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検非違使



「その前に、皆の怪我の程度を報告してもらおう。」


気を急く彼女の言葉に、落ち着いて対応する歌仙が言った。

その言葉に返したのは、状況把握に長けた長谷部である。


「重傷者が一名と中傷者が三名で、後の二名は軽傷者です。」
「つまり、出陣した部隊全員が傷を負って帰ってきたという事だね…。初陣だった燭台切や錬度の低かった五虎退は頷けるとはいえ、それなりの錬度であった君達まで此処まで酷い怪我を負うなんて…出陣先で、一体何があったんだい?幾ら久し振りの出陣で身体が怠っていたとはいえども、出陣先の場所の難易度はそれ程高くなかった筈だよ…?」


彼女もそれを理解しているから、事の根幹を早く知りたいのだ。

采配を決めるのは、主である審神者だ。

もし、その采配を間違えていたら、原因の責任は彼女にある。

張り詰めた空気の中、一番始めに声を発したのは、副部隊長を務めていた山姥切だった。

澄んだ蒼い眼を彼女へと真っ直ぐに向け、切り出す。


「出陣して最初の時こそは、俺達も含め皆順調にこなし、敵部隊を殲滅出来ていたんだ。道中資源を拾ったりなんかもして、滞りなく進んでいたんだ。だが…敵本陣に向かう手前の戦闘で、予期せぬ事が起きた。」
「予期せぬ事…?」


静かに耳を傾けていた歌仙が、怪訝な声を上げて問う。

コクリと頷いた彼が、苦々しげに事の続きを告げた。


「奴等…時間遡行軍とは別の敵対勢力、“第三者勢力”と言われている検非違使、ソイツ等が現れたんだ。」
『検非違使、だ、と…っ!?』
「嗚呼、時間遡行軍の奴等との戦闘中、突然現れてきて、両敵部隊との交戦になったんだ。」
「時間遡行軍の方は、然程時間もかからずにすぐに殲滅出来ましたが…検非違使の方は、そう簡単にはいかず。始めから敵方の勢力の方が優勢で錬度も高かった為、圧されてしまいました。戦局はすぐに傾いて、此方側が劣勢となり、陣形共に不利な形となって、敗北という形で帰還する事になりました…。このような形で戦に敗れ、帰還する事になってしまうだなんて…っ、大変面目ないです…っ。」


全く予期していなかった、まさかの敵対勢力の名を出された途端、驚愕の声を上げて反応した律子。

目を見開いて動揺した様子を見せた彼女を、隣の歌仙がそっと宥めた。


『…皆が、一人たりとも折れずに帰ってこれただけでも良い…っ。どんなに酷い怪我であっても、無事に帰ってきてくれたのなら、それで…!』


俯き身を震わせた彼女を見て、主としてみっともない姿は見せられまいと涙を堪えているのだろう様子を察し、彼女の気持ちが落ち着くのを待った。

すぐに落ち着きを取り戻した律子は、姿勢を正し、努めて冷静に話を促した。


『それで…あれ程の怪我を負った経緯はどうなって?順を追って説明してくれ。』
「それは、ボクが説明するね!最初は、皆苦戦してたんだけど、何とか軽傷を負う程度で頑張れてたんだよ。だけど、五虎退が検非違使に狙われて中傷になりかけたのを、一番錬度の低い燭台切さんが庇って、刀装をやられちゃって…っ。それから、一気に攻められちゃったんだ…。」
「…多少のダメージを受け負ってくれる、謂わば身代わりとも言える刀装を破壊されれば、敵のダメージを直に受ける。錬度の低かった光忠には、レベルが高過ぎる相手だった。故に、退こうにも退けなくなっていた彼奴を、奴等は狙ってきた。他の奴等は、俺達で何とか応戦する事が出来たが…最初に五虎退を狙った奴の錬度が一番高かったみたいでな。光忠の奴が真剣必殺を繰り出しても、相手に軽傷を負わせる程度で歯が立たなかった。おかげで、彼奴は重傷…俺達が庇って何とか持ち堪えたが、一歩間違えば、破壊されるところだった。」


今まで黙っていた大倶利伽羅が、乱の言葉を引き継ぎ、淡々と説明していく。

“一歩間違えば、破壊”という言葉に、誰よりも顔を真っ青にさせ、息を詰まらせた律子。

それは、彼の手入れに立ち会った彼女自身がよく解る事だった。

膝の上で握り締めた拳に力を込める事で、平常を保つ。

彼等を順番に見遣り、再び口を開いた。


『今までの出陣先で、検非違使に遭遇した事は…?』
「いや、無いな…。話に聞いた事はあったが、遭遇したのは今回が初めてだ。」
『そうか…。』
「そもそもが、僕達この本丸はまともな運営をしてきちゃいなかったんだ。だから、まともに出陣させてもらった事が無かったし、出陣経験もあまり無いに等しい。おかげで、皆の錬度はバラバラ…っ。全ては、前の審神者によるせいさ。」
『…いや、その事も踏まえた全ての事を把握しておかなかった俺に責任はある…。情報収集を怠った俺が悪い。もっと出陣記録と戦績報告に目を通しておかなきゃならなかったな…。』
「主…?」


気になっていた事を問えば、検非違使の出現は、今回が初めてだと言う。

山姥切の言葉に誰も異論を挟まなかった事を考えると、彼が言った事は事実なのであろうと解る。

そもそも、彼は嘘は付かないし、今の話で付く必要が無い。

初めてであった事も踏まえて、各出陣先についての過去の記録を洗いざらい調べておく必要がありそうだ。


『色々と策は練ったつもりだったのに、クソ…ッ、検非違使の存在については盲点だった…!また策の練り直しだ…。今回出たのが初めてだって言うなら、今後同じ場所で出る可能性がある。という事は、資料の見直しに加えて、検非違使に対する対策も考えないといけない訳で…あ゙ー、もうっ!遣る事が多過ぎる…ッ!!頭ごちゃごちゃしてパンクするわ!!』
「あの、主…っ?大丈夫かい…?」
『クッソ、こんままじゃ埒明かねぇ…!こんのすけ、居るか…っ!!』


一人ポツポツと呟き始めると、何やら悩み始め、次第に頭を抱え叫び出した律子。

状況に付いていけてない長谷部や歌仙が心配し、混乱した様子の彼女に声をかけたが、無視された。

そして、こんのすけを喚び付けると、今回の出陣の件で項垂れ泣き崩れる暇無く、指示を出した。


「はい…っ、お呼びでしょうか、主様?……って、どうされたのですか、その格好は…っ!?」
『今までの各出陣先についての記録、全て調べるぞ!後、今日までに政府に上がってる検非違使についてのデータ、至急ありったけ寄越してくれ!』
「えっ!?は、はい…!了解です…っ!!すぐにご用意しますので、暫しお待ちを…!」
『急な呼び付けで悪いが、頼んだ…っ!』


来るなり指示を受けたこんのすけは、慌てた様子ですぐさま政府へと戻る。

指示を出し終えると共に立ち上がった律子は、再度皆を見つめて言った。


『取り敢えず、状況は把握した。わざわざ集まってくれてありがとう。話は以上で、これで解散とする。出陣お疲れ様、皆よく頑張ったな…!手入れが済んでない二人は、手入れしに行って良いよ。残り二人は、傷は癒えてるだろうけど、出陣して疲れてるだろうし、後はもう非番にすっから、今日はゆっくり休め。』
「え…っ?あ、あの、主…?」
『近侍の歌仙は、報告書宜しくね!書き上げたら、俺に提出して。確認しとくから。はいっ、じゃあ解散…っ!』
「ち、ちょっと待ってくれ…!報告書の事は解ったが、それで良いのかい、君は…!?」
「そ、そうだよぅ…っ!手入れしてくれるのはありがたいけど、主さんも少しは休もうよ…!!酷い顔色だよ!?」
『俺の事は気にすんな!遣る事済ましたら、ちゃんと休むよ。それに、お前達が無茶してんだ。俺にだって、ちょっとくらい無茶させてくれ。お前達が戦場で戦ってんだ…。俺が何もしない訳にはいかないだろ?』


部屋を出ていこうとした彼女を引き留める歌仙と乱。

血に塗れたまま、青い顔で笑う姿は痛々しかった。

そこで、グイッと彼女の腕を掴んだ大倶利伽羅は、面倒くさそうな目を向けて言ってきた。


「アンタは本当に馬鹿だな…。」
『は……?』
「俺はさっき言った筈だぞ。あまり無理はしてくれるなと。」


ボソリ、そう呟いた途端、無言で彼女の腕を引き、何処かへと連れていく。

彼の考える意図が解らず、疑問符を浮かべながらも、ズルズルと連れていかれる律子。

何も言われず着いた先は、脱衣場だった。


「アンタは、まずその血味泥を落とせ。話はそれからだ。」
『ぉ、おう…っ。着替えろってのは解るんだけど、肝心の着替えが無いよ…?』
「…短刀の奴等にでも言って用意させておく。とにかく、アンタは早く汚れを落とせ…。じゃないと、固まって落ちなくなるぞ。…アンタに血は似合わない。」


言いたい事を言い終えると、さっさか後ろ背を向けた大倶利伽羅は、ペシリと彼女の顔に向かって手拭いを投げた。

それは、自身が持ってきていた綺麗な手拭いだった。

無言で立ち尽くす律子は、去り行く彼をただ呆然と見つめる。

脱衣場を出ていく去り際に、彼はらしくない事をしたと眉間に皺を寄せた。

自室に戻る道中に、適当に見付けた粟田口の短刀組に事を頼んでおく。

遣る事はちゃんと遣ったぞ、と一度だけ湯殿がある方を振り返った。

後は知らんと言わんばかりに去る彼は、全くもって素直じゃない。


連れていかれた脱衣場で代わりの服を受け取ってから、風呂場へと入っていった律子。

着替えを届けに来てくれたのは、前田と平野だった。

二人共、きちんと女性に対する配慮を弁えていて、偉い。

二人が退室した後、どうせ後で洗うし、脱ぐならそのままでと、汚れた服のまま風呂場に入り、タイルの上を歩いて蛇口の元へ行く。

桶に水を張ると、手拭いを浸して、軽く絞る。

着物の上を脱いで、腕や顔に付いた血を濡れた手拭いで擦って落とす。

洗い場に付いた鏡を見れば、血は首や髪の毛にまで付いていた。

彼を担いで運んだ際の物だろうか。

大分放置してしまっていたせいか、血が付いた部分の髪の毛は、乾いて赤黒く固まっていた。


(コイツは、頭洗わないと落ちねぇなぁ…。)


鏡に映る自分の姿を、何処か他人事のように思った。

桶の中にある水を見遣った。

パシャリッ、と手を突っ込めば、水面が揺らぐ。

ふと、水に映った自分の顔を見た。

酷い顔だった。

こんな顔をしていれば、皆に心配されて当然である。

バシャリッ、と勢い良く手拭いを入れた。

水面は歪んで解らなくなる。

何だか、無性に泣きたくなって、顔を歪める。

泣きたくなくて、そのまま桶に頭を突っ込んだのだった。


執筆日:2018.05.31