弓兵さんは片想い中


 気の合う者達と談笑する様子の勇者の姿を、少し離れた場所から眺めていたオジマンディアスは呟く。
「うむ……今日も今日とて、我が勇者の尊きたるものよ……」
「急に何か呟き始めてどうした、ファラオよ?」
「うん? 余は、ただ勇者の姿をこの目に焼き付けていただけに過ぎんが」
「嗚呼……アーラシュの事か。ウチの主戦力且つ最古参の記念すべき初鯖ですからねぇ。思い入れ強い分、信頼も厚いから、いつも頼りにしてますよんっ。勿論、ファラオの存在も同じくですが」
「フッ、当然の事だ。余は、地上で最も最強である身なのだからな。新米の魔術師が頼りにするは当然であろう」
「ふふふっ、いつもお世話になっております、ファラオ……! 毎度周回で助けて頂き有難うございます!」
「ふむ。苦しゅうないぞ、もっと近う寄れ。余が許す」
 通りすがりに呟きを拾ってしまったが故に、そのまま何とはなしに会話に応じていた彼女は、求められたがまま近寄る。大人しく指示に従った彼女の態度に気を良くした男は話を続けた。
「余が思うに、勇者程全てにいて優れた者は居るまいと考えるが……貴様はどう思う?」
「私です? うーん……アーラシュに対して思う事と言ったら……まず第一に、顔が良い、という事でしょうか」
「ほう」
「勿論、見目だけが良いという事で終わらず、彼の場合は中身も伴っているからこそ素晴らしい人間だと思えるのでは? ……と、私個人は思いまする」
「成程。実に的を得た答えよな。良いぞ、褒めて遣わす」
「わぁーい、有難きお言葉! 光栄に存じます……!」
「して、他は……? 勇者を語る上で今のだけで終わるとは言うまい?」
「続きを催促されただと……!」
 勇者の事を語れる同士が現れたと分かるなり、見るからに嬉しそうな空気を醸し出して続きを催促してきたファラオ。失礼に当たらぬよう、不敬にならぬ範囲で受け答えようと必死で頭を回転させ、相応しき言葉を探す。
 一先ず、此処は素直に思った通りのままを口にするが吉と見て、再び口を開いた。
「そうですねぇ……っ。他を挙げるとするならば、素で何気無い気遣いが出来るところなどについては、人として好感を持てると思いますね! 弓兵アーチャークラスだからこその特性も加味されるのでしょうが、アーラシュの場合、彼の元々の性格や人の良さなんかも、ふとした行動に出るんでしょうね。だからこそ、惹かれて止まないというか……控えめに言って推せる・・・というか……!」
「ほう……? 貴様も勇者の魅力が分かると見た。良いぞ。もっと余に語ってみせよ」
「個人的な推しポイントは、彼の素朴さにあると私は思いますが、ファラオは如何思われますか……!」
「無論、勇者にいて劣る部分など一つたりとて無し……! 我が勇者は、何処を手に取ろうと完璧なのだ! 故に……未だ好き慕わんとする相手を射止め切れぬのが不思議でならん」
「えっ……? アーラシュって片想い中なの?」
「絶賛その最中のようである。余から見て、相手は勇者のアピールに何一つ気付かぬ、恋愛事にはとんと鈍ちんな初な生娘とだけ……。しかし、その相手も相手故に、少々手強くはあろう。だが、勇者の最大限の魅了を以て当たれば、忽ち落ちるに違いない筈。余がその立場なら既に落ちているからな」
「ほあっ……! 私、マスターなのに何も知らんかったとか、端的に言ってやばない!? てか、あのアーラシュが猛プッシュするって余程の方なのでは……っ!? どんな美人さんなんだろ……!」
「……まぁ、余から見ても、そう悪くはない者とだけ申しておこう。既に幾度とアピールしているらしいが、相手は相当鈍いらしくてな、なかなか気付いてもらえぬと零しておったのは哀れというか、思わず同情したというか……不憫極まりなくはあったな」
益々ますます気になってくるじゃないですかぁ……!」
 ファラオよりもたらされた思わぬ気になる話に、少なからず彼を気に留めている者として食い付かずには居られなかったのか。興味津々な様子で話の先を引き出そうと口を開いた。
の大英雄たる勇者、アーラシュが惚れた方とは、一体何方なんです? 単刀直入で教えてください……!」
「其れは言えぬ。勇者に口止めされているが故な。曰く、本人の口から直接語りたいのだそうだ。貴様は、その時が来るまで大人しく待っておるが良い」
「成程……時が来るまで待てと仰るのですね? 了解致しました。私、マスターたる者、己のサーヴァントが語ると決めた日まで楽しみに全力待機しておきます……!」
「うむ。善きに計らえ」
 ファラオの言葉に敬礼モードで元気良く答えてみせた須桜。此れには、ファラオもにっこりである。
 その後も、同じ推しを推す者同士にこやかに、しかし端から見れば若干異様な熱の込もった様子で談笑していた二人。気付けばすっかり語りに夢中で、話題の本人が近付いている事にも気付かずに居た。また、自身の事を熱く語られていた事とは露知らずに、勇者と呼ばれる弓兵は声をかけた。
「よっ、マスターにファラオの兄さんじゃねぇか! こんなところで会うとは奇遇だな! どうしたんだ?」
「ふぎに゛ゃぁあッッッ!!?」
「おい、貴様……っ。余にいきなりしがみ付くとは不敬であるぞ……!」
「ぴえッ、すみましぇん! 今のは不可抗力です! 見逃してください〜……っ!」
「勇者も勇者ぞ。背後から何の合図も無しにいきなり声をかければ、此奴が驚きの余り慌てふためき動転するのは目に見えていたであろう。分かっていて其れを遣るとは、お主もなかなかに不敬と見える……」
「ファラオの兄さんまで巻き込む事になった件は本当に悪かったって!! まさか此処までマスターがビビるとは思わなかったんでな……っ。マスターも、盛大に驚かせてすまん!」
「ぴぇッ……。つ、次声かける時は、ワンクッション置いてからにして……っ。ワンクッション置かないにしても、せめて何かしらのアクション挟んでからにして。マスターからの小さなお願いです……。控えめに言って心臓無いなるかと思た…………ッ」
「本当にすまん……っ。まさか其処まで驚くとはな〜」
「ワタシ、イガイト、センサイ。忘れないで……っ」
「うん、本気で悪かったから……一旦ファラオの兄さんから離れような? 圧が凄ェからさ」
「あい……。ファラオよ、大変失礼致しました……っ。不敬であったとは存じておりますが、不可抗力でした故、何卒ご慈悲を……!」
「うむ……確かに、許可も無く我が尊体に触れた行為は不敬であった。通常であらば、罪に問うところであったが……今回ばかりは、勇者に免じて許してやろう。しかし、次は無いと思え。余は、今、すこぶる機嫌が良い。故に、今しがたの事は、勇者に免じて水に流してやろう。慈悲深き余の御心と勇者に感謝せよ」
「ははぁ〜っ!」
 寸劇か何かの如くな茶番に見えるも、ファラオの怒りに触れれば、実にリアルに辺り一面が忽ち火の海に成り兼ねないのだ。其れが分かっているからこそ、彼女は余計な口を挟まずに平伏のポーズを取った。不敬を買えば、神王故に何をやらかすか分からない。同じく状況を理解している弓兵は、浮かべる笑みに苦笑を滲ませて笑った。
 一通りの流れが済んだのを見届けてから、改めて口を開いた弓兵は問うた。
「ところで、さっきは二人で何を話してたんだ?」
「勇者の好き人についてを話しておったのだ」
「えっ、」
「え゛っ!? あの、ファラオ!? いきなりそんな、本人に対して爆弾落として良いのです!??」
 突然の爆弾発言に、思わず不敬とか云々関係無しに問い質す。しかし、此れに憮然とした態度を崩さぬファラオは口にした。
「あまりに進展の無さを思えば、余とて焦れったく思いもする……っ。この辺りで一肌脱いでやらねば、勇者の友たる我が存在の意味が無い!」
「えーっと……ファラオの兄さんの気持ちは有難いが……ファラオの兄さん相手とは言え、此ればっかりはすまんが、ちょっと……!」
「ほら、貴方の勇者本人がこう言ってますよ……!! そもそも、話のメインはアーラシュの好きな人についてでは無く、ほぼほぼヲタク談義と化してたじゃないですか!!」
「えっ! そうなのか?」
「ハイ、如何にも。今のは、恐らくファラオが焦れに焦れての事かと」
「な、何だ……そうだったのか……っ。俺はてっきり、ファラオの兄さんの口から全部聞いちまったのかと……」
「いやいや、この方全く口を割りませんでしたよ? 勇者に口止めされてるからって、ヒントのヒの字も教えてくれなかったし」
「勇者との約束であったからな。当然であろう」
「なぁんだ〜……マジで一瞬焦ったじゃねぇか、ファラオの兄さんや……!」
 問答の答え合わせが終わるなり、安堵の溜め息を吐き出して胸を撫で下ろした勇者。だがしかし、此れに油断を許さぬとしたファラオは更なる忠言を口にする。
「フンッ。余に余計な手出しをされたくなくば、早に決着を付けるようにせい。然もなくば、余が勇者の相手を横から掻っ攫うやもしれぬぞ……?」
「へぇ……今のは宣戦布告って事に取って良いのかい?」
「勇者の好きに捉えるが良い。時に、余が手を出さずとも、奴を求める手は数多あまたと居る……故に、余が出ずとも他の者が狙うは必至よなぁ? あまり手をこまねくばかりでは、余所者に掻っ攫われ兼ねん事をよぉく胸に留め置いておけ」
「ははっ。忠告痛み入るぜ、ファラオの兄さんよォ」
 先程までの和やかなムードは何処へ行ったのやら。途中から戦場で感じたものと同じような緊張感が漂う。ピリリと肌を刺すかの如く緊張感と状況の変化に、一人置いてきぼりを食らっていた須桜は、謎な空気感に疑問符を頭に浮かべてはいたものの、空気を読んで敢えて口を挟まずに居た。あからさまに困惑したような気まずげな顔をしていたのだろう、真っ先に気付いた弓兵がパッと表情を明るくして言う。
「変な空気にしてすまんかった! だから、そんな不安そうな顔せんでくれや」
「え、私そんな微妙な顔してた……?」
「俺には、何となく不安げに見えたってだけさ。違ったなら謝るが……」
「ううん、違くないから謝らんで良いよ。何かよく分かんないけど、途中から場の空気がピリピリしたものに変わったなーって思って、“うわコレ一触即発ちゃう? こんまま放っといて大丈夫かな……?”ってちょっと心配しただけやし。もし、喧嘩とかでガチンコバトルするなら、レイシフトの申請出すけど……要る?」
「いや、別にそんなつもりは無かったんでな。マスターの気遣いは嬉しいが、ファラオの兄さんとは喧嘩してる訳でも無いから、遠慮しておくよ。変な心配かけてすまん」
「ん。……でも、もし必要になったら声かけてね? 自分が従えてるサーヴァントのストレス発散の場を与えるのも、マスターの仕事の内だと思ってるから」
「おう。必要な時が来りゃ、そん時は声かける。ありがとな、マスター」
 気付くと同時に其れをなだめすかす方法を知っているからか、迷い無くその手段を取る事を選んだ彼は、彼女の頭を撫でる。その自然なまでの流れに、またされる側も素直に受け入れている様に、一連を静観するに努めていたファラオは溜め息をいた。
「此れで気付かぬのだから、手を焼くに決まっておるわ……」
「え……?」
「――ファラオの兄さん」
「……分かっておる故に、その射殺さんばかりの視線を止めよ。次に同じ真似をすれば、勇者と言えど敵意と見なす。心して居れ」
 意味深な視線を投げかけてきた意図に気付いたファラオは、そう言い残してその場を去った。敢えて邪魔者は去る事を選んでの事だったのだが、知るよしも無い須桜はしょげた顔を浮かべた。
「もしかして……気付かない内に機嫌損ねるような真似しちゃってたかな?」
「いや、今のはたぶん、俺に気を遣っての事だろうさ。だから、マスターがんな顔する必要は無ェって」
「むにゃあ〜っ、止めませい……!」
「ははっ、マスターの頬っぺた柔らかいなぁ〜! もちもちスベスベで触り心地良くって癖になりそうだ!」
「んにぃ〜っ、人の顔で遊ぶにゃあ〜……!」
 場の空気を変える為に、徐に伸ばした手で触れた頬をむにゅりと形が変わるように弄って遊ぶ弓兵。彼の本心に気付かぬ彼女は擽ったそうに声を上げつつも、本気で嫌がる様子は見せなかった。そんな無防備さに、少しばかり意地らしく思えた弓兵は、無邪気さの中に本心をチラ付かせて耳元で囁いた。
「美味そうな柔らかさだからこそ……いっその事、食らい付いてみたくはあるが」
「えっ……」
「ははっ、なぁ〜んてな! 冗談だよ!」
「あ、ははっ……だよねぇ〜……!」
「……もしかして、本気にしちまったか?」
 ニヤリ、悪戯な笑みを浮かべての言葉に、一瞬照れた彼女はムスリと口をへの字に曲げて返した。
「もぉ〜……そういう意味有り気な行為は、本気で心傾けてる人だけにしときなぁ? じゃないと、軟派な人だと思われてマイナスに思われるよ〜」
「俺としちゃあ、本気で思ってもらいたくてやった事だったんだが……まっ、また今度別の手に出れば良いか!」
「…………はぇん?」
 彼の呟きを一切理解出来なかった須桜は首を傾げる。其れに、今は分からなくとも良しとした彼は、失敗に終わった事も笑って流して次へ進む事を選んだ。
 そうして、勇者は焦らずゆっくり初めて抱いた感情を温め続ける。きたるその日が来るまで。

実は、三話目となる『弓兵さんは嫉妬する』のお話を書いた後に執筆した作品であったり。アーラシュが露骨に嫉妬するお話の前日譚なお話が此方になる感じ。アーラシュとオジマンは稀にバチッと火花散らすような関係性であって欲しい……(尚、オジマンは本気ではない)。


執筆日:2023.05.03
公開日:2023.05.04