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政府本拠地



処変わって、スーツ姿へと着替えた彼女が今居るのは、如何にも重厚な扉の前だった。


(正に、此処にある種のボスが居ますよ、って感じだな…。)


片手を腰に当て、扉を上から下まで眺めた律子。

扉は、両開き出来る造りとなっていて、イメージは、テレビで見た国会や何やらで使われる会議室のような重厚感ある扉だった。

無駄に金がかかっている装飾でもある。


(たかが政府の施設なのに、ここまでする必要あんの…?)


んな事に金使う暇があったら、弱小地域の本丸に回すなり何なり、もっと有意義な使い方をしたらどうなんだ。

そんな事を考えていると、中で入室の許可を取ってきたこんのすけが、足元に戻ってきた。


「準備が整ったので、入室して良いとの事です。どうぞ、お入りください。」
『…失礼致します。』


そう言われると、半歩前に出てドアノブを握る。

見た目が重厚な分、女が引くには少し重い扉を両手で力を込めて引き、開く。

扉を開いた先は、広い客間染みた部屋で、細長い卓上を挟んでソファーが配置されていた。

卓上の向かいには、恐らく、この場での一番のお偉いさんだろう人が座っていた。

その背には、デスクが一式。

狐の面を付けていた。


『おはようございます。お声がけありました故、馳せ参じました。豊後国所属本丸の猫丸と申します。本日はどうも、宜しくお願い致します。』
「これはこれは、ご丁寧にどうも。わざわざ、こんな朝早くからご足労頂いてすまないね。お忙しいところ、応じてくれて感謝するよ。」


如何にも胡散臭い挨拶を受けて、上辺だけの愛想笑いを返しておく。


「立っているままなのは、なんだ。どうぞ、お掛けになってくれて構わない。」
『そうですか…では、お言葉に甘えて。失礼致します。』


ソファーの正面へ回る前に、周囲に目を走らせて確認しておく。

扉脇に一人、目の前は狐の面を付けたお偉いさん、その脇に控えるのが一人。

計二人の警備基監視のようだ。

面の下で視線を走らせながら、静かに一礼し、ソファーへ腰を下ろす。

護衛で来た二人は、すぐに動けるよう、彼女の後ろに控えた。


「私は、豊後国地域の担当を任されている者で、名を黄圖典<キヅツネ>と申します。まずは、急な事とはいえ、ブラック化しかけていた本丸を引き継ぎ、その本丸の審神者を引き受けて頂き、ありがとうございます。貴女のような心広い方と巡り逢えて、私共は幸運ですよ。」
『いえ、飛んでもないです…。(解りやしぃ名前…。)』
「それもこれも、偶然にも審神者の素質を持つ貴女が本丸へと導かれたからだ…!本当に、感謝していますよ。」
『此方こそ、そう言って頂けて嬉しいです。』


ちぐはぐな言葉遣いで、全く敬意も感謝も感じられない言葉や態度に、若干どころかかなり頭にイラッと来たが、其処は穏便にと抑えてポーカーフェイスを保った。

面で見えずとも、表は常に笑顔を浮かべる。

裏は何クソ、今にもぶん殴りたい衝動丸出しであった。


「それで、如何ですかな?本丸の様子は。もう本丸暮らしには慣れましたかな…?」
『まだ審神者として就任してから数日しか経っていない為、何とも言い難いですが…慣れるまでにはもう少しかかるかと思います。本丸全体を覆っていたと思われる瘴気は浄化出来ましたし、闇墜ちしかけていたらしい刀剣男士の状態も落ち着いていますし、浄化作業は順調みたいです。本丸の刀剣男士達とも、だいぶ打ち解けてきたと思いますし、審神者としての仕事に慣れるのも、その内かと。』
「それは安心ですな!彼処まで墜ち切っていては、簡単には手を付けられませんからな!そこまで和解が進んでいるのなら、何も問題は無さそうだ。いやはや、就任して数日だというのに、素晴らしい働きだよ。」
『お褒め頂き、恐縮です。』
「いや、何、君の働きに勲を称したいのだよ。どうだね…?何か、欲しい物などは有るかね?困っている事があれば、何でも聞こう。」
『困っている事、ですか…。』


碌な話は来ないだろうと考えていたら、予感的中、本当に碌でもない話を持ちかけられた。

予想はしていたが、まさか此処まで馬鹿だとは。

此奴の頭がどうしようも無さ過ぎて、怒りを通り越して、寧ろ笑えてくる。

内心、可笑しさを堪えながら、考えているフリをして動向を探る。

特にこれといった動きは見えない。


(“良い子ちゃん”を演じるのも、そろそろ疲れてきたな…。)


ピタリと笑みを止め、こっそり嘆息吐いた律子は、面の下の目付きを変えた。


『私が困った事と言いましたら…強いて言うなれば、各本丸の管理が杜撰過ぎる点でしょうか?今勤めている本丸へ来た時に思った事なのですが…数多あると思しき本丸全てを管理するのは難しい事だとは解っていますが、本丸全土が彼処まで瘴気に満ちてしまう程放置してしまうというのは、些か管理が甘いのでは?と思うのです。それに、前任を勤めていた方のお話を聞くに至りますと、どうやら、使役する刀剣男士達に対し無理な出陣や遠征を課せていたと言うではありませんか。おまけに、望む刀が手に入らなければ罰を、気に入らなければ暴力を振るうなどの行為があったと…。更に付け加えれば、見目麗しい者を無理矢理従わせ、夜伽を命じたりしていたと。極め付けは、刀剣男士達付喪神が集まる本丸という特殊な空間にも関わらず、現世から無関係の女の人を連れ込んでいたとか。…少々どころか、杜撰にも程がある管理なのでは…?』


言葉を許されたとあって、一気に捲し立てるよう口にすれば、狐面の男は驚きで固まった。

所詮はしょうもない男だ。

こんなのが政府の職員を勤め、あまつさえ管理職に就いているなど、甚だしい話である。

口火を切った律子の口車は止まらない。

腹の見せ処である。

暫くして我に返った男は、冷や汗を垂らしながら言った。


「は、はぁ…っ、それにつきましては、何とも痛い話で…っ。」
「ッ…!!」


ふざけた態度を取る政府の人間に、流石の我慢の限界か、頭に来た清光が刀の柄に手を掛けた。

其れを無言で手で制し、逸る気を抑える。

少しだけ首を動かして後ろを向き、指で面を空かして、口を動かす。


『…。(早まるな。もう少し抑えろ。)』
「…!(けど、主…!)」


目線で訴えられたが、無視し、首を戻す。

流石の男も、神の怒りは買いたくないのか、少し怯えた様子を見せつつ、気分を害する発言があったと非礼した。

何とも安い男だ。

心底見切りは付いたと蔑むと、面の下で睨み付けた。


『本丸管理の事も大切ではありますが、その前に、審神者の選抜制度を見直すべきでは…?たった今申したような方がまた審神者と選ばれては、本丸運営が立ち行かなくなるのは当然でしょう?』
「は、はぁ…っ、仰る通りで…!」
『でしたら、今後見直して頂けると助かりますわ!審神者も難儀しているのです…。そのような方々が増えていけば、ブラック本丸が増えていくのは目に見える事。同様に、審神者の力で従える刀剣男士達に穢れが溜まり、瘴気に侵され敵中に墜ちていくのも必至。そして、その影響を受けるのは私達審神者の者達です…っ。当本丸であったような噂は他本丸よりも兼々聞いております。改善は今すぐにでも行うべきです…っ!』


机に手を付き、バン…ッ!と力強く叩いて身を乗り出す。

音に驚いた男は、ビビって身を引いた。


「は…っ、しかし、その件につきましては、上からの判断が必要でして…我々だけでの独断では決められぬ事なのです…っ。」
『はぁ゙…?舐めた事抜かしてんじゃねぇぞ、狐野郎。』
「あ、主…っ!?」


遂に堪忍袋の緒が切れた律子は、素を露にして言葉を発した。

突然の事に驚いた光忠が、慌てて彼女を呼び止める。

彼女の態度の豹変に、完全に狼狽え動揺した男は、よろめき立ち上がり、脇の職員の側へと寄っていく。


「なっ!何だね、急に…!?上の者に向かって、ぶ、無礼だぞ…っ!!」
『無礼だと…?どの口が抜かす…っ。始めから胡散臭さ極まりない言葉遣いで喋るアンタの方が、よっぽど無礼極まりなかったがな?よくも抜け抜けと礼なんぞ出来たものだな…?敬意も謝辞の欠片も無い癖に。バレバレなんだよ、態度がよ…!』
「な…っ!?口を慎み給え、新人風情が…!!立場を弁えるという事を知らんのかね…っ?」
『嗚呼、私は新人風情さ。だが、本当に立場を弁えねばならないのはどっちだ…?アンタは、さっきからウチの神様達を愚弄するような事ばっかり吐いていた訳だが?その責任は、しっかり持ってくれるんだろうなぁ…?神様を前に迂闊な言葉は禁止だぜ?なぁ、時の政府さんよぉ……?』


男は完全に凍り付いた。

隣に控えていた警備の男が、前に出て庇うように身構える。


『そもそも可笑しいよなぁ…?呼んだのはそっちなのに、何故私達が身の上検査何かされなきゃならないんだ?礼をする程度の事なら、そっちが直接本丸まで出向くのが道理だろう?アレか…?アンタ等政府の人間は、礼儀も知らないのか?お役人様は、下に払う礼儀も無いと…?ふざけるのも大概にしろよ、豚畜生共が。』
「ふっ、ふざけているのは貴様の方だ…!無礼者め!!」
『いきり腐ってんのはどっちだ、ぁ゙あ゙…!?神から下る怒りが恐いとか言ってる癖して、その神様達を不当に扱い、使役し、怒らせてんのは何処のどいつだ…っ!!テメェ等クソみてぇな脳味噌してる政府の狗共だろうが…ッ!!』


カツカツと遠慮無しに歩み寄り、狐面を付けた男を庇う奴の胸倉を掴み上げる。


「ヒィ…ッ!?や、やめ…っ!」


悲鳴を上げる声はガン無視し、グイッと引き寄せ、告げる。


『これ以上下手な真似してみろ…。ウチの本丸以外の神様も含めた罰の鉄槌が下るだろうよ…っ。』


面から微かに覗いた眼は、ギラリと金色に煌めいていた。

絶対零度を纏った声音で告げると、用は済んだのか、襟元から手を離す。

離した瞬間、その男は崩れ落ち、恐怖に床を這って壁際へと退いた。

もう用は無いと見切りを付けた律子は、その場に背を向け、出口へと向かい歩き出す。

ポカン…ッ、と見惚れていた清光と光忠の二人も、ハッとなって慌てて後を追った。

その間、部屋の隅っこでずっと空気となって硬直していたこんのすけも、漸く我に返るが、時既に遅く…。

彼女等は既に出て行ってしまった後だった。


―清光案内の元、政府施設内を出て行く律子達は、施設の出口付近にまで辿り着いていた。


「ちょっと、主…!何で彼処で止めたのさ!?彼処までするなら、止めてくれなくても良かったんじゃん…っ!!」
『ごめん。でも、許せなかったから。今回は私に譲って。』
「ねぇ…っ、ちょっと、待ってよ加州君、主達…!二人とも、歩くの速いよ…っ!!」
『あ、ごめん。つい、怒りのあまり早足に…。』


気付けば置いてけぼりになってる光忠の声に、漸く歩く速度を落とした律子。

気が立っていたせいか、かなりの早足で歩いていたようだった。

隣に並んだ彼が、膝に手を付き、息を吐く。


「もう…っ、少しは僕にも合わせてよ…!」
「ごめん…っ、燭台切の機動が遅い事、忘れてた…っ。」
「はぁ…はぁ…っ、もう良いよ。僕なんて、所詮足の遅い太刀ですよー…。」
『悪かったから、拗ねるなよ…。』


状況把握にも歩く速度にも遅れた光忠は、少しだけむくれて臍を曲げるのであった。


執筆日:2018.08.24