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不器用な心



彼女が審神者となって二週間と少しが過ぎた頃…。

徐々に慣れてきた本丸の運営に、力を入れていた。


『これまでの出陣記録やら何やらを見ると、この本丸が如何にしてあんな状態に陥ったかが解るってモンだよねぇ〜…。マジでまともな運営されてきちゃいないよ…此処。本当、前の審神者さんとブラック政府許すまじ…!』


曾ての本丸の運営状況や戦績報告書を見遣りながら、ぶつくさ文句をブウ垂れる律子。

今日の彼女も、ちょっと不機嫌気味だ。

カルシウムと睡眠が足りていないせいなのも原因だろう。

後で、ちょっと甘い物でも補給して癒されよう。


「主さーん!これ、何処に置いてきたら良いー?」
『ぅん…?あー、其れは、物置の方に仕舞っておいてーっ。』
「あいよーっ!まっかせとけぇー!!」
『ふふ…っ、元気な奴…。』


聞こえてきた元気な声に、思わずクスリと笑んだ律子の視線の先に居るのは、先日やって来たばかりの愛染国俊だ。

彼は、レベリングの為に出陣していた光忠、五虎退、博多、平野、鳴狐の五人で組まれた部隊が出陣した先で拾ってきた刀である。

当本丸では、序盤の頃に一度入手された記録があったが、すぐに刀剣破壊にあった後、入手出来なくなっていた刀だった。

その原因は恐らく、もう既にその頃から前任の霊力に穢れが見え始めていたからであろう。

愛染国俊という刀は、来派を刀派とする短刀で、本来なら、序盤の出陣先の戦場でドロップ出来る、比較的入手しやすい刀なのである。

それなのに一度入手して以降、破壊した経歴があるとはいえ、一度も入手出来なくなるのは有り得ない事であった。

つまり、その時点から、この本丸での異常は見え始めていたという事になる。

つくづく手を抜く政府の遣りように頭に来る律子なのであった。


「主さんっ、さっきの荷物、物置の方に運び終えたぜ!次は、何したら良いんだ?」
『おぅ、愛染。お仕事お疲れ様。もう大方の仕事は済んだから、他の短刀の子等と遊んできて良いよ。』
「やった!じゃあ、俺、庭の奴等んトコに行って遊んでくるな!」
『はいはい、いってらっしゃーいっ。怪我だけはすんなよぉー?』


彼女の許可を得て、颯爽と部屋を飛び出ていく彼。

見た目が子供な彼は、元気がいっぱいでわんぱくだ。

怪我だけはするなと注意をして、呆れたような笑みを浮かべると、すぐに机上へと視点を戻す。

パタパタと出ていった彼であったが、何故か、すぐに部屋へ戻ってきて顔を覗かせた。


「なぁ、主さんは、俺達と一緒に遊ばないのか…?」
『うん…?何だ、愛染、もう遊びに行ってたんじゃないのか?』
「いや、遊んできて良いって主さんに言われたから、早速遊びに行こうかとは思ってたんだけど…。主さんは、遊ばねぇのかな?って思って。」
『うーん、一緒に遊んでやりたいのは山々だけど…私には、まだ遣らなきゃいけない事がたくさんあるからね。今日中に提出しないといけない書類も、まだ少し残ってるから…終わるまでは遊べないかな?』
「そっか…。なら、仕方ねぇな!じゃ、また時間が出来た時にでも遊ぼうぜ…!」
『うん、ごめんね。せっかく誘ってくれたのに。』
「良いって良いって…!主さんは、ただでさえ忙しくて大変なんだからよ。俺の事なんか気にすんなって!」
『ありがとう、愛染。また今度遊ぼうね?』
「おうよ…っ!」


そう言って、愛染はにっかりと笑い、廊下を駆けていく。

笑って去っていったけれど、相手をしてもらえない事で寂しがっていないか心配だ。


(不安は尽きぬ、か…。)


漸くまともな運営が出来るようになり、色々と事の回り出した本丸運営。

正常な働きをし始めたばかりの本丸では、まだ小さな彼等を構ってやれる程の暇は無い。


(まだまだこなせていない任務も多いんだ…。此処暫くは、まだ相手をしてやれそうにないな。)


積み重なる責務とストレスに、重い溜め息が出る。

心無しか、少し肩が重い…。

机へと向かう事務仕事ばかり行っているせいか、かなり肩が凝ってきているようだ。


『…誰かに揉んでもらったりとかした方が良いのかな…。と、言えども…誰に頼んだら良いのやら。』


ぐりぐりと肩と一緒に凝った首を回していると、部屋の前を立ち止まった者が一人。

静かに襖を開けて、小さな声で入室を呼びかけてきた。


「入るよ…。」
『どうぞー。』
「失礼致しまする…っ。」
『ん…?その声は…。』


入ってきた者の声に反応した彼女は、くるりと背後を振り向いた。

其処には、お供の狐を肩に乗せた、鳴狐が居た。


『お供の狐…!それに、鳴狐まで…!どうして…?』
「…手伝いに来た。」
『え…?でも、お前…今日の近侍じゃないだろう…?』
「はい!確かに、本日の近侍は、本丸に来たばかりで慣れぬであろう愛染殿であって、鳴狐ではございませんが…。鳴狐は、本日も遣らねばならない事でいっぱいの主殿の事を手伝いたいと申しておるのでございまする!」
『はぁ…。』
「さぁ、主殿…!鳴狐にお役目を…!」


突然、仕事を手伝いに来たという一人と一匹の様子に、困惑気味に相槌を打つ律子。

思わずな展開に、肩に置いたままだった手もそのままである。


「肩でも痛いの…?」
『え…っ?いや、痛いって程ではないけど…ちょっと凝り気味だったから、自分で揉んで解してたところだったんだよね…。』
「それはそれは…っ!お疲れなのでしょう。是非、私めにお任せくださいませ…!」
『え……?お供に…?』
「はい…っ!これでも、私、手先は器用なのですよぅ…?肩を揉む事など、造作もありません!何しろ、常に鳴狐の肩に乗り、それを解すは私めにございます…!」
『嗚呼、そういえばそうだ…っ!』
「…いつも乗られてるのは重くて凝るから、たまに降りてもらうけれどね…。」
「な…っ!重いとは失礼ですぞ、鳴狐…!これでも体型は常にキープしている身なのですぞ!?」
『あれ…?でも、光忠がこの本丸に来てからは、初めて見た時よりも太ったよね…?ほら、お腹周りが少しふくよかに…。』
「な…っ!?主殿まで何を言い出すのですか…っ!!私めは決して太ってなどおりませぬ!!二人して私を苛めるなど、酷いですぞぅ…っ!?」
『あっはっは…!冗談だよ〜っ!鳴狐のは本当かどうか知らないけど。』
「なんと…っ!?私めをからかったのでございますか!?私めをからかうとは、主殿もなかなかの方にございますねぇ…っ!」
『何じゃそりゃ…っ?』


来て早々賑やかになる部屋。

鳴狐とお供との遣り取りに、思わず笑いの漏れてしまった律子。

その様子に、少しだけ安堵したような様子を見せた鳴狐。

頬面に隠した口許が僅かに弧を描いた。


「主殿は無理をなさりますからなぁ…っ。」
『え……?』
「本日の近侍が短刀の愛染殿で、子供のような彼に仕事ばかりさせるのは良くないからと、主殿はあまり仕事を押し付けないよう、主な仕事はご自分が請け負うようご配慮なさっておりますでしょう?」
『…気付いてたのか。』
「先程、廊下で、遊びに行かれるのだろう愛染殿と擦れ違いましたからなぁ…。近侍の仕事とは、ほぼ一日中主殿に遣え、部屋に籠り切り、机と睨めっこせねばならぬ仕事。そんな仕事に付きっきりでは、遊び盛りの短刀である愛染殿に申し訳ないと思ったのでしょう?」
『…贔屓してるって思われるかな…。』
「ううん…。そうじゃない。主が優しいのは、皆知ってる事…。俺は、主が無理をしてるんじゃないかを心配してるの…。」
『私を心配してくれてるの…?』
「そうですぞぅ…!主殿は、少々仕事を優先し過ぎなのでござりまする…っ。」


一度は俯いた顔を再び上げた律子。

お供が鳴狐の肩の上で諭すように訴えかける。


「もっと楽に構えて良いんだよ……?もっと楽にやってけば、誰も怒らない…。」
『そりゃ、本丸の皆は怒らないだろうけどさ…政府の方は、そうはならないよ。』
「主殿は、少し…いえ、だいぶ急いているように思えますぞ。」
『急く……?』


ピタリと動きを止めて、眉間の皺を濃くする律子。

鳴狐は、お供と共に、優しく諭すように言った。


「主は…もっと楽をして良い…。」
「鳴狐の言う通りです。主殿は少し張り切り過ぎと申しますか、頑張り過ぎなのでござりまする…!」
『私が、頑張り過ぎてると…。』
「そうです。主殿は、もっと我等を頼るべきなのです!」
『皆に、頼る…?』


解っていないという風に首を傾げる彼女に、鳴狐は近寄り、彼女の頬に手を伸ばした。

そして、目の下を縁取る薄い黒い痕を指でなぞる。


「…主は、もっと楽にして。俺達を頼って…?」
『鳴狐……。』
「主殿は隠しているのかもしれませんが、このお供や鳴狐めには解りますぞ…!さては、主殿、このところ、まともに眠れておりませんな…?」
『あ……っ。そんなに解りやすいようにあるかな…?目の下の隈…。』
「眠れないのは…悩み事のせい…?」


彼等に指摘され、解りやすく笑みを崩した律子。

引き攣った口端が、苦く笑いを浮かべる。


「……深く考えない方が良い。」
『え………。』
「辛いなら、お供も居る…。」
「そうですぞぅ、主殿…!この鳴狐も付いておりまする!」
『………。』


彼女は、無言を返す。


「少しでも良い…。主の遣らなきゃいけない事、請け負わせて。」


そう、静かに淡々と零した鳴狐。

お供も彼女の膝上に乗っかり、円らな瞳で彼女を見上げる。

そうして、ほんの少し肩の力を抜いた彼女は、参ったと言わんばかりに目を閉じて言った。


『解ったよ…。じゃあ、其処に重ねてる書類を部類ごとに仕分けてもらえる…?』
「…任せて。」
『ついでに、お供には肩を揉んでもらっても良いかなぁ…?』
「勿論ですとも…!この私めにお任せあれ!」


して、お供を肩に乗せながら書面へと向き直る律子。

肩に乗るお供は、時折揺れる肩に器用にバランスを保ちながら、小さく細い足を巧みに使ってふみふみと肩を揉んだ。

その後ろで、鳴狐は静々と仕事を全うする。

休憩がてら、お茶を運んできた秋田を筆頭に、鳴狐が主の仕事を手伝っている事が知れ渡り、気付けば、粟田口派の短刀達皆が彼女の部屋へと集まり、彼女の仕事を手伝うようになっていた。

その内、藤四郎兄弟達と共に遊んでいた今剣や愛染も、彼女の仕事を手伝っていた。

そんな様子を、部屋の外から離れて窺っていた保護者勢は、ある種怖い笑みを浮かべてこんのすけへと詰め寄っていたのであった。

後日、先日の政府訪問時の非礼と今までの不手際に対する謝罪文を寄越した政府から、審神者へと課せた責務を減らすとの通達が送られてきた。

受取箱を確認しに行けば、大量の資材と小判箱に加え、万屋クーポン券が数十枚入っていた。

またもや物で訴えてきた政府に、呆れて物も言えない面々だった。


執筆日:2018.08.29