たまには甘えなよ



いつもどこか読めない表情を浮かべている三日月・オーガスは、フラフラと気紛れに廊下を歩いていた。

そして、バルバトスが収納されている格納庫へと入っていく。

特に何もする事が無いのか、目的も無く薄暗い格納庫を進んでいると…。

暗がりの隅っこで、壁に背を預けて座り込む影を見付けた。

整備班の一人であり、女の身ながらもMSを操縦するルツ・クオリアだ。

彼女は少し異例で、阿頼耶識の手術を受けていない。

だが、生身の力でありながら、阿頼耶識を搭載したパイロットに匹敵する能力を持っている。

そんな彼女の最近の仕事は、主に事務作業だった。

その理由は、鉄華団の面々のほとんどが文字を読めないからである。

お嬢様のクーデリア・藍那・バーンスタイン、彼女が来て文字を教えてくれて以降、多少なりとはマシになったが、それでも事務処理が出来る程までにはいかないのだ。

テイワズから監視役として派遣されたメリビットが、主に請け負ってはくれているものの、彼女一人だけでは到底こなし切れない量である。

そこで、唯一事務処理能力のある彼女が駆り出されるのだが…何分、その量が半端ない。

その為、ここ数日は部屋に籠りきりであったのだった。

部屋に籠りきりでは気が滅入るからと、時折場所を変えて作業をしていたようで。

現に今も、そういう理由からこんな所で端末を弄くっていた。


「…疲れた顔してんね。」
『…ぅん……?あぁ…、三日月か。シュミレーターでもやってきたの?お疲れ様〜…。』
「ルツはまた事務処理してるんだね。っていうか、ちゃんと寝てる…?目の下隈になってるよ。」
『あー…。何かここんところ、よく眠れなくて…。おまけに睡眠時間足りてないから、寝不足続き。』
「そういや、昨日も遅くまで起きてたね。何でそこまで根詰める必要あんの?少しくらい休んだら?」


端末の灯りで照らされたルツの顔は、見る限りに疲れきった顔をしていた。

それは、この薄暗い環境下でも分かるくらいに。

思わず呆れる三日月は、気怠るげな空気を醸しながら溜め息を吐いた。

そんな彼の様子を見た彼女は、乾いた笑みで苦笑する。

そして、三日月が次に発した言葉は、唐突極まりないものだった。


「そこまで頑として休まないんだったら、無理矢理にでも休ませるから。」
『は………?』


顰めっ面でそう告げた三日月。

唐突にそう言われた彼女は、ポカン…として彼を見上げた。


「オルガに言われたんだ。もし、ルツが言っても休もうとしないなら、強制的にも休ませておけって。ルツって、放っておくとすぐ無茶するからね。そのうち倒れられても困るから…今やってるその作業、すぐさま終わらせて。」
『え……っ?いや、まだ今日やっとかなきゃならない書類たんまりあるんだけど…。』
「そんなの他の奴に回せば良いよ。オルガだって一応少しは事務処理出来るんだし、ユージンとか、あのメリビットって人も居るんだしさ。ルツは、とにかく今すぐにでも休んで。」
『え、え゙ぇ゙〜………っ。』


急な物言いに、顔を引き攣らせる彼女。

言うが早いか、彼は彼女の手元の端末を取り上げると、容赦無くその電源を切った。


『ああっ、ちょっと…!それまだ保存してない…っ!!』
「はい。これで作業は終わりね。」
『…本当鬼だよな、お前……。』


データを保存する前に電源を落とされたルツは、今までの苦労が泡と消え、恨めしげに彼を見つめた。

一方、三日月は、飄々とした様子で全く意に介していない。

そればかりか、いきなり彼女の横へ座り込むと、彼女の腕を自身へ引き込んだ。


『ぅわ…っ!?』


受け身なんて取る暇もなく、彼の方へと倒れ込んだルツは、引力に引き摺られるまま、彼の胸元に突撃した。


『ぅぶ…っ!!』


そして、女子力の欠片も無い呻き声を上げる。

三日月は、倒れ込んできた彼女の身を受け止めると、そのまま自身の膝へ捩じ伏せた。


「取り敢えず…俺の膝、枕にして良いから、寝て。」
『いや、寝れるか…っ!?』
「寝てくんないと、俺が困る。だって…ルツが倒れたら、皆が悲しむし。何より、オルガが自分のせいだって思い詰めるだろうから。」
『…つっても、いきなり寝れと言われましても…。あまりにも強引な遣り方過ぎて、目ぇ覚めるわ。』
「え…?じゃあ、どうやって寝かせれば良かったの?」
『もうちょいソフトな遣り方あったと思うんだけど…。』
「…俺、そういうの考えるの苦手だから、分かんない。」
『だろうねー。でも、流石に今のは強引過ぎるわ…。せめて、普通に身体横たわらせてよ…。いきなり腕引っ張られるから、何かと思ったよ。』
「だって、こうでもしないと…ルツ、休もうとしないだろうと思ったから…。」
『相変わらず、力技だねぇ…。まぁ、気遣ってくれたんだってのは分かってるから…ありがとね。』
「別に…御礼言われる程の事してないし。俺はただ…ルツに甘えて欲しかっただけだから。」


ポツリと零された彼の心の内に、不器用ながらも彼女を心配してくれていたのが分かった。

緩く微笑んだルツは、もう一度感謝の台詞を述べると、一つだけ我が儘を口にした。


『…じゃあ、今すぐ寝て欲しい三日月にさ、一つだけ我が儘言ってもいい…?』
「いいけど…何?」
『早く眠れるように、私が寝付くまで、頭撫でてもらっててもいいかなぁ…?』
「いいよ。」
『ん、ありがと。』


無理矢理捩じ伏せた状態だった身体を楽な横向けな体勢に直したルツは、ゆっくりと目を閉じた。

眠れる体勢になったのを確認した三日月は、慣れぬ手付きで彼女の頭を撫で始める。

機体を操縦する事しかしてこなかった彼の手は武骨で、小さい見た目に反して、大きく温かかった。

限界まで疲弊する程疲れきっていた身体は、すぐにやってきた睡魔に呑まれ、あっという間に微睡み…。

やがて、気を失うように、意識は深い眠りの世界へと旅立っていった。


「―おやすみ、ルツ…。あんまり無茶しないでね。」


彼女が完全に寝入った頃を見計らい呟いた彼は、小さく笑みを浮かべ、微笑んだ。

子供のように安心しきった寝顔を浮かべるルツの規則正しい寝息が聞こえる。

三日月は、顔に掛かった横髪を優しく払い除けてやり、無防備に晒された額に口付けを落とした。

これからも、彼女がこうして自分に気兼ねなく甘えられるよう、おまじないをかけて…。

―暫くして、彼女の様子を見に来たオルガ達が、当人を膝枕する彼の元に来た。


「どういう状況だ?こりゃ…。」
「あ、オルガ…お疲れ様。ユージンも一緒だったんだね。」
「なぁ、何がどうしてこうなったんだよ…?」
「ルツが簡単には休もうとしてくれなかったから、無理矢理寝かし付けた。」
「お前なぁ…。もう少しまともな遣り方ってモンがあるだろうが…。」
「あ、あとコレ。さっきまで、ルツがやってた事務処理の仕事…。画面は消したけど、電源自体は消してないから。あとよろしく。」
「何か、どうしてこの状況になったか読めたわ…。ミカ、お前本当容赦無ぇな…。」


彼女の身に掛けられた上着が、彼の内心を物語っていた。


執筆日:2016.11.27

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