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謝罪



『そっ、そういえば…!私、仕事帰りにそのまま此方に来ちゃったから、既にハゲハゲだったとは思うけど、化粧したまんまだったんだよねっ!それって、どうなったのかな…!?』


話題を変えようと、咄嗟に化粧についての話をしたが、先程の事がまだあって、些か声が裏返ってしまった。

めちゃくちゃ恥ずかしいばかりだ。


「あぁ、化粧なら俺達兄弟が落としといたぞ。流石に、化粧したまんま寝たら肌に悪いだろうし、寝づらいだろうからな。短刀は、元々姫様方の守り刀としても使われてたから、そういう気遣いは利くんだ。だから、その点については安心してくれ。」
『な、何か…何から何までお世話になって、申し訳ないな…。』
「気にすんな。主の世話をすんのも、俺達の役目だからな。っと…、もう楽にしてくれて良いぜ?」
『お、おぅ…っ。』


診察が終わったのか、近くにあった身を離した薬研。

ただでさえ慣れぬ異性との近さに、緊張しまくっていた律子は、無駄に入っていた肩の力を抜く。

すると、静かに開けられた障子に、一人と一振りは、そちらに目を向ける。


「あるじさまのぐあいはどうですか?薬研。」
『今剣…!』
「嗚呼、今のところは、問題は無さそうだ。傷の方も、このまま治りゃ、痕は残らずに済むだろうな。」
「それはなによりですね!ところで、加州さんはいらっしゃらないんですか…?」
「旦那なら、別の用で席を外してるぞ。取り敢えず、今日のところは、手の空いた奴が大将の側に付くって話だ。」
「じゃあ、ひまなぼくは、あるじさまといっしょにいてよいということですね!わぁ〜いっ!」
『今剣が側に居てくれるの…?』
「はいっ!ぼくは、きょういちにち、なにもすることがないので、とくにようがないかぎりはあるじさまといっしょにいれますよ!あるじさまのけいごは、ぼくにまかせてください…っ!」
「俺っちも、次の用が入るまでは一緒だぜ?安心して身を任せてな。」
『頼もしい限りだ…。』


二振りの短刀らしかぬ男前さに胸を打たれていると、ふと、障子の前に人影が出来た。


「―長谷部です。お気付きになられたと今剣から聞き、馳せ参じました。今、お部屋へ入っても宜しいでしょうか…?」


そう静かに声をかけられた律子。

初めて邂逅した時とは、あまりにかけ離れた態度に驚きを隠せずにいると、呆然としていた彼女の代わりに、今剣が口を開いた。


「あるじさまは、まだおきたばかりでみじたくがすんでいませんよ。それに、けいかいたいせいでいたとはいえ、あなたは、しょけんであるじさまにかたなをむけました。それが、ひとのみであり、はじめていくさばをしったばかりのあるじさまにたいするたいどですか…?たとえ、そのときは、あたらしいあるじさまとはしらなかったとしても…ひとのこはもろいのです。かんたんにしんでしまうのですよ。」


すっくと立ち上がったかと思えば、障子の向こうに居る長谷部に向かってそう告げた今剣。

開かれた口からは、淡々と鋭い威圧を纏わせた言葉が紡がれる。

随分と手厳しい当たりだ。

小さな彼の変わり様に、これまた呆然とするしかない律子。


「きっと、あるじさまはこわかったはずです。それでも、そんなおもいをおくびにもださずに、ぼくたちのほんまるをすくうため、じんりょくをつくしてくれました。あるじさまにちゅうせいをちかうのであれば、それそうおうのたいどをしめしていただかなくてはなりませんよ?まずは、しゃざいをしてください。」
『い、今剣…っ?何もそこまで言わなくても…、私、全然気にしてないから良いよ……?』


目をぱちくりさせながら、律子は吃りつつも、別に怒っていないとの事をそれとなく伝えた。

しかし、彼はそれを頑として聞き入れなかったのである。


「いけません、あるじさま!そうやってあまやかしていては、すぐにつけあがるのがオチです…!ここはビシッとけじめをつけておかないと…っ!!」
『あ、あぁ…。確かに、そ、そうかもしんないね…っ。』


両の手の拳を握って力説する今剣に圧され、控えめに相槌を打っていた律子は、頷かざるを得なかった。

障子の向こう側の声は、明らかにトーンを落とした声で言葉を返した。


「確かに…今剣の言う通り、俺は、知らぬとはいえ、我が主に己が刃を向け…あろう事か、主に対し、飛んでもない言葉を口走ってしまいました。勿論、罰は幾らでも受ける所存です。煮るなり焼くなり、ご随意にどうぞ。」
『いや、そんな事しないよ!?』
「しないのか?大将。」
『する訳ないじゃん!!何なの!?今の言葉の応酬…!おっかないよ!!』


有り得ないとばかりに、薬研の言葉を即否定し、障子の影を指差しながら言った。


「何もお咎めにならないと…何の処罰も無いと、そう仰るのですか…?」
『そもそも、罰を与える理由が無いだろ。寧ろ、それだけの事で罰とか、意味が解らない。』
「…!そ、それは…っ、本当ですか…っ?」
『本当も何も…。お前がそれ程酷い事した訳じゃないだろう?あの状況下で、お前は当然の反応を取った。それは、この本丸を守る為の行為に他ならない。違うか…?』
「いえ…っ、違わない、です…っ。」
『だったら、それで良いじゃないか。お前は、本丸を守る為の当然の行動を取った。それだけ。だろ…?』


始めこそ戸惑い慌てていたが、あっけらかんと言い放った律子。

隣で控えていた二振りは、驚きに両目を見開き固まる。

先程までおどおどしていた様子とは、まるで一変している。

しかし、審神者たる者としての片鱗を見せ始めているのは事実だった。


『というか…、いつまで其処で話してんの?障子越しとかまどろっこしい事しないで、直接話せば良いのに。』


未だ、今剣が制するようにしていたが、ゆっくりと布団から立ち上がった律子は、真っ直ぐに障子の方へと歩み寄っていく。

そして、迷いのない動きで、スパンッ!と障子を開け放った。


「な…ッ!あ、主…!?」
『ぅおわ…ッ!?おんま…っ、何してんの!?まさか、今までずっとその状態で会話してたの!?馬鹿なの…!?』


障子を開けた先で目にしたのは、土下座した状態で驚きに顔を上げる長谷部だった。

思わず引いてしまった彼女は、ズザザッと一、二歩後退る。


「主っ、な、何て格好を…っ!そんな身形では、風邪を引いてしまいます…!!」
『何て格好をって言われても…起きたらこの服になってたんだから知るかよ。ついでに言うけど、さっき今剣が言った通り、俺はまだ起きたばっかで身支度なんか整っちゃいねぇんだ。せめて、もうちょい時間を置いて来て欲しかったな…。本当に起きたばっかで、取り敢えず現状把握しただけの状態で、顔洗ったり髪セットしたりも何もしてないから…ぶっちゃけると、こんな状態で人に逢いたくはない。』


漸くその身の全貌を見せた彼女は、恐らくこの本丸内の誰かの物だろう、寝間着用の浴衣を身に付けていた。

だが、起き抜けの状態で、着衣は些か乱れており、緩めである。

おまけに、出逢い当初は結い上げてられていた髪は下ろされたままで、何とも言い難い雰囲気を纏っていた。

咄嗟に見上げた状態の長谷部は、オロオロと顔を赤らめるも、すぐさま持ち前の機動力で立ち上がり、自身の上着を脱いだ。


「主が心配だったあまりに事を急き、挙げ句の果てに配慮が足らなかった事は謝りますが…っ。そのような薄着で居ては、風邪を引いてしまうだけでなく、人目を惹きます…!俺の上着で良ければ、幾らでも貸しますので、羽織っていてください…っ!」
『お、おぅ…っ。ありがとう…?』
「いえ…っ、これくらい何でも…。それよりも、起きたばかりである事を想定して、上着の一つや二つご用意するべきでした。全くもって配慮が足りず、申し訳ありません…っ。」
『いや、気にすんなって…。もう良いからさ。それよりも…お水貰えない…?俺、今まで起きてから喋りはしても、全く水分補給してなくてさ。喉乾いちゃって。おまけに、二日も寝っ放しだったらしいから、余計に身体が水分欲しがってて…。』


自身には少し大きめのサイズをしたカソックを上着の代わりとして羽織らされ、目のやり場に困っているようなので前を引き寄せ隠した。


「おっと、そいつぁすまねぇ。そこまでは気が回ってなかったな。悪い、大将。」
「こっ、これは失礼致しました…!今すぐにご用意致しますので、主は此方でお待ちください!」
『え、あ、うん。そう急がなくても良いから…って、もう遅いか…。機動力速んい…。』


言った側から反応し、身体をきっちり半分に折って謝罪すると、すぐさま駆け出した長谷部。

流石、長谷部。

機動力が違う…。

が、廊下は走っちゃいけません。

そのまま、ぽけーっと突っ立っていると、クイクイッと袖を引かれて視線を下げた。


「きがつかなくてごめんなさい、あるじさま…。かおをあらいたいんでしたよね?では、はせべがもどってくるまえに、ぼくがあんないしましょう。」
『あ、ありがとう…。けど、その前にお手洗い行かせてもらっても良い?トイレ行きたい…。』
「かわやのことですね?こっちです…!」
「そんじゃ、俺っちは、大将が着れそうな服を見繕ってくるとするか。」
『あざーっす…。』


少しだけ、心の距離が縮まり、歩み寄れたような…そんな気がしたのであった。


執筆日:2017.10.01