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目覚め



戦いを終えてすぐに気を失ってしまったせいで、あの後はどうなってしまったのか、解らず終いだった。

故に、勢いよく回り出した思考に跳ね起き、意識は覚醒する。


『今剣…ッ!?』
「ぅわあ…っ!!」
「わっ、急に起きた…っ!」
『お前…っ、大丈夫だったのか…!?あんなに酷い怪我だったけど…っ。』
「はい…っ!あるじさまのおかげで、ぼくはこのとおり!いまはきずひとつなく、げんきいっぱいですよ…!!」


小さな身体いっぱいに傷をこさえていた、源義経公の短刀の、あの今剣だった。

彼の言う通り、あんなに酷かった傷だらけの傷はもう無く、今はすっかり元気になったようだ。


『そっか…っ、良かった……っ。』


心の底から安堵した律子は、長い溜め息を吐くと、そっと胸を撫で下ろした。

安堵した事から、いきなり跳ね起きた時の衝撃が遅れて頭を刺激し、思わず小さな呻きが漏れてしまった。


「あ、あるじさま…っ!?どこかぐあいがわるいのですか…っ!?」
『いや…、ちょっとクラッときちゃっただけ…っ。』
「あーあ、ったくもー…。急に起き上がるから悪いんだよ?アンタ、倒れてからずっと眠ってたんだから…そんなに急に動いたら、身体が吃驚しちゃうでしょ?馬鹿なの…?」
「だいじょうぶですか…?むりしないでくださいね?」


一方は、彼女の身を心配し、一方は、ちょっと辛辣に返してきた。

だが、どちらも律子の身を案じている事は確かだ。

だから、素直に受け止めた彼女は、「すみません…。」と謝った。


「さて、と…。無事に目覚めた事だし、皆に知らせなきゃね。」
「それに、めがさめたのなら、いちど…きずのぐあいなどをみてもらったほうがいいですよね?」
「それもそうね。じゃあ、頼みに行くか…。」
「きずはすっかりいえましたし、ぼくが、薬研をよんできましょう!」
「ん、お願いね。」
「まかせてください…!すぐによんできますね!」


にこりと笑みを浮かべると、軽やかな足取りで部屋を出ていった今剣。

必然的に、最初に顔を覗き込んできた彼と二人きりになってしまった。


「…そういえば、自己紹介まだだったね。」
『あ、はい。そうでしたね…。』
「俺は、加州清光。この本丸の初期刀で、一番の古株ね。解んない事あったら、何でも聞いて。」
『あ、はいっ。私は、栗原と申します。一応、審神者名を、猫丸と言います。色々とご迷惑をおかけするかと思いますが、これから、宜しくお願いします…っ。』
「ん。此方こそ、宜しくね。」


一通り、自己紹介は終わった。

無駄に緊張した律子は、初めてまともな会話が出来て、ホッと息を吐いた。

その様子を見ていた清光は、おもむろに口を開く。


「…何か、最初に逢った時と今…印象違うね。」
『え…?』
「何か、最初に逢った時は、もっとこう…男っぽくて、口調も荒っぽかったような気がしてさ。」
『あぁ、そういう事…。アレは、一刻も争う緊急時だったから…その、取り繕う暇とか無くて…っ。素が荒っぽくて、すみません……っ。』


戦闘時の口調や態度を指摘され、思わず平謝りする律子。

確かに、アレと今では、突っ込まれても無理はないだろう。

元々、彼女は、如何にも女らしい言葉遣いではなく、少し勇ましく感じるくらいの男らしい口調だった。

故に、敬語かつ潮らしく謝る姿に首を傾げたのである。


「もしかして、あっちの方が普段のアンタ…?」
『あ、あ゙ー…っ。まぁ、いや、その、はい…っ。ソウ、ナリマスカネ…。』
「(何で片言…?)ふぅん…。なら、別に良いんじゃない?無理して敬語遣わなくても。俺達、全然気にしないし。まぁ、一部気にする奴は出てくるかもしんないけどさ。言葉遣いとかに厳しい奴が。」
『あ、へ…?』


彼の言った事をいまいち理解出来なかった律子は、間抜けな声を上げた。

その顔に、思わず吹いてしまった彼は、小さく笑みを零した。


「ちょっと、何その顔…っ。すっごい間抜け面になってるよ…!」
『え?は、え…っ!?』
「ちょ…っ、混乱し過ぎ…!はは…っ!」


目をぱちくりさせながら、突然笑いのツボに入ってしまった彼を見つめていると、一言声をかけられた後に、障子の戸がスッと開かれた。


「何だ、やけに賑やかじゃないか。もう打ち解けたのかい…?流石は、俺っちが惚れただけの器はあるみたいだな。」
『は…?惚れた…って、誰に。』
「おいおい…そりゃ、野暮ってもんだぜ、たーいしょっ?」
「あれ…?そういえば、今剣は…?」
「あぁ。今剣なら、今、他の奴等に大将が起きた事を知らせに回ってるぜ。」
『にゃるほろ…。皆さん、お仕事が早いですなぁ…。』
「そりゃ、当然だろ…?俺達の大事な主が無事に目を覚ましたんだ。一刻も早く知らせてやんねぇとな。」


ニッと不敵な笑みを浮かべて近付いてきた薬研は、彼女の傍らに膝を付くと、彼女の頭にポフリと触れた。


「こんのすけから、粗方話は聞かせてもらった…。突然、此方の世界に呼ばれて、いきなり戦闘に巻き込まれちまったんだ。戦なんて経験してねぇ上に、人ではないモノといきなり対峙させられて、恐かったろ…?よく頑張ったな。」
『…確かに、敵から直接狙われて攻撃を受けた時は…正直なところ、死ぬかもしれないって思ったし…メチャクソ恐かった。』
「でも、アンタは逃げなかった。迷わず、敵に向かっていってくれたし、倒してくれた。おまけに、本丸内に溜まってた瘴気や穢れを逃がす指示を出してくれてたし、今剣や俺達兄弟達を手入れしてくれた。アンタは、この本丸の救世主だ。ありがとな。」
『いや…っ、そんなっ!私、大した事してないし…!それに、アレは全部テンパって色々やっただけだし…っ!!そんな、改めて礼を言われるような事してないよ…!?』


片手を握られ、更には頭を下げられ礼を言われる始末に、ひたすらわたわたと慌てる律子。

側で様子を見守っていた清光も、彼の言葉に頷く。


「この本丸を救ってくれたってのは、事実でしょ…?なら、素直に受け取っておきなって。」
『ぇええー…!?』
「そういう事だぜ、大将。さて…二日も眠っちまってたんだ。少し、身体の具合を診させてもらうぜ?ついでに、傷の具合もな。大した傷じゃなかったが、大将は女だからな。痕が残っちまったら大変だ。」
『ん…?二日……?』
「嗚呼。二日だ。」
『………嘘だろ…。』


すぐに気持ちを切り替えた薬研に、ちょっとばかし戸惑いつつも、大人しく診てもらう律子。

薬研が来た本来の目的が行われ始めると、別の用がまだあるらしい清光は、少し席を外すとの事だ。

暫くは、薬研や今剣が付いてくれるそうで、律子は一人になる心配をしなくて良いと安堵した。


『あれ…。そういえば、私、着替えた覚えなんてひとっつもないんだけど…。誰か着替えさせてくれたりしたの…?』
「嗚呼。その事なんだが…、女の大将に流石にマズイとは思ったんだが…。如何せん、大将が着てた服は汚れてたからな。そのまま寝かすのも悪いかと思って、勝手ながら着替えさせてもらった。傷の手当てもあったしな…。悪く思わんでくれ。」
『いや…、気絶しちゃった私にも責任はあるんだし、文句は言わないよ…。ただ…、私も女の端くれなので、幾ら治療の為とはいえ、裸を見られるのは、ちょっと…いや、かなり抵抗がある…っ。だって、私、スタイル良くないし…綺麗でもないし…。』
「そうか…?大将は十分魅力的だろう。傷の手当ての際に不可抗力で見ちまったが、綺麗な肌してたぜ…?ありゃ、きちんと普段から手入れしてるからだな。絹みたいな触り心地で、おまけに色白でスベスベだったぞ。大将さえ許可してくれりゃ、もっと触ってみたいんだがな…?」


自然な流れで、するりと取られた手の甲に、ちぅ…っ、と口付けられた律子。

唐突な展開に付いていけずに、目を見開かせて固まる。

口許は、金魚みたいにパクパクと開閉を繰り返すだけだ。


「ん…?何だ、大将。こういった事には慣れてないのか…?さては、初心だな…?隅におけねぇなぁ、大将…?」
『ぁ…っ!やっ、あのっ、ちょ…っ!』
「はは…っ!まぁ、そう慌てなさんな。冗談だよ…。あんまりにも可愛らしい反応するもんだから、ついからかいたくなっちまってな。すまん。」


彼の噂は予々聞いていたが、まさかこんな風に体験するとは思っていなかった律子は、内心バクバクで落ち着かないのであった。


執筆日:2017.09.24