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わだかまり



時は夕時…。

裏方では尚、刀剣男士等による主をバックアップしよう体勢が続けられていた。

その更に裏方では、ちょっとだけ休むつもりが、結局、彼女に言われた通り、ガッツリ休んでしまった光忠。

内心、未だまともに休まず動き続けるだろう彼女に申し訳ないという感情が占めて、頭の痛い心境だった。


(どうしよう…っ。思いっ切り寝過ごしちゃった……っ。)


深い溜め息を吐きながら、休んでいた自室の伊達組部屋から出てくる。

本当なら、審神者部屋の隣に仕切りがあり、其処を近侍部屋として使うのだが…前任の時代は使われていなかったようで、今は単なる物置部屋と化している。

よって、其処を整理しない限り、近侍部屋は使用出来ないのである。

その為、光忠は自身に割り振られていた部屋に戻って休んでいたのだった。

一先ず、自身の仕事くらいはきちんと務めようと、厨へと向かうと、途端に驚かせられる光景を目にする。


「二人共、お昼は任せっきりにしちゃってごめんよ…、って……。伽羅ちゃんが料理してる…?え…、伽羅ちゃんって料理出来たんだ…?それに、加州君…?どうして君が此処に…?」
「主の夜食作り。どうせ、今持って行っても、瀬戸際で、“後で食べるから、其処に置いといてー”って言われるのがオチで、食べてくんないだろうからねー…。だから、主のリクエスト通り、お握り作ろうと用意してたとこ。」
「そうだったんだ…。僕が休んでいる内に、そんな事が…。何だか悪いな…。僕、ほとんど役に立ててない…っ。」


すっかり出遅れている事に、今更ながらも悔いる光忠は、視線を落とす。

厨当番組は、既に、今晩の夕食をほぼ作り終えている状態で、後は仕上げをしたり、盛り付けるだけの段階だった。

つまりは、夕食作りも参加出来ずに終わるという事になるのだ。

見るからに肩を落とした光忠の様子を見兼ねて、大倶利伽羅が清光へ視線を投げる。

無言で見つめられるだけの視線を受けると、こっそり小さく溜め息を吐き、彼の方を見遣って言った。


「丁度良いタイミングで来てくれた事だし、主へのお握り作り、手伝ってくれる?俺一人よか、もう一人程居てくれた方が作業の効率も良いし、早く作れるしね。」
「ぼ、僕なんかで良いのかい…?」
「良いに決まってるじゃん。だって、燭台切さん、料理作んの上手だし。今日の朝餉のお味噌汁、アレ、すっげぇ美味かったよ。主も大層喜んでた事だしさ。また作ってよ。」
「…うん…っ、勿論さ…っ!」


少し涙で潤んだような目を細めて笑むと、気合いを入れてエプロンを付ける。

漸く笑顔が戻ってきた事に安堵した皆は、静かに微笑んだ。


「それで、僕は何からお手伝いすれば良いかな?」
「そうね〜。主は、鮭お握りが好きって言ってたから、一つは鮭で作ろうと思ってる。鮭フレークあるから、それをたっぷり入れてあげよっかなって。」
「オーケー!じゃあ、僕は、もう一つの具材を作ろうかっ。ただ具を中に詰めるだけじゃ、栄養が偏っちゃうからね。ちょっとした工夫を凝らさなきゃ…っ。」
「僕達も、丁度今済んだから、後は好きに使うと良い。その代わり、後片付けはきちんとしてくれよ?」
「ありがとう、歌仙君!」
「加州さんと燭台切さんの分、ラップしておきましたんで、後で温めて食べてくださいね!」
「サンキュー、堀川ーっ。」


夕食が完成したのか、盛り付けの終わった器をそれぞれで運んでいく厨当番組。

光忠代行の大倶利伽羅も、大きな器を持って、その後に続く。


「あまり気を落とすなよ…。シケた面してると、彼奴が悲しむ。」
「え……?」


厨を出ていく寸で、通りすがりに背後でボソリとそう告げていった彼。

一瞬振り返るも、彼は既に出ていった後。

問い返そうにも、問う相手が居ない。


「今のどういう意味だったんだろう…?」
「さぁね…。取り敢えず、早く作ってやんないと、主もお腹空かせて待ってるよ。」
「そうだね…っ、さっさと作っちゃおう!」


気を取り直して、フライパンを手にすると、野菜やらお肉を用意して、手早く調理していく光忠。

野菜は、キャベツと人参に玉葱といったシンプルな物。

そこに、お肉も一緒に炒めて、焼き肉用のタレをかけたら、焼き肉風の炒め物の完成である。


「何作ってんの…?」
「焼き肉風味の炒め物だよ。焼き肉のタレで味付けしたら、御飯も食べやすいでしょ?これをお握りの中に詰めてあげようと思ってね。」
「うわ、美味そう…っ!ちょっとだけ味見しても良い…?」
「勿論!丁度、味見を頼もうと思ってたしね!」


あまりの美味しそうな匂いに釣られてきた清光が、キラキラとした目で手元を覗き込んだ。

互いに味を見ようと、二つの小皿を用意して、それに今しがた作り上げた物をちょこっとよそう。

二人して同時に口に運ぶと、にこりと笑んで笑い合う。


「うんっ、ちゃんと美味しく出来た…っ!」
「これなら、バッチリ美味しいお握りが出来るね!」
「そうと決まれば、後はこれの熱を少し冷まして、それからお握りの具としてラップに包めば完成だね!」
「ついでに、沢庵も添えといたら、良い仕上がりになるんじゃない…?」


互いに顔を見合わせて笑う二人は、すっかり仲良しだ。

ラップを大きめに切り、御飯を手に取り、具を詰めて形を整えながら握る。

定番の三角お握りだが、その大きさは、それぞれで違う。


「燭台切さんのお握り…俺が握ってんのよりおっきいね。手の大きさが違うせいかな?」
「あ…本当だ。僕の握ったヤツの方が、加州君のより一回り大きいや。」
「俺の手、燭台切さんと比べて小さいもんね〜。まっ、そりゃそうか。俺、打刀だし、燭台切さんは、太刀だもんね。」
「刀種の差で、お握りの大きさにも差が出るんだね…。」
「今度、皆で握り飯作りでもやってみる…?きっと面白いよ。」
「そうだね…っ!今の書類提出が終われば、少しはゆっくり出来る時間が出来るだろうから、そしたら、主に聞いてみよっか!」


完成したお握りが二つ、お皿の上に並ぶ。

その大きさに、大小差はあるものの、心はたっぷり込めて作られた物故に、とても美味しそうだ。

色みの飾りとして、沢庵が三つ程、ラップに包まれて添えられている。


「これで完成…っと。後は、主のとこまで持っていってあげれば、任務完了ってね。」
「何だか、加州君のお握りの方が綺麗だね。」
「まぁ、初めてなら、そんなもんでしょ…?俺なんて、しょっちゅう作った事あるから、慣れてるだけだし。経験の差じゃない?」
「そっか…。僕も、もっと上手くお握り作れるようになりたいなぁ…。」
「その内慣れるって。時間はたっぷりあるんだしさ。これから、徐々に色んな事覚えていけば良いんだよ。」


穏やかにそう諭すは、この本丸で一番の古株、初期刀の加州清光。

彼は、一番初めに顕現されたが故に、色々な事を、物を見てきた。

それこそ、この本丸の行く末も、ずっと見てきたのである。

だから、誰よりもこの本丸の事に詳しく、誰よりも周りの事を見ている。


「…加州君は凄いね。」
「え…?何が…?」
「ん…何となく、そう思っただけだよ。」
「よく解んないけど…。」


彼女の為に作ったお握りを手に、彼女の部屋まで向かう道中、ポツリとそう呟いた光忠。

感慨深い言葉だったが、彼も、どうしてそう思ってしまったのか、よく解っていない。


(早く、君に追い付けるよう…僕も頑張らなきゃね。君みたいに、主や皆が頼れるような人に…。)


ひっそりと思った彼は、きゅ…っと口を引き結んで、目を伏せる。

そして、目を開き、笑みを浮かべる。


「主、喜んでくれると良いね…!」
「喜んでくれるよ、きっと。」


先程までとは違い、運ぶ足元は軽い。

目的の審神者部屋まで辿り着くと、軽くノックし、声をかける。


「主、夕食を持ってきたよ。」
「リクエストされた通り、お握りにしてるから。食べやすいと思うよ?俺と燭台切さんで作ったんだ。」
「御飯しっかり食べて、お仕事頑張ってね!」
『嗚呼…、其処、置いといてー。後でちゃんと食べるから…。』
「うん…っ。じゃ、此処に置いとくね?それじゃあ、お茶のおかわりが欲しくなったりしたら呼んで。」
『おー…。』


返事は振り返る事もせず、ただ背を向けたまま答えた律子。

その声には、昼間の時のような覇気は無い。

今は、とにかく書類の事だけに集中しているのだ、という事が、ありありと解る。

予想していた通りの言葉が返ってきた事に、二人は苦笑の笑みを浮かべて戸を閉めた。


「こりゃ、もう少ししないと食べないかもね〜…。あの調子だもん。まっ、仕方ないっちゃ仕方ないけど。」
「そうだね…っ。主、大丈夫かな…?」
「まぁ、いつまでも気にしてても仕方ないし。俺達も、さっさと御飯食べちゃお?」
「そうだね。堀川君がラップしてくれてたから、温め直して食べよっか。」
「もうすっかり冷めちゃってるだろうなぁ〜…。それに、たぶん、皆御飯食べ終わっちゃってるよね…?」
「あー…っ。ちょっと皆とは外れて食べる事になっちゃうけど、しょうがないよ。僕達、主の為の御飯を作ってたんだし。」
「それもそっか…。とにかく、腹も減ってる事だし…っ、ちゃっちゃと食って、ちゃっちゃと片付けないとね…!じゃないと、お風呂入る時間も無くなるし、寝る時間も遅くなっちゃう…っ!!」
「あはは…っ。加州君、美意識高いもんね…っ。」


ぱたぱたと厨へと戻る最中、そんな他愛ない会話が二人の間を飛ぶ。

先を歩いていた清光が、ふと立ち止まって、彼の事を振り返る。

それに、不思議そうな表情で、小首を傾げる光忠。


「加州君…?」
「あのさぁ、燭台切さんの事、“燭台切”って呼んでも良い…?」
「え…っ?べ、別に構わないけれど…っ。どうしたの?急に……。」
「う〜ん…何となく…?」


「へへへ…っ。」と笑う彼は、少し気恥ずかしそうに笑う。


「これからもさ、お互い仲良くしよう?」
「嗚呼、勿論…っ!」
「初期刀同士、宜しくね。」
「此方こそ、宜しくね!」


ぎゅっ、と固く握られた互いの手を見て笑う二人は、小さく声を上げて笑ったのだった。

友情、此処に生まれる、である。


執筆日:2018.01.16