獣狩りの夜は赤い




※当作品は、全てニワカ知識によって執筆した物です。
※尚、作者は、ゲーム未プレイ勢且つ実況動画等で得た知識のみで書いております。
※『Blood borne』というゲーム自体がホラゲー且つ18歳以上の方よりプレイ推奨となっている物です故、この時点で苦手な方は自己回避願います。無理閲覧、ダメ絶対。
※最後に、何でも許せる方向けです。
※以上を踏まえた上でご閲覧ください。


 ――少し前までは居た筈なのに……。
 戻ってきたら、一番初めに助けたお婆さんが居なくなっていた。突然、忽然と姿を消して居なくなってしまったお婆さんの存在は何処へ行ってしまったのか。其れは、彼女が居た筈の場所に残される血溜まりが如実に事を物語っていた。
 折角せっかく助けた命だったのに。どうして……?
 何者かに襲われたのだという事は明白だが、果たして誰だろう。そもそも、彼女を襲ったのは人か、獣か。全く分からない。
 試しに、此処を管理するオドンという人に訊いてみる事にした。
「やぁ、オドンさん。元気にしてたかい?」
「嗚呼、狩人さん……」
「その声音からして元気が無いのは明らかだけど、どうした? 私が此処に来ていない間、何かあったのかい? もしや……あのお婆さんが居なくなってしまっている事と関係があったりする?」
「ああ、その事なんだけどね……。アンタが助けてくれた、あのご老婆が……亡くなった。殺されたんだ……。どうして……獣だろうか? 其れとも、外から誰かが来て……? 嗚呼、分からないよ……っ。でも、俺のせいで……俺の……ウッ、ウウウゥ…………ッ」
 彼に訊いてみたものの、はっきりとした事は分からない、との事が判明しただけだった。分からない故に、折角せっかく助かった筈の命が突然失われ散ってしまった事に心を痛めている様子だ。
 其れも当然だろう。此処は、彼が焚く香のお陰で安全が保障されていた筈の場所なのだから。獣除けの香が焚かれ続けている限り、そう簡単には獣に襲われる事は無いと……。
 だがしかし、現実は非情な事に一人の犠牲者が出た。其れは、何故か? 可能性として考えられるのは、此処へ“人”と偽って紛れ込んだ奴が居るかもしれないという事だ。
 当て嵌まるとしたらどいつだ? 血を提供してくれた娼婦のお姉さんか。いや、あの人は、この世界で生き残っている人間の中で一番まともな精神を持ち合わせている人だ。だから、違う。他に“まともに生き残っていた生存者”は、先日助けた彼奴ぐらいだ。怪しげな匂いがするのは、あの男しか居ない。
 香の匂いが満ちたこの聖堂内に居ないとしたら、外へ出たすぐの辺りか。血溜まりの残る場所から延びる引き摺られた跡を辿って行き着くであろう先を見遣り、慎重に歩を進めていく。
 そもそもが、此処へ戻ってきた時に気付くべきだったんだ。何故、奴が此処――聖堂内に居ないのかという事に。
 獣除けの香が焚かれてあるから、獣へ堕ちた者達は容易には近付けない筈。この世界は、もうまともな精神を持ち合わせた生存者など早々居ないし、居たとしても数が少ない上に家などの建物内の奥に籠って出て来ない故に見付かりにくい。つまり、獣にとっても、新鮮な肉と成り得る存在は手に入りにくい環境であるという事なのだ。
 しかし、此方側が意図せず招いてしまっていたらば、どうだろう。彼等には恰好の餌場となるのではないか。
 迂闊だった。もっと深く吟味してからあの男の問いに答えていれば良かった……っ。今更後悔したとて、もう遅い。失われた命は返ってこないのだ。
 お婆さんが居なくなった……否、殺された・・・・のであろう場所から、そう離れていない出口を潜り外へ出る。すると、既に崩れて使われなくなった馬車の残骸の足元に、奴は居た。馬車の残骸に凭れ掛かるようにして地べたに座り込んでいる。その様は、ただの浮浪者が力無く項垂れている風にも見えるが、奴から漂う妙な血腥さが其れは間違いだという事を示していた。
「――こんな処に居たんだね、アンタ」
 男への声掛けとして、始めにそう口にした。
 声を聞くや否や、彼は嬉しそうに立ち上がって口を開く。
「おお、アンタか。お陰で助かったよ。此処は、とても良い所だ。乞食の俺でも受け入れてくれた。其れに……皆互いに離れて、近付きもしないしな。ヤーナムらしい、本当に良い所だよ……ハッハハッ……!」
「其れはどういたしまして……」
「そうだ、アンタになら分けてあげるよ。俺の秘蔵品さ。上物だよ……?」
「……“獣血の丸薬”?」
「色々と世話になった御礼だよ。まぁ、あまり大した礼にはならないかもしれないが……アンタは俺と同じだからなァ。きっと役に立つよ。是非受け取ってくれ」
「はぁ……、」
 彼から礼と称して手渡された秘蔵品とやらを不信感丸出しで見遣る。少し鼻を利かせれば、如何にも血腥い匂いが染み付いていた。
「本当、アンタには感謝してるよ……。こんなに生き易い場所をなあ……クックックッ……」
「……まぁ、よく分かんないけども、貰える物は貰っておくよ。有難う」
「嗚呼、どういたしまして。俺みたいなのに礼を言ってくれるなんて、アンタは優しいなァ……。誰かに礼を言われるだなんて、生まれて初めてだ……! 凄く嬉しいよ……っ。出来れば、また此処に来て、声を掛けてくれないか……? アンタとなら、屹度きっと仲良くなれそうな気がするんだ……っ。次に逢う時、また御礼の品を用意しておくからさ……楽しみにしておいてくれよ」
 そうやって幾つか言葉の遣り取りを交わした後に、最も聞きたかった本題を口にしてみた。
「ねぇ、一つ訊きたい事があるのだけれど……、――彼処に居たお婆さん、アンタが殺ったの?」
 刹那、男はにやりと気味の悪い笑みを浮かべた。
「“殺った”だなんて人聞きが悪いなァ……。あの老婆は、所謂必要な犠牲だった、ってだけさ。……大丈夫、アンタに手出ししたりなんてしないから。アンタは俺を助けてくれた恩人だからね……安心してくれよ。アンタは見るからに強そうだから……とてもじゃないけど今はまだ・・敵わなそうだ。……クッ、クックックッ……」
 決定的な瞬間だった。
 恐らく、お婆さんを襲ったのは、この男で間違いない。そして、此方の預かり知らぬところで生け贄にされ、今御礼として渡された物に変わり果ててしまったのだろう。
 飛んでもない奴を引き入れてしまった。だが、見方を変えれば、この獣狩りの夜を生き抜く為ならば、少なくとも仕方のない犠牲でもあったのだろう。せめてもの贖罪として、今手の内にある此れは大切に使わせてもらうとしよう。
「なぁ、つかぬ事を訊くが……アンタの名前、何て言うんだい? ちなみに、俺に名前として呼べる名前なんてものは無い。でも……君とはこれからも仲良くしたいから、良ければ教えてくれないかい……?」
「は……? そんなの、聞いたところでどうするのさ」
「別に、どうもしたりしないさ……。ただ、俺がアンタの名前を純粋に知りたいだけだよ。クックックッ……」
 不気味な笑い方をする男だ。
 最早、彼は人ではない。もし仮に今、“人”か“獣”か、何方かを問われたならば、間違いなく獣側の者と答えるだろう。彼はもう、人ではない・・・・・。獣狩りの夜を彷徨う獣同然なのだ。
「…………全く以て不本意だけれど、助けてしまった以上は軽く面倒を見なきゃいけないよね……。分かった、教えるよ。でも、教えるのは今宵この一度きりだ。次逢った時にまた教えろって乞われても答えてなんかやらないからな」
「嗚呼、其れで構わないよ。さあ、アンタの名前を教えてくれ……っ」
 心なしか、興奮したような様子で先を促してきた男。気味が悪くて何とも言えない複雑な気分だった。
「ッ……、私の名前は、律だよ。別に大したもんでもない、何処にでもありふれた名前だろう?」
 大して飾り気も無い、本当にありふれた名前に、私は小さく嘆息を混ぜて告げる。すると、私の態度とは相反して、男は嬉しそうに復唱して笑った。
「そうか……そうかそうか……! ハハハッ……律か、とても素敵な名前だ! アンタによく似合う響きだよ。次に逢った時は、“アンタ”だなんて他人行儀な呼び方するんじゃなく、“律”って呼ばせてもらおうかな……? クッ、クックックックッ……! 嗚呼、なんて素敵な事だろうか、興奮が収まる気がしないよ……! どうしよう、今堪らなく律の事が欲しくて仕方ないよっ! 嗚呼……でも、すぐに手を掛けてしまったら勿体無いよね……? 今よりもっと時が満ちてからでも屹度きっと遅くはないよね……? ククッ、ハハハハハハァッ……!」
 この世界は狂っている。そして、この男も狂っている。
 どう足掻いても、死んでも此奴にだけは好かれたくはないなと思ったのが私の率直な感想であった。
 例え、其れが時既に遅しであったとしても。


執筆日:2020.06.01
加筆修正日:2023.10.16

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