無防備時を狙って




『………んぅ…、ふ、ぅンン……っ。』


ふいに、右耳に異変を感じて、小さく声が漏れた。

人がせっかく気持ち良く眠っているというのに、一体何なんだ。

しかし、浮上しかけた思考よりも眠気が勝り、再び深い睡眠へと落ちていこうとする。

耳の異変も、声を出してしまった瞬間に無くなった為、気にせず眠った。

すると、また変な異変が晒した右耳を襲った。


『……ぅン…ッ、んふ…ンッ、んぅぅ……っ。』


思わず、無意識に反応して、上擦った掠れ声が漏れる。

何だか、妙に右耳の部分が熱く、ゾクゾクとしたものが背中から腰へと走った。


『…ん゙ん゙〜…っ。』


その妙な感覚が煩わしくて、身動ぎし、寝返りを打つ。

寝返りを打った事で、塞がれていた左耳が空気に晒される。

再び、安眠出来るかのように思えた一瞬の間。

しかし、その妙で変な感覚は、左耳にも襲ってくるのだった。

何か温かい物に、耳をなぶられているような感じだ。

時々、耳の奥の方に風を感じ、擽ったさに身を捩る。

意識していないのに、小さな譫言のような声が漏れる。

段々、意識が浮上してきて、浅い眠りの淵を行ったり来たりするようになる。

そうすると、徐々にねっとりとした水音っぽい音を聞き取れるようになった。

妙で変な感覚は、時折耳の奥まで侵入しながら、ねっとりじっくりと左耳をなぶった。

ふと、耳朶の辺りにガジリと歯を立てられ、噛まれたような気がした。

噛んだ…?、という感覚に意識を覚ました私は、眉間に皺を寄せて薄目を開ける。

そうして、うっすらぼやけた視界に映ったのは、何処か見慣れた白い着物に蒼袴な男の姿。


「ぁ……、起こしちまったか…?」


聞こえてきた声からして、やはり、思っていた人物で間違いないようだ。

しかし、妙に近い距離から聞こえてきたような気がする…。


『…んぅ゙ぅ゙〜……っ、まさむね、か…?んぅン゙〜…っ、まだ眠いんだから…起こさない、でぇ……っ。』


低く寝起きの掠れ声で唸ると、開けていた薄目を閉じる。

すると、近くの気配も動いた気がした。


「お前、まだ寝るのかよ…?」
『…ん゙〜……っ。』
「………はぁ…っ。眠り姫になるのは一向に構わねぇが、俺が居る目の前で無防備晒すってのは、如何なもんかと思うぜ…?」


眠気が勝り、一々言葉を返すのも面倒だと思い、無視する。

再び深い睡眠の体勢を整えると、静かに寝息を立て始めた。

尚も近くに居る気配は、この場を去らない。

それどころか、小声でボソリと飛んでもない事を呟いた。


「…まぁ、そのまま寝続けるってんなら、俺の好きにさせてもらうけどな…。俺が居んのに、無防備晒したアンタが悪ぃんだぜ…?だから、何されても文句言えねぇからな。」


言い終えると共に近付いた気配が、耳元で動く。


「眠ったまま、存分に俺を感じるんだな…My honey?」


耳元に、ゾクリと肌が粟立つような低音が這った。

思わず、ついといった感じで首を竦めると、彼が耳元近くで低く喉の奥で笑った気がした。

さわりと胸元を這った感触。

寝返りを打つついでに、安眠の邪魔だと払い除ける。

瞬間、首筋に這った感触。

ビクリッ、と肩が震えて、唸り声を上げる。

しかし、首元を襲う感覚は去る事無く、寧ろ悪化するように、生温かい感触が首筋から耳裏へと這った。

身動ぎすると、襟の袂を押さえるかのように少し体重が掛けられる。


『ん…っ、ふぅン……っ。』


軽く首筋を吸われるような感覚がして、鼻にかかった上擦った掠れ声が漏れる。

ぺチャリ、と厭らしい水音が首元から聞こえた。

これは、全く眠れる気がしない…!

ついに堪え切れなくなった私は、顔を顰めつつも片目を開いて言った。


『ちょっと…、良い加減にして…っ。全然眠れないじゃん…っ!』


見れば、襟の袂が緩やかにはだけていて、其処に彼が舌を這わせていたようだ。


「ぁあ…?わざと眠れないようにしてやってんだろうがよ。」


そう言い終わるか終わらない内に、顔を近付けてきたかと思えば、再び首筋に這う感触が。

生温かい舌に舐められる感覚と同時に吸い付かれる感覚がして、無意識に疼いた腰。

コイツ…ッ、人を寝かせない気か…!?

つか、朝っぱらから何盛ってんだよ、阿呆…ッ!!


苛付いた感情をそのままぶつける如く、腕を振り上げて勢い良く下ろせば、当たる感触。

耳元のすぐ近くで、「ぐふ…ッ!!」と低く呻く声が聞こえた。

すぐに身を起こした彼が、不機嫌そうな顔をして此方を見てきた。


「おい、律…何も殴るこたねーだろ…。」
『殴られるような事したアンタが悪い…っ!!』
「ぁ゙あ゙ん…?ちょっと寝込みを襲っただけだろう…。」
『そのちょっとが大問題だわ、馬鹿野郎!!何やってんだよ、テメェ、は…ッ!?』
「ぐ…ッ!!?」


言葉を言い終えぬ内に足を蹴り上げると、丁度良い場所に当たったのか、バタリと布団の上に倒れて悶絶する政宗。

ざまぁない。


『一端の御殿様が何やらかしてんだか…?』
「ッッッ……!!テンメェ…ッ、本当女らしくねぇ奴だなぁ…ッ!!」
『女らしくなくて結構。ったく…油断も隙も無いね…。おちおち寝てもいらんないよ…!』


ふん…っ、と鼻息で嘆息吐くと、何とか復活した政宗がゆらりと起き上がる。

余程癪に障ったのか、こめかみに青筋を浮かべながら低く唸った。


「この野郎…っ、よくも俺の局部を蹴ってくれたじゃねぇか。再起不能になったらどうしてくれる…?責任取ってくれるんだろうなぁ…?」
『アンタが変な事してきたからだろ…。自業自得じゃん。』
「あ゙ぁ゙ん…?俺がいつ変な事したって言うんだよ。ただ男と女として正しく営みをしようとしただけじゃねーか。」
『何処が正しいんじゃ、このボケナス…ッ!そもそものそっからが可笑しいわ!!』
「チ…ッ、つれねぇ女だぜ…。じゃあ、さっきの反応は何だったんだよ?随分と気持ち良さげに喘いでたじゃねぇか。なかなかに色っぽい声だったぜ…?流石は俺が見込んだ女なだけはあるなぁ…My honey?」
『な…っ、あ、喘いでないし…!それに…っ、あ、アレは、無意識で出ちゃってたものだし…っ!』
「…ふぅ〜ん…無意識に悦ってた訳ね。」


変な事を言ってきた為、反射的に言い返したら、意味深な事を呟かれた。


「…それ、どういう事か…分かって言ってんだよな?」
『え、は…?何、何の事…?』
「ふ…っ、無自覚か…。」


またも訳の分からない事を言われ、困惑する。

その間も、奴はクツクツと喉を鳴らして笑う。


『ねぇ…さっきから何なの?訳分かんないんだけど。』
「直に分かるってこった…。」
『はぁ…?』


訳が分からずに問えば、意味不明な回答が返ってきた。

どういう事だ…?


「だが、無自覚にも俺を誘った事、覚悟しておけよ…。You see…?」


疑問符を浮かべて首を傾げていたら、急に顔を耳元へ寄せてきて、そう告げた。

そして、一つ、首筋へと落としていく口付け。

吃驚して、思わず出た、「ひぅ…っ!?」という上擦った声。

またしても、彼が耳元で低く笑った気がした。


「今度また今日みたいに無防備晒してあったら、今度こそ遠慮無く襲う…。良いな?」
『は?な、ん…っ!?』
「はは…っ、良い反応だ。精々楽しみにしとくんだな…?My honey?」


満足したのか、先程とは打って変わって機嫌良さげに颯爽と去っていく政宗。

本当、こんな朝早くから何をしに来たのか…。

いつから寝床に忍び込んでいたのかを聞きそびれてしまったので。

取り敢えず、睡眠を妨害された報復として、今朝の出来事は、彼の重臣である小十郎にでも報告しておこうと思う。


執筆日:2018.07.11

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