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出陣



「皆、ちゃんと全員集まったな…?では、此れより、主から今回の出陣に関する大事なお話がある。心して聞くように…!それでは、主…お願い致します。」


皆の前に立って司会進行していた長谷部が一歩下がり、主である彼女へと場所を譲る。

一つ頷いた律子が、少しだけ緊張した面持ちで皆の前に足を踏み出た。


『此度の出陣は、私がこの本丸を任されてからは初めてとなる出陣です。ですので、今回の部隊編成は、練度の高さや出陣回数の多さなど、戦闘経験が何れだけあるかを鑑みて決めた結果の組み方となっています。部隊は、全部で二つです。これから言うメンバーに、それぞれ出陣を行って頂こうと思います。…それでは、まず第一部隊から発表致します。一度しか言いませんので、しっかりと聞いていてくださいね?では、発表致します。』


震える手を、部隊編成を書いた紙を持つ事で誤魔化す律子。

両隣に立つ初期刀二人が、彼女の背をそっと支えた。


『第一部隊…短刀・今剣、脇差・にっかり青江、打刀・加州清光、計三振りで出陣を行ってもらいます。隊長は加州清光で。場所は、一八六八年の宇都宮城。場合によっては、夜戦となる事が予測されます。心してかかってきてください。』
「はいはーい、任せといて。」
「僕を指名するのかい…?意外だねぇ。まぁ、久し振りの出陣だし、ちょっぴり激しく運動してくるとするかな…戦闘の話だよ?」
「あるじさまのために、ぼく、せいいっぱいがんばってきますねっ!」


軽く手を上げて振って応えた清光。

他の二振りも、指名を受けて嬉しそうである。


『次に、第二部隊を発表致します。第二部隊…短刀・薬研藤四郎、打刀・陸奥守吉行、蜂須賀虎徹、太刀・獅子王。この計四振りで出陣を行ってもらいます。隊長は、陸奥守吉行に。場所は、一八六八年の鳥羽です。此方は、繰り返し敵が出現しているとの反応が確認されています。故に、何れ程の数の敵が現れるかは解りません。なので、油断せず慎重にかかってきてください。良いですね…?では、出陣する部隊は、此れより一刻後にゲート門の前に集まってください。時間厳守、約束の時間に遅れないよう、しっかりと準備を整えて来てくださいね。それでは、解散…っ!』


わらわらと動き始めた刀剣男士達。

その姿を少し心配したような顔で見守る律子。

初めての出陣という事もあって、不安に思う事でいっぱいなのだろう。

眉毛が下がり気味である。


「大丈夫だよ、主。皆、僕よりうんと強いから。心配しなくても、ちゃんと帰ってくるよ。」
『うん…、頭では解ってはいるんだけどね…っ。どうしても心配になるんだ……。』


未だ震えの止まらない手で握り締めた紙は、くしゃついて、しわしわになってしまっていた。

出陣の命を受けたメンバー達を離れた処から見つめる律子は、胸の前できゅ…っ、と拳を握り締めたのだった。


そして、時は一刻後…。

ゲート門前には、今回出陣する事と決まった二つの部隊メンバーが、きちんと整列して横一列に並んでいた。

各部隊長である清光と陸奥守は、皆より一歩前に立ち、主からの号令が掛かるのを心待ちにして待機していた。

だが、一点だけ憂う点が…。

自信満々に笑みを浮かべる陸奥守とは違い、清光は、少し不安げな表情を浮かべていたのだ。

取り様によっては、無表情に見えなくもない表情であったが。


『皆、ちゃんと準備出来てるようだね。忘れ物とか…無いようにしてね?』
「解っちゅーちや!そう心配せんでも大丈夫じゃち…!わし等は、これでも場数は多い方じゃ。なあーんも心配いらせんて…!主は、わし等が居らん間しっかり仕事して、わし等が無事もんてくるのを待っちょってくれたらえいがじゃ!」
「も、もんて…?」
『うん…、解ってはいるんだけど…っ。ただ、初めてなもんだから、どうしてもさ……っ。』
「えっ、主…今の陸奥守君の言葉の意味、解ったの?」
『え…っ?何となく、イントネーション的に解ったけど…?』
「そ、そうなんだ…っ。」
「うん?もしかして…おんしゃあ、“もんてくる”っち言うた意味が解らんかったんかの?」
「あ、うん…っ。君の言葉って、なかなか独特な言い回しだから、偶にちょっとね…っ。」


そう言って苦笑気味に笑った光忠は、頬を掻く。

それを見た陸奥守は、「まっはっはっはっは…っ!」と豪快に笑った。


「なあんじゃ、ほがな事遠慮せんと訊けばえいがに〜。“もんてくる”言うんは、土佐の言葉で“帰ってくる”っちゅー意味ぜよ!」
「成る程、そういう意味だったんだね…!教えてくれてありがとう、陸奥守君!」
「まぁ、住んでいた地域の言葉だよねぇ。お国柄ってヤツかな?」
『方言って、各都道府県で違うし、地域によっても差があるから解んないよね。』
「でも、主は、今の陸奥守の言葉、すぐに解ったよな?」


彼女の言葉に、獅子王が当然の如く切り込んでくる。


『私の場合は、ほら、田舎出身だから方言もあるし。簡単な言葉なら、喋ってる時のイントネーションとかで解っちゃう事もあるからさ!』
「あ〜…まぁ、そういうもんだよな。」


薬研がうんうんと頷いてくれた事により、これ以上の言及は免れたが…実は真実があるとは言えない。

実は、此方側に来る前から彼等の事を知っていて、色々と見て調べていた事など…。


「まぁ…初めての事で、不安もあって心配なのは解るけど。俺等は慣れてるからさっ。そう不安そうな顔しないでよ?」
『清光…。』
「確かに、戦に出れば怪我もするし、ボロボロになって帰ってくるかもしんないよ?…でも、俺達は刀だから。主が手入れしてくれたら、治るからさ。だから、そう心配しないで。俺達の事信じて…?」


律子の前に来た清光が、ぽんっ、と彼女の頭上に手を置き、撫でる。


「主はさ…俺達が出陣したり、遠征から帰ってきたりした時は笑っててよ。そしたら、俺達元気になるし、俄然やる気出るからさ!」
『…笑顔でお見送り、って事…?』
「そっ。じゃないと、何時までもそんな辛気くさい顔されてたらコッチが心配になっちゃうでしょ…?だぁーかーらっ、主は笑ってて?」
『……うんっ、そうだね…っ。ありがとう、清光!』


それまで、ずっと笑顔ではなかった顔が、彼の言葉で明るくなる。

それを、横で見守りながら見ていた光忠は、ホッと安心する。

出陣するべく集まっていた皆も、一様に安堵した。


「おんおん…っ!やっぱし、おんしにゃあ笑顔の方がよう似合っちゅうぜよ!」
『…へへへ…っ。ありがとう、陸奥守。』
「えいえい〜、御礼なんか。主は、わし等が無事にもんてこれるよう祈っちょってや…!」
『うん…っ。それじゃあ、皆、気を付けて行ってきてね!』
「おう…っ!」


それぞれが彼女に背を向けて、ゲート門の方へ歩き出す。


『いってらっしゃい…っ!』


律子は、初めて、出陣へ出ていく皆を見送ったのだった。

門が閉じた後も、律子は、少しの間、その場から動こうとしなかった。

目線は、門に向いたままだ。


「…さっ、主、そろそろ戻ろう?何時までも此処に突っ立ってはいられないよ…?」
『うん…っ、そうだね。まだ遣らなきゃいけない事、いっぱいあるもんね…っ。』
「そうだよ。長谷部君やこんのすけ君も、書類整備で追われてたよ…?」
『そういや、政府に提出しなきゃいけない重要書類、まだたんまりあるんだったね…。だったら、清光達が帰ってくるまでに、色々片付けとかないとね…!』


先程まで薄暗い表情だったのも、今は吹っ切ったのか、明るい表情を取り戻していた。


『私だって遣らなきゃいけない事山程あるんだもの…っ。何時までもくよくよしてらんないよね…!』


審神者部屋へと戻れば、それまでに書類をまとめてくれていた長谷部とこんのすけが待ち構えていた。


「お待ちしておりましたよ、主。」
「此方の書類が、本日中に提出せよとの連絡のある書類となっております。量と致しましては、昨日の物よりかは幾分少ないと思いますよ。」


部屋には、昨日の量よりかは確かに少なめのようではあったが、それでもまだまだ多い気がしてならない程の量の書類が置いてあった。

まぁ、引き継ぎであった分、色々と面倒くさいが、そういった観点での書類なのだろう事は解る。

実際、一度片付けたから解る事なのだ。

書いている内容が小難しい言い回しやら何やらで、ほとんど流し読みで確認した程度だが…。


『さぁて…っ、今日も精を出して頑張りますかね…!今日中に提出しなきゃいけない書類、片付けちゃうよーっ!』
「その意気だよ、主…!」


取り敢えず、目に入った書類の多さに溜め息を吐きたいところだったが、やる気が無くなりそうだったので、己を鼓舞する為にも声を張り上げて仕事に取り掛かるのだった。


―書類片付けに集中していると、あっという間に数時間が過ぎたのか、意識から少し遠いところで鐘の音が聞こえた気がした。


「…主、出陣していた部隊が帰還したみたいだよ。」
『へ……っ?もうそんな時間…?』
「うん。主、凄く集中してたからね。もう、あれから数時間は経過してるよ?」
『えっ。嘘…っ、マジで…?わっ、本当だ。いつの間にかこんな時間過ぎとる…!』


置いてあった時計を手に取り、時間を確認するように見ると、改めて驚く律子。

気付かぬ内に昼も過ぎ、どうやら昼餉の存在も忘れる程集中していたらしい。


『やべ…っ、昼飯食うの忘れてたわ。』
「僕の方も…昼餉の時間になった時、気付いてあげられてたら良かったんだけど…。君と同じく集中してたみたいで…、ごめんね?僕が近侍で、主をサポートしなきゃいけない身なのに…っ。」
『良いよ、んなの。どっちも一緒だったんだから、おあいこ…!それよか、早よ帰ってきた皆の処行かなきゃ…!お出迎え出来なくなる〜っ!』
「あっ、待ってよ!主…!」


パタパタと廊下を走れば、後から付いてくる光忠。

玄関には行かず、途中の廊下から経由してゲート門の方まで駆ける律子。

帰還した部隊は、丁度、門を潜ってきたばかりのようだった。


執筆日:2018.04.11