王者の証を支え持つ者



※ゲーム本編の主人公≠夢主ちゃん。
※夢主は、“一人称が俺っ娘なノンバイナリー女主シリーズ”設定の子です。
※自己投影色強め且つ癖強めの傾向有り。
※尚、pkmn剣盾未プレイのニワカ勢な人間が実況動画やら二次創作から得た知識のみで書いたお話です。故に、細かい部分には生温かい目でスルー願います。
※その他、個人的趣味や性癖、捏造諸々で構成しております。飽く迄も自己満足で書いた代物ですので、地雷等の配慮をしておりません。もし仮にうっかり地雷ネタを踏み抜いたとしても、その時は静かにお爆ぜ遊ばせくださいまし。
※この時点で苦手と判断した方は回れ右で自己回避。自己防衛はしっかりとね。全て自己責任での閲覧をお願い致します。無理閲覧はダメ絶対、お姉さんとのお約束なんだぞ!
※最後に補足として、今作は前作のお話と繋がらない内容となっておりますが、書きたいところを書き出しただけの代物です故、予めご容赦を。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 偶々、街中探索で通り掛かったナックルジムのジムトレーナーの方より、お手伝いと称して頼まれたお使いで、現チャンピオンへと簡単な届け物を配達するお役目を拝命した事が切っ掛けである。まぁ、実質現在自分が世話になっている人がその受け渡し先で、帰るべき方向が最終的にシュートシティの方角でもあった為、二つ返事で快く請け負った話だ。
 頼まれたお使いは、本来なら彼とライバルのトップジムリーダー・キバナが直接受け渡す予定であった資料もとい書類なのだそう。しかし、生憎仕事が立て込んでいて直接渡しに行く余裕が無いとの事らしく、代理人を立てようとしていたところ、丁度良くナックルジム前を通り掛かった信用の置ける人物へ急遽委ねる事にした――というのが事の始まりのようだ。頼まれた本人は特別予定なども無く、ただ暇潰しに街中をぶらぶら歩いていただけに過ぎなかったので、断る理由も無くトントンと承諾した。
 ナックルジムを後にする前に、チャンピオンの現在位置を聞き出せば、SNS上に挙がっている目撃情報からあっさりと割り出せた。本日の彼の一日スケジュールから考えると、本来であれば既にローズタワーへと向かっていなければならない筈なのだが、どうやら彼はいつもの方向音痴を発揮して全く異なる場所に居るようだ。困った御人だ。早いところ保護もとい回収して適切な場所へと送って差し上げなければ。そう思うが早く、近くで停まっていたガラルでしか見れない“空飛ぶタクシー”ことアーマーガア・タクシーへと乗り込み、目的地を伝えて飛び立った。
 それから、暫し空の上を揺られ、窓から見える壮大な景色を眺めた。よくある地面の上を走る車のタクシーとは違う感覚に未だ慣れないが、ガラル地方でしか体験出来ない貴重な感覚に乗車する度に感慨深く思いながら座席の背凭れへ深く腰掛ける。視線は自然と外の景色へと向いていた。
「お客さん、もうじき目的地ですよ〜」
 運転手のおじさんが天井の外より掛けてきた声にハッと我に返るタイミングで自身の乗る匣体がゆるりと降下していくのを感じ、着陸後すぐに降りれる準備をしておく。程無くして、開けた広場の入口の近くで降ろしてもらい、代金を払って、折り返しを踏まえて一旦その場で待機していて欲しい旨を一言添えて離れる。何故、わざわざ待機を頼んだかの理由は、この後の流れを読んでお察し頂きたい。
 目的の人物については、まだ空中に居た時点で視界に収めていた。ので、タクシーから降りるなり真っ直ぐと広場を横切り、ベンチに座っている人物の側へと近寄る。
「そんな風に座ってしまったら、マントの裾が地面に付いて汚れてしまいますよ、ダンデさん」
 己の声が届いたのだろう。何事かを考え込むように顎に手を当て俯いていた彼がパッと顔を上げ、驚いた顔を向けて声のした斜め後ろを振り返る。
「律さん……! 何時いつから其処に? 全く気が付かなかったんだぜ!」
「たった今ですよ〜。そんな事より、ダンデさん……今日のこれからのご予定をお忘れで?」
「いや、忘れてはいなかったんだぜ! でも、可笑しいかな……目的地を目指して早めに出発した筈が、気付いたらこんな所に来ていたんだぜ……っ。俺はローズタワーを目指して来た筈だったのに、何でだ?」
「其れは、毎度の如く、貴方がお得意の方向音痴を発揮してしまったからに他ならないですよぅ」
「“お得意”だなんて、皮肉か? 言っておくが、俺だって自分のこの悪癖には困ってるんだぜ。思ったように目的地へと辿り着けないもどかしさ、君に分かるかい?」
「一応、知らない土地や慣れない土地に行くと迷うところがある事を踏まえて言うと、その気持ちは分からないでもない……とだけ」
「何だ、君も仲間だったのか。俺と一緒だな!」
「変なところで共通点見出されてもなぁ〜。率直に述べて反応に困る……。何て返すべきか正解が分からない、この複雑感よ……」
 一先ず、彼が何故こんな当初の目的地から程遠い場所に居たのかの謎は解けた。そもそも、理由は大体予想が付いていたので、驚きの一つも何も無い。
 律は、徐ろに地べたへとぞろびくように落ちていたマントの裾へ手を伸ばし、そのまま軽く持ち上げて少しパタパタと揺さぶり、ついでに手でもパッパッと土埃を払いながら口を利いた。
「全く……このマントはチャンピオンの正装として一番大事なアイテムでしょうに。ダンデさんたら、そういうところ無精というか、無頓着だなぁ〜。何も考えずに普通にベンチになんて座ったら、裾がぞろびいて汚れるに決まってんのに、もぉ……っ。洗濯する人の事も考えた方が良いッスよ? 折角せっかくこんなに立派な物なんだから、もうちょい大事に扱ってやらなきゃ。此れ、たぶんだけど、其れなりにお金掛けて作られてるだろうし。支援してくれてるスポンサーさん達の為にも、ちったぁ気を配ってやりましょうや」
「おっと……そういえば全く気を遣る事もしていなかったな、すまない。教えてくれて有難う。次にマントを付けたまま座る際は、少し気を配るように気を付けよう」
「お分かり頂けたのなら何よりですん」
「ところで、何故君が此処へ……?」
 純粋な疑問を浮かべたキョトンとした童顔に、ゆるゆるとマントを揺らす手を止めぬまま、律は問への答えを口にした。
「偶々通りすがりにナックルジムの前を通り掛かったら、キバナさん伝手にジムトレーナーの方からお使いを頼まれたので。ダンデさんへお届け物がてら当初の目的地への案内役も兼ねてお迎えに上がった次第でさぁ。ハイ此方、キバナさんより預かったダンデさん宛の書類だそうです」
「おぉっ、此れは助かった! 諸々込みで君は本当に頼りになるな!」
「確かに書類はお渡し致しましたよ。さて、俺のミッションは、あともう一つ残ってるんで、ちゃちゃっとこなし切っちゃいますよ〜。既に約束の時間からは過ぎてるだろう事も踏まえて、早いところ行って差し上げてくださいな。でないと、秘書の方のお怒りが増しちゃうと思いますんで。相手先をお待たせしたままってのも普通に失礼&申し訳ないですしね」
「オリーヴさんの事か。確かに、約束の時間に遅刻している時点でお説教コースなのは待ったナシだな! 彼女の怒った顔とお小言は怖いから、出来れば勘弁願いたいところなんだが……」
 何やら言葉尻を尻すぼみさせながらチラリと控えめな視線を投げてきた彼に向かって、無慈悲にも聞こえるだろうが正論に違いない当然の言葉を返す。
「はっきり言って無理ですね。今急いで行ったところで、遅刻は遅刻に変わりはないので、慈悲は望めないかと。諦めて素直に反省して怒られてくだせぇ」
「ゔっ、だよなぁ……」
 こんなところでシュン……ッ、とした顔を見せるところは、やはり何処となく子供っぽさを感じずには居られない。体は見るからに頑丈で逞しいそのものの見た目をしたマッチョなのに、中身が素直な子供の其れだから些かチグハグしたように見える。けれど、この一見幼女みたいな可愛さが彼の魅力の一つでもあるので、内心だけでこっそり悶えさせて頂いた。
 取り敢えず、お届け物を無事宛先人へ届けるお役目はクリアしたので、次なるお役目を完遂するべく気持ちを切り替えて促す。
「ほら、どんなにイジケても時間は待っちゃくれないんですから、早く行きますよ〜っ」
「なぁ……さっきから微妙に気になっていたんだが、君はどうしてずっとマントの裾を持ったままパタパタとしているんだ?」
「えっ。だって、このまま降ろしちゃうと、折角せっかく砂埃払ってあげたのにまた汚れちゃうじゃないですか。だから、其れ防止がてらついで、ダンデさんが勝手に駆け出してどっかへ行かないようにも込めて……?」
「流石に迎えに来てくれた君を置き去りにしてまで勝手に何処かへ行ったりはしないさ……っ。……でも、君のその気持ちは嬉しかったぜ! 有難うなっ!」
 偽りのない、満面に浮かべられた笑みにドクリと脈打った鼓動には気付かないフリをして、何でもないような顔を貼り付けて笑い返す。
 すると、彼は何を思ったのか、この場に留まっていた内訳を語り始めた。
「実は……さっき、君が来るまでの間、ちょっとした考え事をしていたんだ。悩み事と言うには少し欠けているような事だったんだがな。……俺は、此処ガラルをもっと良くしたい。ガラル中の皆が強く在れれば良いと思っている……けれど、現実はそう簡単には行かない。人は、俺のこの考えを傲慢と言うかもしれない。だが、止まってなど居られないんだ。俺は、常に進み続けなければならない。歩みを止めていられる暇なんて無いんだ。其れは分かっている筈なのに……ふと、何でもない事で時折時間も忘れて考え込んでしまう……。君は、こんな俺を嗤うかい?」
 唐突に投げられた、此方が意図せぬ問いかけに、一瞬だけ虚を突かれたような表情を見せた。けれども、次にはスンッ……と元の表情へと戻して、互いに交わらず焦点の合わぬ視線を何処となく落として呟くように答える。
「俺みたいな半端者に、貴方を嗤える資格なんざ、端から無いに決まってるでしょう。何を今更な事を訊くのやら……。俺は、貴方の事を肯定はすれど、否定をする事はしませんよ。なんせ、俺にとっちゃ貴方の存在は尊き存在ですからね」
「ははっ、君は相変わらずだな!」
「ふふっ、当然でしょう。俺も貴方のファンの一人、貴方の行動を否定するなど烏滸がましいにも程がある。俺は、ただ貴方の一ファンとして、少し離れたところで支える事が出来たら其れで満足です。ついでに、今お世話になってる恩も返せたら何も言う事無しッスね」
「君は謙虚で慎ましいな。もう少し我が儘でも良いくらいだぜ?」
「お戯れを。尊いと拝む相手に対して高望みするだなんて、恐れ多い以外の何物でもねぇさな」
「ふふっ、そうか。なら、君からの我が儘はまたの機会という事で、気長に待つ事にするかな」
「お話も程々に、気がお済みになられたら行きますよ。入口の所にアーマーガア・タクシーを待たせてあります」
 そう告げて入口の方へ視線を投げる仕草をすれば、其れを追った彼も同じ方向を見遣り、目を瞬かせる。次いで、未だ腰をベンチへと落ち着けたまま此方を振り返り見た。
「アレは君が乗ってきた物か?」
「えぇ。此処まで運んでもらったついでに、次の目的地まで乗せて行ってもらおうかと思って」
「君は本当に頭が回る人だなぁ」
「貴方の方向音痴加減を見越しての采配に過ぎませんわ」
「ははっ、此れは恐れ入ったね。俺よりも俺の事をよく理解してくれているようで助かるよ」
「これからの流れをご理解頂けたのなら、そろそろベンチから腰を上げて移動を始めてくださると有難いですなぁ」
 今に至るまでに既に数分は経過してしまっている。次の彼の予定にも差し障ってしまっている事も踏まえれば、これ以上のロスは避けるべきだろう。早急に立ち上がってもらわなくては先へ進めない。控えめな力で以て掴んだままのマントを揺らし、“何時いつまで此処で油売るつもりなんじゃい、早うしませい”と主張した。その催促に小さく笑って返した彼が、漸く重い腰を上げる。そして、素直にタクシーを待たせている方角へと歩み始めた。そんな彼の後ろをマントの裾を持ち上げたまま続く。
 数歩歩いて、未だマントの裾を持ったままで居る自分を不思議に思ったのか、歩みを止めて振り返った。
「何でまだ持ったままで居るんだ? 俺が立てば地面からは離れるから、必然と離すものと思っていたんだが……」
「あっ、そういえばそうだった。何となく楽しくなってたので、離すタイミングを忘れてました。すみません……っ」
「いや、君がタクシーに乗り込むまでそのままで居たいなら好きにしたら良いさ。マントの裾を持たれているだけで何一つ迷惑に思う事も無いしな。それにしても……ソレ、楽しいか?」
「楽しいッスよ。こうして誰かの着ている長い裾を持ち上げてお手伝いするのって。昔、まだ自分がチビでガキンチョだった頃に、親戚のお姉さんの結婚式でウエディングドレスの長い裾を持って新郎の所まで移動するお手伝いをしたのを思い出して……ちょっと懐かしくなりました」
「その流れで行くと、俺が花嫁の扱いになってしまうんだが……普通こんな屈強な花嫁は居ないし、君も嫌だろう?」
「えっ? 何言ってるんですか? アリ寄りのアリでしょう! 俺はダンデさんが花嫁でも大変美味しいと思いますよ!!」
「其れじゃあ、流れ的に君が俺の花婿という事になるが、良いのか……?」
「いやいや、其処はもっと相応しいお相手が務めるという事で、俺は其れを行列の隅っこで一緒に眺めながら祝福の花吹雪でも量産しておきますぜ。推しの結婚という飛んでもない晴れ舞台など、誰一人として邪魔立て許しませんの構えでバリケードになります。勿論、ボディーガードは任せろ。教会の手配から神父様の手配までこなしてみせますわ……!」
「思ったよりも斜め上な回答が返ってきて吃驚なんだぜ……っ」
 純粋に驚いたという感情を露わに歩みを再開した彼がゆるりとした速度で進む。その後を――何となく離し難く、いっそこのまま最後まで持って行った方が流れ的には良くないかと思えて――両手に持った裾は離さずに付いて行く。
 彼の方も気にならないのか、後ろを振り返らぬまま会話の流れを続けた。
「ところで、何でまた結婚式の新婦の例えに繋がったんだ?」
「絶賛マントの裾持って移動のお手伝いをしてる流れが、其れっぽかったから……? 他に思い当たる似たような行為と言えば……王様の戴冠式とか? 戴冠式ってなると、リアルにお付きの人がマントの裾を持って後続いたりしますよね? 実際、ダンデさんはガラルのリーグチャンピオンとして王冠を戴くに相応しい人で、今こうしてチャンピオンとしての証のマントを羽織ってらっしゃるので、何方かと言うとそっちのがしっくり来る例えでしたかね」
「確かに、戴冠式の例えの方が納得が行くが……其れだと、君との距離がより遠くなって複雑なんだぜ……。出来れば、君とは対等か今のような付かず離れずな距離感のままで居たい」
「おや、嬉しい限りのお言葉で」
「嘘じゃないぜ。今のは、本心から思って出て来た言葉だ。君とは、本当に対等か其れと近い関係で居たい。どうか、誤解無く受け取って欲しい」
 改めて気持ちを伝えたかったのか、彼はわざわざ歩みを止めてまで体ごと此方を振り返って言った。その言葉は確かに真っ直ぐに届いたし、向けられた二つの金色の瞳に浮かんだ真摯な眼差しが嘘偽りない言葉であると裏付けていた。其れ等を受けて、律はちょっとだけ驚きながらも自然な笑みを浮かべて言葉を返す。
「ダンデさんと対等だなんて、其れこそライバルのキバナさんぐらいなもんですよね。そんな相手と並べられるだなんて、控えめに言っても恐縮の限りですが、其れくらいダンデさんに想ってもらえてるという意味では嬉しいことこの上ないです。有難うございます」
「俺は、ただ思った事をそのまま伝えたに過ぎないんだが……」
「大人になっても感情を素直にストレートに表現出来る事って、実は物凄く難しい事なんですよ。そも、子供でさえも難しい事です。其れを出来ちゃうダンデさんは凄い人です。……あ、決して嫌味とかではなく、今のは純粋に尊敬しての気持ちで言っているだけで、他意は無く……!」
「その……嫌ではない、という事で合っている、か……?」
「勿論! ダンデさんに大切にして頂けるだなんて、其れこそ感極まれりな事ですよ……っ!」
「……そうか。嫌がられた訳ではないのなら、良かった……っ」
 顔を正面へと逸らされる一瞬手前で見えた横顔は、何だかはにかんでいるように見えたが、どうしてそんな表情になったのかが分からず、深く考える事もあっさり放棄してしまったので追及する事も無い。
 結局、そのままタクシーの元まで行き、一緒に乗り込んで当初の目的地であるローズタワーまで飛ばしてくれとの意思を運転手へと伝えた。間もなくして、二人の乗り込んだ匣体は離陸し、一時的だが優雅な空の旅へと飛び立った。一緒に乗り込んだ車内での会話は特に無く、何方とも何とはなしに窓から見える外の景色を眺めるだけで居た。
 出せる限界のスピードで近道ルートで飛ばしてもらったお陰か、思ったよりも早く目的地上空へと辿り着く。程無くして平らな地面へと降り立ち、料金を支払って此処まで運んでくれた御礼を告げた。運転手のおじさんとアーマーガアに別れを告げて手を降って見送れば、何故か隣で一緒に見送るのに留まっていた彼がポツリと呟きを落とす。
「帰りもそのまま乗って行けば良かったのに……。料金なら俺が出したから気にしなくて良かったんだぞ?」
「歩いて数分の距離をタクシー使うまでもないッスわ。元々自分は暇潰しに街中探索に繰り出してた暇人です。俺は特に遣る事も無いですし、わざわざダンデさんのお仕事終わるまで待つのも邪魔になりますから、素直に家に帰ります。ので、俺の事には構わず、ダンデさんはお仕事しに行ってください」
「だが、迎えに来てくれた御礼もまだで……」
「御礼なら口で言ってもらいましたから、其れだけで十分です。ほら、時間押してるんでしょう? 早く行って差し上げてください。これ以上待たせては、オリーヴさんがおこ通り越して般若に化けてしまいますよ。そうなったら、お小言だけじゃ済まなくなりますが、良いんですか?」
「ゔっ……其れは、嫌なんだぜ……っ」
「じゃあ、つべこべ言ってないで早く行く!」
 ビッとローズタワー入口を親指で指し示して促せば、慌てた足取りで駆け出す。その背がきちんと目的地まで辿り着くのを見送っていれば、彼がいつもの方向音痴を発揮して遅れる事を見越していたのだろう。ロビーで待っていたらしきマクロコスモス社・社長のローズが透明な硝子の向こう側で此方を見て微笑んだのと目が合った。其れに何となく会釈を返して、後は当人達だけのお話だと、自分はその場から退散した。
 さて、この後はどうしようか。特別遣る事も無い暇人である事に間違いはなく、街中を探索するのも飽きたので、現在の自宅である家へ真っ直ぐ帰る事にしようか。ザリッ、と地面を踏み締める足を動かして家までの帰路を歩く。
 道中何事も無く家へと帰り着いて、途中散歩でボールの外へ出していたヒトカゲの足を拭いてから室内へと上がった。手洗いうがいを済ませ、何か飲み物でも飲もうとキッチンへと移動した傍らでメッセージを受信した事を告げたスマホ。ポケットから出して画面を確認すれば、メッセージの送り主である名前が表示されていて、その相手がナックルジムのジムリーダー且つドラゴンストームの異名を持つキバナとあり、用件は恐らく受け渡しを頼んだ書類の行方についてであろうと画面をタップした。内容は予想通りの事で、無事彼に書類が渡ったかについての是非を問うものだった。其れに、お約束通りの相手へ受け渡し完了した旨の返事を打って返しておく。程無くして、メッセージに既読が付き、感謝を表す可愛いスタンプが送られてきた。仕事が早い。
「カゲッ?」
 お家の中だからとボールから出したヒトカゲが、足元へとやって来て此方を見上げる。その愛くるしい眼差しに腰を折って視線を合わせるようしゃがみ込めば、忽ち甘えた様子で抱き着いてくるヒトカゲ。控えめに言って可愛い以外の何物でもなかった。
 手持ちのポケモンが一つも居ないままでいるのは危ないからと――本来であれば彼がチャンピオンの座から降りたのち、未来のチャンピオンと成り得る主人公たる者へと託す筈だった特別なヒトカゲ(+その子が入っていたモンスターボール)を貰った。お陰様で、今のところポケモンが関わるトラブルに巻き込まれたとしても無事五体満足で生きている。ポケットに収まるモンスター、縮めてポケモンなる者達が蔓延る異世界へ飛ばされた哀れな冒険者(?)への贈り物だ。今や、お出掛けする時はいつもセットな相棒と化してしまっている。其れがまた愛おしい。
 屹度きっと、どのシリーズにも登場してきた登場人物達も同じような気持ちに至っていたのだろう。己の手持ちとなったポケモン達へ最大級の愛情を。異世界で自分の身を守る術の代わりに授けられた大切な相棒を抱き締め返して、今日も今日とてポケモンの世界を楽しく満喫している。


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▼今回の登場人物をざっくり紹介。

・夢主……暇潰しに街中探索していた道中、偶々ナックルジム前を通り掛かり、ダンデ宛の書類の受け渡し役を請け負った暇人の配達員。兼迷子のダンデの回収及び送迎役も請け負った。お陰様で、約束の時間に遅刻していた事へのお叱りは控えめに済んだ。マントの裾を持って付いて回るのちょっぴり楽しかったので、次の機会があればまたやりたいと思っている。
・ダンデ……毎度の如く、方向音痴を発揮して当初の目的地からはかけ離れた場所に居たチャンピオン。自分が一人で行動すると必ず迷子になると分かっていても、次こそは辿り着けるという謎の自信を抱いて向かった結果、やはり方向違いの場所へ。夢主が回収に来てくれなかったら、あのまま数時間経過した後、堪忍袋の緒が切れてブチ切れたオリーヴが激おこプンプン丸になってナックルジムのジムリ・キバナに応援要請するところだった。ちょっと胸の内の蟠りを吐き出せてスッキリした模様。
・アーマーガア・タクシーのおじさんorアーマーガア……若い者同士甘酸っぺぇ青春を謳歌しやがれよ、という後方支援面で微笑ましげに生温かい視線で一部始終を見守ったタクシー運転手とその一匹。またのご利用をお待ちしております。
・ローズ……迷子癖のあるダンデの回収及び送迎役感謝します。今後も宜しくお願いしますね(ニッコリ)。
・オリーヴ……あと5分遅れていたらガチおこモードに突入して鬼伝入れるところでした。ナイスファインプレー、グッジョブ。オリーヴの心の平穏は保たれた。
・キバナ……多忙極まるあまりに書類の受け渡し役を頼んで申し訳なく思っている。無事配達完了及びダンデの回収〜当初の目的地までの案内役までやらせて御免な。今度近い内に御礼という名義で何かしらのお誘いをかける予定で考え中。(※尚、今回は概念枠としての登場のみ。)

※続きのお話は、ワイルドエリアの砂嵐に吹き飛ばされてしまったので、未定です。


執筆日:2024.03.02
公開日:2024.03.03

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