眠る貴方に隠した秘密事




※此れを書いた作者は、にわか知識にて執筆しております。
※一応、アニメ全12話は履修済みですが、原作の方は未履修勢です。
※尚、当作品は、悪までも終始作者の俺得でしかない構成となっております故、万人受けは狙っておりません。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 金剛先生は、眠くなると途端に意識を落とされるから。
 その大きく逞しい体躯を揺らめかせて壁や柱に頭を思い切りぶつけてしまわれる。其れはもう、物凄い勢いと音を立てての激突である。
 けれども、僕達と違って、凄く丈夫な造りをしているからか、ちょっとやそっとの衝撃じゃ怪我したりしないし、割れも砕けもしない。そんなところが、ちょっぴり羨ましく思ったりもする。
 何故ならば、僕達宝石は、少しの衝撃を受けただけでも脆く儚く砕け散ってしまう運命さだめにある生き物だからだ。正確には、ただの鉱物であって、本当の生物達とは異なるのだと思うけれど。
 まぁ、そんな与太話は今は置いておいて……。
 瞑想という名の眠りの時間に入られた金剛先生は、ちょっとやそっとじゃ起きられる事が無い。
 一度、月人の襲撃下に遇った際に、ジェードが緊急を要するという事で瞑想中の先生を起こしに行った事がある。その時のあまりの恐ろしさに戦慄して以来、余程の事が無い限りはお休み中の先生を起こさないよう努めているのだとか。
 まぁ、僕も片手で数えられるだけの何度かのみ、寝起きの悪い金剛先生をお見掛けした事があるので、彼の気持ちは分からんでもない。
 兎も角、今僕が最も言いたい事は、瞑想に入られている最中の先生は、余程の事態が起きない限りぐっすり寝入られて動かなくなる。
 僕は、その時の先生があまりに無防備に思えて。ついでに、ちょっとばかしの好奇心と悪戯心が芽生えて。
 或る時、僕は、皆には内緒でこっそりお休み中の先生の側へ近寄り、暫し観察してみたりした。
 まず、手始めに行ったのは、寝顔の観察だ。金剛先生は、僕達と違って逞しい体付きをされた方だから、当然その身は大きく、瞑想の為に地面の上へ座しても存在感の大きさは変わらない。また、僕達とは別のベクトルで非常に整った顔付きをされているから、瞑目して静かに黙っていても格好良く見える。特に、スッと伸びた鼻筋のところとか、あまり表情の変わらない代わりに穏やかで低く慈愛の込もった声音だとかに至っては、とても心惹かれて堪らない部分だと思う。
 きっと、とある美しい宝石である彼に訊けば、この感情は、古代生物で言うところの“恋”という感情なのだろう。
 けれど、まだその時は、その感情の名を知らなかったし、芽生えたばかりの其れに対する制御を知らなかったから。僕は、知的好奇心という名の衝動に突き動かされるまま、眠る先生の唇へ口付けてしまったのである。
 結果的に言って、その行為で先生が目を覚まされる、なんて事は無かった。だけども、なんて大層な事を仕出かしてしまったのだろうと、己のした事を恥じ、咄嗟に周囲を見渡してしまうには十分な行為だった。幸い、その時は誰にも見られておらず、先生へと飛んでもない悪戯を仕掛けてしまった事を知られずに済んだ。
 しかし、一度知ってしまった甘美で柔らかな行為が癖になってしまい……。其れ以降、皆の目を盗んで、こっそりひっそりと秘密の悪戯を先生へ仕掛けている。勿論、皆揃って大好きで仕方がない相手への口付けという行為だ。悪戯と称してはいるが、皆には内緒にして、眠る先生と僕だけの秘密事である。
 その、なんと甘美で妖艶さを含む事か。本当ならば、決して許された事ではないと分かっているのだけれども。彼という偉大な存在へ、皆とは少し異なる執心を傾けるようになってから、どうにも抑えが効かないのだ。
 もしや、僕は、不出来で悪い子になってしまったのではないか。そんな不安すら覗いたぐらいに、この誰にも内緒の秘密事に対して揺らぐ事がある。けれども、止められない。止めたくない。寝込みを襲うだなんて背徳的な事をしていて今更かもしれないが。
 もしかしたら、その背徳感が、これまでの真面目で良い子に努めていた僕を作り替えてしまったのだろうか。そんな事無いとは思うのだけれども、安易な否定も出来やしないくらいまでには落ちてしまっていたのだ。


 今日もまた、皆には内緒の秘め事を行いに、お休み中の金剛先生の元へ訪れる。悪戯を仕掛ける際は、きちんと眠られているか入念なチェックを行ってから仕掛けるようにしている。
 今日という今日も同様に確認を行えば、前回と同様、ちょっとやそっとの事じゃ目を覚まされる気配は無さそうだ。その事に安堵して、僕はこっそり眠る先生へと近付き、逞しき肩へ手を付く。
 お次は、彼を起こさないよう、極力力を込めないように非道く優しく壊れ物を扱うが如くを意識して、頬へ触れる。そして、彼の顔へとゆっくり自分の顔を近付け、唇と唇を重ね合わせるように口付けた。
 先生のものは、何だかあったかくて、とても優しい心地がした。本音を言うと、もっともっと沢山長くしていたかったけれど、そんな事をしてしまっては、誰かしらに気付かれてしまうかもしれない。其れだけは避けなくては……っ。
 僕は、いつも通り、ほんの数秒か数十秒という短い時間だけに留めて、名残惜しく思いつつも唇を離した。そして、また大層な事をしてしまったという罪悪感と何とも言えぬ背徳感に苛まれる。其れも、いつもの流れであった。
 僕は誰にもバレないよう、速やかに先生から距離を取ろうとした。その際に、いつもならある筈の無い流れが起きてしまった。
 なんと、先生が目を覚ましてしまったのである。
 普段、一度眠りに入られたら梃子でも動かなくなる程に深い眠りへ入られる先生が。この時ばかりは何故か眠りが浅かったようで、起こしてしまったようだ。
 刹那、僕は心の底から戦慄して、ヒュッと息を飲んで固まった。正確には、あまりの衝撃に身動き出来なくなってしまっていたのだ。まるで、その場に足を縫い止められてしまったかのように、時が止まったかの如く錯覚してしまった。
 先生が、ゆるりともたげていた頭を起こされ、閉じていた目蓋を震わせる。そうして、ぴたり、目の前間近という謎の距離に居た僕と目を合わせた。次いで、寝起きさながらの掠れた低い声を発する。
「――律……? 何を、しているのだ……?」
 先生が、喉を震わせて、僕の名前を呼ぶ。その低く穏やかで慈愛に満ちた声音が、非道く僕の心を揺さぶって、心臓なる部分を締め付けた。
 ――嗚呼、今この時に僕の名前を呼んでは駄目だ……!
 途端、今まで隠してきた羞恥が一気に押し寄せてきたみたいに恥ずかしさに襲われて。堪らず、僕は声無き悲鳴を上げながらその場から飛んで逃げてしまった。
 嗚呼、嗚呼、僕はなんて飛んでもない事を仕出かしてしまったのだろう! こんな事なら、この身諸共粉々に砕け散ってしまえたら良かったのに……!
 自室へと逃げ込んだ僕は、日の高い内にも関わらずにベッドの中へ潜り込み、その日はずっと部屋から出て行かなかった。どんな顔をして出て行けば良いのか分からなかったからだ。
 何も知らない皆は、不思議そうな顔を浮かべつつも、体の調子が悪いのかなと気遣ってそっとしてくれた。皆、僕と違って良い子ちゃんだ。
 しかし、持ち回りの仕事なり何なりがある為、ずっと自室に引き籠ったままでは居られない。故に、翌日の次の日には、ぎこちなくも部屋の外へと赴き、任せられた仕事をちゃんとこなした。
 そうして、黄昏時の夕暮れ時、仕事を終えて自室へと戻る道すがら、先生に呼び止められてしまった。もしや、昨日の一件に対するお咎めだろうか。
 僕は、覚悟を決めて、一対一で先生と向き合った。
「先生、僕に何か御用だったでしょうか……?」
 努めていつも通りを装い、冷静なフリをして口を開く。
 すると、金剛先生は、何時いつに無い程凪いだ穏やかな口調で言葉を紡がれた。
「――律よ……昨日の瞑想中の事についてだが、一つ気になった事があった故、訊いても良いだろうか?」
「どうぞ、何なりとお申し付けください。お咎めを受ける覚悟は出来ておりますので……っ」
「私は、お前を咎めるつもりなど一切無いのだ……。私は、ただあの時の不可解な点を訊きたいだけなのだ。だから、顔を上げなさい、律」
「……はい、すみません先生……」
「何をそう申し訳なさそうに謝る? 私は、ただ……私の預かり知らぬところでお前を傷付けてしまったのではないかと憂いて、何か至らぬ点があったなら聞きたいと、こうして話をする為に呼び止めただけだ。……何故、昨日、私の前から慌てたように走り去っていったのか、訊いても良いだろうか?」
「……えっと……その、正直に全てをつまびらかに打ち明けましたら……僕は、ちょっとした好奇心に負けて、眠る最中の先生へ、皆にも内緒でこっそりと悪戯を仕掛けておりました! ご不快な思いをされたのなら申し訳ありません! この償いは、仕事の働きで返させて頂く所存でありますれば……! どうか、何卒……お見捨て無く、これまでのように、皆と同じように等しく扱って頂きたいと、思って…………ッ」
 告白の途中から、段々と尻すぼみとなり、自信が無くなっていくのに連れて、俯いた。顔を上げられない。今、先生の顔を見る事が出来ない。
 先生から何と返されるのかが恐ろしくて、拒絶されてしまうかもしれぬのが怖くて、小さく身を震わせる事しか出来なくなる。なんて無様で、どうしようもない有り様なのだろうか。
 きっと、先生も愛想を尽かしてしまわれるだろう。そしたらば、私は此処に居られなくなってしまう。唯一無二の居場所を、自分の犯した罪のせいで失うのだ。自業自得である。
 もし、此処に居られなくなってしまった時は、その時は、大人しくこの身を月人に捧げてやろう。
 そう、思いを固めて、強く耐えている時であった。不意に、先生が呟かれたのだ。
「律よ、何か誤解を抱いているのかもしれない故に言うが……私はお前を嫌ってなどいないぞ。よって、私はお前を許そうと思っている」
「――えっ…………、」
「昨日、偶々私は眠りが浅かった故、いつもより早くに目を覚ました。そしたらば、目の前にお前が居た。最初こそ驚きはすれど、突然拒絶されたかのように飛んで逃げられてしまった時は、流石にショックを受けてしまってな……。お前も私の大事なものの一つだ。私に至らぬところがあったならば、善処しよう。……どうか、教えてはくれまいか?」
 先生は何処までも優しい声でそう仰った。僕は、堪らず涙を溢しながら、彼の信頼を裏切るような行為を働いていた事をとうとう打ち明けてしまう。
「せ、先生は何も悪くなんてありません……っ。悪いのは、僕です……。僕は、先生の期待と信頼を裏切ってしまった、悪い子なんです! ですから……そんな、優しいご慈悲を掛けて頂く資格など無いのです……っ! 御免なさい、先生! 僕は、僕はっ……先生が眠っておられるのを良い事に、寝込みを襲うような浅はかな事をしてしまいました! よって、僕は罰を受ける必要があると思っております……!! 犯した罪に対する裁きを、断罪の裁きを、どうかお願い致します……っ!!」
「ね、寝込みを襲うようなとは、具体的にどのような事を仕出かしたのか、訊いても良いのだろうか……?」
「さ、先程は、オブラートに包んで言おうと“悪戯”と称して申しましたが……詳細を申し上げますと、その……寝ている隙を突く形で、こっそり、内緒で、先生の唇に、キ……キス、を…………っ」
 穴があったら一生入って埋まり出て来たくないくらいには、恥ずかしさで死にそうになりながらの打ち明けであった。半泣き状態どころか、ほぼほぼ涙目の涙声になっていて、聞くに耐えないだろう。
 嗚呼、今すぐ消えてしまいたい……ッ。消えて無くなれたなら、どんなに良かったか……!
 僕は情けなくなってしまって、遂には両手で顔を隠してしまった。
 すみません、先生。僕は、不実を働いてしまいました。こんな不真面目でふしだらな子は、要りませんよね……。
 静かに死を覚悟していたらば、またもや不意打ちで先生より体を抱き上げられてしまい、目を合わさざるを得なくなる。
「律、私は初めに言った筈だ。お前を咎める気など無いのだと……。寧ろ、私は歓心しているのだ。そのように他者に興味を持てるにまで成長した事を」
「へっ…………? 先、生……?」
「お前は私の可愛い子……お前が其れ程にまで私からの愛情に飢えていたとは露知らずに居てすまなかった。口付け程度の可愛らしい悪戯ならば、喜んで受け入れよう。其れで、お前の気が済むならば……」
「え……いや、あの……先生? 何を仰っているのやら…………っ」
「私はお前一人だけを愛する事は出来ないが、これまで通り皆と等しく愛する事は出来る。お前が私からの愛情を望むというのなら、望む分だけ愛情を注ぎ与えよう」
「えっ、あの、先生……其れ、は……」
 何と返すのが正解か、言い淀んでいれば、そのまま先生の腕に抱えられる形となってしまい、緊張から身を縮こまらせる。顔も真っ赤に染まってしまっている事だろう。その証拠に、顔がやけに熱く火照っている気がした。
 たぶんだが、今自分は物凄く情けない顔を曝してしまっているのではなかろうか。そう思うと、余計に先生の方を向いて居られなくって、露骨に目を逸らすように俯く。
 だが、其れがいけなかったのだろうか。途端に、先生から物悲しげな声が漏れ出た。
「律……お前は、私の事を嫌うか?」
「ッ……!? そっ、そんな事、ある訳ありません!! 僕は、何時いつだって皆と同じくらい先生の事が大好きです!! ただ、僕のはちょっと……いや、少し、皆とは違う“好き”の形みたいでして……っ。でも、其れが何なのか、僕にはまだ理解が追い付いていなくて…………。きっと、ダイヤ辺りなら、僕よりうんと前に生まれているから、この気持ちがどういうものなのか、分かるのかもしれませんね……」
 ちょっとだけ、先に生まれた兄さん達を羨ましく思った。僕よりも沢山の事を知っていて、沢山の経験をしてきた物知りなところを……。
 此ればかりは、後に生まれたが故に抱く劣等感だ、どうにもし難い事だろう。
 どうか、こんな不出来に育ってしまった僕を叱って欲しい。その方が、まだ幾分とマシなように思えるから。
 けれど、結果的、先生は僕を叱る事は無かった。代わりに、宥めるように優しく頭を撫で、慈しんだ。
「お前が誰よりも努力し陰で頑張っている事は、ちゃんと分かっている。お前は決して不出来などではない。皆と等しく良い子なのだ」
「先生……」
「其れでも、まだ気が咎めるようなら……私から小さな罰を与えよう。分かったのなら、静かに目を瞑りなさい」
「はい……分かりました」
 言われた通りに、素直に目を閉じると、先生から「良い子だ」との短い言葉を頂いた。其れだけでも、天にも昇るように嬉しかった。
 良かった。僕はまだ、先生から拒絶されずに居るんだ。大好きな先生から嫌われてしまっては、この世の終わりみたいなものだった。其れが避けられただけでも、良かったのだ。
 そんな風に、すっかり安堵し切って緩み切っていたらば。ふと、唇の辺りに感じた覚えのある、柔らかで温かい熱を感じた。
 驚いた拍子に弾かれたように目を開ければ、目の前には至近距離で妖艶に微笑む先生の顔があった。月が弧を描くみたいに目を細めて笑った先生は、小さく零す。
「こら。こういった時の場合は、目を一時仕舞うのが習わしだ。さぁ、もう一度目を閉じなさい」
「あ、あの、でもっ、先生――、」
 戸惑いを隠せずにモゴモゴとした言葉しか発せずに居れば、其れを遮るように目元を塞がれて、視界が真っ暗になった。だけど、不思議と怖くはない。何せ、相手が先生だからだ。
 視界を塞がれたのを合図に、僕は口を噤んだ。其れを更に塞ぎ込むように、先生の熱い唇が僕の冷たい唇へ押し付けられる。
 自ら口付けた時よりも長い時間そうしていたように思う。重ね合わせられていた唇が離れていく寸前、最後に名残惜しいと言わんばかりに下唇を甘く食まれて、鼻に抜けるみたいな声が小さく漏れた。
 其れに、金剛先生は悪戯っぽく茶目っ気を含ませて笑む。
「嗚呼……今のはいけない、そのような愛らしい顔をしては……っ。頼むから、そんな顔は私の前だけにしておきなさい」
「え……? 僕、今、どんな顔をしてますか……?」
「ふふふっ……私とお前だけの秘密です」
 そう言って、彼は僕の唇へ優しく人差し指を押し付け、内緒だと静かに笑った。
 まさか、先生の方からこんな事をされるだなんて思ってもみなかった故に、衝撃の余りに何もかもが頭からすっぽ抜けてしまっていた。けれど、結果としては、先生から嫌われる事は無かったどころか、お仕置きという名の甘い罰が降ってきただけに終わったのである。
 此れは、僕と先生の二人だけの秘密事である。


執筆日:2022.12.02
公開日:2022.12.03

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