▼▲
近侍



時は少し遡り、こんのすけがまだ休む前の頃…。

本日の各内番(厨当番以外の)を含め、日々審神者の仕事を補佐してくれる近侍を決め兼ねていた時の話だった。

まだその時は、光忠は他の厨当番と共に朝餉の時の片付けを行っていて、同じ場所には居なかった時である。


「で…?今日の近侍はどうすんの?俺、この本丸の初期刀だったからって、一応二回も任されちゃった訳だけど…。流石に、毎日同じ奴って訳じゃないんでしょ?」
「そうですね。主様の考えと致しましては、まだ最初の内は、審神者として慣れていない為、この本丸の事や審神者の仕事についても詳しい、初期刀組の方々や古参組の方々にお任せしたいと仰っていました。」
「古参組ってーと、俺っちや長谷部、にっかりや宗三…。あと、大倶利伽羅の旦那なんかもそうだな。」
『え…っ?伽羅ちゃんも古参組だったの…?』
「嗚呼。旦那も初期の頃にウチに来ててな。古参組に入るんだ。意外だったか…?まぁ、あと古参組に入るのは…確か、乱や今剣だったかな。」


こんのすけがもぐもぐとお揚げを食べている傍らで、彼女の近侍が決まるまでの補佐役代行として付いていた清光が、本日の近侍はどうするのかと話を持ち出す。

そこに、彼女の朝の体調管理として部屋に訪れていた薬研が混ざり、こんのすけが口にした古参組のメンバーについて、つらつらと挙げていく。

そこで発覚する、意外な事実。

実際に本人から「初めの方に来た」とは聞いていたが、まさかの古参組=初期の頃に来ていたとは思わなかった。

他に挙がったメンバーは、何となくそんな気はしていたが…。

これは、今度時間のある時に、誰がどの時期にやって来たのかを、解りやすく表にしてもらわねば。

ふむふむと刀帳を見つめながら頷く律子は、そう思った。


「だが…、今回の近侍は、俺っちが思うに、燭台切の旦那が良いんじゃないかと思うんだ。」
「燭台切さんですか…?」
「嗚呼。」


薬研の提案に、首を傾げたこんのすけは、おうむ返しに問いかけた。

彼女も清光も、何故彼がそう言ったのか、意図が掴めずに首を傾げる。


「何で燭台切の旦那なんだ?って顔してんな。理由は簡単だ。近侍ってのは、確かに、大将の補佐をする上で色々と詳しくなきゃいけねぇってのがある。だが、それ以前に、大将がなるべく気を許せて、信頼のある奴じゃねぇと、仕事なんか任せらんねぇだろう?」
「確かに…。」
「言われてみればそうだね…。」
「しかし、燭台切さんは顕現されたばかり…。近侍を務めるには、まだ日が浅過ぎますし、荷が重いのではないでしょうか?」
「そこは大丈夫だ。顕現されたばっかで人の身に慣れてねぇのも、大将の側で色々と見てりゃ、その内慣れていくだろうし。実際に人の身である大将の側に居りゃあ、人の身の仕組みや人の身としての身の振り方も、何となく解っていくだろうよ。」
『成る程〜…。』


話をしながらも、器用に彼女の体調を診察していた薬研は、診察を終えたのか、使っていた道具を仕舞う。


「でも、本当に大丈夫かな…?今日の近侍が、燭台切さんで…。」
「大丈夫だろ。今日の大将の仕事は、主に書類整備に、政府への書類提出だったろう?大して難しくはねぇさ。何よりも、大将の初期刀かつ初鍛刀は、燭台切の旦那だぜ…?」


今の言葉で、薬研の本当の意図を理解した清光は、ハッとし、少し寂しげな表情を浮かべて頷いた。


「…そーね。」
「だろう?だから、今日の近侍は、燭台切の旦那が適任だと、俺っちは思う。」


その言葉に、別の意味も含まれているとは、彼女は気付かない。


『それじゃあ、皆の推薦もあるって事で、本日の近侍は光忠に任命ね!』
「では、僕が、お休みする前に、燭台切さんに伝えてきましょう。」
『良いの…?』
「はいっ。皆さん、各それぞれでお仕事があってお忙しいでしょうし、休む手前ですから、構いませんよ。それに、今話を聞いていた人の方が、燭台切さんにと決まった理由もお伝えしやすいでしょうから。」
『解った。じゃあ、お願いね?』
「はいっ!ついでに、お揚げの御礼もしてきますね…っ!」


よっぽど美味しかったのだろう。

あんなに大きなお揚げだったのに、綺麗に完食している。


『それじゃ、私は、こんのすけが食べたお皿でも下げときますかねっ。』
「んじゃ、俺は、長谷部と手分けして書類持ってくるかー。」
「今日の大将の体調は良さそうだし、特に問題は無さそうだから、また何かあったら呼んでくれや。」
『ほいさー。』


そうして、本日の近侍は決められたのであった。


―時は戻って、現在に至る。


(………静か、だなぁ……。)


ペタコンペタコンと彼女の審神者名の印を書類に押し続け、無言で作業を進める事、数刻。

彼女の集中力は、意外にもかなりのもので、一度一つの事に集中すると、終わるまでずっと続けられるようで。

作業を開始する時に交わして以降、処理する書類についての会話以外、会話という会話は一つもしていない。

それだけ集中しているという事でもあり、それだけ切羽詰まる程、今日中に提出しなければならない書類が多いという事だ。

故に、彼からもあまり話しかける事はせず、静かに作業を繰り返すだけだった。

ふと、何かを思い、チラリと机上に向かう彼女を見た。

今、彼が居る位置からは、彼女の横顔がチラリと見える程度の位置である。

その為、真横からバッチリ見た訳ではないが、その横顔に浮かぶ表情は、真剣そのものだった。

ただひたすらに書類を片すのみといった表情だが、その下にどんな感情を隠しているのか、それは…まだ彼には解らない。

しかし、彼女すらも自覚していない事を、彼等は気付き、察し、そして行動に移した。

全ては、彼女の不安の種を取り除けるよう…彼女が早くこの本丸に溶け込めるように。


(僕が近侍に任命された理由は…まだ審神者に成り立てで不安定な彼女の為なんだよね…。)


それは、こんのすけより、お揚げの礼を述べられた後、近侍任命についての話を受けた時だった。


「皆様は、薄々勘付いているとは思いますが…。主様は、恐らく、まだこの本丸の皆様の事を心の底からは信用されておりません…。理由は、言わずもがな、黒本丸だった経緯にありますが…最もな理由は、就任当日にあります。」
「それって…僕が顕現されてすぐの時、鶴さんが言ってた話の事かい…?」
「はい。まだ顕現されたばかりだったというのもあって、あまり多くは語られなかったようですが…。主様の近侍を務めるのであれば、知っておいた方が宜しいかと思い、一応、主様がお側に居られない今、お伝えします…。」


複雑な心境なのか、言い辛そうな面持ちのこんのすけだが、意を決して告げようと言葉を切った。

それを、なるだけ彼の視点に合うよう、膝を付き体勢を低くして聞く光忠は、神妙な顔をして言葉を待つ。


「鶴丸さんは、主様就任当日…話し合いの最中に、主様の首を絞めたのです。」


驚愕の事実に、何の言葉も出ず、ただ双眸を見開かせるしか出来ない。


―まさか、そんな、嘘だろう…っ?


そう問いたくも、思考は停止して、これ以上の感情を受け入れてくれない。


「本丸自体が瘴気に満ちていた事も原因と見られますが…彼の場合、前任の審神者から受けた悲惨な扱いが影響して、闇堕ちしかける手前まで病まれていたのでしょう。その証拠に、主様の力が本丸全体に満ちて、清浄たるものになってから行われた手入れにより、本体を蝕んでいた穢れは祓われ、当人自身も、意識が澄んだように冴え渡ると仰っていたそうです。」


続けられたこんのすけの言葉は、半分程しか聞こえていなかったが、何とか動揺を押し隠し、話に耳を傾け続けた。


「それと…鶴丸さんと大倶利伽羅さんが病むにまでに陥った一番の原因についてなのですが…お聞きしますか?」


光忠の顔色を窺い、心配しての事なのだろう。

こんのすけは、一度、間を挟むように、聞くか否かを問うてきた。

すると、そんなの決まっているだろう、と言わんばかりの目をして、コクリと一つ頷いた光忠。

その表情は、難しく、厳しいものだった。


「では、告げますね…。鶴丸さんが病むにまでに陥ってしまった理由、そして、大倶利伽羅さんが闇堕ちしかけるにまで陥ってしまった理由は、まだ前任の審神者様が主を勤めていた頃…元々この本丸に居た、燭台切光忠さんを失ったからなんです。」
「僕、が…元々この本丸には居た……?と、いう事は…僕は、鶴さん達からにしてみれば、二振り目って事……?」
「本丸の歴史上から言えば、そういう事になりますね…。ですが、それは、この本丸が黒本丸だったからであって、今の主様が引き継ぎを行ったから今に至るのです…っ!主様からしてみれば、本当の初期刀は貴方だけであって、主様自身の刀は、今此処に居られる燭台切さんっ、貴方しか居ないのです…っ!!」


切実な想いを、小さな身体いっぱいを使って必死に伝えてきている事が見て解る。

光忠も、それは理解しているのか、縋り付くようにして膝に触れる小さな前足を優しく掬って握る。


「解っているよ。彼女の事は…僕が支える。僕が守るよ。僕は、彼女の刀。唯一無二の彼女の初期刀さ。」
「燭台切さん…っ!」
「話してくれてありがとう、こんのすけ君。大丈夫、僕は仲間を裏切ったりなんてしないし、見捨てたりなんてしないよ。」


そう言い切ると、安心したようにへなへなと伏せ、べちゃりと床に付いたこんのすけ。

相当な神経を使っていたのだろう、全身の力が抜け切っている。


「はぁ〜……っ。これで、心配していたわだかまりの一つが解決しましたね……。」
「こんのすけ君も大変だね…っ。………こんのすけ君…?」
「……………くぅ……くぅ……。」


どうやら、力尽きたようで、眠ってしまったようだ。

それもその筈…。

彼は、これまでずっとぶっ続けで働き詰めだったのだ。

寝落ちしてしまっても仕方がないのである。


「…お疲れ様、こんのすけ君。ゆっくり休んでね…。」


小さな身をそっと抱き上げてやると、静かな部屋に移してやり、ふかふかなクッションの上に寝かせ、布団の代わりに手短な布を掛けてやる。


「主の事も大切だけれど、主を支える上で、君の事も大切なんだからね…。無理はしちゃいけないよ?」


よく眠れるように、ぽんぽんと優しい手付きで背を叩かれる小さな身は、何時になく小さく見えたのである。


執筆日:2018.01.14