呼び名




自分達の持ち番組の収録を終えて、ホテルへ戻り、泊まっている部屋の階へ行く為にロビーを通り過ぎて、エレベーターの方へと歩いている時だった。

ロビーの方で、チラリと見知った顔を見付けた陸は、そちらを向いたまま立ち止まってしまった。

その拍子に、彼のすぐ背後に付いて歩いていた三月がぶつかり、小言を漏らす。


「…ぁ。」
「っ…!イッテ…!おい、陸、いきなり止まるなよな…っ!!」
「え?あ、ごめん、三月…!」
「大丈夫ですか、兄さん?七瀬さんも、すぐ後ろに人が居るんですから、急に立ち止まらないでください。…で、どうかしたんですか?」


急に足を止めた彼の方を向き、淡々と言葉を漏らす一織。

その横で、ぶつかった拍子にぶつけた鼻を擦る三月は、拗ねた顔をした。


「いや…今、偶々振り返ったロビーの方に、天兄を見付けて…。」
「九条天をですか?」
「ん〜?何処だ…?」
「環君、たぶん、彼処じゃないかな…?あの眼鏡とマスクをした、帽子を被った人…。」


首を伸ばしてぐるりとロビーを見渡した環に、逸早く彼の姿を見付けた壮五が指差す。

成る程、確かに、受付カウンターの近くにある観葉植物の辺りに彼の姿を認めた。

側に、他TRIGGERの二人も一緒なようだった。

人懐こい環は、彼等を見付けると、人目も気にせず手を大きく振って声をかけた。


「お〜い…っ!」
「ちょ…っ、環君!?」
「おい、タマ…っ!お前は馬鹿か…!?人気売れっ子アイドルに対して、んな気軽に声かけてどうすんだ…!!」
「えぇ…つっても、もう呼んじゃったし…。」
「Oh…タマキは、自覚無さ過ぎデス…。ワタシ達もアイドルだという事、忘れないでくだサイ。」


相手方もそうだが、自分達も立場がバレてはいけない人達である。

コソコソと言い合っている内に、呼ばれた彼が仲間を連れてやって来る。

その顔は、如何にも不機嫌そうな顔付きだった。


「全く…君達には自覚ってものが無いの?仮にもアイドルでしょう…?」
「あ゙〜、それについてはすんませんねぇ〜っ、後でちゃんと言い聞かせておきますんで!」
「えっと、天兄達も同じホテルだったんだね!嬉しいなぁ〜…っ!」
「陸は相変わらずだね。まぁ、良いんだけど。」
「あははは…っ。」


彼等の元に来るなり、小言を口にした同業者ライバルであり、陸の兄である天。

一見冷たくも感じる態度だが、彼等の事を考えた上での発言でもある為、憎めない。

彼が、所謂ツンデレ属性であると気付いている大人組は、俄に微笑みを浮かべている。


「それで…僕に何か用なの?」
「あ、えっと、特に用事とかは無かったんだけど…っ。天兄が居るのを見かけたから、つい声かけたくなっちゃって。まぁ、俺が呼ぶ前に環が呼んじゃったんだけど…。」
「何だ、そういう事だったの…?てっきり、何か用があるんだと思って来たのだけど。」
「用なら、ある。」
「環君…?」
「後で暇な時間が空いてたらで良い、俺達と勝負しようぜ。」
「はぁ…?勝負って、一体何するつもりだよ、環?」
「というか、いきなり何なんですか…?意味が分かりません。あと、勝手に僕達を巻き込まないでください。」
「おい、お前ん所の奴、めちゃくちゃディスられてんぞ…?良いのか?」
「あー…ウチのタマは、時折突拍子も無い事言うからなぁ…。おまけに、言葉足らずで訳分かんねぇ事が多い…。」
「それは、苦労するね…っ。」


環の突然の勝負発言に混乱するi7メンバー達。

三月がすぐさま突っ込み、弟の一織がそれに追撃する。

その様子を眺める楽と龍之介は、仲間である大和に問うた。


「勝負ってのは、ゲームだよ、ゲーム。どのゲームでも良いけど、どっちが多く勝ちを取れるかを競う勝負。どうよ…?乗る?」
「ふーん…勝負っていうから何かと思ったけど、何だ、ただのゲームか。まぁ、この後暇してたし、良いよ。その勝負、乗ってあげても。」
「よっしゃ、やりぃ…っ!俺が勝った場合は、王様プリン買ってくれよな…!!」
「いつも思うけど、お前って奴は現金だよなぁ〜。」


妙な所で感心する大和。

彼の将来が不安なお兄さんである。


『あれ?君達部屋に戻ってないと思ったら、こんな所に居たの…?マネージャーが探してたよ?』
「あ、りっちゃん…。」
「環君ったら、事務の律さんまで渾名で呼んでるの…?」
『あー、良いの良いの!友達にもりっちゃんで通ってるから!それに、私なんて人にも気軽に話しかけてくれるんだから、気にしないよ。寧ろ、渾名を付けてもらえるってのは、それだけ親愛の証になる訳だしね。』
「本当ごめんなさい、律さん…っ。」
『良いって…!私なんて、ただのしがない送迎係な事務員なだけだから。気にする事無いよ。』


環の渾名問題に柔く対応する、彼等の事務所・小鳥遊事務所の事務員、律。

とっくに部屋へと戻っていると思っていた彼等が戻ってきていない事に、様子を見に来たようだ。


『おや、誰とお話してるのかと思ったら、天兄だったか。成る程、だからなかなか部屋に戻ってこなかった訳だね?』
「……………。」
「………え?」
『ん…?皆、どうかした…?急に黙り込んじゃって。それと、どうして此方を凝視してるのかな…?』


自分の冒した出来事に全く気付いていない彼女が、疑問符を浮かべて首を傾げる。

あんぐりと口を開けて呆けた数人が、彼女を見つめたまま固まる。

逸早く復活した一織が、「可愛い人ですね…。」と一人ボソリと呟いた。

唯一まともに早く復活した大和が、咳払いをしてから冷静に問う。


「あー…っ、もしかして無自覚で気付いてないかもしれないから、一応聞くけど…。お姉さん、今何て仰いましたかねぇ…?九条天の事を何て…?」
『え…?だから、天兄って…。』
「律さん、いつの間に天兄とそんなに仲良くなったの…!?」
『は…?』
「うん、だから、その呼び方だって…。」
『うん…?』
「アンタ、今コイツの事、“九条天”でも“天”でもなく、其処の弟の七瀬と同じく“天兄”って呼んでたんだぜ…?」
『…………え?』
「自覚、無かったみたいだね…。天然さんかな…?」


大和に言われてもピンと来なかった彼女に、代わりに楽が今しがた起きた事の説明を勝手出た。

彼に言われて初めて気付いた律は、一瞬フリーズする。

その様子を見て、龍之介は苦笑いを浮かべた。


『やっ、あの、全く意識してなかったというか、そんなつもり無かったというか…っ。つい、いつも呼んでる陸君のが移っちゃって…!別に悪気は無かったんです!!赤の他人なのに、気安く兄弟染みた呼び方しちゃってごめんなさい…っ!!』
「…そんな事だろうとは思ったけれどね…。ちょっと吃驚したかな。」
「まぁ、律さんらしいっちゃ、らしい理由だけどな。」
「でも、全然違和感無かった気ぃするけど…。」
「コラ、環君…っ!」
「俺も吃驚しちゃったよ〜。まさか律さんが、天兄の事そう呼ぶなんて思わなかったから。」
『いや、本当にごめんなさいね…っ!』
「別に、僕は気にしてないから良いよ。それに、貴女にそう呼ばれるの、悪い気はしないから。」
『え………?』
「え!?」


思いもよらぬ、爆弾発言。

まさかの了承を得る律だった。


執筆日:2018.06.21

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