彼女は、とある傭兵な忍に出逢ってからずっと気になっている事があった。
その忍とは、彼の北条に仕えし伝説と謳われる忍、風魔小太郎の事であり。
気になっている事は、彼の本当の正体と言わんばかりの素顔である。
彼、風魔小太郎は、如何なる時も素顔を見せる事は無く、重厚な兜の下にひた隠している。
寧ろ、ちゃんと視界が見えているのかと心配になるくらいにガッチリ隠されているのだ。
忍という職柄、敵に顔を晒さない為という理由もあるのだろうが…。
如何せん、彼女の周りに居る他の忍は、隠す気すらも無い程に顔を晒している故に、どうしても気になって仕方ないのだった。
一度だけ、本人に直接、「兜の下を見せてくれないか?」と訊いてみたある意味勇者な律だったが、案の定スッパリ断られたのであった。
しかし、すぐ手が届くような距離に居て、見たくとも見れないとなると、人間の性か…余計に無性に気になってしまうものである。
(う〜む…。どうにかして、あの兜の下の素顔を見れないかな…。)
ちらり、とそれとなく何度か「見せて?」と上目遣いな視線を向けてアピールしてみるも、そっぽを向かれて相手にされないというオチ。
こうも手強い相手だとは…むくれた律は、ぷくぅと頬を膨らませる。
こうなりゃ、意地である。
『かくなる上は…!』
好奇心に負け、試しに隙を見て小太郎の兜を取ってみたら、更なる前髪というフルガードにぶち当たった。
これ、完璧なる壁にございます。
正しく、あの心の壁すなわち“ATフィールド”を突き付けられているようにございます。
(コイツ、ガード堅過ぎるやろ…ッ!?)
思わずそんな感想を抱いたが、彼からしてみれば、大迷惑この上無いちょっかいであろう。
あの姫巫女にも勝るものではないだろうか。
だが、漸く素敵なお顔とご対面出来るかと思いきや、裏切られた気分である。
腹いせに、顔をこれでもかと覆い隠す彼の前髪へ手を伸ばせば、ビクつく彼の肩。
「ここまで来たなら拝まずしてどうする!?何とする!!」という謎の義務感を抱いて、いざ拝見。
勢いとは真逆に、そろっと控えめに前髪を避ければ…思わぬものを目にし、固まった。
驚きと誤作動する胸の鼓動のまま、見つめる事数十秒。
そこには、顔のペイント(戦化粧)や髪の色と同じ朱い色をした綺麗な双眸があった。
時には禍罪と忌み嫌われ、呪われしものと見られるが…全くの見当違いである。
故に、彼女の口からは、無意識に「綺麗…。」と零れた。
その言葉に小さく反応した彼が、次に起こした行動の本当の意味は、今は未だ知り得ない。
ポカン…ッと情けなく見とれていたら、ふと自身の身体が優しく支えられていて、頭の上に何やら柔らかい感触が降ってきたのを感じた。
そこで漸く我に返り、上を見上げると、珍しく小さく笑んだ彼の口許が目に入った。
『え………っ、』
思うのも束の間。
黒い霧と羽根を残して姿を消した小太郎。
ふわりと目の前を漂う羽根を掴み取り、じっと見つめてみる律。
先程の彼を思い浮かべて、ブワリと広がる頬の熱。
(べっ、別にっ、変な意味とか無いよね…!?)
口付けられた前頭部辺りの髪を触りながら、恥ずかしさに顔を赤らめ、もじもじわたわたする律。
その様子を、瞬間移動した先の少し離れた場所から眺め、長き前髪の下で密かに微笑む小太郎なのであった。
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