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黒装束



鍛刀を開始して、「03:00:00」というタイムが出て、こんのすけの言う通り、太刀か打刀が来る鍛刀時間であった。

礼の品として、手伝い札という便利な資材も幾つかもらっていたが、初めての鍛刀という事もあり、待ち時間を楽しみたいと彼女からの申し出に、鍛刀時間通りに三時間待つ事にした一行。

取り敢えず、鍛刀が終わるまで、色々とこれからの説明やら何やらを聞いたり、審神者としての仕事を教わった。

一先ず、本日の近侍と内番を決める事になった。

内番は、今までの流れでは、やりたい者が率先して動いていた形らしく、それでは全ての内番をこなすには効率が悪いだろうとの判断である。


「まずは、本日の近侍を誰にするかという事から決めましょうか。」
『そうだねぇ…。やっぱり、この本丸で一番の古株である清光が適任かなぁ…?昨日も、仮にではあるけど、清光に付き添ってもらったし。この本丸での初期刀だからって贔屓してるように感じちゃうかもしれないけど、何事も初めてだから、一番頼りになりそうな子を近侍にしたいかな。』
「確かに、加州さんなら、近侍に適任でしょうね。彼は、この本丸で一番最初に顕現された刀ですから。それでは、本日の近侍は、加州さんに決まりとして…。次は、各内番ですね…。当本丸が、どの刀を所持しているかを把握してから、決めた方が宜しいですね。」


そう言って、この審神者部屋にある、未だ一度も触れていなかった審神者専用端末と思われるノートパソコンを起動させるこんのすけ。

見た目としては、彼女が居た時代の物と大した違いは無かったが、機能の面としては、恐らく断然に良くなっているだろう。

寧ろ、使いこなせるか不安なくらいだ。


「一先ず、当本丸が所持している刀の事を記した、“刀帳”をご覧ください。」
『おぉ…。これが、噂の刀帳…。』


本丸で顕現されてきた刀剣男士等の歴史を記した記録を見て、気付く。

幾つもの刀剣男士等の“刀剣破壊”の文字達…。

黒本丸だった経緯を改めて突き付けられたようだった。

そこには、あの闇堕ちしかけた大倶利伽羅と宗三が言っていた二振りの名前も記されていた。

燭台切光忠と小夜左文字である。

その名を、悲し気な表情で指でなぞった律子。

絶対に、同じ事は繰り返さないと、唇を噛み締めて瞳を伏せた。

改めて、各内番を決めるべく、現在顕現中の刀達を把握する。


『…こうして見ると…やっぱりパワーバランス偏ってるよな…。』


現在の刀剣所持数は、全部で二十五振り。

その内、短刀が…今剣、薬研藤四郎、乱藤四郎、秋田藤四郎、前田藤四郎、平野藤四郎、博多藤四郎、五虎退の八振り。

脇差が…にっかり青江、堀川国広、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎の四振り。

打刀が…加州清光、陸奥守吉行、山姥切国広、歌仙兼定、蜂須賀虎徹、へし切長谷部、大倶利伽羅、宗三左文字、鳴狐の九振り。

太刀が…鶴丸国永、獅子王、江雪左文字の三振り。

そして、大太刀の石切丸が一振りであった。

何処からどう見ても偏りの多い面子である。

おまけに、意外にも、世で言うレア刀が何振りか居るようだ。

鶴丸や江雪なんかはレア太刀だし、平野なんかもレア短刀だ。

それに、博多なんかは、イベント時のみでしか獲得出来ない短刀だった筈…。

成る程、この本丸が解体されていなかった理由は、これ等を含むからという事か。

政府も大概な所があるな、と思わざるを得ない事であった。

余程、顰めっ面な顔でもしていたのだろう。

こんのすけが心配して声をかけてきた。


「主様…?どうかなさったんですか?」
『いや…、何でもないよ。ただ、今の現状を再認識して、頭痛くなっただけだから…。』
「そ、そうですか…。確かに、今の現状は、あまり良いとは言い難いですからね…。」


取り敢えず、この二十五振りの中から、各内番メンバーを選出していく。

厨当番は、朝餉の時のメンバーのまま、宗三と清光に、堀川の三振りで。

馬当番は、石切丸と秋田の二振り。

畑当番は、大倶利伽羅と鶴丸、獅子王の三振りに。

掃除当番は、乱と山姥切、平野の三振りで。

組手は、五虎退に前田と、鯰尾に骨喰の四振りと振り分けた。

あとの組は、皆非番という事で、各々好きなように過ごしてもらう事にする。

出陣や遠征については、もう少し彼らの様子を見てから考えるとしよう。


『取り敢えず…っ、内番表出来たぁ〜…!』
「お疲れ様です、主様。」
『むぅ〜…っ。あとは、これを近侍の清光に渡して、皆にお知らせしてもらおう…っ。その後のスケジュールは、一先ず、最優先的に覚えなきゃならん事を叩き込むとするか…。清光ぅ〜っ!』


各内番を決め終えた途端、だらりと脱力した律子は、四つん這いで入口の方まで這っていくと、襖を開けて廊下の先の階下に向かって叫んだ。

すると、彼女の声を聞き付けた彼が姿を現して、階下から声を張り上げた。


「なぁーにぃー、主ぃー?俺の事呼んだぁー…?」
『呼んだ呼んだぁ〜…っ。本日近侍に命じます清光さんに、これをお渡ししたくお呼び致しましたぁ〜っ。』
「これ…?これって何の事…?」


緩い掛け声で呼びかけられ、階下に居るまま返事を返す清光。

よく解らぬ言葉に、手摺にかけていた手をそのままに階段を上がり始める。

上がり終えた少し先の廊下に、審神者部屋から出された彼女の手が見えた。

何かを書き記した紙を手に、此方に向かって振っている。


「何なの?その紙…。」
『本日の内番を書いた表です…。近侍になった清光から、皆にお知らせしてもらいたくて…。』
「そりゃ、構わないけどさ。近侍、本当に俺なんかで言い訳…?」
『清光が良いのです…。この本丸の中での一番の古株だし、何より…一番頼りがいのある、この本丸での初期刀様だからね。昨日に引き続き、お願いしやす…っ。』
「良いよ。任しといて?それはそうと…何で伸びてんの?」
『内番決めるだけで、無駄に色々考えたんで、疲れちまいやしたんでさぁ…。私は、まだこれからやんなきゃいけない事あるから、内番の件、頼んだ…。』


ひらりと揺らされた紙切れを受け取ると、早速近侍らしく動き始める清光。

本当、頼りになりますなぁ…。

と、感心してる場合ではないなと気合いを入れ直し、襖を閉めて、昼餉の時刻まではお勉強会である。

主な内容は、当本丸の経歴である。

黒本丸に至るまで、どのように活動していたのか。

又、黒本丸に陥るに至った原因と、それからの本丸事情だ。

胸糞悪くなる話ばかりだろうが、こればかりは詳しく知っておかねば、今後に関わってくる。

前任のこんのすけが記した記録と、後任のこんのすけを先生に、暫し2205年の記録媒体と向き合う事に。

そうこうしていれば、あっという間に昼餉の時刻となり、近侍の清光が呼びに来たのだった。

勉強会は、一度そこでお開きになり、皆と一緒に昼餉を共にする。

今回の両隣は、右がこんのすけ、左が何故か陸奥守だった。

そんな陸奥守が、短刀組から羨望の眼差しを受けていたのは言うまでもない。


『あ、清光。お昼の後、少し休憩を挟んだら、鍛刀場での作業付き合ってくれる?』
「良いけど…主一人でも大丈夫なんじゃない?霊力安定してきてるんだしさ。」
『私一人で顕現とか心細いから…。あと、もしぶっ倒れた時の為にも、誰か側に居て欲しいのね。』
「おん…?何じゃ、主。いつの間に鍛刀したんじゃ?」
「えっと、内番を決められた後、すぐに勉強会を始められたので…。主様が鍛刀を始めたのは、確か、九時過ぎあたりだったと思います。」
『わっ。じゃあ、もう三時間経ってるじゃん。早よ、お迎えに行かな…っ!あー、でも、念には念を入れて身体休めとかないと、今回顕現させるの太刀かもしれないからなぁ…。初めての鍛刀だし、しっかり準備しとこう。』
「んじゃ、昼餉終わって三十分程経ってから鍛刀場ね?」
『ラジャー。』


近侍の清光に、昼餉の後のスケジュールを伝えると、返ってきた言葉に緩く返事をする律子。

その様子に、薬研と今剣が感想を零していたなど露知らず。


「…何か、段々と大将の素が見え始めてきたな…。」
「かわいいですよね!きっと、また、長谷部がもえるようそになりますね。」


今剣が冗談で呟いた言葉が、知らぬ間に現実になっていようとは思いもしない事だろう…。


「嗚呼…っ、主、愛らしいです…っ!」
「え…っ、どうしちゃったの?長谷部さん…っ。気持ち悪いんだけど…。」
「見なかった事にしよう、兄弟…。触れぬが良い事もある。」


そして、それを目撃してしまった藤四郎脇差組がドン引きしていたなど、彼は知らない。


―束の間の短い休憩時間…。

律子は、静かに部屋で眠っていた。

その時に、彼女は短いながらも、夢を見ていた。

以前見た、黒猫の夢とは違うようだが、何処か似た雰囲気の夢であった。

気が付けば、彼女は、薄暗い場所に立っているのだ。

視線の先には、明るい場所があり、其処を目指して歩いていく。

辿り着けば、其処には、何か真っ黒な刀らしき物が飾られていた。

その目の前に、誰かが居た。

人だろうか…?

見た目からして、男のようだった。

その者は、何故か、真っ黒の着物に濃紺の羽織姿という和の装いであった。

ふと、男が口を開いて、こう言った。


「―君になら…安心して任せられそうだ…。」


ふ…っ、と男が口許を緩めるようにして笑った。

そして、何かを手渡され、受け取ったようだったが…。

それが何かを知る前に、彼女は目を覚ましたのである。


(まただ…。ここ最近、よう似たような夢見るなぁ…。内容は違ったけど…。)


ゆるりと起き上がり、机上に置いた時計を見遣る。

清光達と合流するのに、良い頃合いだった。


(あの男の人…誰だったんだろう…?何か全く見知らぬ人って訳ではないんだよね…。でも、たぶん、私は彼を知ってる…。)


廊下を歩み進む道中、彼女の頭は、夢の内容に占められるのだった。


執筆日:2017.12.05