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初期刀



時は変わって、鍛刀場の前に立つ、一人と一振りに一匹。


「さて、と…。準備は良い?主。」
『おうよ…!しっかり休憩して、体力も万全だぜ…っ!』
「そっ。じゃ、入るよ。」
『ああああっ、ちょっと待って…!心の準備がまだ…!!しかも、緊張して何か胃が痛い…っ!!』
「大丈夫ですか?主様…。心配し過ぎですよ?」
『初めてなんだからしゃーないやろ…!?うわぁ…っ、顕現させた瞬間、嫌われたらどないしょ…。立ち直れんぞ。』
「主って、そっち系の出身だっけ…?」
「いえ、主様は確か豊後国出身だったと思いますが…。」


緊張のあまり胃痛を起こす彼女を宥めすかし、些か強引に鍛刀場の中に踏み入る一行。

鍛刀場の中に入れば、式の方々が「待ってました!」とサムズアップした様子で出迎えてくれた。

そして、部屋の奥には、一振りの刀が刀掛けに鎮座していた。

その刀は、現世で画面越しに何度も見てきた、見覚えのある真っ黒な鞘が美しい太刀であった。

思わず、ゴクリと生唾を飲み込んだ律子は、「うつくすぃ…ん…。」と呟く。


「さぁっ、主様…!顕現してみてください…っ!」
「頑張って、主。主なら、ちゃんと出来るよ。その証拠に、昨日も出来たでしょ?」


清光とこんのすけから励ましの声援を受け、いざ、太刀の目の前に。

しかし、未だ緊張する彼女の手は震えている。


(昨日と同じように触れて、力を流し込めば良いんだよね?大丈夫、俺ならやれる…!俺は出来る子!)


深呼吸をして、長く息を吐き出す。

そうして、心を決めると、刀に両の手を翳して念じる。


『汝、刀に宿りし神よ、我の身許より顕現し給え…っ!』


刀が発光し始め、その輝きを増す。

やがて、力を吸い取られる感覚を感じると共に、刀の上に一つの花弁が舞い落ちると。

ぶわりと光が広がり、桜の花弁が視界いっぱいに舞い散った。

桜の花吹雪の向こうに、顕現せし刀の付喪神である一振りの刀剣男士が現れる。


「僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ。……うーん、やっぱり格好付かないな。」


素晴らしいくらいに良いお声で第一声をくださったイケメン男士。

格好が付かないと漏らしながらも、完璧に格好良過ぎるんだが…どうしたら良いんだ。


「君が…僕の主かな?初めましてっ。これから宜しく!」


目の前の素晴らし過ぎるイケメンが、爽やかに笑んで握手を求めて来た。

何なんだ、このナチュラルな流れは…。

手を差し出されたのだから、此方も出すべきなのだが…如何せん、頭が追い付いてきていない。

というか、完璧にフリーズしている。


『……………。』
「…あ、主様?」
「ちょっと、主…?顕現してるよ?ほら、自己紹介…っ!」


顕現しても尚、微動だにしなかった様子に、不思議に思ったこんのすけと清光が隣に並んできて声をかけてきた。


『…あ、あぁ…っ、ごめん…っ。私が、この本丸で審神者を勤めます、栗原です。審神者名を猫丸と言います。ようこそ、我が本丸へ。来てくださって嬉しいです。これから、宜しくお願いしますね?』
「嗚呼、此方こそ、宜しく頼むよ。」


手を差し出したら、思ったよりも力強い力で握られる。

手袋越しとはいえ、異性に触れているという感覚に慣れなさ過ぎて、思わず固まってしまう身体。

ピシリと固まって動けない。

視線は、自身の手元に固定されている。

早く離してくれないだろうか…。

そう思いながらも、硬直しているが為に動けないでいると、何かに気付いた伊達男が此方に向かって話しかけてきた。


「もしかして、緊張しているのかな…?大丈夫かい?」
『へ…っ?あ、だ、大丈夫ですんでっ。お気になさらず…!まだ審神者成り立てで、慣れてないだけなんで…っ!』
「そうかい…?でも、顔が少し赤いよ?僕は、人の身を与えられたばかりだから、まだ人の身の事はよく解らないけれど…。何かあれば、遠慮せず頼ってね。」
『お気遣い感謝しますんで、取り敢えず…っ、そろそろ手を離して頂けると助かるかな…っ!?』
「あ、ごめんねっ。痛かったかな…?まだ人の身に慣れていないから、力加減とか解らなくて…っ。もし、痛かったならごめんよ。君の手、凄くあったかく感じたから、心地好くて…っ。顕現された時に感じたけれど、君の霊力はとても澄んでいるね。君のような主の元に顕現出来て嬉しいよ…!」


誰か、免疫力と耐性力をください。

俺のSAN値がピンチだ。

これ以上、イケメンに充てられたら、俺のlifeはゼロだぜ…!

そんな風に胸中と脳内がカオスの嵐を起こしていたら、察した清光が一歩前に出てくれた。

流石、清光。

頼りになるぜ。


「俺は、加州清光。この本丸では一番の古株ね。何か解らない事があれば、何でも聞いて?あと、これは後で詳しく話すけど…ウチは、ちょっと前まで訳ありだったんだよね。それで、見知った仲の奴とかの反応が少し過剰だったりするかもしれないんだけど、気にしないであげてね?」
「成る程ね…オーケー、解ったよ。」
『そ、それじゃあ、本丸の案内は近侍の清光に任せて…。』
「せっかく、初鍛刀にて初期刀を顕現されたんですから、主様も一緒に回られてはどうですか?」
『そこは察してくれよ、こんちゃん…っ!!』
「こんちゃん…?」


こんのすけへの思わずな愛称呼びに、燭台切光忠は小首を傾げた。

格好良いだけじゃなく、可愛さも兼ね備えてるとかどういう事だ。

その高身長の見た目で可愛い仕草されたら、ヲタク故に心臓が誤作動を起こすではないか。


『心臓もたない…。』
「え…?主様…?」
『取り敢えず、俺、ちょっと伊達組呼んでくるわ。』
「は…?ちょっ、主…っ!?」
『つー訳で、清光!後は任せた…っ!!』


そう告げた途端、鍛刀場を飛び出ていった律子は、何処へと駆けていった。

取り残された清光等は、呆然と立ち尽くす。

同じ場に居た式達も、ポカン…ッとしている。


「主…、逃げたね…。」
「逃げましたね…。」
「彼女は、どうやら恥ずかしがり屋さんかな…?」
「あ、解っちゃう?」
「そりゃ、あそこまであからさまにされたらね。」


小さく苦笑した光忠は、彼女が出て行った先を嬉しそうに見つめた。


「…主は、とても優しいんだね。それでいて、凄くあったかい人なんだろうね…。」
「顕現される時に、流し込まれた主様の霊力に触れたから故に解る事ですね。主様ならきっと、燭台切さんを上手く使いこなしてくれると思いますよ?」
「そうそう。だから安心してよ。ウチは確かに色々訳ありな本丸だけど、皆良い奴だし、主も大切にしてくれる…。ちょっと男前過ぎる時もあるけどねっ。」
「それって、もしかしてさっきの事かい…?そういえば、主は…女の子、だよね…?」
「あ゙〜…。まぁ、初めてで何も知らないであの一人称聞いたら、どっちだ?って思うよねぇ…。」
「主様は、あのように一人称を“俺”と遣う事も暫々ありますが、歴とした女性の方ですよ。」
「そっか…。じゃあ、格好良くエスコートしないとね!」


鍛刀場に残された者達がそんな会話をしている頃、他の場所では、こんな会話が成されていた。


『伊達組の二人よ、驚けぇーっ!!お前達が喜ぶ刀が来たぞーっっっ!!』
「何だ何だ、大将…っ。やけにテンション高いじゃねぇか…?」
『ふっふっふ…!テンションもハイになるに決まってるじゃないですかぁ…っ!!何たって、お望み通りの太刀が来たんですからね!しかも…っ、それも伊達組の子だよ…!!』
「主…っ、それって…!」


突然ドタバタと急ぎ走ってきたかと思えば、ハイテンション気味な律子が勢い良く障子を開け放ち、部屋へ乱入してきた。

「雅じゃない!!」と叱り付けようとした歌仙すらも、彼女の勢いに驚き、更なる驚きをもたらす発言に二の句を告げなくなる。

そして、漸くお目当ての二人が現れると、声を大にして言い放った。


『聞いて驚け!!お前等の仲間が来たぞ…っ!!それも、念願の太刀だ…っっっ!!』


喜色満面のドヤ顔で言い切った彼女の言葉に、一瞬固まる二人だったが、次の瞬間…。


「俺達の仲間で、太刀、だ、と…?」
「主…っ!それは、本当か…っ!?」
『おぅよ…っ!たった今、顕現させて来たばっかだぜ!!伊達男の中の伊達男、燭台切光忠は、現在進行形で鍛刀場さ…ッ!!』
「伽羅坊…っ!!」
「嗚呼…っ!」
『俺に付いてきな、お二人さん…っ!!』


先陣切って駆け出す彼女の後を追うは、切な気な表情を浮かべた伊達刀が二振り。

再び、女性らしくない足取りで鍛刀場へ戻ると、廊下の床を盛大にスライディングしてその身を停止させる。


「あ、主……っ?どうしちゃったの、そんな勢いで…っ。」


丁度、鍛刀場から出てきたばかりの清光が、思わず引いてしまったのは仕方のない事である。


『新入りに逢わせたい奴等が居るんだっ!!だから、即行連れてきた…っ!!』


軽く肩で息を切る律子の様子に、こんのすけ共に光忠も驚きが抜けずにフリーズする。


『さぁ、お待ちかねのご対面タイムだ…っ!!』


シュバッ!と片手を上げた律子は、これから始まる感動のショータイムを案内する案内人の如き仕草で、大仰に執り行うのだった。


執筆日:2017.12.10