神様の子

「なぁ、何で奈乃の片目は、見えないんだ?」


此方の世に来てから、だいぶ時が経った頃…。

或る日、何時しか仲良くなった友達の貞宗から問われた。


『片目って、左目の事…?』
「うん、そうそうっ。」


貞宗とは、彼と同じく龍を司る神様で、同域の龍神の中では若い者である。

そして、その貞宗は彼と凄く仲良しであり、此方に来てすぐに仲良くなった友だった。


『あーっと…人だった時は見えてたんだけど、人じゃなくなってからは見えなくなっちゃってさ。…何でかは知らないけども。』
「そっかぁ〜…。そういや、奈乃は元人間だったんだっけな?みっちゃんが言ってた。まっ、同じく俺も元は人間だったけどな!結構昔の話だけどよ。」
『まぁ、貞が言うその“みっちゃん”に、私は現世から拐われたのだけどね。』


其れが真実であるなら、本来ならば哀しげに語る事なのだろうが、彼女はというと、実に嬉しそうに語るのだった。

だが、そんな彼女は、別に今だからそうなのではないのだ。

彼により、人の世とは隔離された妖や神様が棲まう隠世に連れてこられた初めから、こんな調子なのだ。


「何の話をしていたの…?」


噂をすれば何とやら。

ひょっこりと姿を現した、件の神様…光忠が、首を傾げて問うてきた。

腰に付いた服飾がシャラリと音を鳴らす。


『光忠…っ!』
「ふふ…っ、随分楽しそうだね。僕も混ぜてもらって良いかな…?」
『勿論だよ!ね…っ?』
「嗚呼、良いぜ!みっちゃんも一緒に語ろうぜ!」
「ありがとう、奈乃、貞ちゃん。ところで…、二人共何の話をしていたのかな?」
『貞にね、見えなくなった方の片目の事を訊かれてね。私が元は人間だったんだよ、って話をしてたの。』
「嗚呼…、成る程ね。それで、君、嬉しそうな表情をしていたのか。」
『そんなに私嬉しそうにしてる…?』
「そりゃあ、もう。大層嬉しそうな目をしているよ。僕の好きな目だね…可愛い。」


逢えば抱き寄せられ、見えない片目へと落とされる口付け。

最初の頃は慣れなかったが、今や慣れた事だ。


「みっちゃんってば、相変わらずだなぁ〜。」
「そりゃ、愛しい愛しい僕の子だからね。…誰にも渡さないし、離しもしないよ。」


いつの日か見た、あの妖しげな弧を描いた笑みに、貞宗はニヤリと笑い返した。


「大事にしろよ?何時か、其の子が命尽きる其の時まで。」
「勿論だよ。彼女とは、一生を添い遂げるつもりだし…。あ…、それはそうと、鶴さん何処に行ったか知らない?」


彼の言った“鶴さん”とは、この辺りを行ったり来たりする鶴を司る神様で、よく姿を消す神出鬼没な神様の事だ。

彼等とは、昔からの顔馴染みなのか、古くからの知り合いといった仲らしい。


「鶴爺?知らねぇなぁ…。またどっかで驚きを求めて、現世にでも降りて、悪戯仕掛けてるんじゃねぇの?」
「うーん…、その可能性は高いね…。いやね、鶴さんったら、僕達が仲睦まじくしてる時に限って何時も邪魔に入ってくるから、ちょっと文句を言いにと、ちょっとお灸を据えに、ね…?」
「おぉ、怖…っ!みっちゃん怒ると怖いからなぁ〜。程々にしといてやれよ…?鶴爺も若くねぇんだからさ。まぁ、鶴爺次第だろうけど。」
「うん、知ってる。だから、探してるんだけどね?あの人神出鬼没だからなぁ…見付けようと思うとなかなか逢えないんだよね……。変な時は出て来るのに。」
「まぁ、鶴爺は何時もそんなんだろ。伽羅なら何か知ってるかも知れないぜ?丁度、彼処に居るし。伽羅に訊いたら、何か解るかもよ…?」


そう言って、彼は、少し離れた処で静かに佇む仲間の龍神に声をかけた。


「おーい、伽羅ぁーっ!」
「……馴れ合うつもりはない。」


あまり誰かと群れるのを得意としない彼は、何時もそう口にして、一人ぽつりと離れた処で行動する。


「なぁ、鶴爺何処に行ったか知らねぇ…?」
「…知らないな…。現世にでも行って遊んでるんじゃないか…?」
『…………。(あ、そこはちゃんと答えてあげるんだね…。馴れ合わないと言ってたけど。なんだかんだ言いつつも、ちゃんと返事は返してくれるから優しいよね…大倶利伽羅さんって。)』
「そっかぁ〜。伽羅も知らないかぁー。」
「本当、あの人何処行っちゃったんだろうね…?」


光忠が困ったように溜め息を吐くと、何か企むような笑みを浮かべた貞宗。


「今此処で、何時もみたいに仲睦まじくすれば、気配を察して出て来るんじゃないか?」
「嫌だよ、其れ…。雰囲気も糞も無いじゃないか。それに、奈乃は人前でされるの嫌いだし、僕も盛り上がらないよ。」
「でも、そうでもしなきゃ、鶴爺出て来ないぜ?きっと。」
「その為だけにするのは、ちょっとなぁ…っ。」
『断固拒否りたい。』
「あれ、奈乃もその点に関しちゃお怒りか?」
『あまりにも邪魔される回数が多いからね。…流石に怒るかな。』
「やっぱり奈乃も嫌だよね?僕、奈乃が嫌がる事をされるのが一番嫌いだって、言った筈なんだけどなぁ…?」
「おーいっ、鶴爺ぃーっ!!早く出て来た方が身の為だぜぇーっ!!でないと、みっちゃんの怒りが増して飛んでもねぇ事になるぞぉーっっっ!」
「呼んだかい?」
「つーるーさぁん…?」
『…みぃつけた。』
「ひぃ…っ!みっちゃんも怖ぇけど、奈乃の淡々とした言い方も怖ぇ…っ!!」
「な、何だ何だ…どうしたんだ光坊?随分と機嫌が悪いじゃないか。」
「誰のせいかなぁ…っ!?」
「お、俺のせいか…っ!?」
「他に誰が居るって言うのかなぁ…ッ!!?」
「頑張れよ、鶴爺!」
「…骨だけは拾っておいてやる。」
『私は、取り敢えず、事が終わるまで離れた処で見届けておきますね。』
「おい…っ!!君達仲間だろう…!?助けてくれないのか!!??」
「「自業自得。」」
「そんな…っ!!ま、待ってくれ…!話せば解る…っっっ!!」
『問答無用也。』
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…。」
「ちょっ!!ま……っっっ!!!?」
「天誅ッッッ!!」


彼の怒りが落ちて、辺りには、鶴の断末魔なる悲鳴が響き渡ったのであった。


―或る者は言った。

“龍は皆優しい。優しいが、故に愚かだ。”、と。

或る者は、こう言った。

“愚かでも良いんだ。救われる心が在れば、救われる者が居れば、其れで…。”と。

だから、此の隠世に溢るる想いが、人の世…現世に零れる。

そして、その想いに届きし者が、応える。

此の世は、不思議な縁で結ばれている。

何時か、此の咄を聴く貴女にも、お話のような不思議な事が起こり得るかもしれない。

そんな時は、ゆるりと彼等の言葉に耳を傾けてやって欲しい。

そうすれば、自ずと君の望む道が開けてくるだろう。


「―どうだ、面白かったか…?少しは楽しめた事だと思うぞ?まぁ、また暇が出来たら、何時でも此処へ来ると良い…。俺が、また別の咄を用意しておこう。其の時は、またこうして茶を飲みながら、咄を聴かせてやろう。」


誰も知らない処で、ぱたりと書の閉じる音がした。

程無くして、何処か遠い処で、季節外れに鶯が鳴いた。


執筆日:2018.04.13
加筆修正日:2019.08.19