あったか湯たんぽ




冬が来た。

現世からトリップした先が、何故か豊臣勢領域の大阪で、何の繋がりも無いがそのまま居候している律。

現世程寒くはないと思われるが、しかし、やはり雪が積もるくらいの寒さとなると寒いものは寒く。

夜寝付くのがなかなか寝付けなくなっていたのだった。

現世と違って、この世界には便利なヒーターや電気毛布といった暖房器具は無い。

あるのは、堀炬燵と火鉢と半纏くらいか。

何とも心許ない気がしてならない現代人の律は、日に日に増す寒さに身を縮こまらせる。

吐く息は真白で、はっきりと浮かび上がる程空気は冷たい。

火をくべた火鉢を焚いて暖を取っていても、なかなか冷え症な身体は温もらない。


『大谷さぁ〜ん…っ。』
「…何用か?」
『寒いです…。』
「火はくべておるであろ?そんなに寒ければもっと着込めば良かろ。雪の子のようにまんまるとな。ヒヒ…ッ。」
『着込んでも寒いから大谷さんのとこ来たのー…。』
「何故ゆえ我の処なのか…主の考える事は、とんと解らぬわ。」
『大谷さぁーんっ、寒いよーっ。』
「知らぬ。女中にでも頼んで、湯たんぽでも用意してもらえば良いではないか。」
『それじゃあ根本的なとこが温もらないんですぅー。』
「それこそ我の知った事ではないわ。」


豊臣の軍師の一人である刑部こと大谷吉継の元へ、夜も更けた刻に訪ねた律。

幾数会話を紡いだが、大谷からは呆れの溜め息をもらっただけであった。

だが、こういった塩対応が彼の性分と解っている彼女は、部屋から出ていくという事はしなかった。

故に、まだ居座る彼女に疑問に思った彼は、首を傾げる。


「…まだ何用か…?」
『今夜は冷えるので、一緒に寝てください。』
「…………。我も歳か…、何ぞ空耳でも聞こえたか?」
『ちゃんと聞こえてるだろう距離で誤魔化すなよ。』
「……先も言うたが、何故ゆえ我なのだ…。人を暖にするなれば、三成の方が適任であろ?」
『三成さんは、逆に私で暖を取るくらいに冷たいですよ。』
「………彼奴は細いからのう…。仕方なしか。」
『だから、あったかそうな大谷さんのとこ来たんですよぅ…。どうしてもダメと言うなら、佐和山コンビ繋がりで左近のとこに行きますが。』
「それはやめおけ。奴に喰われるぞ。」


普段からチャラ男と認識している、三成の部下である軽い男の名を出すと、即行で否と唱えられた。

憐れ、左近…。

所詮、その程度の扱いという訳である。

残った選択肢に、再度溜め息を吐いた大谷は、胡乱気な目で彼女を見遣った。


「やれ…我を湯たんぽとする変わり者よ。妙な真似はせぬと誓うか…?」
『そもそもする気も無いが…妙な真似って何だ。』
「せぬのなら良い、ヨイ…。仕方がないからのう…。ほれ、共に寝るのなら布団に入れ。羽織も着ぬとこの寒い中来るとは、ただの阿呆か…?風邪を引くぞ。」
『わぁ〜い、大谷さんが優しい〜っ!』
「戯けた事を申すなら、今すぐ閉め出すぞ?」
『すいません、調子乗り過ぎました。ごめんなさい許して。』
「解ったのなら良い…。」


自身が敷く布団まで呼び寄せると、深い溜め息を吐いて、隣を空ける。

そこへ、寒々と冷えた身をすぐさま温めるが如く、彼が空けた隙間へと身を滑り込ませる律。


(夜に、寝間着の着流しだけの格好で男の元を訪れるなど、誘惑しに来たようなものだとも理解しているのか、この小娘は…。)


そんな思いが過り、一応は保護者の立場というのもあり、一言言っておく大谷。


「主よ…そのような薄着で、こんな夜更けに男の部屋を訪ねるという事がどういう意味を持つか、知らぬ歳でもあるまい…?」
『うん…?』
「自ら男を誘うようなものだと言う事だ…。」
『うん、知ってるよ…?でも、大谷さんは、そんな事しないでしょ?』
「やれ、主は、我が既に枯れておるとでも言うのか…?」
『いや?単純に、今日は冷えるから、大谷さんに温めてもらおうかと。』
「……言葉だけ聞けば可笑しな話よな…。成る程、解ったわ。主は、単に我を湯たんぽ代わりにしたいだけだとな。」
『そのとおり〜っ。』
「共に寝てやらねば寝れぬ子供でもなかろうに…。ヒッ、我で暖を取るとは、ほんに主は変わり者よなぁ…。」


何かを含んだ物言いに、彼女は意味深な視線を向ける。

それは、彼の自虐的態度を咎める時の眼差しである。

彼女は、他の人間と違い、彼の存在を拒まない。

三成や左近達同様な存在なのだ。

その存在は、一握りも居ない程、貴重なのである。

彼女は、彼の事を知って尚、嫌う事はない。

それが、何れだけ彼に大きな影響を与えているか…当の本人である彼女は知り得ない。


『ん〜っ、やっぱり大谷さんぬく〜いっ。』
「…あまり引っ付くでない。寝苦しい…。」
『えぇ…。引っ付かないと意味無いよぉ…。』
「ヒッ、我に母猿にしがみ付く子猿のように引っ付く者は、この後もその先も、そなたしか居らなんだ…。」
『わぉ、マジで…?そりゃ、役得だね!』


クスクスと小声を上げて笑う律を眩しそうな物でも見るように目を細めた大谷。

気紛れに、猫のような髪を梳いてやれば、心地好さ気に擦り寄ってくる。

醜い己の奥底を解してくれるようである。


「そういえば、共に寝るのに主の枕は持って来なんだか?」
『ん?端から持ってくる気無いよ?大谷さんに引っ付いて寝るなら、必要無いと思ったから。』
「…主は、我に腕枕をせよと申すか…。」
『えへへ…っ。』


童のように無邪気で、穢れを知らぬ顔よ…。


「主は我を何だと思っておるのだ…。」
『今だけは、私をあっためてくれる湯たんぽかな?』
「ヒヒッ。やれ、彼の豊臣の軍師が聞いて呆れるわ…。」
『ねぇ、大谷さん。私が寝付いても、どっか行ったりしないでね?寒いから、離れないでね。』


己が後に起こすだろう行動を読んでの先回りだろう。

寝る前に釘を刺しておけば、此方が動かないと思っているのであろう。

軍師の名も形無しか…。


「はぁ…っ。解ったから、早よう寝やれ。」


大谷に無理矢理目を閉じられ、寝かし付けられるように腕枕をする腕で頭を押さえ付けられる。


『大谷さんは優しくてあったかいのになぁ…。』
「呪われても知らんぞ…。」


ボソリと小さく呟かれた。

寸分後、彼女が寝付いたのを確認して、密かに息を吐いた彼は目を眇める。


「やれ、漸く寝付いたか…。全く、武田の姫は変わり者よな…。我のような者に構うとは、余程の物好きよ…。」


安らかに眠る律の顔は、幸せそうである。


「…そんな主に絆される我も、大概な者か…。」


苦笑いを浮かべた大谷は、自身も寝るべく、今だけの温もりを抱き込んでその目を伏せた。

その頃、同時刻、別の場所では、こんな会話がなされていた。


「おい、左近。律が何処に居るか知らないか?」
「え?律さんっすか…?律さんなら、確か…刑部さんのとこに行くとか、さっき厠帰りに逢って言ってたっすけど…。」
「そうか…。刑部の処なら、仕方ないな。」
「律さんに何か用だったんすか?」
「いや、今夜は冷えるから、ちょっとばかり湯たんぽにしようかと思ってな…。刑部の元に居るなら、邪魔は悪かろう。」
「…三成さんも、案外大概っすよね…。」


考える事は、彼女と一緒だったとは、彼だけが知るところである。


執筆日:2017.12.17

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