すぐ傍らに座る幸村の後ろ髪がぴょこぴょこ揺れる。
先程おやつで食べた団子が美味しかったからか、大層ご満悦な様子で身体を左右に揺らつかせていた。
まさにご機嫌なワンコのようだ。
幻覚ともなく、リアルに耳と尻尾が見えてきそうだ。
『…ねぇ、幸村ぁ〜…。』
「ん…?何で御座ろうか?」
『お手。』
「お手…、で御座るか…?」
何の脈略も無く、掌を上向きで差し出した律。
当然の如く、意味が解らない幸村はこてんと首を傾げた。
「…こう、で御座るか…?」
そして、何も疑わずに、彼女の言う通りにポンッと自身の手を乗せた。
純粋かつ従順な男である。
『はい。じゃ、次、おかわり。』
今度は、流石にしないかに思われるも…。
「こうで御座るか…?」
また、同じように素直に従い、反対側の手も彼女の掌に乗せた。
『ん〜っ、偉い!!流石幸村!素直なワンコやね!可愛い可愛い…っ!!』
「………あの、律殿…?此れは一体……?」
あまりの可愛さに、ついわしゃわしゃと彼の頭を撫でてしまった律。
未だ理解をしていない幸村は、ただただ混乱で首を傾げるのみである。
『あはは…っ、急に変な事やってごめんね。幸村の反応があまりにもワンコっぽくて可愛かったもんだから、ちょっと戯んでみちゃった!』
「某が、わんこ…。」
『犬の事ねっ。何かいつも思うんだけど、幸村ってワンコっぽいんだよねぇ〜。いかにも、尻尾振ってる元気ハツラツなワンちゃんって感じ?』
「某が犬、で御座るか…。確かに、お館様への忠義は厚く、何処へでも付いて行く所存に御座りますが…。」
『それでいて、私が今やったように、私が言った事を素直にやってくれたでしょ…?』
「勿論に御座りまする!某にとって、律殿は大切な御方…!律殿が申された事を聞くのは当たり前で御座る!!」
『うん。そういう素直で純粋なところも含めて、ワンコみたいだと私は思うよ。』
隣に座っていただけの幸村は、ソファーを背に凭れていた律の方を向き、正座までして言葉を告げてきた。
それを少しながら、苦笑混じりに微笑みつつ言葉を返す。
『―でもさ…。それは、私がお館様の家系の血筋の人間であるから、こうやって接してくれるのかな?もし、そうでなかったのなら、こんな風には接してくれなかったのかな…?』
「な…っ!?そっ、そのような訳では……!」
ふと思った事をポツリと洩らせば、慌てふためき始める幸村。
しかし、戸惑ったのも一瞬だけで、すぐに真面目な顔付きになるとこう述べた。
「例え、律殿がお館様の家系の血筋であろうと、なかろうと…某は変わらぬと思いまする。律殿は律殿に御座ります。どのような御方であっても、律殿である事に変わりはありませぬ。ですから、今の接し方が変わる事もありませぬ。」
『………そっ、か…。』
彼の真摯な態度と心の底から伝えられる想いを聞いた律は安堵し、知らず知らずに入っていた肩の力を抜いた。
軽く目を伏せてホッとする彼女へ、彼の言葉はまだ続いていた。
「それに…、某は律殿の事をお慕い申しております故、律殿を嫌ったりする事など決してありませぬ…!だから、そのようなお顔をなされるな…っ。律殿は、いつものように明るく笑っていてくだされ!!」
目をギュッと瞑って精一杯伝えてくる彼の頬は、仄かに赤く染まっている。
端から見れば、告白紛いの事をしているこの光景に、気のせいか…台所方面でガタリッ、と物音がした。
一方、先の言葉に続けられた言葉に一瞬キョトンとした律は、次の瞬間には柔らかな微笑みを浮かべた。
『ふふ…っ、うん、ありがとね。おかげで気にならなくなったよ。ありがとう、幸村!』
「何のこれしき…!」
『私、幸村のそういう優しくて真っ直ぐなところ、好きだよっ。』
「な…っ!?そっ、某を、すすす好いていると……ッッッ!?」
途端に真っ赤になり、再び慌てふためき始める幸村。
しかし、彼が告げた言葉と彼女が告げた言葉とでは、根本的な意味が異なるのである。
―つまりは、現代における言葉と昔の言葉では、言葉の遣い様が違うのだ。
昔の言葉は難しく、持つる意味も異なる事多し。
それ故に、現代では真の意味がなかなか伝わらないのであった。
『純粋で真っ直ぐなところが本当にワンコみたい!可愛いっ!』
「かっ、かわ……っ!?」
『それでいて人懐っこいから、可愛過ぎるんだよ…!』
そう言ってにぱりと笑った彼女は、衝動的に彼の頭をわっしゃわっしゃと撫でる。
最早、犬と同扱い…。
幸村の言葉が真に届く日は、いつになる事やら。
(大将ォ…っ!姫さん、気付いてないから…!!告られてるって事、気付いてないからァ……ッッッ!!)
影にて、密かに我が主の不憫さに涙する忍だった。
時には、単純に簡単な言葉を用いた方が、伝わりやすい事も多々あり。
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