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出迎え



『おかえりなさい、皆…っ!』
「ただいま、主。第二部隊、只今帰還したよ。」
『おかえり、蜂須賀!陸奥守も、薬研も獅子王も、おかえり!!皆、怪我とかしてない!?』


部屋から急いできたのだろう、パタパタと走ってきた律子は、息も整えぬまま、矢継ぎ早に怪我の有無を問うてきた。

初めての出陣だった事もあり、気が気でなかったのだろう。

皆、表には出さなかったものの、彼女の心中を察して笑顔で受け答えた。


「まっはっは!皆無事もんてきたぜよ!!わしも含めて、皆元気じゃ…!ただ、約一名だけ軽傷がおるがの。」
『怪我してんじゃねぇか早よ言え馬鹿ぁ…っ!!で、誰だ!怪我してんのは!?』
「わしじゃ!」
『はあ!?』
「陸奥守の奴…久し振りの出陣だからって張り切っちまってよ。敵陣に突っ込んでいきやがったんだ。」
『こんっのド阿呆…ッ!!無茶すんじゃねーよ!!隊長のクセに…!』
「まっはっはっは…!すーまざった!つい血が騒いでしもうてのう…っ。」


怒る剣幕で言い寄れば、苦笑いで頬を掻いた彼。

反省はしているんだろうが、仕方のない奴だ。


『報告ありがとう、薬研。戦績報告は後で聞くから、まずは手入れからだ!行くぞ陸奥守…!!』
「ちょぉ…っ、待っちょくれ主!歩きにくいちや…っ!」


一先ず、彼を手入れ部屋へと突っ込むべく、片腕で彼にヘッドロックを決め、半ば引き摺るようにして連れていくのだった。


「それじゃ、主が陸奥守君を手入れ部屋へ連れて行っている間に、薬研くんや蜂須賀君達は着替えてくると良いよ。報告は、主が戻ってきてからでも良いと思うし。」
「それもそうだな。」
「では、俺達は着替えに行ってくるとしよう。」
「俺は、少しだけど手に入れた資源とかあるから、先に資材庫の方に置いてから来るな!」
「あ、俺も手伝うぜ。」
「おっ、サンキュー薬研!」
「じゃあ、僕は、皆の分のお茶を用意してこようかな?」
「おー。頼んだぜ、燭台切の旦那。俺っち達も、コレ置いて着替えたらそっち行くからさ。」


軽く言葉を交わしてから一度別れると、それぞれに目的の場所へと向かっていく。

そうしてお茶を運び終わり、部屋を出て廊下を進んでいると、早々に手入れ部屋から戻ってきた彼女が先方から歩いてきた。


「お疲れ様、主。陸奥守君の傷の具合はどうだった?」
『嗚呼、光忠か…。うん、本人が言ってた通り、本当に軽かったわ。あっても掠り傷とか擦り傷ばっかで、大した傷じゃなくて良かったよ。』
「それは良かったね。主、凄く心配してたもんね?」
『そりゃ当たり前でしょ…っ。怪我してるって言うんだから。もう、マジで心配したんだからぁ…っ。』
「でも、皆無事に帰ってきたんだから、安心して良いと思うよ?」
『まぁ、一先ずはな…。まだ、第一部隊が帰還してないから、何とも言えないけど…。』


そう会話していると、再び本丸中に鐘の音が響いた。

第一部隊の帰還を知らせる鐘だ。


「噂をすれば…、かな?」
『第一部隊が帰還したな…。行くぞ、光忠!』
「うん…っ!」


先程の事があるからか、今度は少し落ち着いた様子で先を駆けていく律子。

身に纏った羽織がふわりと翻って、目の前で揺れる。

まだ今は、自身よりも先を行ってしまう彼女を、何時かはその先を自身が行き、導いてやれるのだろうか…。

ふと、そんな想いが、彼の頭に過ったのだった。

先程よりは余裕を持って辿り着いたゲート門前で、帰り着いた者達を出迎える。


「たっだいま〜、主…っ!第一部隊、無事帰還したよー!」
『おかえりなさい、清光…っ!待ってたよ!!』
「ただいまかえりましたよ、あるじさまぁーっ!!」
『おわ…っ!おかえり、今剣…!』
「ただいま、主。」
『うんっ、にっかりもおかえりなさい!皆、無事だったみたいだね…?』
「うん。皆、無傷でどっこも怪我なんかしてないよ。怪我して帰ってきたりなんてしたら、主吃驚してもっと心配しちゃうようになっちゃうだろうからってさ。皆気を付けたんだよ?怪我しないようにするのも、案外大変なんだからねー。そんな皆の事引っ張ってきた隊長の事、苦労したんだからいっぱい褒めてよね?」
『私の為に、気を遣って戦ってくれたんだね…っ。ごめんね?怪我しないように戦うの、大変だったでしょ…?ありがとう、清光…っ。』


帰還するなり、抱き付いてきた今剣を受け止めながら、それぞれに挨拶を受け、怪我の有無を聞く。

皆無傷での帰還と聞いてホッと安堵する彼女に、清光が笑って褒めてと強請った。

それをすんなり受け取った彼女は、よしよしと彼の頭を撫でる。

途端に、嬉しそうに桜の花弁を散らす様子に、懐に抱き付いたままだった今剣も「加州さんだけずるいです…!ぼくのあたまもなでてください!」と強請ってきた為、小さな彼の頭も撫でてやる。

すると、三人の内二人だけというのも不公平かと思った律子は、少し離れた先で此方を見ていただけのにっかりも手招きし、少しだけ屈むように言った。


「もしかして、僕もかい…?」
『だって、清光も今剣も撫でてて、一人だけ撫でない訳にはいかないだろ?お前だけ無しとか不公平じゃん。皆平等平等!』
「仕方ないね。…じゃあ、僕もお願いしようかな?」
『うんっ!よしよし、にっかりもよく頑張りました…!!』
「う〜ん、これはなかなか気恥ずかしいものがあるねぇ…。僕は短刀ではないから、あんまり頭を撫でられる事も無いし、慣れないなぁ。」


ちょっとだけ高いところにあった頭を、手を伸ばして撫でていれば、少し照れたように目を逸らして言った彼。

そんな物珍しい反応に、律子はキョトンとして、目をぱちくりした。


『なら…、また撫でてあげようか?』
「いや、遠慮しておくよ。そうしょっちゅう撫でられるのもどうかと思うし…っ。」
『そう…?まぁ、撫でて欲しくなったら言いなよ。何時でも撫でてやるから。』


無意識なのか、こんなところでも男気を発揮する律子。

そんな彼女に、内心キュンキュンとときめく彼等なのであった。


「あ〜っ、久々でつっかれたぁ〜っ!」
『皆、疲れてるでしょ?先に着替えてきて良いよ?報告は、後で私の部屋で聞くから。』
「じゃあ、お言葉に甘えて、先に着替えさせてもらおうかな…?」
「あっ、てにいれたしざいなどはどうしたらよいですか?あるじさま?」
『それなら、資材庫の方にお願いしようかな。』
「あ、運ぶの、僕も手伝うよ…!」
「嗚呼、それなら俺がやっとくから。燭台切は、俺達が部屋に戻ってきた時の為に、お茶煎れといてもらっても良い?俺、喉渇いちゃっててさ。」
「それは良いのだけど…。本当に手伝わなくても良いのかい?二人共出陣で疲れてるだろうに、大丈夫…?大変じゃない…?」
「大丈夫だって!こんなの大した労働にも入らないし、運ぶっつってもちょっとだけだから。そう心配しなくても良いって。それに、今剣は、見た目はちっちゃくても、コレでも短刀ん中で一番スタミナあって力持ちだから。」
「ちっちゃいはよけいですよ、加州さん…っ!!」
「そう…?じゃあ、お願いするね。僕は、お茶煎れておいておくから。」
「まっかせといてー。」


先程まで敵と交戦していたかには見えない、何とも和んだ光景に、律子は人知れず毒気を抜かれたような気分に陥っていた。

何だか、こう…思っていたものと違い過ぎて、拍子抜けしたみたいである。


『…………。』
「主…?どうかしたかい?」
『あ、いや…何でもないよ。』


先に本丸内へと戻ろうとしていた光忠が、ふと後ろを振り返り、呆然と立ったままの彼女に声をかける。

ただ、ボーッとしていただけの律子はすぐに我に返り、短く返事を返した。

彼等の後をゆっくり付いて歩いていっていると、不意に、背後に何者かの気配を感じた。

ピクリと反応し、振り向こうとした瞬間、その主に声をかけられた。


「思っていたよりも平穏そのもので、拍子抜けしたみたいな面をしているな…?君。」
『うわ…ッ!?なん…っ、あ、鶴丸…お前か…っ。』
「なぁ、君、その反応は酷いんじゃないか?俺がせっかく声をかけてやったっていうのに…。」
『いきなり背後に現れるなよ…吃驚するじゃねぇか。』
「そういう割には、あんまり驚いてないじゃないか。おまけに、俺が背後に立った瞬間、気配に気付いただろう?」
『まぁ…何となく。背後に立たれるのって、何か嫌いだし…それで。』
「成る程。君は、案外気配とかいうものに敏いんだな…。」
『そうなのかなぁ…?あんま気にした事無いから、解んないや。』
「まぁ、相手の気配が解るってのは、悪い事じゃないぜ?戦をする上じゃ、気配を探る事なんて必要不可欠だからな!」
『さいですか…。』
「ちょいちょい気になってたんだが…君、俺に対する扱いが雑になってるんじゃないか?」
『気のせいじゃない?』
「いいや、気のせいじゃないね…!絶対雑な扱いをしてると俺は思うね!!」
『じゃあ、そういう事で。』
「ほら!やっぱりそうなんじゃないか…っ!!酷いぞ、主!?」


適当に彼の話を聞き流し、躱してゆく律子。

一人立ち止まった鶴丸は、置いてけぼりになる。


「…………。(俺の気配に気付いたのは、恐らく、いつ何時に何が起きるか解らないからと張られた気によるもの…。マグレじゃない。彼女は、マグレで気配を読んだ訳じゃないんだ。たぶん、彼女自身の知らない内に身に付いたもので、自己防衛をする為に身に付いたものなんだろう…。)」


さわり…と触れた風に、門の方を顧みる鶴丸。


(君が、一体どんな生活をして過ごしてきたのかだなんて…君が口を割らない限りは、俺達が知り得る由は無いだろう。)


―さっきは、ああ雑に扱われたように見えた気がした。

だが、アレは、自身の殻を守る為の、これ以上の馴れ合いを避ける為…。

脆く簡単に手折れそうな人の子かと思っていたが…存外、手強かったのかもしれない。


(腹の内は、簡単には見せてくれないってか…。)


そう簡単には心を許そうとはせず、見えないところで壁を築き、線引きをしている。


(…こりゃあ、信頼されようと思うなら、なかなかに骨が折れそうだ…。)


下手に手を出したなら、手酷い仕打ちが返ってきそうである。


(さしずめ…手負いの獣ってところか…?)


彼女の警戒心は、思ったよりも高く、それでいて、間を阻む壁は分厚い。

其れを時間をかけてゆっくり解こうものなら、何れだけの時間を有する事だろうか。


(…何れだけかかったって良いさ…。退屈しないのなら、何だって良い。俺は、もっと君の支えになりたい…。今はまだ無理で、そんな存在に成り得ず程に遠い存在だとしても。何時かは、君を支えてやれる、そんな刀の一振りになりたい…っ。)


鶴の想いは、人知れぬ処で零れ、誰も知らない内に隠されるのであった。


執筆日:2018.04.18