ナイトメア




※当作品は、某番組にて放送されたアニメ『岸辺露伴は動かない』及びドラマ版を鑑賞した上で書いた作品となっております。
※設定等含め、お話のベースはドラマの方に寄せております。
※尚、作者は原作未読な者故、アニメやドラマから得たにわか知識で書いております。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 夢とは、簡単な事で悪夢に変わり得る。
例えば、ほら、このように。
他人が気持ち良くぐっすり眠っていた耳元で、ブツブツブツブツと何言かを呟かれちゃあ堪ったもんじゃあない。
 夢見が悪くなっていくのに連れて、意識を浮上させた僕は、カチリと頭が覚醒すると共に口を開く。
他人ひとの耳元でブツブツブツブツ五月蝿うるさいんだよ、こちとら漸く漫画の〆切が明けてゆっくりとした休暇が取れたところだったんだ。次の新鮮で面白いネタを描く為には頭を休ませなきゃあならない、その為の休息だったんだ!邪魔をするな!耳元で呪詛をばら撒くな……ッ!!」
 余りにも煩わしい耳元の雑音を振り払うが如く跳ね起きた直後、耳元へ意味不明な罵詈雑言の呪詛を吹き掛けていたであろう人物へ向かって手のひらを向けた。
「“天国の扉ヘブンズ・ドアー”…!」
 途端、あんなにやかましかった雑音は途切れ、呪詛をばら撒いていた犯人が仰向けになって床下に倒れる。
僕は起き上がりついでに体を横たえていたソファーより足を下ろし、雑音の正体を暴くべく、倒れている人物の顔を覗き込んだ。
 見れば、その人物とやらは、知らない、逢った覚えも無い、見覚えも無い、完全赤の他人の見知らぬ人間の女だった。
 女は、僕の能力“天国の扉ヘブンズ・ドアー”で一時的に静かになってはいるが……さて、どうしたものか。
「彼女は一体何者だ…?一体いつ僕の家に、部屋に、忍び込んで来たのか。鍵は掛けていた、だから容易な事では外部から侵入する事は叶わない、しかしこの女は何故か此処に居る、其れは何故だ?何処の誰で何をしていた者なのか、隅から隅まで調べさせて貰おうじゃあないか」
 僕は彼女の顔の表面に現れたページを捲ってみた。
勿論、彼女が一体何処の誰で何者なのかを突き止める為だ。
決して、此れは、如何にもな下心を持って不埒な行為に及ぶ為じゃあない。
強いて言うなれば、漫画の為だった。
 僕は、リアリティーを求める漫画家だ。
何処にでもありふれた普通の漫画を描いたんじゃあ面白くない。
だから、僕はいつだってリアリティーを追求して来たし、時には取材の為に身を危険に冒し限り無きリスクを背負った事もある。
其れで、漫画を描く為の商売道具とも言える利き手を負傷した事だってある。
アレは、確かに一線を踏み越えてしまったが故の代償だと理解している、だが後悔はしていない。
 兎にも角にも、僕には漫画を描く事が第一だ。
其れを邪魔する者は、何人足りとも許しはしない。
 僕は、天より授かった、他人には言えぬ能力で、突然僕自身を“襲った”犯人の正体を本という形で読み解いた。
 彼女はやはり、見も知らぬ赤の他人であったらしいが、偶々いつも打ち合わせに使っていたカフェに行き合っていた人物らしく、此方は一切認識していなかったにも関わらず、何故か一方的な因縁を付けて来ていたようで。
世間一般では、所謂犯罪と言われる手口を使って、僕の家へと侵入してきたらしい。
 そして、〆切明けで疲れて休んでいた僕へ、身の覚えも無い濡れ衣の罪を着せた挙げ句の果てに、眠る耳元で意味不明な罵詈雑言のような呪詛をブツブツと呟き零していた訳である。何とも迷惑極まりない話だった。
 何をどうしたら、見も知らぬ赤の他人の女性に勝手に家へと侵入され、一方的な因縁を付けられるんだ。
其れは、僕の性格に難あるせいだと理解は及ぶが、直す気など一切無い。
「悪いが、記憶を書き換えさせて貰うよ」
 漫画に使っているペンを持ち出し、彼女の人生の記録が記されたページの一部にこう書き足した。
 ――“金輪際、岸辺露伴には関わらないし、危害も加えない、視界に姿を写しても見て見ぬフリをする”……と。
 目覚めた後の彼女は、至って普通の人であった。
気が付いたら見知らぬ人間の家にお邪魔していた事に大層驚き、次いで少しの間一人慌てふためいた後、申し訳なさそうに何度も謝罪と共に頭を下げてきた。
 どうも、彼女には、自分の知らぬ内に眠ってしまい、夢遊病のように何処かへと彷徨ってしまうという、無自覚に発症する謎の症状があり、度々周りの人間を困らせている事があったらしい。
 彼女曰く、今回の一件もその一つと数えられてしまう事だろう……と。
何処からどう聞いても病気にしか思えない、何とも傍迷惑な話であった。


「其れで……?その女の人は、どうされたんですか?」
 僕の担当の、漫画編集者である泉君が、興味津々といった風に話のその後を訊ねてくる。
僕は、その催促に応えるように、話の先を口にした。
「どうもこうも、丁重にお帰り願ったよ。向こうも此方へ大層迷惑を掛けただろう事を申し訳なさげにしていたしねぇ。当然の事ながら、一度専門の病院に診て貰う事をお勧めしたよ」
「オチは其れだけですか…?」
「其れだけだが、何か?」
「え〜……なぁんか思ったより大した話じゃなかったですね!」
「君ねぇ、いきなり見知らぬ赤の他人の人間が突然自宅に勝手に上がり込んで来たりなんてしたら大問題だろう?端的に言って非常識だし、下手したら通報沙汰だ、住居侵入罪に問われるわ名誉毀損で訴えられるわの裁判沙汰になるぞ。僕は漫画のネタになるなら一向に構わないが、下らない事で漫画を描く為の時間を削られたくはない。だから、泉君、君は今すぐこの家から出てってくれないか?これから来客の予定があるんだ。僕は忙しい、故に君の暇潰しに構っている余裕は無い、分かったか?」
「あ、そうだったんですね!此れは失礼しました…!にしても、露伴先生に漫画家以外の知り合いの人なんて居たんですねぇ!」
「君、控えめに言って物凄く失礼だぞ……ッ」
「今から来るって言うその人は、一体どんな人なんですか?」
「その質問に答える義理は無い。さぁ、早く帰ってくれ。今すぐにだ」
「えぇ〜っ、そんな冷たい事言わずに教えてくれたって良いじゃないですかぁ…!」
「良いから帰れ!」
「ちょっ、ちょっと先生…!?私、まだ幾つか聞きたい事が……っ!」
「しつこいぞ!!二度言わせるな!!僕は忙しいんだ!!とっとと帰ってくれ!!」
 僕は、いつもながらの事のように、無理矢理にも押し留まろうとする泉君を強引に外へと摘まみ出し、玄関外へ閉め出す。
「っもう…!!先生のいけずゥ!!」
 語彙力の足らなそうな罵詈雑言を叩き付けられようとも、意に介さず、彼女が我が物顔で座っていた来客用の椅子に置きっ放しになっていたショルダーバッグを、ご丁寧にも返却してやる為、今一度玄関のドアを開け、彼女の眼前へと突き出してやる。
此れでもう用は無いだろと言わんばかりに、ドアを閉める手前に釘を刺すように睨め付け、鍵を掛ける。
 邪魔者は去った。今度こそ、来客の準備をせねば……。
予定の無かった筈の泉君の来訪で、大幅に予定が狂ってしまった。
 僕は急いで来客の準備を整え、時間通りにやって来た客人を出迎えた。
その客人とは、冒頭に話した例の女性の妹を名乗る人物であった。
今回、身内が掛けた迷惑とその尻拭いの為に、改めての謝罪をと訪れたのだった。
 僕の貴重な休息と睡眠を妨害した事に加え、身に覚えも無き因縁を付け、一方的な迷惑を掛けてきた本当の理由を、彼女はポツリポツリと小声で話してくれた。
 曰く、或る日を境に、突然何かが取り憑いたかの如く人が変わった姉は、何かと因縁を付けては相手を執拗に追い駆け回し、相手の精神が追い詰められるまで意味不明な罵詈雑言を呪詛のように吐き続けるようになったのだそうだ。
其れはもう傍若無人というか、横暴なまでのこじつけな理由で、端から見ていて恐ろしい様であったとの話である。
 彼女自身も、理不尽な事に、何度か身に覚えの無き因縁を付けられ、此方が折れて泣き出してしまうまで訳も分からず責め立てられた経験があるそう。
 どう考えても精神がイカれたか、或いは気が触れたか、そんな風にしか思う事が出来ず、試しに何度か専門の病院にかかってみたのだが、異常な症状の解明には至らず、原因は不明のまま今に至るらしい。
 その内、突然意識を失ったりと“てんかん”のような症状まで現れ始め、おまけに、その間にはまるで夢遊病のように眠ったまま彷徨い歩いたりする為、発作のように事が起こる度に困っているのだと言う。
 何とも大変な事だ。
お陰様で、一日姉の様子を見ていなければならず、なかなか気も休まらずに、夜もあまり眠れぬ日々を過ごしていると語った。
 そう話して教えてくれた彼女の顔は、酷く疲れて窶れていた。お気の毒に。
精々他人事の上辺のような言葉しか返せないが、事の詳細を教えてくれた彼女には懇切丁寧に感謝の言葉と共に労いの言葉を投げかけた。
 彼女は、其れに涙すら浮かべて頭を下げ、「貴重なお時間を頂き、有難うございました。其れでは、失礼致します」とそそくさと僕の家を後にしていった。
これ以上、僕へ迷惑を掛ける訳にはいかないと気遣った上での事だろう。
 詫びの品にと、近くの老舗の和菓子店で売っている菓子の詰め合わせを渡した後、腰低く別れの挨拶を告げて帰っていった。泉君とは大違いである。
 其れにしても、何故わざわざ今回の事件の発端である彼女の姉の話を聞かせて貰ったのか。
全ては、次に描く予定の漫画のネタにする為の取材だ。
 僕は、常日頃リアリティーを求めている。
リアリティーを感じる漫画を描く為ならば、如何なる手段も選ばない。
 其れが、この僕、岸辺露伴なのだ。


執筆日:2022.01.24

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