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親しき縁



小さな少年と大きな子二人を連れてやって来た、鍛刀部屋。

待っていた小さな式神達は、「お待ちしていましたぞ!」と言わんばかりにサムズアップした。

小夜の手からぴょこんっ、と飛び降りた式神も、「さぁさぁ…っ!」といった様子で目を輝かせていた。

彼等の視線に一つ頷くと、小夜と繋いでいた手を離し、歩を前に進める。

打ち上がった刀を受け取ると、静かに深呼吸し、目を閉じる。

そして、力を流し込みながら、呟く。


『刀に宿る付喪神よ。汝、我の声を聞き届け。我の元に顕現し、そなたの力を貸し給え。』


本日二度目となる、神降ろし。

流石に、二度目ともなれば、力の使用が変わってくるようで。

一度目と違って、打刀である事もあってか、かなりの力を吸い取られていく。

水面に花弁が落ちるのを感じて、ゆっくり目を開くと…桜吹雪に混じってふわりと舞う、白い襟巻きが見えた。

すとり…っ、と地に足を着けた者は言う。


「僕は、大和守安定。扱いづらいのがたまにキズだけど、良い剣のつもり。宜しく!」


彼女の隣でポカリと口を開けて見つめる清光。

彼の視線に気付いた安定は、同じく驚きの表情を見せた。


「清光…!僕より先に来てたの…?」
「そっちこそ…っ!何で、お前が…っ。」
『やっぱり、旧友君だったか。久し振りに逢えた、ご感想は…?』
「え…っ!?ちょっと、どういう事…!?」


クスクスと楽しげに笑う傍ら、わたわたと焦ったような声を上げる清光。

置いてきぼりの空気な二人は、揃って顔を見合わせ、首を傾げた。


『なんとなく彼が来るような気がしたから、清光にも一緒に来てもらったって訳…っ。ど?驚いた…?』
「驚いた、って…。どっかの真っ白なお爺ちゃんみたいな事言わないでよ…。」
『ふふふ…っ。ちょっとばかし驚かしてみたかったんだぁ〜!嬉しい驚きなら、何度あったって良い事でしょ…?』


何処かの鶴を思わせるような台詞に、呆れ半分、すっかりやられたという恥ずかしさが半分。

だが、その反面、心の内は、再び逢えたとの嬉しさで泣きそうだった。


「君が、僕の主になる人…?」
『そうだよ。まずは、初めましてかな…?そして、おはよう。もうちょっとでお昼になるから、おはようかどうかは微妙だけど…まぁ、顕現したての起きたてって事で、おはようねっ。私は、この本丸を勤める審神者の猫丸と言う。この名は審神者名であって、本名ではないけれど、その辺はある程度察してくれると助かるな。訳あって、この本丸と役職を引き継いだ訳なのだけど…其れについては、ま…追々に、ね?改めて、宜しく!』
「何か色々と訳がありそうだけど…清光の方から、その内聞く事にするよ。此方こそ、これから宜しくお願いします!」


にぱりと明るく笑った安定に、優しく手を差し伸べて握手をする。

本日二振り目の刀が顕現した。

彼女の刀としては、三振り目に…この本丸としては、一度は折れて失ってしまった刀の三振り目に新たに顕現した安定。

まだまだこの本丸は、始まったばかりである。

黒き足跡からの復興には、まだ遠い。


お昼にはまだ早いが、朝というにはもう遅い、犬の刻…午前十時過ぎを指していた。

お互い軽い挨拶と自己紹介を終え、一同は部屋を移り、居間へとやって来ていた。


「はい、御飯。食べる量、そんぐらいで良かったよね…?」
「うん…っ、ありがとう、清光!」
「江雪さんや宗三君が多めに作り置きしてくれてたから、おかわりはまだあるよ…!たくさん食べてね、大和守君!」
「はい、お味噌汁…。まだ熱いから、気を付けて飲んで。」
「燭台切さんも、小夜も、二人共ありがとう…っ!凄く美味しいよ!」
『ふふ…っ、初めての食事はどう…?驚きや発見がいっぱいだろう?』
「うん…!食事するって、何だか不思議だね。今まで、刀として其処に在る、使われるってイメージだったのに…今は、人と同じように動けるし、何より身体があるし、物も飲めて食べれる…。こうやって会話も出来るのって、何だか凄いし、楽しい…!」
「こら…口に物入れたまんま喋んないの。せめて、飲み込んでからにしなさい。お行儀悪いよ…?」


居間へと来た一行は、顕現したばかりで腹を空かせているだろう安定に食事をさせるべく、遅い朝食を用意していた。

初めて食事をするといった行為に、ひたすら驚き、感動しながら、自分の為にと運ばれてきた御飯を口にする安定。

好奇心旺盛な子供の如く目をキラキラ輝かせる安定は、それはもう元気よくもりもりと食べていた。

どうやら、彼は食欲旺盛なタイプの刀らしい。

口に物を入れ食べながら喋る安定に、清光がお母さんのように呆れた様子で注意していた。

その横で微笑ましく様子を見守るこの本丸の主は、にこやかな顔をして笑っていた。


『ははは…っ。まぁ、顕現したばかりで、色々な事に感動するのは仕方がないな…。まだ人の身を得たばかりで慣れないだろうけど、直に慣れていくよ。これからゆっくり覚えていけば良い。小夜も、今日顕現したばっかなのは一緒だから、仲良くしような?』
「うん…。解ってるよ。でも、僕はこんなだから…仲良くしてもらえるかは解らない。けど、努力はしてみるよ…。」
『うんうん。そうやって、ゆっくり自分のペースでも良いから、周りの人と関わっていきなさい。そしたら、きっと、見えてくるものが違って見えてくるから。』
「…うん…。」


既に今朝彼女等と一緒に朝食を終えていた小夜は、彼等に習って安定の御飯を一緒に用意した。

共に今日顕現した刀同士、皆と仲良くなっていって欲しい限りである。

それから暫くして、食事を終えた後、本丸内を案内して回ったり、色んな刀達と逢って言葉を交わした。

すぐにお昼を迎え、お昼御飯の時間となったが…。

驚く事に、食べてあれからそんなに時間が経っていないというのに、お腹が減ったという感覚を訴えた安定。

これには、元・沖田総司の愛刀同士であった彼も、流石に驚いていた。


「お前、よく食うなぁ…っ。」
「そうかな…?僕は、普通なつもりなんだけど…。」
「まぁ、よく食べるのは良い事ですし、その分元気だって事ですよ!」
「それは良いんだけどさ…。お前の消化のスピード、ちょっと早くない…?」


先程の食事でもおかわりして食べていたにも関わらず、皆と同じ量をしっかりと食べている。

もりもり食べる姿に、久し振りに逢えた仲間という事もあって笑顔な堀川は、あまり気にしない。

「俺の感覚だけ可笑しいの…?」と言いたげな清光は、隣で威勢良くバクバク食べていく様子を変な物でも見るような目付きで眺めた。

安定の勢いが凄過ぎて、箸の進みが遅かったのは清光だけではなかった。


「…凄い食べっぷりだな…。」


彼の向かいに座る蜂須賀も、久しく見る顔触れの箸の進む様を呆然と見つめるのだった。


昼餉を終えて少し経った後、執務を中断した律子は、少し身体を休ませてくると告げ、寝室へと足を運んだ。

敷いた布団に、ぼすりっと身体を横たえれば、全身の怠さが彼女を襲ってきた。

やはり、まだ霊力の加減が解らない為か、神降ろしをして刀剣男士を顕現させる行為の後は、こうした倦怠感が身体を襲う。

少し休めば楽になるが、一度完全に落ちてしまうと、目覚めるまでは起きない。

光忠や他の粟田口の刀達を顕現させた時に比べれば、慣れてきたし、マシな方ではあるのだが。

やはり、まだ己の霊力との供給の仕方が解らず、加減が難しい。

それに、今日は朝から色々とあって、精神的な部分が疲れてしまった。

少しだけなら眠っても良いだろうと、布団にくるまる。

数分と経たずに、寝息が聞こえてきたのであった。


「あれ…主は居ないの…?」
「主なら、奥で寝てるよ。」
「お昼寝…?」
「違うよ。まだ力使うのに慣れてないから、疲れちゃうんだって。だから、体調を診て、時々休んでんの。主、無理しちゃうと倒れちゃうから。」
「主、大丈夫なの…?」
「前にも何度か倒れた事あるけど、大丈夫だよ。薬研が言うには、自分の中で霊力を上手く供給出来てないせいだ、って言ってたし…。」
「そうなんだ…。」
「俺等も心配してるのは、一緒。だから、そんな不安そうな顔しないの。」
「うん…。解った。」


彼女が眠りに就いた頃、部屋を訪れに来た者が数名居た。

今日顕現したばかりの小夜と安定であった。

二人は、彼女は仕事をしていると聞いてやって来たようだったが、彼女の身体状況については、まだ聞いていなかった。

そこで、何れは耳にする事であろうと説明した清光。

彼は、本日の近侍だった。

故に、彼女の仕事を補佐し、手伝っていたのである。

山姥切は、彼が出掛けている間のみの代行だった為、今は居ない。

恐らく、自室の隅っこで本でも読んでいる事だろう。


「ねぇ…ちょっとだけ、主の顔見に行っても良い?」
「まぁ、様子見するくらいなら…。起こさないようにね…。今寝たばっかだから。」


彼の許可をもらって、そろりそろり奥の部屋を覗く二人。

その表情は、少し不安げなものだったが、彼女の穏やかに眠る様子を見て、安心するのだった。


―夢を見ていた。

以前も見たような夢であった。

黒い服を着た人が、すぐ側に寄り添っている。


「今日もお疲れであったな…。良い良い…。疲れて眠れば、すぐに良くなる。」


低く優しい、懐かしい声が、耳を擽る。


「しかし、無理はしてはならぬぞえ…?政府の狗に噛み付きやったのは大義であったが…。ぬしの身体に傷でも付いては大変よ。ぬしは女の身…大事にしなれ。」


もう一つの声が聞こえた。

側には、白い毛並みをした者も居る。

ふわふわとした毛並みが、彼女を優しく包み込むようにして枕になっていた。

温かな心地好さに、身体の内が和らぎ、軽くなる。

撫でる掌が心地好く、気持ちが安らいでいく。


「そなたの事は、何時でも見守っておる。ゆっくり休みやれ…我が愛しき子よ…。」


ゆっくりと頭を撫でられ、思考はプッツリと落ちてしまった。

深き眠りに落ちた後も、優しく温かい心地は続いていた。


夜の帳が下りた頃…。

熱も和らいだ涼しき風が、縁側に吹き込んでいた。

鈴虫やコオロギの鳴き声が、静かな音色を響かせている。


(また…夢を見た…。前にも夢で見た人達だった…。誰なんだろう…?何処かで逢った事があるような気はするのだけど…解んない。でも、今回の方が、前よりはっきり見えた気がする…。どうして、懐かしいなんて思うんだろう?)


布団から身を起こして、窓の外を見遣る。

今夜はよく晴れていて、月も星も耀いていた。


(…不思議な気分だ。)


起きた時刻は、夜と言うには遅い時間…。

深夜に近い時間だった。


『…まだ、誰か起きてるかなぁ…?』


寝過ごしたせいで、夕餉はまだである。

お腹はすっかりペコペコだ。


(御飯、食べよう…。こんな時間に食うと太るけど…。)


机の上を見れば、今日の分の書類が綺麗に片され積まれていた。

近侍を務めていた清光がやってくれたのだろう。


(明日になったら、礼を言おう…。)


静かに襖の戸を開け、静かに閉じる。

誰も居なくなった床の間で、掛けられていた刀が僅かに光っていた。


執筆日:2018.08.26