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初陣



落ち着かない朝を迎え、身支度を整えた律子は、部屋を出る。


(今日が、光忠の初陣だ…。俺の初鍛刀にして初期刀…。主として、しっかり胸張ってやっていかなきゃ…!)


ぺちんっと頬を叩いて気合を魂入すると、しゃきっと背筋を伸ばして、本日の近侍の元へと向かう。


『おはよう、歌仙!今日は一日宜しくねっ。』
「おや、主、おはよう。此方こそ、今日一日宜しく頼むよ。」


之定の作とも言われる、歌仙兼定が、本日の近侍であった。

決めたのは、昨夜の事。

彼も、それなりの錬度で止まっていたようなので、出陣させようか迷ったのだが…初期刀組として、頼りになりそうな者を側に置いておきたかったのもあった。

よって、本日の近侍は彼に決まり、他の者は、それぞれの役割に当て嵌めていったのである。

初期刀組で本丸に待機するのは、歌仙の他、清光と陸奥守。

後の二人は、出陣組だ。

そこに、彼女の初期刀である彼も含まれる。

本日組んだ部隊は、全部で二つ。

第一部隊には出陣してもらい、第二部隊には遠征を行ってもらうのだ。

まだ本丸に居る刀剣男士の数が少ない為、残りの者達で内番を組み、余った者達を非番に当てた。

非番に当てたと言えども、人数が少ないのもあり、皆各々で内番に組まれた者の手伝いをするのだった。


『取り敢えず、今日は、書類整理もやりつつ、刀装作りもしないとね…っ。まだやった事無い…。』
「そうだね。今までは、以前作って持っていた物をそのまま使っていたから…そろそろ新しい物を用意した方が良いだろうね。何より、前の審神者の力で作られた物だから、何れ程の効力が残っているかも不明だ。」
『そっか…。そこまでは頭に無かったな…。色々と見直しとこう。』


不安の芽が、また一つ増えていった。

彼が出陣するのに近付くにつれ、心に巣食う不安は大きく募っていくのだった。


いつも通り、皆と朝餉を共にしたが、緊張と不安からか何だかあまり味を感じず、味気無いまま食事を終えた。

表情も、どこか浮かない顔をしていた。


「あ、主様…何だか元気がないです…っ。」
「何かあったのでしょうか…?心配ですね。」


その様子を少し離れた席から見ていた五虎退と前田は、二人して心配そうに彼女を見遣るのであった。

朝餉を済ました後は、すぐには部屋に戻らず、ある場所へと向かう。

そして、用を済ませると、それを持って、一度部屋へと戻り、必要な物を手に広間へと向かった。


「さて…皆、揃ってくれたようだね?では、朝礼を始めるとしよう。」


広間へと集まった皆を再び前にし、一歩前に出る律子。

緊張する手足を叱咤し、力を込める事で震えるのを堪え、しっかりと前を見て告げる。


『本日の出陣及び、遠征部隊を発表します。部隊はそれぞれ一部隊ずつ。第一部隊には、出陣を。第二部隊には、遠征を行ってもらいます。まだ本丸に居る人数が少ない為、一部隊ずつとはなりますが、ご了承ください。』


彼女の声に、誰がこの中から選ばれるのかを期待した声でざわついた。


『今回は、各部隊六振りずつの編成です。では、まず、第一部隊から発表致します。』


途端に静まり返った空気に、彼女の緊張は増す。

震えそうになる声を堪え、気合で声を張るようにする。


『第一部隊、太刀・燭台切光忠、打刀・大倶利伽羅、山姥切国広、へし切長谷部、短刀・乱藤四郎、五虎退の六振りで出陣を行ってください。隊長は、燭台切光忠に。副隊長は、山姥切国広にお願いします。』
「ご指名かい?じゃあ、期待に応えないとね…!」
「俺なんかが、副隊長で良いのか…。」
『今回の出陣は、主にレベリングを兼ねた編成となっているので、錬度が高めの大倶利伽羅とへし切長谷部は、フォローをお願いします。尚、燭台切光忠は初陣となりますので、その事も含めて、皆さんで協力して支え合ってください。』
「主命とあらば、拝命致しましょう。」
「ふん…っ。俺は一人で十分だ。馴れ合うつもりはない。」


それぞれに言葉を口にしていくが、全てを聞く前に、続けてもう一部隊の発表に移る。


『次は、第二部隊の発表です。第二部隊、大太刀・石切丸、太刀・鶴丸国永、打刀・蜂須賀虎徹、鳴狐、脇差・鯰尾藤四郎、短刀・博多藤四郎の六振りで遠征を行って頂きます。隊長は、蜂須賀虎徹で。副隊長は、石切丸にお任せします。』
「俺が隊長か。よし、任せて欲しい!」
「解った。部隊の厄を落とせば良いんだね?」
『遠征なので、あまり危険な事は無いとは思いますが…もし何かあった際は、すぐに帰還してください。』
「君は心配性だなぁ…。」
「大丈夫ですよ、主さん…!そんなに心配しなくても、俺達、ちゃあんと帰ってきますって!」
「資材たんまり持って帰って来るけん、楽しみに待っときんしゃいね!」


博多の言葉には、思わず苦笑を漏らした。


『内番については、前もって決めた内番表の通りに。後の者は非番とします。では、部隊の皆さんは、二刻後にゲート門前に集合を。時間は厳守で、忘れ物は無きよう各自で確認を行ってください。以上、解散…っ!』


一斉に散々になっていく各々。

部隊に組み込まれた者達は、皆、気合に満ちていた。


「くれぐれも足は引っ張ってくれるなよ、燭台切。」
「勿論さ。精一杯努めさせてもらうよ!」
「ボク達は、久し振りの出陣だね!張り切っちゃお〜!」
「ぼ、僕も、皆さんの足手まといにならないよう、が、頑張ります…っ!」
「久し振りの外出になりますなぁ、鳴狐…!遠征と言えども、気を抜かずに参りましょう!」
「…そうだね…。」


各々準備に取り掛かり、装備や必要な物の確認を行っていく。

その中で、出陣すると決まった彼も、昂る気持ちを抑えて、出陣の準備を進めていた。

戦衣装である燕尾服へと着替えていた最中、ふと誰かが部屋を訪れ、ノックの音がする。


「(誰だろう…?)はーいっ!今開けるから、ちょっと待ってね…!」


ネクタイを結んでいた手を止めると、障子に映った佇む影を見つつ、相手は誰かと思い開いた。


『準備中にごめんね…っ。ちょっとだけ、良いかな…?』
「え…っ、あ、主…!?」
「ん?主じゃないか。どうしたんだ…?」


訪ねてきたのが彼女だと知って、驚く光忠。

彼の横から顔を出した鶴丸が、不思議そうな表情で問うてきた。


『光忠、今日初めてだから、皆と違って、装備とかそういうの持ってないと思って…。』
「これは…?」
『刀装と御守り…。刀装は、さっき急いで作ってきて、初めて作ったヤツだから並しか作れなかったけど…持っていって。御守りは、万が一に備えて用意してたのだよ。本当は、もっとちゃんとしたヤツを用意したかったけど、霊力を込めるのとか作るのが上手くいかなくて間に合わなかった…。けど、無いよりマシだから…!出掛けに渡すと困るかと思って、今持ってきた…。迷惑だったら、ごめん。』
「迷惑だなんて…っ、寧ろ、感謝しかないよ…!僕の事を心配して用意してくれたんだろう…?ありがとう。わざわざ急を要してまで作ってくれて。」
『ううん。私は、ただ命令して執務をこなす事しか、今は出来ないからさ。見守る事しか出来ないなら、せめて、些細な事でも支える事が出来たらなって…。』
「うん、ありがとう。君の気持ちは大切に受け取らせてもらうよ。せっかく期待してくれてる君を悲しませる事が無いよう、しっかり務めてみせるね!」


よく見れば、彼女の目の下には隈が出来ていた。

昨晩は、あまりよく眠れなかったのだろう。

それもその筈、皆には内緒でこっそり起きていた彼女は、夜なべして御守りを作製していたのだが…上手くいかず、結局眠気にも勝てずに間に合わなかったのだ。

審神者として、まだ様々な事に慣れていない律子にとっては、全ての事に対して不慣れであった。

故に、何もかも手探りで覚えていっているのである。

昨日の晩には無かった刺し傷と絆創膏の痕を見て、理解した光忠は、眉を下げながらもその手を取り、優しく包み込んだ。


「大丈夫…何があっても、必ず君の元に帰ってくるよ。」
『うん…っ、絶対だよ…。お願いだから、無理はしないで。』
「うん、解ってる。心配してくれてありがとう。」


握った両手は、思っていたよりも、か弱く小さい。

目まぐるしく進んでいく時の中、彼女は一人で立とうと頑張っている。

そんな健気な彼女を支えねばならないのは自分なのに、自身の事よりもと動く彼女に、こうして尽くされている。

このままでは駄目だと心が訴える。

彼女を守る刀である為には、強く在らねばならない。

だから、今日、それを胸に出陣に出る。


「そう心配するな、主…!光坊にゃ、伽羅坊が付いてる!だから大丈夫さ!!」
「おい、其処で勝手に人の名前を出すな。」
『伽羅ちゃん…光忠の事、頼んだよ…?』
「……言われなくとも解っている。だから、アンタはさっさと持ち場に戻れ。アンタだって、やる事があるだろう…。」


溜め息混じりにそう言ってきた大倶利伽羅に、頷く律子。

彼に諭され、漸く部屋を出ていく様を見せたが、その後ろ姿は、何とも後ろ髪を引かれるようであった。


「…彼奴に、彼処まで心配されるようじゃ、まだまだだな。」
「うん…そうだよね…っ。」
「おいおい…っ、これから出陣だってのに、言ってやるなよ伽羅坊…。」


彼の言う通り、彼女に心配をかけているようじゃ駄目だ。

強くならねば。

彼女を支え、守っていけるようになる為に。


「僕が、彼女を支えなきゃ……っ。」
「光坊…?」


不安の種が、また一つ膨らんだ。


『それじゃあ、皆…気を付けて!いってらっしゃい!』
「うんっ、行ってきます…!」
「必ずや、貴女に最良の結果をもたらしてみせますね…っ!」


未だ、不安は大いに残るが、それを面には出さないよう、努めて笑顔で見送った。

清光との約束である。

笑顔でいってらっしゃいと言って見送り、笑顔でおかえりなさいと言って出迎える事。

今の彼女が出来る、唯一の事だった。


(どうか、皆、無事に帰ってこれますように…っ。)


しかし、運命は、彼女の思い通りにはならなかった。

運命とは、何時でも非情で、残酷である。


―カンカンカン…ッ、と部隊帰還の知らせの鐘が鳴らされた。

予定していたよりも、かなり早い時間での帰還である。

律子は、逸る気持ちを抑えて、門へと駆けていった。

近侍である歌仙を置いてきている事など、気にしていられなかった。


『おかえりなさい、皆…!今日も無事………ッ、』


一瞬にして、言葉を失う光景が広がっていた。


「第一部隊、ただいま帰還した…ッ!」
「おい、誰か担架を持ってきてくれ…!!」
「燭台切が重傷だ…ッ!!」


頭が真っ白になりそうだった。


執筆日:2018.05.07