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再会



「僕に逢わせたい人達って…?」
『すぐに解るよ。』


不思議そうな顔で問うてきた光忠に、柔らかな笑みを浮かべて答えた律子。

そして、後ろに控えていた彼等を、身を横にずらす事で見せる。

彼女が連れてきた伊達刀二振りと、たった今顕現されたばかりであるもう一振りの伊達刀の視線が合わさった。


「鶴さんに、伽羅ちゃんじゃないか…!僕より先に来ていたんだね。あの時逢った以来かな?また逢えて嬉しいよ…っ!」
「みつ、た、だ……っ?あの、光忠なのか…?」
「光坊…っ!本当に光坊なんだな…っ!?」
「今此処に居る燭台切光忠は、僕以外に誰が居るの?」
「嗚呼…っ、お前しか居ないな、光坊…!再び逢える日を何れだけ待ち侘びた事か…っ!まさか、こんなにも早く逢えるだなんて、思ってもみなかったぞ!!光坊ーっ!!」
「わ…っ!?もう〜、鶴さん…っ!いきなり抱き付かないでよ。吃驚するじゃないか…っ!!」
「すまんすまん…っ、ついな…!こればっかりは、人の感情というヤツを抑えられんのだ…っ!まぁ、今は多目に見てくれ…!!」
「全く…仕方ないなぁ…っ。伽羅ちゃんも、そんなに抱き付かないで…?」


溢れんばかりの感動のあまりに、思わず人目を憚らず、彼に抱き付く鶴丸。

何時もは己の感情を抑えているような、あの大倶利伽羅でさえ、背中から彼にめいっぱい抱き付いている。

それだけ思いの丈は大きかったという事。

彼を失った時の悲しみと、前の審神者に対する憎しみが、募り募って漸く得た感動。

それは、語るに語っただけでは、言い表せない程のものであった事だろう。

感動の再会を邪魔せぬよう、目的の二人が彼に歩み寄った途端、自身は一歩身を引いて場の行く末を見守る律子。

その眼差しは、子を見守る母の如く優しい。


「こんな驚きを用意してくれるとは、今回の主は最高の主だ…!何処か早い内には、自身の刀を鍛刀するとは思っていたが…よもや、光坊を真っ先に鍛刀してくれるとはな!こいつぁ驚いたぜっ!!…嗚呼、この溢れんばかりの感動はどうしたら良い…っ!?」
『あるがまま、思うがままに。抑える必要なんてないんじゃないかな…?感情の限りに表してみれば良いんじゃない?』


予想をブッチ切ってくれるくらいな程に、大層喜んでくれた二人を見て、穏やかにそう答えた律子。

すると、突然正面から思い切りがばりっ!と抱き締められる。

思わず仰天して、目を白黒させた。


「なら、今ある感動を君にもぶつけるとしようっ!!今代の主は、最高に良い主だぜっ!!ありがとな、主ぃーっ!!」
『うわわわ…っ!?ちょ…っ、鶴丸…!ち、力緩めて…!ぐるじぃ…っ!!』
「ははっ!こいつはすまなかった!でも、君には本当に感謝してるんだ。君が、俺達の主になってくれて、本当に良かった。感謝してもしきれない…っ。君に、最初に対峙した時にしてしまった事は変えられないし、今更消す事も出来ない。許される事でもないし、俺自身も許す気はない。だが、それでも君は、笑って俺達を大切に慈しんでくれるだろう…。だから、今言うよ。」


ゆっくりと抱き締めていた身を離すと、真っ直ぐに彼女を見据えた。


「俺は、今や君の刀だ。幾らでも使ってくれ。君の為に振るわれるなら、どんな敵でも斬り伏せてみせよう。あの時は本当にすまなかった。何れだけ罵倒されても構わない。けれど、俺は、君に付いていくと決めた。君は、審神者として始まったばかりだ。出来得る限りにサポートしよう。」


真剣な眼差しを受けて、彼女も真摯に向き合った。


『罵倒なんて、そもそもしないし、する気もないよ。俺は、初めからアンタ等を許してる。こんな半端な未熟者に付いてきてくれると言うなら、ありがたい話さ。俺を主と認めてくれてありがとう。上手く振る舞えるかは解らないけど…精一杯、勤めてみせるよ。』


鶴丸に向き合っていれば、いつの間に側に来ていたのか、彼女の隣には大倶利伽羅が居た。


「俺も…アンタに従う。好きに使え。俺は、この本丸に来たのが早い方だ。居た期間も長ければ、知っている事も多い。故に、支えてやれない事もない。解らなければ聞け。」
『ありがとう。支えてくれる奴が多い程、俺も助かるよ。頼りにしてる。』
「…アンタは、俺の事も許して受け入れるんだな。その優し過ぎるお人好しが、時に災いにならなければ良いがな…。」
「ちょっと、大倶利伽羅さん…っ!」
「何て事主に言ってんの?流石に、今のは俺でも許さないよ…?」


大倶利伽羅の思わぬ発言に、それまで黙っていた一人と一匹が口を挟む。

急な展開に、付いていけなかった光忠も、ハッとして前に出てきた。


「主が優しいからって、あんまり調子乗んないでよね?主は、アンタ等だけに時間を割いてる訳じゃないんだから。」
「か、加州君…っ!喧嘩は駄目だよ…?」
「燭台切さんは、まだ顕現されたばっかで知らないかもしれないけどさ…っ。コイツ等、放っとくとすぐ調子に乗るから、注意してね。それで主を困らせるなんて事があったら、堪ったモンじゃないからね!」
『あははは…っ。既に、短時間で色々有り過ぎて、脳味噌のキャパが大分ヤバイ事になってんだけどなぁ〜…っ。今更か…。』


清光等の参入で、漸く事の進展を見せた事に乾いた笑みを浮かべる律子。

心配していた二人に認められた事に、内心安堵していると。


『取り敢えず、これで感動の再会は果たされた、っと、ぅあ…っ!?』
「主様…!?」
「「「主…!?」」」


急に力が抜けた身体に、頭が付いていかず、ガクリと体勢を崩した律子。

それを慌てて受け止めたのは、彼女の一番近くに居た光忠だった。


「大丈夫かい!?主…!」
『あ、あぁ…っ、だ、大丈夫…っ。急に下半身の力が抜けたから、吃驚した……っ。』
「本当に大丈夫…?体調優れないんじゃないかい?」
「やっぱり、まだ霊力が安定しきれてなかったんじゃないかなぁ…?」
『まっさかぁ〜。』
「十分有り得るぜ、主。俺も、無理はしない方が得策だと思う。」


思いもよらぬ展開に、ただ頭の処理が追っ付かない彼女は、軽い笑みを貼り付けて笑う。

虚勢を張って強がるのは、彼女の悪い癖だ。

それを見抜いた鶴丸が、努めて真面目な口調で言った。


「何せ、主は昨日までグッタリだったからね。無理もないよ。」
「どういう事だい…?」
「詳しくは後から話すけど…主は、この本丸に来て早々戦闘に巻き込まれちゃってね。それから昨日まで、霊力を使い続けて、体力共に霊力の消耗が激しくて眠り込んでたんだ。」
「この本丸に馴染む前から、霊力を消耗させ過ぎて、身体が付いてきていなかったんでしょう…。本来なら、徐々に慣らしていくところを、主様はかなりの無茶を働いていた様ですから…。」


神妙な表情で聞く光忠に、「それに、状況が状況だった故に、常に緊張を張り巡らせていた為、まともに休まってはいない筈です。」と、付け加えるこんのすけ。

黙っておいてくれても良かったものを…、とでも言わんばかりに拗ねた顔をする律子に、大倶利伽羅が軽く頭を小突く。


「アンタは人の身だ…。自分の身くらい、大事にしろ。」
『伽羅…。』
「そうだよ?主。伽羅ちゃんの言う通りだ。主は女の子なんだから、身体は大事にしなきゃ駄目だよ?」
『うん…、ごめんなさい…。』
「解れば良いんだよ。」


優しげな声音で彼女を説き伏せ、潮らしく謝った彼女の頭を撫でる光忠。

何処までも紳士だ。


「さてと…、何時までも此処に居る訳にはいかないよね。立てるかい?」
『ん、ちょっと待って…っ。』
「ゆっくりで良いよ。落ち着いて立とうか。」
『うん…っ。……あれ…っ?』
「どうしたの?主。」
『はは…っ、…あれ、可笑しいな……っ。力、入んない…っ。』
「「「え。」」」


力を込めようとふんすふんすと力んでいるのは、見るからに解るが、ちっとも立ち上がる気配が無い。

それどころか、全く足に力が入らないのだった。

流石の状況に、冷や汗を垂らす律子は、顔を引き攣らせた。


『どうしよ…。冗談抜きで、マジで力入んねぇ…。』
「君、大丈夫か…っ?」
『全然ジョブじゃねーわ…。やべぇ…、マジで立てない…っ。』
「ぶっ倒れる程じゃなかったにしろ、やっぱり力使い過ぎちゃったって事だね…。俺が付いてて良かったよ。」
『何かごめん、清光…。』
「良いよ。薬研呼んでくれば良いんだよね?」
『うん。頼んだ。』


「りょーかい。」と頷いた清光は、一先ず彼女を彼等に任せ、鍛刀場を後にする。

残された二人と一匹は、戸惑いの表情を浮かべていた。


「えぇっと、こういう場合、どうしたら良いんだ!?伽羅坊…!?」
「俺に聞くな…!俺が知る訳無いだろう…っ。取り敢えず、此奴の部屋に運べば良いんじゃないのか?」
「一先ず、僕は、今あった事も含めて本日の事を上に報告してきますね。それで、主様の身体の変化についての対処を調べてきます…!なるべく早めに戻ってこれるように努めますから、僕が居ない間に、無茶しないでくださいね!」
『あいさー。毎度すんませんねぇ、苦労をかけて…。』


それぞれに対処の仕方を模索していると、一人だけ落ち着いていた光忠が彼女の身を支え直した。


「鶴さんも伽羅ちゃんも、一旦落ち着こう?慌てたって何も出来やしないよ。一先ず、伽羅ちゃんが言った通り、彼女を部屋まで運ぼうか。」
「そっ、そうだな…!光坊の言う通りにしよう!」
「あ、嗚呼…っ。」
「それでは、僕は行ってきますね?」
「あ、うん。主の事は、僕等に任せて!こんのすけ君も気を付けてねっ。」


ぽふんっと煙に消えたこんのすけを見送ると、すぐさま行動に移した光忠は、彼女を抱き上げた。


『へ…っ!?』
「今から主の部屋まで運ぶけど、道順とかはまだ解らないから、鶴さん達に案内を頼むね。」
『あ、あの…っ、光忠…!?』
「嗚呼、何も言わずに抱きかかえちゃってごめんね。大丈夫かい?少し居心地悪いかもしれないけど、部屋に着くまで我慢してね。」


幼子を抱っこするように軽々と抱き上げた光忠。

当然、彼女は慌てふためく。


『お、降ろして…!私重いから!』
「そう?寧ろ軽いよ?」
『なんと…!?』
「大人しくしててね、主。」


にこりと笑みを浮かべた彼に、律子は、ただただ黙って羞恥に耐えながら運ばれるのだった。


執筆日:2017.12.30