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鍛刀



目が覚めた後、改めて出陣記録を検分し直し、今後の出陣においての策を練り直した翌朝…。

日課として課せられた鍛刀をこなすべく、彼女は早くから鍛刀部屋に来ていた。

投入した資材は全部で、ALL50と、木炭・玉鋼・冷却材・砥石のそれぞれの資源割合を100:400:200:50とした物。

このレシピで出来る刀種は二振りで、それぞれ短刀と打刀だった。

時間は、「00:20:00」と「01:30:00」。

先に投入していた短刀は、もうじき出来上がる頃だった。

程無くして、片方の鍛刀を終えた式神達が揃って顔を上げ、此方を見上げる。


『出来たんだね…私の二振り目となる子が。』


打ち上がったばかりの小さな刀をそっと受け取る。

そして、手に力を込め、刀へと注ぐ。


『刀に宿りし付喪神よ。汝、我の元に顕現し、力を貸し給え。』


一片の花弁が舞い落ちて、湖面を揺らす。

瞬間、光が放たれ、桜吹雪が視界を覆った。


「―僕は、小夜左文字。貴女も、復讐を望むの…?」


凛とした、低過ぎない高い声が耳朶を打つ。

眩さに閉じていた目を開いた先には、鋭い目を持つ小さな少年が立っていた。


『…やぁ。おはよう、小夜。今日から此処が、君の帰る場所だよ。私は、この本丸で審神者を勤める者…名を猫丸と言う。この名は本名ではないけれど、宜しくね。ちなみに、今のところ、復讐したいと思う相手は居るには居るが…今すぐに復讐したいとは考えていないかな…?』
「そう…。貴女が、今代の主なんだね。解ったよ。復讐したくなったら、何時でも言って…。僕が力を貸すから。」
『ありがとう。でも、今は大丈夫だから…その内ね?まずは、皆に逢いに行こうか。まだ皆揃ってはいないけども、君のお兄さん達はもう起きてるだろうからね。二人共、きっと吃驚するよ。何たって、ずっと逢いたがっていた弟と、突然再会出来るんだからね…!』


まだ頼りない小さな手を優しく握り、引いていく。

まだ鍛刀中で打ち上がっていないもう一振りの刀は、食事や朝礼を終えた頃には出来上がっている事だろう。

鍛刀が終わり次第取りに来る旨を伝え、鍛刀部屋を後にする。

大広間の前へと来れば、既に皆起きてきていたのか、賑かな声が聞こえてきていた。


「此処は…?」
『皆が集まる部屋、大広間だよ。皆で御飯を食べたりする場所。』
「御飯…?」
『そう、御飯。小夜も、今は人の身を得ているからね。人と同じように食事をして、一日動く為の活力にするんだよ。今は、丁度朝御飯時の時間だからね、厨当番の人が皆の食事を用意して待ってるよ。』


小さな彼の背を優しく押して、一歩前へと踏み出させる。


『さぁ…、皆と一緒に朝御飯食べよう?』


ザ…ッ、と開けた障子の音に、中に居た者達皆が顔を向ける。


『おはよう、皆…!今日は新たな新入りをお迎えしての朝餉だよっ!』


一瞬だけ、シン…ッ、と静まり返った部屋。

だが、次の瞬間、ドッと皆が騒ぎ出し、一気に賑やかしくなった。


「え…!!新入りって…小夜!?」
「ええ!?主、新たに鍛刀しちゃったの…っ!?いつの間に!?」
「おっ、久し振りに見る顔たい…!」
「お、おおお小夜が、お小夜が……っ!!」
「歌仙君、落ち着いて…っ。」
「わぁ…っ、懐かしい顔ですね…!」
「ま、また逢えて嬉しいです…っ!」


皆口々に喋り出すからか、急に騒がしくなったと同時に一斉に注目を浴びて吃驚した小夜は、皆の勢いに気圧されて縮こまり、彼女の影に隠れるように引っ込んだ。

そして、皆が口々にした、ある言葉に疑問を持った小夜。


「…また、逢えて……?(僕は、たった今、初めてこの本丸へとやって来たのに…?)」


どういう事かと彼女を見上げれば、振り向き様に後ろを見た彼女が口許に人差し指を当てていた。


『(シィー…ッ。)それについては、また後で詳しく教えてあげるから、今は先に御飯を食べようか?』


あまり皆には聞こえないよう、小さく小声で言葉を返した律子。

そういう事ならと一人頷いた小夜は、取り敢えずは言われた通りにしようと彼女に続いた。

彼女が向かったのは、居間を突き抜けた先の厨であった。

其処には、彼女からしたらもう慣れた二人が、彼からしたら懐かしい顔触れの二人が居た。


『やぁ、宗三に江雪さん。御飯、もらいに来たよ。』
「全く…貴女って人は、一体どういうおつもりなんです?人が朝早くから朝餉の準備をしていたら、やって来て早々急に“今日から二人程新しい子が増えるから、食事もそのつもりで宜しく”だなんて…っ。何様のつもりなんですか?」
『強いて言うなら、主様かな…?』
「そういう事を言ってるんじゃありませんよ。」
「主…?その背の後ろに隠れているのは…、もしや……。」


厨に顔を覗かせるなり何なりグチグチと彼女に小言を食らわせた宗三。

特に意にも介していないのか、律子は軽口も平然と言ってのけた。

そんな二人の遣り取りの傍ら、何かに気が付いた江雪がゆっくりとした口調で問うた。

その一言で漸く彼女の方を振り向いた彼も、一瞬の内に固まる。


『ほら…、君のお兄さん達だよ。挨拶しな?』


お互いに固まり合った兄弟に微笑ましく思いながら、努めて優しげな声で促した。


「…に、兄様達……っ、お、おはよう、ございます…っ。」


彼女に促されて、そっと彼女の背から出てきた彼は、先程彼女が自分や他の刀達に言っていた言葉を真似て挨拶する。

初めて口にする言葉に慣れず、もじもじとむず痒そうに視線を逸らす。

ちらりと視線が合った瞬間、宗三は手元の包丁を落とした。


『おわっ!?あっぶね…!!大丈夫かよ、お前…?そこまで驚く事だったか?』
「大丈夫?宗三兄様…っ、怪我してない…?」
「…貴女のせいですよ…。」
『え…?何だって?』
「貴女が悪いって言ってるんですよ!このお馬鹿…っ!!お小夜が来るならそうと仰ってくれれば、もっとちゃんとした豪華な食事を用意したというのに…!!」
『いや、確かに、何時もよりかは多めに食事用意してね!とは言ったし、新しい子が来るとも言ったけど…っ。鍛刀したって誰が来るかなんて解んないだろ?』
「お黙りなさい…っ!今は、そんな事を言っているんではありませんよっ!!」
「ま、まぁまぁ…宗三、そのくらいにしておきなさい…っ。主も…突然怒鳴り付けたりして、すみませんでした…。」
『あ、いや、気にしなくて良いよ…。別に気にしてないから。あと、宗三、いきなり怒ったりすんな。小夜が怯えてる…。』
「…ぼ、僕…っ、何か兄様の気に障るような事した……?だったら、ご…っ、ごめんなさい…。」


あまりの剣幕に怯えて、困り眉どころか更に眉を下げて律子の背に隠れる小夜。

心無しか、小刻みに震えているようであった。

それを見た宗三は、決まり悪く、罰の悪い表情をした後、盛大に大きな溜め息を吐き、優しげな表情に戻る。


「…小夜は、何も悪くありませんよ…。強いて言うなら、言葉足らずなこの人が悪いのです。」
『おや、酷いこじつけ。』
「うるさいですよ。」
『事実を言ったまでです。』


けろりとした顔で言い返す律子。

宗三の眉間に、また皺が寄った。


「まぁ…今のは、僕が悪かったですね。つい、勢いで言ってしまいましたし…。いきなり怒鳴ったりしてすみませんでした。」
『いや、まぁ、仕方ないさ。お前等の事情を考えればな。』
「よく、解らないけれど…喧嘩は駄目だよ。」
「そうですよ…。皆、和睦です…。」


江雪の口癖のような言葉に、三人共顔を見合わせて、微笑む。


『それじゃ…っ、皆揃って朝御飯食べますか…!』
「そうですね…。」
「では、僕は貴女の分をよそいますから、持って行ってください。お小夜も、少し手伝ってくれますか…?」
「…!うん…っ、手伝う…!」


この本丸で折れたとされる刀が、また新たに顕現された。

今度は、きっと、折れさせない…。

長い間二人だけだった兄弟の末の弟が揃い、笑顔になる三人。

この笑顔を絶やさない為にも、政府には一度物申さねばなるまい。

律子は一人、内心で固い決意を固めていた。


―事はすぐに動いた。

皆で揃って朝餉を摂っていると、いつの日かと同じようにして現れたこんのすけより、滔々と告げられたのである。


『政府からの呼び出し…?』
「はい…っ。早ければ、本日中に…遅くとも、明後日にはお逢いしたいと…。」
「明後日っていうと…二日後って事?」
「はい…そうなりますね。」
『ふぅん…。政府からは、何て…?』


若干の険悪なムードを感じつつ、恐る恐る重要事項を口にするこんのすけ。

怖がるせいで、尻尾の毛がボハリと逆立っているのは、最早気にしない。

清光の問いを横目に聞きつつ、卵焼きを口にし、興味無さげに相槌を打つ律子。

先程までとは打って変わって、目付きが鋭くなっていた。


「は、はい…っ!えぇっと、上からは、今期より本丸を引き継ぐにおいての審神者就任、及び本丸立て直しの礼を申したいとの事と…現本丸がどのように落ち着いたかどうかの報告をして欲しいとの事で……直接、政府の方に出てきて欲しいと………っ。」
『…ふぅん、成る程ね。向こうは、悪まで此方に来させるつもりか…。礼程度の事なら、普通向こうが直接来んのが道理だろうに。まぁ…逆に来られても困るけど。ガチでブチギレる勢が暴れ出すだろうし、余計に拗れるだけだろうからな。』
「はは…っ、仰る通りで…。」


通常時なら、喜んで真っ先に食らい付きにいくであろう好物の油揚げが目の前に出されていても、今はただ冷や汗をダラダラと垂れ流すしか出来ないこんのすけは、身を縮こまらせていた。

そんなこんのすけの様子を知ってか知らずか、常より少し低めの声で不機嫌さを織り混ぜた声音で問うた。


『それで…?俺はどうしろと…?』
「出来たら、早めの内に政府の方へ出向くべきかと……っ。」
『…出向く、ねぇ…。』


政府からの呼び出しがあったとの話を聞いて、賑やかだった面々は静かに話に聞き耳を立てる。


『形式とか…決まったフォーマルとか、あるの?』
「主…!呼び出しに応じるのですか…っ!?」
『そりゃね。一応、お役所勤めな訳なんだし、表向きは上に従っといた方が無難でしょ?』
「…しかし、本気で行くのか?君…。」
『後々面倒になるよりマシでしょ…?ぶっちゃけクソ面倒くせぇ事この上無いが。』
「主…言葉遣いが雅じゃないよ。…腹立たしい気持ちは痛い程解るけどね。」


思わず本音をポロリすれば、すかさず突っ込まれた律子。

しかし、本音の内容を問い質さないところを見ると、彼も十分にご立腹なようだ。


『よし…。じゃ、面倒事はさっさと済ませるに限るから、朝飯食い終わった後、準備するとしますかね…っ。護衛は何人までオーケーなの…?』
「最大でも一、二振りまで…ですかね。」
『解った…。飯食い上げるまで、適当に決めとく。』
「お願いしますね。…では、僕は主様からの返事を伝えに、先に政府に戻っておきます。事を伝えたら、また此方に戻ってきますね。」
『飯食ってから行け。』
「あ、はい。じゃあ、そうしますね…頂きます。…はぐっ。」


早急に政府へ戻ろうとしたこんのすけの首根っこを掴み、席へと戻した律子。

報告は早めにしないといけないのだが…と思いつつ、朝飯を食わされたこんのすけであった。


執筆日:2018.08.24