月のような人
空気の澄んだ空には真ん丸の月が浮かんでいる。それを青年は縁側に座りながら、どこか遠い記憶を思い出しているかのように見つめていた。
「みーかづき」
「ん?ああ、主か」
彼の後姿を見つけた女性はふっと笑って声をかける。
彼女の声に青年は後ろを振り返ると穏やかな表情を見せながら、言葉を返した。
「また月見してるの?」
「良い月だったからな」
彼女はさりげなく彼の横に腰を下ろしながら問い掛ける。
彼は月を見上げながら、彼女の問いに答えると彼女も三日月につられるように月を見上げた。
「とーとつに聞きますが、おじいさんや」
「くす、なんだ?」
彼女は月を見上げながら、三日月に声をかける。
彼女の言葉選びがいつもと違うことにおかしそうにクスッと笑うと三日月は彼女を見ながら首を傾げた。
「この本丸に来て2週間経ったけど慣れましたかな?」
「そうだなぁ…人の器にも慣れてきたから慣れただろうな」
彼女は月から目を逸らし、隣にいる青藍の瞳の中に中黄の三日月を浮かべる彼に目を向けながら問いかける。
どこかおちゃらけたような言い回しだ。
彼は少し考えながら、彼特有ののんびりした言葉で彼女の問いに答えた。
「もう…人の器って言い方やめてよ」
「千年以上も刀として生きてきてまさか人の形をとるとは思わないものだ」
三日月の言葉に引っかかったようで彼女は眉間に皺を寄せ、彼に言葉を返す。
しかし、彼はふっと笑いながら自身の発した言葉を撤回する様子がない。
それ程までに三日月自身が不思議に思っているのだろう。
「……人の姿になるのは嫌だった?」
「いいや、存外悪くない」
彼女はじっと彼を見つめながら、ふと浮かんだ疑問を口に出す。
三日月は彼女の問い掛けに目を張るとふっと笑って首を横に振った。
「三日月って本物のお月様っていうより水に浮かぶお月様みたい」
「それは褒めているのか?」
彼女はへらっと笑いながら、彼のことをものに例えるように言葉を紡ぐ。
その言葉に三日月は首を傾げた。
彼女の例える意図を理解できていないようだ。
「褒めて……ないわけでもない…」
「どっちなんだ?」
彼女は頬に人差し指を添えて考えながら、言葉を紡ぐが曖昧な言葉選びに彼は眉を下げて更に問掛ける。
「あ、でも、本物のお月様も変わらないや」
「……主よ、どういう意味かを教えてくれ」
彼女はなかなかのマイペースな人物なのだろう。
彼女は自身の放った言葉に一人で納得する。
彼女に付いていけない三日月は少し困った顔をしながら言葉を掛けた。
「掴めそうで掴めない人」
「………。」
ふわっと笑いながら彼が知りたがっていた意味を口にすると三日月は目を見開いて瞳を揺らす。
(刀だと言うのに“人”と言うか…)
言葉が出てこないのか瞳を揺らしたまま、彼女をじっと見つめながら少し困ったような顔をした。
「三日月?」
「こんなに近くにいてもそう感じるのか?」
黙ったままの彼を不思議に思った彼女は首を傾げ、名前を呼ぶ。
彼はクスッと笑って彼女に顔を近づけ、彼女の頬に手を添えながら問い掛けた。
「……いや、物理的な距離の話じゃなくて…と言うか近いよ、おじいちゃん」
「ん?主は
まさか丁度良い距離を保っていた顔がマジかに迫ると思っていなかったのだろう。
彼女は目を見開き、頬を赤く染めながらも冷静な口調で三日月にツッコミを入れる。
冷静素振りを見せても照れているのは一目瞭然の彼女を見て彼は楽しそうに微笑みながら、からかうように言葉を返した。
「うぅ…こちとら顔面偏差値高い人に慣れてないんだよ」
「はっはっはっ、俺よりも主の方が慣れた方がいいんじゃないか?」
彼女は図星のようでムッとした顔しては言い訳のように言葉を零す。
三日月は素直に自供する彼女が面白かったのか近づけていた顔を離して笑うと彼女へ進言するが、その言葉もからかっているようにしかみえないものだった。
「むー…前よりはマシになったんだよ、これでも…みんなイケメンだから最初は大変だったんだから……」
「それは見てみたかったな」
彼女は自身の頬を両手で包み、不貞腐れた顔をして彼を見上げる。
しかし、彼女の言う言葉は彼にとって興味が注がれるらしくどこか惜しそうに言葉を紡いだ。
「本当に大変だったんだよ?みんなに最初にした命令“お願いだから近寄らないで”だったんだから」
「うむ…主はなかなか酷な命令をしたものだな」
彼女は彼に大変さが伝わっていないと思ったのだろう。
必死になって過去に何があったのかを口にする。
三日月はそこまで彼女が昔初心だったことに初期の面子を労るように眉を下げて言葉を返した。
「私もそう思う…」
「だが…」
自身の言葉に当時刀剣男士達を傷つけたことを思い出したのだろう。
彼女はしゅんと頭を垂れて三日月の言葉に同意を示す。
三日月は彼女がしゅんとなって言葉を紡ぐがその言葉を途中で飲み込んだ。
(そんな主を見ることが出来てた初期の面子が羨ましく思う)
そして、彼女から目を逸らして宙に浮かぶ円い月をじっと眺めながら言いかけた言葉を心の中で吐露する。
今より初々しい彼女を彼は一目見たいと思ったのだろう。
「ん?」
「いいや…」
彼女は彼が紡ぐ言葉を待つがなかなか返ってこないことに顔を上げて彼の顔を不思議そうに見つめた。
彼はふっと目を細めながら笑うと首を横に振る。
「……でも、三日月がうちに来てくれて正直安心したんだ」
「それは良いことを聞いた」
彼から視線を逸らし、月を見上げながら彼女は何気なく言葉を紡いだ。
その言葉に彼は穏やかに微笑みながら言葉を返す。
「空に浮かぶ月のように儚く見えるけど本当は優しくて強い光で照らしてくれるような人だから」
「……………はっはっはっ、そうか」
彼女は真ん丸な月を見上げたまま嬉しそうなに微笑みながらさらに言葉を紡ぐ。
彼はその言葉に驚いたのだろう。
彼女をじっと見ながら、息を飲んだ。
そして、少し間を置くといつも通りのマイペースな笑い方をしながら彼女の褒め言葉を受け取る。
「笑う要素あった??」
「秘密だ……では、主の望む俺でいよう」
まさか笑われると思わなかったのだろう。
彼女は眉間に皺を寄せて困ったような顔をしながら彼の顔を覗き込む。
彼はどこか嬉しそうな顔をしながら、彼女のといに答えることはぜすに言葉を紡いだ。
「ありのままでいいんだけど…まあ、いっか!頼りにしてるよ」
「あいわかった。任せられよ」
彼女は少し悩んだ顔をしたが、深く考えることを止めたのかにぱっと笑って彼を信頼する言葉を投げかける。
彼は月の光を浴びては彼女の言葉を承諾しながら柔らかく微笑んだのだった。
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