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呼び出し



本来なら、朝餉を食べた後、打ち上がった刀を受け取りに行く予定だったのだが、急遽、政府からの呼び出しを受けた事もあって出掛ける準備をする律子。

その様子は、如何にも不本意ながら、といった様子だった。


『上からの呼び出しとか、ぶっちゃけ堅っ苦しくて面倒くせぇ…。』
「まぁ、そう言わずに…っ。これを期に、褒美をガッポリ山程請求するのは如何でしょう…!」
『あー…気が向いたら考えとくわ…。政府に一発文句ぶちかませるなら、特に用は無いし…。』


朝餉を食べた後、早急に戻り早急に本丸へ帰ってきたこんのすけは、どこかやつれた様子で部屋の片隅に座り込んでいた。


「ところで…護衛で連れていかれる刀剣男士の方は、どなたを連れていくのかお決めになられたのですか?」
『嗚呼…お前が帰ってくるちょっと前にな。』
「では、どなたを連れていかれるので…?」
『清光と光忠…。私は、今回初めて政府に赴く訳だし、既に行った事のある清光を連れていった方が安全だと思うしねー。施設内入っても、行った事無いから道解んないし、迷子になりそうだし…。案内出来る子居た方が安心でしょー?』
「確かに、加州さんなら安心ですね。では、燭台切さんの方は…?」
『単に、私の保険…というよりは、社会勉強っつーところかな?私と同様、初めてだけど…“ウチの子”でも知っとく奴が居りゃあ、後々楽だろう…?』
「成る程…そういう事でしたか。良い選択ですね…!」
『まぁ…、光忠連れていくのは、半分、私の精神安定剤も含めての事だけど…。』


律子の説明に、コンコンと頷くこんのすけ。

最後に、彼女はボソリと言葉を零したが…其れはごく小さな呟きだったのもあり、敢えて聞かなかった事にしたのだった。


―時は少し遡り、数刻前。

朝餉を食べ終えてすぐ、広間に集められた皆に改めて今日政府へと赴く旨を伝え、各々他に伝達すべき事項も伝え終わると、件の護衛の事で二人を呼び出した律子。

政府へ出向くにあたっての警護を頼みたいと申し込むと、二人して驚いた顔を見せた。


「警護って事は、護衛?何で俺なの…?燭台切連れてくなら、他の奴の方が良いんじゃない?例えば、小夜とか…。」
『清光を選んだのは、この本丸で一番の古株であるという事…。この本丸での初期刀だったのなら、一度くらい、政府に行った事があると思ってね。道案内とかしてもらえるかなって思って。』
「成る程、そういう事ね。それなら、俺が適任か。りょうかーい。」
「そういう理由なら…僕じゃなく、他の子に頼んだ方が良いんじゃないかな…?」
『光忠は、俺と一緒で初めて行くから、お勉強。ついでに、道順とか覚えたら、次他の子達を一緒に連れてく時に色々と教えてやれるでしょ…?』
「嗚呼、そういう事だったんだね…?解ったよ。今回でしっかり覚えて帰れるよう、努力するねっ。」
「ところで、小夜を連れていかない理由は?」
『小夜を連れてかないのは、今日顕現したばっかで人の身にも慣れてないだろうし、色々と解らない事があって不安だろうからね。それに…、せっかく揃った兄弟達に水を差すのも悪いじゃない…?』


苦く笑った彼女の見遣った先を見て賛同した彼等は、意を汲んで、彼女に付いていく事に合意したのであった。


―時は戻って、今に至る。


『さて…支度は整ったかな?』
「此方はオッケーだよー。可愛く決めてきたでしょ…?」
「此方も、準備万端だよ。抜かりはないね。」
『おしおし…っ、大丈夫そうね?それじゃ、主不在の間、この本丸の事任せたよ、長谷部。』
「は…っ、この長谷部にお任せください!主不在の間、しっかりと本丸をお護り致します故…!お気を付けて、いってらっしゃいませ!」
『うんうん、頼りになるね。いってきます…っ。まんばも、近侍代行、宜しくね?』
「嗚呼、気を付けて行ってこい。」
『ありがとう、いってきまーっす…!』


見送りに来ていた者達へ挨拶を告げ、玄関を出る。

其処で、一つ深呼吸をして、気持ちを切り替える。


『よし…っ、念の為、刀装も装備させたし…問題は無さそうね。そんじゃ、さっさと行きますかぁ…っ。真っ黒な腹を抱えた時の政府様へとなぁ…!』


いざ、推して参ると言わんばかりの意気込みで政府へと赴きに行く律子達。

地獄の狗に顔を見せる気は更々無いと、しっかりと面で隠された彼女の顔。

おまけに山姥切のように深くフードを被っている為、余計に表情は解らないようになっている。

しかし、彼女が醸し出す刺さるような空気から、鋭く尖った顔付きをしているだろう事は窺えた。


「政府への直通ゲート、繋ぎます。登録コード、豊後国所属。本丸コード、■■■■■■■番地。担当許可コード、こんのすけ。コード認証、開通します。」


ニニ○五年技術で創られた端末を使い、ゲートを開いたこんのすけ。

彼女自体は、初めて潜る門だが、さてどうなる事やら。

こんのすけを先立ちとし、真っ直ぐに潜っていく。

潜った瞬間、一瞬だけ視界がぐにゃりと歪み、全思考が電子の分子となって飲み込まれていく。

気付けば、政府直轄の門前に着いていて、何だか意表を突かれた気分だった。


『…此処が、時の政府の本陣…?』
「はい、そうですよ。此処が、各所属本丸へと指示を出している、政府直轄の施設…本拠地となります。政府への入口は、彼方になります。」
『………へぇ……。(見た目完全に城じゃん…。殿様気取りかよ…。)』


着いて早々目に入ってきた景色に呆然と立ち尽くす。

急に大人しくなった彼女に、訝しげに思った清光が声をかけた。


「主、どうかした…?もしかして、気分でも悪い…?」
『…うん、まぁ…ちょっとだけ…。』
「あ、そっか…っ。主は、ゲート潜るの、初めてだもんね…?」
『うん…ちょっと気持ち悪い…っ。』
「慣れない内は、仕方ありません。初めての方では、よくある事ですよ。その内落ち着くでしょうから、ご安心ください。あまりにも気分が優れないようでしたら、此方で少し休まれてから行きますか…?」
『うん、そうね…。いや、やっぱ行くわ。これくらい、大した事じゃない…。』
「それ、どっちなの…?」
「あまり無理はしちゃ駄目だよ…?」


両側から心配の声がかかるが、口許に手を押し当てながら「大丈夫だ。」と受け答える。

我ながら、意気込んでいた割に格好悪くて情けない…。

些か気分の悪さを感じながらも、こんのすけの案内の元、政府直轄の施設内へと入っていく。

中は外観とは全く異なる造りとなっており、至って普通のオフィスにでも有りそうな装いとなっていた。

外観が完全なる和の古めかしき時代の建物だとすると、中は反対に洋、つまりは現代に近い現代的建築物のようだった。


(如何にも、政府の考えそうなこったな…。)


ぐるりと見渡しながら、何故か薄暗い回廊を進んでいく。


「此処…何だか薄暗いね?政府直轄の施設って言ってたから、もっと明るい場所なんだと思ってた…。」
「此処は、最初に来た時からこんなだよ…。」
「まぁ、政府直轄の場所でも、此処は中枢を担う場所となりますから…。あまり騒がないよう、静かにお願いしますね?」


本丸に居る常なら、もう少し砕けた態度を取るこんのすけだが、此処へ着いてからはそんな素振りは一切見せず、正に、政府の遣いの管狐といった感じだった。

空気が固く、近寄りがたいような…そんな雰囲気だ。


(監視か…。常に視られている感じがするな。)


ス…ッ、と視線を正面へ戻し、前を向く律子。

身体中ピリピリと刺すような視線を周りから感じた。


(薄気味悪い…。こりゃ、気軽に近付きたくはないわな…。)


「ふん…っ。」と小さく溜め息を吐く。

すると、唐突に、目の前を歩いていたこんのすけが立ち止まった。


「それでは、主様と刀剣男士の方々には、一度、此処で別れてもらいます。主様は、彼方の部屋へ。刀剣男士の方々は、此処でお待ちください。」
「は…っ!?何でだよ!前来た時は、そんな事無かっただろ…!!」
「今は、以前より警備が固くなっているのですよ。不要な武器を持っていないかの、念の為の確認です。ご無礼は承知の上ですが…ご了承ください。」
『…成る程ね。その為の“着替え”だったか…。別に構わないよ。其処の部屋に入れば言い訳ね…?』
「はい。理解が早くて助かります…。」
『別に…こんくらいの対処はしてるだろうな、って思ってただけだから。』


こんのすけが案内した通りの部屋の扉の前に立ち、そう言う。

不満を露にする清光が、未だ不安そうな声を彼女の背に呼びかける。

そんな清光の隣では、全くよく解らないとでも言いたげな光忠が、彼よりももっと不安げな顔をして立っていた。


『大丈夫、そんな顔しなさんな、光忠。せっかくの男前が台無しだよ…?清光も、そんなに心配しなさんな。ちょっと荷物預けて、服着替えてくるだけだから。』
「でも、主…っ!」
『大丈夫だから、安心しな。すぐ戻ってくっから。』
「っ…!」


振り向き様、軽く手を振ってから、開けた部屋の中へと入り、ドアを閉める。

部屋で待っていたのは、面を被った政府の人間だった。

着替えも監視の対象なのか、女性職員を引用しているようだった。

一人に荷物を預け、奥の衝立で仕切られた中へと入り、此処に来るまで着ていた衣服を脱ぐ。

衝立で仕切られた中は、簡易式の着替え場となっており、着替え終わった後の確認が出来るよう、一枚の姿見鏡が置かれていた。

着ていた服は、もう一人の女性職員へと渡し、何も隠し物は持っていないか確認される。

その間に、最初の女性職員から預けた荷物の中に入っていたスーツ一式を受け取り、着替える。

こんのすけから用意されたスーツは、勿論女性用で、リクルート様式のパンツタイプだった。

脱いだ衣服は、異常は無いと見なされたのか、綺麗に畳まれ鞄の中へと仕舞われた。


「確認は以上です。ご協力ありがとうございました。お荷物は、話が終わるまでの間、此方がお預かりしておきますので、審神者様は、そのまま部屋を出ていかれてください。」
『はぁ…、どうも。』


よく解らない挨拶を返し、スッと部屋を出ると、外で待たされていた二人が駆け寄ってきた。


「主…!大丈夫だった?何もされたりしてないよね…?」
『うん、大丈夫だったよ。ただ、普通に荷物預けて服着替えて、持ち物検査されただけだよ。』
「そっか…。何ともなくて良かった…っ。主が部屋に入った後も、異様に静かだったから、落ち着かなくて…。」
『うん、急に私と離されて不安だったよね…?大丈夫、私は何ともないから、安心しな?』
「うん…ありがとう、主。」
「主、さっき持ってた荷物は…?」
『話が終わるまで預かってくれるってさ。さ…っ、早いトコ用済ませちゃおう?』


彼女が来るなり心配の言葉をかける清光。

こんな事は初めてであったようで、政府への不信感が更に増したようである。

彼女が戻ってからも不安げな顔を見せていた光忠へ、律子は安心するよう言葉をかけた。

それで、漸く気持ちを持ち直したのか、不安げな顔から何時もの自信に満ちた顔に戻る。


「皆さん、宜しいですか…?宜しければ、行きますよ。これから参る処は、政府の中でも中枢の中枢を担う場所となります。くれぐれも、失礼の無いようにお願いしますね。」


やけに刺々しく聞こえる声が、廊下へと響き渡るのであった。


執筆日:2018.08.24