よるべの夜、コップ一杯の口説き文句




※本家アニメは全話視聴済みではありますが、作者本人は中国語読めない・分からない勢なので、何となく理解出来た部分から得た知識と情報のみで書いております。
※尚、日本語版放送決定しておりますが、敢えて本家・中国語版読みの名前のまま表記しております。
※その他、独自解釈or捏造(主にキャラの口調や性格について)等有り。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 たぶん、まだ起きていて居間の方にでも居るんだろうと思って其方へ向かえば、やはりというか、予想通りに“仕事”に齧り付き中の彼が居た。
机の上には依頼の写真が散らばったままで、彼の手元にもその内の数枚が握られており、夜もだいぶ更けてきた頃というのにも関わらず時間を忘れたように真剣に取り組んでいる最中のようだった。
 依頼を受けた以上はその役目を全うするのがモットーだが、仕事に熱中し過ぎるのも良くない。
中には危険な案件も含まれてたりする事もあるから、早急に片付けたい気持ちも分からんでもないが。
其れで、大事な人が倒れてしまっては大変である。
 そんな思いも過って、偶々ちょっと様子見に来てみただけだったのだが、忠告の一言くらいは告げて釘を刺しておこうと口を開いた。


グアン、もうとっくに日付変わってるけど…?」
「…嗚呼、分かってる。俺の事は気にせず、律は先に寝ていて良い。小時シャオシーも既に寝てるしな」
「光はまだ寝ないの?」
「俺はもう少し起きとく。今確認してるのが終わったら寝るさ」
「…仕事熱心なのは良いけども、あんま無理しないでよ。光倒れたら、小時の奴絶対泣くから」
「一応、今のところは無理の無い範囲で動いてるつもりだ…」
「と言いつつ、既にお疲れのご様子ですけど…?」
「ッ……、」
「目、キツいんでしょ?充血しちゃってるし。目薬くらいしたら良いのに…」


 指摘するように告げれば、彼は疲れ目をほぐすように目頭を摘まんで揉む仕草を取った。
口では色々建前並べときながら、やっぱり疲れてるんじゃないか。
 責任感が強いと言えば聞こえは良いような気はするが、無理をして後々倒れられては元も子もない。
何より、此処『時光写真館』が請け負う仕事に彼の存在は必要不可欠だ。
更に言えば、今受けている案件は其れ程急を要する物でもなければ難事件物でもない。
無理の無い程度に休んでもらわねば…。
 そう思って促すが、しかし、彼は疲れた顔を見せながら其れを突っぱねるように返してきた。


「今やってるのが終われば、たぶん繋がる筈なんだ…。だから、もう少し頑張る」
「ちょっとくらい休憩入れたら…?」
「すぐに終わらせたい。から、休むのは後回しだ。…どうせ、此れが終わったら寝るしな。同じ事だ」
「この頑固者め」


 時折思うが、小時といい光といい、二人揃って変に似たようなところがあるから、こうなると誰の意見も聞かないし、梃子でも動かない。

 仕方なしに、せめてもと私は差し入れの飲み物くらいは用意してやろうとキッチンの方へと引っ込んだ。
其れから幾らかしない内に居間へと戻り、淹れてきたばかりの珈琲のカップを彼の眼前へと差し出した。


「ハイ、どうぞ」
「此れ、は…」
「お仕事頑張ってる光へ私からの差し入れ。まだ少し掛かるんでしょ…?だったら、珈琲くらい要るかなって」
「嗚呼…ありが、――ングッ」
「ついでのおまけに、サービスの甘い物にチョコ付けてきたから。疲れた時は甘い物、ってね!」
「……気遣いどうも。気持ちは有難いが、わざわざ口に入れられずとも自分で食べられたんだがな…」
「こうでもしなきゃ、たぶん光休憩入れなかっただろうなと思っての事だよ。悔しかったら、今やってる作業早めに切り上げる事だね」


 してやったりという顔でにやりと笑んで笑ってやった。
油断していた光が悪いのだ。
 差し入れの珈琲を貰った事だけに囚われて気が緩んでいた自覚はあったのか、不意打ちに口の中へ押し込められたチョコレートを咀嚼し飲み込んでから些か不貞腐れたような声音で返事を返してきた光。
口をへの字に曲げて今しがた私が渡したカップに口を付ける。
珈琲の差し入れその物自体は純粋に嬉しかったようで、温かな珈琲で一服した事でホッと息をき、肩の力を抜いた。
 此れで少しはマシになるかな、と此方も此方で策略が成功して微笑み、共に淹れてきた自分の分に私も口を付けた。
まだ淹れ立てで熱いから、息を吹き掛け冷ましながらちびちびと啜って飲むが、猫舌な自分にはまだ熱くて一気に飲めなかった。
 そうして私が自分のマグカップに口を付けていると、気付いた風に顔を上げた彼が此方を見遣って口を開く。


「律も珈琲淹れたのか…?こんな時間にカフェイン飲んだら眠れなくなるんじゃないのか」
「残念でしたぁ〜、私のはデカフェの珈琲で〜す。流石の私だってそこまで馬鹿じゃないから、光とは別個に作ったよ。デカフェなら紅茶でも良かったんだけどね…何となく今は光と同じ珈琲飲みたい気分だったから珈琲にしたの。理由はそんなとこ」
「…そうか」
「ふふっ…珈琲飲んで、少しは気が休まった?」
「嗚呼…助かった」
「ふふんっ、どういたしましてなのだよ」


 さっきまで仕事に熱中し過ぎていたせいか、険しい顔付きで凝り固まっていた風の表情が少し和らいだようで穏やかな顔付きになっていた。
小さく微笑みすら浮かべられるくらいの余裕が戻ってきたのなら、後は放っておいても何とかなるだろう。
仮に、私でどうにかならなかったら小時かリンが出てくるところだろうから、これ以上私の出る幕は無いだろう。
暫くはこのまま一緒に居るが、自分の分を飲み終えたら、作業の邪魔にならないよう自室の方へ退散して寝てしまうとするか。
 そう考えを付けて、彼の向かいのソファーに腰を落ち着けていたら、不意に彼に名前を呼ばれて顔を上げた。


「…律、」
「ん?何、光…――、」


 瞬間、目の前が薄暗くなって、一瞬何が起こったのか分からなかった。
分からなかったが、目の前の至近距離に光の顔があって、直前まで閉じられていたのだろう色素の薄い彼の瞳が一つぱちりと瞬いて、此方の目を覗き込んでいる事だけは分かった。
遅れて、彼の唇が自身の唇に触れていた柔い感覚も。
 どうしていきなり口付けられたりなんかしたのか、その理由だけは分からなくて、ただ呆然と彼の目を見つめ返していると、唇を離した彼がそのままの距離で徐にこう告げた。


「……御馳走様」


 完全に思考停止フリーズ状態で固まっていた。
そうして、彼が自分の座っていた席へ腰を落ち着け直すまでを呆然と見送る。
すると、再び真正面から視線を合わせてきた彼の瞳に射抜かれてドキリ、と心臓が高鳴った。
そうこう何とか思考停止していた状態から復活し、思った事をそのまま問えば、彼は至極当然とばかりに口角を上げて笑むのだった。


「……な、…で、今、私にキス…してきた………?」
「“疲れた時は甘い物”って言っただろ?チョコレート一個二個じゃ足らなかったから、お前にキスした。ただ其れだけだけど…?」
「…や、其れだけっておんま……」
「嫌だったか?」
「…え……や、べ…つに、嫌って程では…ない…。ただ、ちょっと吃驚した、というか…何というか………っ」
「まさか、キスされるとは思ってませんでした…って言いたいんだろ?」
「ぅ゛っ……だ、だって、さ…そんなつもりで言った訳でもなかったし…ほんのちょっとの感覚で差し入れしに来ただけだったし……。そりゃあ、光が少しでも息ければ良いな、休めれば良いな〜とは思ったけどもよ…?……キス、されるだなんて、誰も思わないでしょうよ…………ッ」
「油断禁物、…いつも言ってるが、律は隙が多いんだ。そんなんじゃ、今に襲われるぞ」
「……光に、って意味ではないよね…流石に…っ」
「…さぁ?どっちだろうな?」
「やめて、今そういう試すみたいな意味深回答本当やめて、無理ッ……!」
「フッ…冗談だよ」


 そう言って彼は上機嫌にカップの珈琲へ口付け、ゴクリ、と満足そうに飲み下していった。
私はというと、其れどころじゃなくなって、危ないからと持っていた自身のカップは一度テーブルへ置き、ソファーの背に突っ伏していた。

 其処へ、未だ居間の方から明かりが漏れている事に気付いた小時が起きてきたのか、寝惚け眼を下げながらひょこりと顔を覗かせた。


「あれ…二人共まだ起きてたの…?もうとっくに夜中の十二時過ぎてるけど……」
「起こしたか、悪い。此れが終わったら片付けて電気消して寝る。律も、其れ飲み終わったら寝ろよ」
「……うん…、」
「光が起きてたのは何となく分かるけど…律が起きてたのは何で?眠れなかったとか何か…?」
「…うん、まぁ…そんなとこ…。今飲んでるの飲み終えたら、ちゃんと部屋行って寝るから…心配しないで」
「ふぅん……ところで、律…何でソファーの背になんか顔突っ伏してんの?…あと、何か顔赤くない?大丈夫…?」
「その件には触れないでいてやれ。特に心配しなくとも大丈夫だから」
「そう、なん…?……よく分かんないけど…光がそう言うんなら…。じゃ、俺部屋戻って寝直すね…光達も早いとこ寝なよ〜。…ふわぁ〜あ…」


 眠たげに欠伸を零しながらぽてぽてと自室へと戻っていく小時の背を見送って、再び静かになってから盛大な溜め息を吐き出す。
その様子を背後で笑いを堪えた風に喉奥でクツクツと言わす彼に、変に気遣ってやったのが馬鹿みたいだと臍を曲げた私は、黙ってくるりと振り向いてから少し冷めて飲みやすくなった珈琲を一気に飲み干した。
その後、空になったマグカップを急いでシンクへと下げに行き、きちんと洗い上げた後は彼を居間に残して自室へと引っ込んだ。
 一応、居間から去る直前のドアを閉じるタイミングに就寝の挨拶を告げて出てきたが、彼の返事を聞く前にドアを閉めて去ったので、彼がその後どう返したのかは知らない。


執筆日:2021.12.05
Title by:またね

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