは…それに……」
「……?」


 彼は困ったように笑いながら彼女に視線を向けた。
 彼女は太い枝からスタっと下りると今週、この本丸にいた全員が今まで任せてない仕事を任されて困惑している姿を思い出したのか苦笑いする。

 彼女は笑いながら続けて言葉を紡ごうとするが発さられることがなく、歌仙も彼女の言葉の続きを待つが紡がない彼女に首を傾げて見つめた。


「そろそろ歌仙と光忠のご飯は美味しいから食べたいかな」
「ふふ、それは光栄だな」


 彼女はふわっと笑っていつも通りの、慣れた味が恋しくなったかのように何気なく言葉を紡ぐ。

 彼はその何気ない一言が嬉しかったのか頬を少し赤らめて彼女につられるように微笑んだ。


「うわぁ…長谷部の声が聞こえてきた」
「ふふ…そろそろ連れ戻されそうだね」


 遠くから“主”と大声で叫んでいる声が聞こえてくる。その人物の声に彼女は眉を八の字にしてぽつりと言葉を零す。

 彼は彼女のその表情に先程とは違う笑みを零して言葉を返した。


「……ふふ、歌仙も探されてるね」
「嗚呼……気が重くなってきた」


 また違う方向からは歌仙を探しているような声が聞こえてくる。
 どうやら彼も彼女と同じように探されているようだ。

 その事実に女性はいたずらっ子のように笑うと彼に言葉を紡ぐと彼はどんよりと気が重くなったように言葉を零した。


「お互い嫌な仕事を頑張って終わらせたらさ」
「…?」


 彼女はポンっと彼の背中を軽く叩きながら歌仙に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 彼女の紡ぐ言葉の意図を理解出来ない彼は不思議そうな顔をしながら彼女を見つめた。


「ご褒美に月見酒でもしよっ」
「………ふっ、それは風流があるな」


 彼女はお猪口を持ってくいっと飲むような素振りをしながら楽しそうな誘いを歌仙にする。

 彼はその素振りが似合わない彼女にを見てなのか。
 誘われた風流のある楽しみになのか分からないが心做しか表情を和らげた。


「さっ、やる気だそうか!お互いに」
「………仕方ない、か」


 彼女は両手を上に伸ばしてやる気を出すように大声を出して本丸へと歩んでいく。

 彼はそんな彼女の背中を見て嫌な内番をこなさないといけない理由が出来てしまったので困ったように笑って彼女の背中を追いかけては自身の担当へと戻って行ったのだった。
 


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