バトルジャンキーな髭面幼女のゴリランダーは恋する瞳を隠さない



※此れを書いた作者は、ニワカ知識にて執筆しております。
※基本的に二次創作から得た知識と捏造諸々で構成したお話です。
※細かいところには目を瞑る、もしくはスルーして頂けましたら幸いです。
※尚、履修済みアニメシリーズはAG/BW/BW2/XY/XYZのみ、原作ゲームは一切履修しておりません(一応、剣盾のみ実況動画を視聴済み)。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 ほんの些細な事が原因だが、左手首を負傷した。幸いにも、利き手ではない反対側だった為、然程日常生活に支障は来たしていないと思う。けれど、何気無く行っていた事がやりにくくなったり制限が出る事は地味に困った。
 例えば、両手で何かを持たなければいけない行為。この場合、負傷した左手首へあまり負荷を掛けないよう庇わねばならないので、必然的に重い物は持てなくなったりする。その為、両手で持たねば持てない大きな荷物を抱える事も同様に無理となる。此れは、まぁ、誰かに代わってもらうなどをして対処可能な事だからまだ良いだろう。
 その他で困る事と言えば、食器を洗ったりなどの行為だ。片方で皿を支え持ち、もう片方でスポンジを持って洗うので、確実に左手首への負荷が掛かる。かと言って、食事面を疎かにも出来ない故に、必要最低限の生活を送る上でどうしても利き手以外も使う場面は出てくる。この場合は、致し方なく多少の痛みは我慢をしてやる他ない。独り身の一人暮らしならば尚の事である。
 まぁ、地味な不便さを感じつつも、無理な負荷を掛けない限りは酷く痛んだりもしないから、普通に生活する分にはあまり困らない。問題は、他にあった。
「律! バトルしよう!!」
「やる気満々なところ悪いけど、今回はパス。諸事情により、バトル禁止令出てるから、其れが解けるまでは出来ないのよ。だからバトルは無理です。御免な」
「何故だ!? 折角せっかく君と会えたのにバトル出来ないなんてつまらないんだぜ! 俺とバトル出来ない程の諸事情って何だ?」
「原因ならコレ・・だよ」
「えっ、どうしたんだいコレ!? 怪我したのか!? 何時いつ、何処で!? というか、どうしてそんな平然として居られるんだ!?」
「おぉ、思ったよりも大袈裟なリアクションでビビる」
「俺の質問に答えてくれ、律! このままじゃ、気になり過ぎて夜しか眠れなくなるんだぜ!!」
「いや、しっかり寝れとるんやないけ。ふざくんな」
 出会い頭にバトルを申し込んで来る元気が取り柄みたいな男に対して、負傷した左手首を見せながらバトルが出来ない理由を簡単に説明すると、この世のショックでも受けたみたいなオーバーリアクションが返ってきた。ついでに付け足された感想には普通に苛ついたので即口頭で文句をぶつけさせて頂いた。相手が元チャンピオンだとかバトルタワーオーナーだとか知ったことか。
 そんな感じでテーピングの巻かれた左手首を目の前に掲げていたらば、徐ろに両手でギュッと握ってきた男の握力の強さにギョッとして焦った風に声を荒げる。
「ちょっ、言った側からいきなり加減無く掴んでくる奴があるか!? 痛ェだろうが、このド阿呆ッ!!」
「あっ……す、すまない! どんな風に痛めたのか確認も兼ねて触れたつもりが、加減が出来ていなかったな……っ」
「ったく、こうなった経緯についてはちゃんと説明してやるから、落ち着け餅つけ」
「落ち着くのは理解出来るが、餅をつかなきゃならない理由が分からないんだぜ?」
「今のは言葉の綾とかネタだから、そういう細かい点には触れずにスルーしろよダンデ……。話の腰折る気か?」
「悪かったよ」
「ん、反省してるんなら良し」
 素直さが長所且つ短所でもある男の美点を内心で褒めつつ、聞き分けの良さに応じて左手首を負傷した経緯を話した。
「こうなった切っ掛けはなんてことはない、些細な事が原因なんだが……まぁ、嘘偽り無くぶっちゃけると、勢い良くドアの取手なる場所に強打しちまってな。丁度ぶつけたのが関節部位だったのもあって、且つ其れなりの衝撃を伴っての事だったんで暫く悶絶してなぁ。単なる打ち身だろうが、思い切り良く打ち付けちまった事には変わりねぇから、一応骨イッてねぇか医者に診てもらってさ。そしたら、幸いにも骨までへの損傷は免れてたから、治療薬として湿布薬を処方されたと同時に、痛みが引くまでは暫くの間左手首使うような事は控えるようにって言われた。あっ、ちなみに左手首打ったのは三日前ね」
「何してたらそんな事になるんだ、君……」
「えっと……そん時、部屋移動しようとして手前に引くタイプのドア開けて、完全に全開に開き切る前にその先へ行こうとして、うっかりやらかしちまったんだよなぁ〜。あの日は確か……徹夜明けで若干頭ぼんやりしてたから、たぶん、その所為もあるんかも……?」
「いや、普通の人はうっかり手首を強打したりなんかしないんだぜ。君、本当に大丈夫か?? 骨折ったりしてないよな??」
「骨まではイッてねぇから安心しなって。まぁ、関節にキメちまったからか、筋痛めちまったんか、可動範囲狭まって地味に支障来たしてはいるけども。極力両手で何か持つって事さえ避けりゃ無理に動かす事も無くなるから、日常生活送るだけなら多少の不便さはあれども何も問題はねぇよ。気圧や雨の日はちょっと調子悪いけど」
「骨の心配は無いのなら良かったが……今の話を聞いていると、何だか不安になってくるぞ……。本当に大丈夫なのか?」
「湿布薬貼ってりゃ痛みは引くし、無理に動かさなければ順調に治る筈だよ。つまり、普通に生活する分には問題無いって事。まっ、バトル出来ない間は、お前の事も含め手持ちの子達を退屈にさせちゃうかもしんないけどな。でも、変に無理して悪化しても自分が困るし、この子等も其れは嫌だろうから、少しの我慢さ」
 そう言って、腰に提げたベルトに収まるモンスターボールを言い聞かせるようにポンポンと撫でれば、中で大人しくしていた手持ちのポケモン達がカタカタと存在を主張して返事を返した。ウチの子達は皆聞き分けの良いポケモンばかりで、持ち主である自分よりもしっかりとしている。だからか、ちょっと偶のうっかりで左手首を負傷しただけでも過保護に身の回りの世話を焼いてくる。其れ自体は非常に助かるので、毎度感謝の言葉を告げている。
 今、この時も、本来ならば外を出歩く際もガード役としてボールの外に出て肩やら頭の上なんかに引っ付きたがるのだが、自分の負担になってはいけないとボールの中に収まったまま大人しくしている。勿論、ご主人様たる自分に何かあった際はすぐに出て来る気満々で構えている様子だ。流石は相棒達、頼りにしかならない。
 何時いつ如何なる時でもご主人様を守ろうという姿勢を崩さない、躾の行き渡った手持ち達の様子を察した男は、いつもなら必ず側に一体はボールから出て来ているのに其れが居なかった理由に納得したらしい。ふむふむと頷きを落として、顎に手を当てて一頻り思考に耽ったのちに、呟きを落とした。
「成程、取り敢えず今バトルが出来ない理由は理解したぜ。その状態じゃ、キョダイマックスした時のボールを抱える事は難しそうだしな……。かと言って、君とのバトルは全力で挑みたいところ故に、キョダイマックス無しというのもつまらないし……。何より、バトルをする事自体君の負担になりかねないから、俺自身駄目だと思う」
「おう……妙に物分りが良い返しじゃんよ。何かやけに聞き分け良過ぎて、逆に吃驚にゃんだぜ……っ」
「君は俺を何だと思ってるんだ?」
「バトルジャンキーな髭面幼女のゴリランダー?」
「すまない、もう一度言ってもらっても良いか? 今、何て……?」
「バトルジャンキーな髭面幼女のゴリランダー」
「……君、今まで俺の事そんな風に思ってたのか……?」
 余程ショックだったのか、先程まで元気いっぱいだったオーラを纏っていたのがシュンと気落ちしたようなテンションとなる。しかし、そのようにしか見えなかったのだから仕方がない。ので、素直に思った事をそのまま言葉にして返した。
「見たままの事実を述べたまでだぞ」
「軽くショックなんだぜ……っ。俺、これでも成人した立派な大人なんだが。仮にゴリランダーの点は許せても、“幼女”って点は納得し難いのが何とも……っ。そんなに俺は頼り無さそうに見えるのか?」
「いや、お前のその曇り無き無垢な目付きが主な理由だよ。その顔付きを幼女と言わずして何と称せと?」
「えっ……童顔となら言われた事あるし自覚もあるが、幼女と言われたのは君が初めてだぜ? ぶっちゃけ、この歳で幼く見られるのは不本意だから、童顔については自分も気にしてる部分なんだが……そうか、君には俺のこの顔付きが幼女に見えてるんだな。実に複雑だぜ。俺は立派な男だぞ!」
「うん、知ってる。言わずもがな、君の性別は男だと分かってるよ。でも、君の取ってる行動と方向音痴加減が見た目の幼さに拍車を掛けているのだよ。その逞しい筋肉と身長に髭を差し引いても、残るのは幼女要素なのが不思議。だから、個人的に生活面で心配なのは君の方だよ」
「納得行かないぜ」
「なら、偶には好奇心を抑えてリザードン無しで単身で迷わず目的地に着いて見せてくれ。毎度お前が迷子になる度世話する羽目になってるリザードンの気持ちにもなってみろ。控えめに言って幼女世話する親の気持ちで後方支援面してんだろ、絶対」
「なっ!? そ、そんな事はない筈だ!! そうだよな、リザードン!?」
「……ばきゅあ」
「今の微妙な間は一体どっちの意味で受け取れば良いんだ……??」
 相棒に問うて気まずそうに視線を逸らしての返事を貰った男は、大層不服そうに頬を膨らませて不貞腐れた。たぶん、バトルする気満々で声をかけたのに其れを断られてしまった事も拍車を掛けたのだろう。自分は立派な大人だと言った側から子供っぽく振る舞うのだから、そりゃ幼女と思われても仕方あるまいと思う。決して口にはしなかったけれども。
 一先ず、負傷した左手首が治るまではバトル禁止な事に変わりはないので、大人しく今日は仕事をしに仕事場バトルタワーまでお帰り願うとしよう。
「さっ、話は済んだんだから、こんな所で油なんか売ってないで帰った帰った! どうせ、仕事抜けて来たんでしょ?」
「そうだが……俺的にはまだ納得行ってないんだぜ!」
「ハイハイ。“幼女”って言った件は悪かったから、早いところ戻ってやんな。じゃないと、こうしてる内にも君の認証待ちの書類が溜まっちゃうよ。だから、戻った戻った!」
「むっ……其れを言われちゃあしょうがないな。分かった。今日のところは帰るが……くれぐれも無理はしないようにな」
「ダンデと違って、こっちは普段ただ椅子に座って事務処理こなしてるだけで済むから大した事ないって。でも、心配してくれて有難うね。ダンデの気持ちは純粋に嬉しかったから、其れだけは伝えとく」
「あぁ。何かあったら連絡してくれ。こっちは何か無くとも連絡するが」
「心配性か」
「心配くらいするさ。君相手であるならば、尚更な」
「えっ……」
 別れ際に意味深な呟きを言い残してリザードンの背に跨った男は、そのまま空へと飛び去ってしまった。その大きな背を見送って、暫しポカン……ッと立ち尽くす。
「……今の、どういう意味……?」
 分からない事を何時いつまでも考え悩む程の思考回路は持っていなかったので、結局は分からず終いのままである。


 それから翌日の事だ。
 昨日偶々街中で会った男からの連絡があり、仕事が休みであると伝えたからか、直接家までやって来た。昨日顔を会わせたばかりなので、感慨深さも何も無いのだが、男からしたら一晩越しただけでも気になるらしい。
「やぁ、昨日振りだな律! 元気だったか?」
「昨日今日でそう変わらんに決まっとるやんけ……」
「そうとも分からないだろう? 一晩経っただけでも、俺の知らないところで君が落ち込んでいたりするかもしれないし、はたまた体調を崩しているかもしれないじゃないか。現に、俺の知らないところで君が左手首を痛めてしまってバトルが出来ない状態にあり、軽く死活問題だ」
「ダンデの中での私どんだけ貧弱なの」
 出迎えた玄関先で昨日振りに見る顔と会わせれば、冒頭の挨拶を受けた。その挨拶に微妙な顔で言葉を返せば、“至って当然の事を言っています”という顔で言われた。成程、どうやら男の中では自分は大層貧弱な人間という立ち位置で位置付けられているらしい。余程の出来事でもない限り、一晩で心境や体調が極端に変化したりはしない。其れを訴えたくて胡乱げな目で言葉を返せば、次のような返事が返ってきた。
「少なくとも、俺からしたら、ホップやマサル君に現チャンピオンのユウリ君達と同じく守護対象だという風に思ってるぜ」
「未成年の子供な三人を守るべき対象と言うのは納得行くけど、私も同じ括りに入れてるって事は複雑でならないんだが……。私も君と同様立派な成人済みの大人ぞ? 何なら、君よか歳上だわ」
「君は見ていて心配になるから、撤回しないぜ。俺の中で、君は守りたい存在の一人だ。其処だけは譲らないぞ」
「何故だろう……。言ってる事はまともなのに、如何せんシチュエーションが台無しにしてるから、格好良さが半減してるようにしか受け取れないのが残念でならぬ……っ」
「兎も角、上がらせてもらうぜ。ああ、勿論バトルは無しだって分かってるから安心してくれよ。流石に昨日言われた事を忘れちゃあいないぜ」
「其れは安心したわ。もし、忘れられてたら、一遍その頭力いっぱいはたいてやろうかと思ってたから」
「おいおい、手首に負担掛けるような事しちゃ駄目だろう? ただでさえ、腱鞘炎患って痛めてた事があるって言ってたところの負傷なんだから、今は大事を取って安静にしておくのが吉だぜ」
「其れ聞くと、私の手首重症みたく聞こえるから草だな」
「こら、全く以て笑い事じゃないからな? 体は大事にしてもらわなきゃ困るぞ」
「昨日の去り際といい、今といい、どういう意味で言ってんの?」
 玄関からリビングへと移動する道すがら、後ろをちゃんと付いて来ているか何気無く振り返り見つつ問えば、有名人のオフ且つお忍びという事もあって被っていたキャップで口元を覆い隠して金色の瞳を弓なりに細めて微笑んだ。
「さぁ? 君は、どういう意味だと思う……?」
「は? 何ソレ。意味分からんのだけど……。私、そういう駆け引き苦手だから、言いたい事ははっきり言ってくんないと伝わんないよ」
「ふふっ……君はそういう奴だったな。だが、今はまだ教えてやらないぜ。君が気付いてくれるまでは、な」
「むぅ……っ、ダンデの癖に何か狡い真似しとるな。解せぬ」
「こういう駆け引きをするのは、君相手だけさ。君だけが、俺の特別なんだ」
 そう言って眩しげに目を細めて微笑う男の視線が、何処となくむず痒く思えて自ら視線を逸らす。男の中での自分の立ち位置が、どうやら保護対象以外の意味も含むらしいという事だけは何となく理解したので、今は其れだけで十分という事にしておこう。
 そうして、男をリビングへと通し、お茶の用意にキッチンへ動けば、何故か男も其れに付いてきた。大人しくソファーにでも座るか、手持ちのポケモン達と戯れでもしながら待っていれば良いのに。そう思って感情を視線に乗せて口を開く。
「君って奴は、お茶淹れてる間も落ち着けないのか……?」
「いや、手首を負傷してる君が心配で見に来ただけだぜ?」
「単にお茶淹れるだけで大袈裟な……っ」
「そりゃ、心配もするさ。君は自覚無いようだが、結構な頻度でうっかりやらかして日常的に怪我をする事が多いからな。ポケモンバトルを禁止されたのも、バトル中は何が起こるか分からないからだろう。他所の地方とは異なり、此処ガラルではキョダイマックスでのバトル戦がある事も踏まえれば、万が一を考慮して医者が駄目だと言ったのも頷ける。どっちにせよ、怪我した君の負担になるような事は避けたい。だから、客人である俺をもてなす意味でお茶を淹れてくれようとしている気持ちは嬉しいが、お茶を淹れるくらい俺にだって出来るから、君は座って待っていてくれ」
「いや、何も其処までせんでも……っ。言っとくけど、お茶淹れるくらいの事なら支障無いからね? 寧ろ、遊びに来てくれたお客さん相手にわざわざお茶淹れさせる事の方が申し訳ないわ」
「良いんだ。俺がそうしたいだけだからな。そんな訳だから、君はリビングで俺のリザードンやドラパルト達と遊んでやっていてくれないか? 昨日は顔を会わして数分話した程度で別れただけだったからな。君さえ良かったら、相手をしてやって欲しいんだ。その方が彼奴等も喜ぶしな」
「むぅ……その言い方が狡いんよ……っ」
「はははっ、悪いな」
「悪いと思ってる自覚があるなら、過保護はやめて欲しいんだぞ〜」
「其れは聞けないお願いだぜ」
「えっ。にゃんで」
 意外にも強く断定的に拒否られた事にキョトンとした顔で疑問を向ければ、男は至極真面目な目付きでこう告げた。
「ただでさえ危なっかしい君の事だ、負傷してる左手首を庇って火傷しかねない。そうなったら堪ったもんじゃないだろう? 仮にそんな事になってしまった暁には、俺は君を傷物にしてしまった責任を取って籍を入れて結婚する腹積もりだぜ。流石に、諸々の順序をすっ飛ばしていきなりの結婚は避けたいから、今は大人しく言う事を聞いてくれよ律」
「いやいや……っ、幾ら何でも話を飛躍し過ぎじゃね……?」
「そんな事はないさ。俺は今言ったくらい君の事が大切で、これからもずっと大切にしたいんだ。悪いが、この意志を変えるつもりは今のところ無いから諦めてくれ」
 そう言って、男はキッチンへと入り――何度も来ているからか物の配置を覚えたようで――慣れた様子でお茶を用意しに掛かる。其れを不服としながらも、言われた通りにリビングのソファーへと体の向きを変え、男の声に反応して自らボールの中から出て来ていたリザードンやドラパルト達へ挨拶する。
「昨日振りだな、リザードンや。ドラパルトとドラメシヤ達は、前回バトルした時に会った以来だったかな? 元気だったかい?」
「メシャ〜」
「それにしても、君等のところのご主人様は少し私に対して過保護過ぎないかい? お茶すら淹れさせてくれないんだぞ。此れを過保護と言わずして何と言うよ?」
「ばきゅあ……」
「にゃんでリザードンも微妙な顔すんのさ」
「ははっ、そりゃそうだろう。リザードンは俺の相棒で、君の事をよく知る仲だからな!」
 笑顔でそう笑って言った男の言葉に振り返ると、手早くお茶を用意する為に備え置きのインスタントを利用したのだろう、熱湯を注ぐだけで出来てしまう紅茶を淹れてキッチンから出て来た男が二人分のティーカップをトレイに乗せて運んでくるところであった。側までやって来ると、ご丁寧にもソーサーまできちんと用意したらしい男が、自分の座る目の前のテーブルへ優しい手付きで置く。
「君は確か、ミルクと砂糖有り派だったよな?」
「そうだけど……よく覚えてんなぁ」
「君の事をよく見ていたら覚えるさ。君は甘いのが好みだから、珈琲も砂糖とモーモーミルクたっぷりでいつも飲んでいたしな」
「紅茶はストレートそのままだと渋くて苦手でね〜。珈琲は苦いのが苦手でブラックは駄目なんだよなぁ。まぁ、カフェイン摂取したい時だけ苦めを飲むけど。珈琲ブラックで飲まないのは胃を荒らすから避けてんの。純粋に苦過ぎるのが飲めないってのも理由の一つだけどね。胃腸弱い方だから、少しでも優しくありたいのよ」
「君はストレスにも弱いもんな」
「お陰で胃薬が手放せませんわ」
「あまり無茶はしてくれるなよ? 君は放っていたらすぐに寝食を疎かにしがちだから心配になる」
「アハハ〜ッ、ダンデに言われちゃ終わりだなぁ〜」
 痛いところを突かれ、露骨に視線を明後日な方向へと逸らす。すると、空いていた隣のスペースに腰を下ろした男がムッと不満げに口元を歪めて迫ってきた。
「俺は本気で言ってるんだぜ?」
「ハイハイ、心配有難うね。言っとくが、仕事詰まってる時の君もどっこいどっこいのレベルである事をお忘れなく。まぁ、君の場合は、優秀なライバルが付いてるから私が心配する必要は無いんだろうがな」
「もしかして、キバナの事を言っているのか?」
「彼以外に君の永遠とも言えるライバルが居るとでも?」
「確かに、キバナは俺の永遠のライバルだが……君にだって心配してもらいたいんだぜ? いつも俺ばかりが気にしているというのは、何だか悔しいからな……っ」
「は…………?」
 昨日から何だか聞き捨てならない意味深な事ばかり言う。至近距離という間近に迫る男の距離感に引きつつも、決して嫌ではない事に内心驚きを隠せずに視線の遣り場に困って泳がせる。
 取り敢えず、何とも言い難い顔の近さに羞恥を隠し切れなくなり、男が座る反対側のソファーの肘置きへと背中を反らしながら一言文句を挟む。
「あの……ダンデに悪気は無いのかもしれないけども、ちょっと顔があまりに近過ぎるから一旦離れてくんない? 控えめに言って近いッス」
「敢えてなんだぜ」
「何で敢えて顔寄せたかの意味が分かんないんだけど……」
「強いて言うなら、君に意識してもらいたかったからだぜ!」
 なんて、良い笑顔で微笑って言うから、ぱちくりと目を瞬かせた。
 理由がどうであれ、早く退いて普通に座ってもらいたい。其れを訴えたくも直接口で言うのも何だと思ったので、代わりに行動で示す事にした。分かりやすく男の側に付いていた左手を男の前に翳して、男の顔面がこれ以上近付かないように鼻を中心に押さえ込んだ。途端、男の口から「ふぎゅっ」という声が上がる。
「何するんだ……っ」
「いや、端的に“近ェから退け”って言っても離れないから退けようと思っての事だよ」
「其れなら、わざわざ負傷してる左側を使ってまでしなくても良いだろう? 痛みが悪化したらどうするんだ?」
「そう思うんなら早う退きんしゃい。君、図体デカイんだから、至近距離に迫られたら其れなりの圧迫感ある自覚ある? ただでさえ君の顔面圧強いんだから、対女性の時は特に気にしてくんないと困るんだぜ」
「君を困らせるつもりは無かったが……恥ずかしがらせてしまったか? 其れはすまなかったんだぜ」
「分かってんならそもそもやんなよ、この野郎。確信犯かよ。殴るぞ」
「何か気に入らない事があると、すぐに物理という名の暴力で解決しようとするところ、君の悪い癖だぞ。俺相手だから何も無く済んでいるがな」
「思考回路が脳筋一辺倒の単細胞で悪かったな、クソが」
「別に其処まで言ってないんだが。君は、本当に口が悪いな……っ。其れじゃあ嫁の貰い手が無くなるかもしれないぞ?」
「心配してくれてるところ悪いが、私は別に困ってないし、今のところ誰かと結婚する予定もする気も無いから気遣う必要性を感じない。残念だったな」
「何で今の場面でそんなドヤるんだ?? ……というか、君、結婚する気無いのか…………?」
「えっ? 何でダンデが其処んところ気にすんの?」
 変なところを問われたのが気になり、思うままに訊き返せば、一瞬シュンとしてみせたように見えた男が瞬き一つの間に持ち直した如く再び顔を近付けてきて言う。
「其れは……俺が君に惚れてるからだぜ」
「………………はい??」
 まさかの告白に思考回路ショートからの考える余裕も置き去りとなる。そのまま固まっていれば、男は顔面に貼り付けたままにしていた自分の左手を剥がし取って、掌の内側へ柔らかな口付けを落としてきた。其れに呆然と見遣っていたら、男が自分の掌へ口付けたポーズのまま指の隙間から此方へと視線を寄越してくる。その熱い眼差しが訴えかけてくる事は何か。空気が空気且つ直前まで交わしていた会話の流れから察せない程鈍くもなくて、思わず顔に熱が集中してきて熱くなってくるのを感じた。目を逸らしたくとも何故か逸らせない引力に引き寄せられて、一直線上に交わった視線が熱い。何なら、男の手に掴まれたままの腕が熱いし、唇を押し当てられたままの掌は尚熱い。
 ヒクリ、引き攣った口端に、戸惑いを隠せない喉から捻り出て来たのは何とも情けない鳴き声であった。
「ひ、ぇ…………ッ。まさかのまさかだけど……今の、ガチの本気で言ってます……??」
「ガチの本気で言ったんだぜ。其れとなく匂わせる発言を重ねても気付いてもらえなさそうだったから、敢えてストレートに打ち明けてみたんだ。俺の気持ち、分かってもらえたかい?」
「ひょえッ…………え、何時いつから……とか訊いても良い系ですか?」
「うーん……正確な時期は俺も曖昧だからはっきりとした事は言えないんだが、気付いた時にはゾッコンだったぜ! 君は鈍いのか今の今まで気付いてなかったみたいだけどな!」
「えぇっ……私、そんなの知らない……ッ」
「そりゃ、そうだろう。俺も今日みたく踏み込んだ事は今まで一度も言ってこなかったし。ジャブを入れても君は鈍くて全て空回りしてた訳だしな。昨日今日の俺の発言で君が疑問を抱き始めたようだったから、この機会を逃す手はないと思って仕掛けさせてもらったぜ……! 漸く響いてくれたみたいで俺は絶賛凄く嬉しいんだぜ!!」
「ぴぇッ……! バトルジャンキーなだけだった筈の髭面幼女ゴリランダーがにゃんかやばい事なっとる……!?」
「正確には、君が・・やばい状態に陥っているの間違いでは?? 一応訊くが、頭大丈夫か……? 混乱のあまり意識飛びかかってたりとかしてないよな??」
「いや、其処まで軟じゃないわ! ……って言いたかったところだけども、今まさに思考回路ショート寸前どころか完全フリーズからの宇宙猫スペースニャース状態になってて軽く意識飛びかかってますなぁ〜〜〜」
「頼むから、この程度で意識を飛ばさないでくれよ? まだキスの一つも出来てないんだ、もう少し頑張ってくれなきゃ困る」
「さっきの今でキスする前提で考えてたのか、君!?? あの純粋無垢でちょっとお馬鹿そうな幼女ちゃんなダンデは何処に行った!? 頼むから帰ってきてッッッ!!」
「俺は君と出会った時から大人だったし、初めから幼女じゃなくて、たった今君を口説こうとしてる一人の男だって事を理解してくれないと困るぜ?」
 指の隙間から覗く金の二ツ目が弧を描いて笑う。ついでに、掌の内側へ押し当てられたままの唇も同様に弧を描いているのが感覚を通して分かった。同時に、男に本気で口説かれている事を嫌と思っていない自分に戸惑いを禁じ得ず、思考が付いて行く事を拒んでいる。
 何か発しようとも返事に窮して押し黙っていれば、唇を離した男が握っていた腕の手首部分を見つめて零す。
「昨日もそうだったが、今日もテーピングしてるんだな。手首の調子はどうだ? まだ暫く痛みそうか?」
 昨日とは異なり、明らかに力加減のされた握力で掴まれているし、負傷した患部を避けて触れられている事に遅れて気付いて、此方を気遣ってくれたのかと内心独り言ちた。男は正直者故に嘘は付けない。代わりに態度で感情を表してくる。だから、分かりやすい。優しく掴まれている事に気付かなければ、この胸の高鳴りを感じる事も無かっただろう。けれど、気付いてしまったものはしょうがない。
 その瞬間、男が掴んでいた腕を解放し、少しだけ困ったように眉を下げて口を開く。
「その……一応、加減をして触れたつもりだったんだが……痛かったか?」
「……い、や……今日は、痛くない、から……平気、です…………っ」
「そうか。それなら、良かった」
 そう言って、至極安心したように微笑うから、つい此方もその流れにほだされてしまいそうになる――のを、寸で我に返って押し留まった。
「えっと……取り敢えず、顔、近過ぎるから……一旦離れようか…………っ」
「あぁ、其れもそうだったな。このままの体勢は君が辛いだろう。起こせるか?」
「あー、うん。大丈夫、起きれる……」
 ほぼほぼ後ろへ倒れ込むように仰け反ってしまっていた上半身を元に戻して、テーブルを真正面に座り直す。その隣に座った男から絶えず生温かい視線を注がれていて早くも穴が空きそうだ。
 少しでも落ち着きたくて、一口も飲めていなかった、幾分か冷めて猫舌の自分には飲み頃となっているであろう紅茶に口を付けて、喉を潤した。途端、口の中に甘い風味が広がって、空気も相俟って甘ったるく感じた。砂糖を入れ過ぎてしまったのだろうか。はたまた、ミルクの分量を間違えたか。ちょっと喉に突く甘さだったけれども、そのままゴクリと飲み込んでホッと息をく。
 そして、あまりに五月蝿うるさい視線に文句を言うべく、ティーカップをソーサーの上へと戻し、横の男へと目線をくれてやった。
「あのさ、さっきから露骨に私の事見過ぎなんだけど。もしかして、わざと?」
「返事をまだ貰えてなかったから、何時いつ返してくれるのかと期待して待ってるだけだぜ」
「えっ、あ、そ……そっすか……ッ」
「そんなあからさまにどもりながら照れられると、俺も恥ずかしくなってきそうなんだが……」
「いっそダンデも顔真っ赤に茹で上がるくらい恥ずかしくなってしまえば良いんじゃないかな?? 私とお揃いだよ、嬉しいだろ? 喜べよ、ほら」
「ははっ、君は照れながらもキレ口調で煽ってくるんだな? そんなところも最高に面白いぜ!」
「勝手に面白がってろよ、クソが〜……ッ!」
 「うにゃー!」と叫びたくなる気持ちを抑えてキッと睨み付ければ、愛しげとも言いたげな視線で以って受け止められるのがむず痒い。そうこう見つめ合っていたらば、再び左手を取られて、テーピングを巻いて固定した手首へ視線を向けられる。
「残念極まりないが、君とのバトルは今暫くはお預けだな」
「まぁ、怪我治るまでの一時は我慢してくだせぇや……っ。私だってバトルしたい気持ち堪えて我慢してるんだから」
「そうだな。君だって俺と同じ気持ちなのは分かってるさ。だから、早く治して、また俺とバトルしてくれよ? それまで大人しく待ってるぜ、律。予約はきっちり入れたからな」
 手首の内側へテーピングの上から落とされた口付けに、再び顔の熱が集中するのを感じながら、モゴモゴと口籠りつつも言葉を落とした。
「その……さっきの返事についてなんですが、」
「うん……?」
「……バトル出来るようになるまで、待っててもらっても良いですか? 今すぐは、ちょっと……気持ちが整ってないので……後日改めて、という形で如何でしょう……?」
「うーん……本当は今すぐにでも君の返事を聞きたいところだったが、君のタイミングというものもあるしな。よし、分かった。では、君の左手首の怪我が完治した暁には、必ず聞かせてもらうからな! 約束だぜ!」
 そう言って微笑った男の笑顔は、これまで見たどの笑顔よりも飛びきり眩しい笑顔なのであった。
 途中から空気を読んでそっと存在を薄くしていた互いのポケモン達が、話に区切りが付いたのを見計らって側へと寄ってくる。その際、ウチの相棒であるエーフィが男に向かって嫉妬心と対抗心を剥き出しにして威嚇したのは、此処だけの話である。


執筆日:2024.02.22
公開日:2024.02.24

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