【弐】
主候補


其れは、甚大な人手不足を改善する為の一つの案として実行された策だった。

俺達刀剣男士に、仮の主として政府の役人を審神者と据え、仮の本丸を築かせる。

そして、本来なら絶対有り得ない遣り方で本物の主としての候補を見付けてくる…、という策だった。


「今日も遠征宜しくちゃん…っと。君達にとって良い主が見付かると良いねぇ〜。何せ、“本来なら主を選べない筈である”君達が、自分達で自分に見合った主を決められるんだから。この方法で、少しはブラックに陥る本丸が減ってくれれば、此方側としちゃあ大助かりなんだけどねぇー…。」


そう言って他人事のようにからからと笑う、お面で顔を隠した政府の人間が時間転移装置を弄くる。

この人間が言った事でお分かりだろうが…何を隠そう、この本丸に居る俺達刀剣男士には、真の主と呼べる審神者が居ない。

正確には、まだ存在していないというもの。

政府の出した、此れまでに見ない策が実行されたのは、つい最近の事だ。

要は、悪まで試験的に行われる為に顕現されたのが、俺達である。

一応、仮の本丸としての事は行われるので、基本的な物事や事柄は他の本丸と同じなので其れに従い、内番や出陣などをこなす。

しかし、本当に主と呼べる審神者が居ない為、俺達にしてみれば些か複雑な思いだった。

何せ、主在っての刀剣男士だからである。

だが政府側からしてみれば、一刻も早く、増え続ける時間遡行軍に対処する方が先決だったのだ。

その為なら、多少強引な手を使ってでも奴等に対抗出来る手を打ちたいらしい。

所詮、主を選べない俺達からすれば、まぁ今よりマシになるのであればと譲歩した形で協力している。

言ってしまえば、ギブアンドテイクの関係だろうか。

向こう側の利益の為に此方側は手を貸してやり、此方側の利益の為に向こう側の手を借りる。

一見薄っぺらい信頼の元、動く俺達だが、その成果は確実に実り始めているのであった。

この本丸で、最も初めに顕現されたのは、世間で俗に言う“初期刀”とされる五振りだった。

まずは、その五振りから試験的実験を行い、効果が見られるようであれば、徐々に顕現させる刀数を増やしていく。

そんな流れで、顕現された内の一振りなのが、この俺だ。

確かに、自身で己が認める主を選べる事が出来るというのは、なかなかの策だと思った。

何せ、前の主の時のような事が起こらなくて済むからだ。

それならそれで、此方としても好都合であると捉え、今日も今日とて自分に相応しい主探しを行う為、仮の主である政府の人間の指示を受けて遠征へ赴く。

今回向かう先は、未だ時間遡行軍の現れた事の無い平穏な時代らしい。

それなりに趣のある、俺に似合う主が居そうな時代だそうで、一先ずはその時代へと転移する。

辿り着いた場所は、何処かの古い蔵の中だったようで…明かりも無い、真っ暗がりの中だった。


「…何たってこんな場所に俺達を飛ばしたんだ、あの男は…。」


はぁ…っ、と思わず漏れる溜め息に、共にこの時代へと飛ばされた小さな男は小さく笑った。


「まぁ、あの人も、意図した訳でこんな場所に飛ばしたんじゃないと思うぜ?」
「それはそうだろうが…幾ら何でも、もっと他に場所があったんじゃないか…?」
「仕方ねぇよ。あの人は本当の主じゃねぇんだし、そこまで見通す力は無いんじゃねぇか?」
「はぁ〜…っ、それもそうか…。ともかく、今は此処が何処でどの時代かを把握する必要があるな。あの男は、俺達を飛ばす際、決して飛ばす先の時代の事や場所の事をはっきりとは言わず、曖昧にしか教えない。…正しくは、“分からないから”なのかもしれないが。」
「…そうだな。一先ずは、策敵同様、調査を始めるとするか!」


思い切りの良いこの小さな男は、俺と出身を同じくする、刀派・粟田口の短刀…薬研藤四郎だ。

もう一人は、これまた別の場所で俺と出身を同じくする、刀派・粟田口の短刀…厚藤四郎だ。

夜目の利く面子だからか、この真っ暗がりの中でも動く事が出来るが…如何せん、周りを囲む物が多過ぎる。

最早、行く手を阻む障害物と成り果てている。

此れでは、それなりに身丈のデカイ俺では身動きが取れない。


「クソ…ッ、物が多過ぎて思うように身動きが取れん…!悪いが、お前達だけで少し周りの物を退かしてくれないか?」
「良いぜ。お安いご用だ。」
「俺達短刀の見せ場だな…!こういう時、身体がちっさくて良かったって思うよ。長谷部みたいな体格じゃ、こんな場所の場合挟まって動けねぇもんな!」
「御託は良いから、さっさと其処に在る物を退けてくれ!良いか?そっとだぞ…?万が一、壊すなんて事があったら、歴史改変に繋がる要因になるかもしれん。出来れば、そぉっとな…!」
「へいへい…、んなこた解ってらぁ、旦那。」


適当に相槌を打った奴にカチンと来たが、此処で言い争っていては何時まで経っても先に進まない。

小柄な身を活かして、此処ぞとばかりに活躍する短刀二人組。

正直言って、歯噛みする程悔しかったが、刀種が違えば体格も異なるのは仕方のない事。

気にしていてもしょうがないので、今は少しでも早く身動きが取れるようになる事を待つしかない。


「コイツを退ければ良いんだよな…?」
「嗚呼。俺はこっちのヤツを退ける。」
「んじゃ、いっせーのでいくか!」
「応。」
「「いっせーのぉ…っ!」」


ドスン…ッ!と鈍い音を立てて退けられた障害物。

忽ち、舞い上がる大量の埃に三人して埃が落ち着くまで一緒に咳き込んだ。


「ゲッホゲッホ…ッ!おい、貴様等……ッ!退かすのは慎重にやれと言っただろう…ッ!?」
「ゔぇ゙っほ、ゲェッホォ…ッ!!しっ、仕方ねぇだろ…!?ああでもしないと重くて動かなかったんだから…!」
「だからって、もっと優しく退ける事は出来なかったのか…ッ!?」
「シ……ッ!誰かこっちに来るぞ…!」


耳を聳てていた薬研が突然警戒を示し、言い争いをしていた俺達を制した。

直ぐ様近くに身を潜め、息を殺し、音のする方を注視して耳を澄ませる。

すれば、女と思しき声が聞こえてきた。


『すみませーん、誰か居ますかー…?居たら返事してくださぁーい……って、相手が猫だったら通じないよねぇー…。』


どうやら、先程の物音に駆け付けた様子の者らしい。

酷く自信無さげな声だったが、もし彼女が主となる人であったならチャンスだと、俺は二人に指示を出して刀の姿に戻り、様子を窺う事にした。


『ギャアッ!?Gが出たァ…ッ!!もうやだ此処、早く外出て新鮮な空気吸いたい、早よ出たい〜ッ!!』


例の虫がすぐ近くを掠めたのか、悲鳴を上げる女。

全く女らしさの欠片も無い悲鳴だった。

そういえば、仮の本丸ではあるが、ウチに居る燭台切の奴もヤツが出た時は同じような反応を示していたっけか。


『ギャアーッ!!蜘蛛の巣ーッ!!イヤーッ!!』


またとなく悲鳴を上げた女は、今度は蜘蛛の巣如きで叫ぶ。

騒がしい人間だな…と思っていれば、何かに蹴躓いたのか、物が倒れる音がした後、少し離れた先で盛大に舞う埃が見えた。

先程の俺達のように暫く咳き込んでいたかと思えば、突然殺気を飛ばしながら叫び出した女は、訳の解らん言葉を早口で捲し立て始めた。

相当嫌っている何かでも出たのだろうか。

目を凝らして床を見遣れば、細長い虫が床を這っていくのが見えた。

成る程、アレで彼処までの拒否反応を見せたのか。

しかし、少し大袈裟過ぎやしないだろうか?

そう思いつつも、じ…っと静かに身を潜めていれば、不意にすぐ近くの荷物がドスリッと落ちた。

慌てて見遣れば、潜めていた場所から身をずり落としかけた厚が居た。

即反応した薬研が咎めの意を示した声音で注意する。

運の悪い事に、今しがた落ちた物の衝撃で雪崩の起きた物達が己のすぐ側で次々と落ちていく。

「あちゃー…っ!」と頭を抱えた薬研は早々に姿を眩まし、恐らく上の方へと移動したのだろう、自身の視界からは姿が見えなくなった。

慌てて後に続くように、厚も姿を眩ます。

実質一人になった途端、張り詰めた空気となる空間。


『おい…、誰か居るのか。居るなら、出てこい。』


警戒しているのか、先程とは違った殺気が此方側へと向けられるのを感じた。

声音も、急に低く鋭くなっている。

口調すらも変わっている事を窺うに、彼女はただのか弱い女という訳ではなさそうだった。

少しだけ興味を惹かれ、大人しく彼女が此方まで来てくれるのを待った。

程なくして、姿を見せた彼女は、些か埃にまみれた状態で現れた。

恐らく、先程の物音がそうなった原因だろうと見当を付ける。

彼女は、俺自身の本体である刀を目にすると、酷く驚いたような顔へと表情を変えた。

この場所に在る筈のない物が存在するのだから、無理もない反応である。

そう思っていたら、ふと手が伸びてきて、触れられそうになる。

刹那、警戒していた薬研が、脅しに自ら周りの物を彼女の辺りへと向かって蹴り落とした。

しかしながら、其れ等が落ちてくる先は、言わずもがな、俺の真上であった。


(阿呆か貴様はァーッ!!)


訪れくる衝撃に備えて覚悟していると、数分待てども衝撃は訪れてこない。

うっすらと視界を見遣れば、其処は、彼女の腕の中だった。

久方振りに触れた、人間の温もりである。

おまけに、俺自身を腕に抱いた彼女は、こう言った。


『ッ…ふぅ〜、良かったぁ〜……っ。あっぶねぇとこだったわ。お前も無事で良かったよ。せっかく綺麗なままで保管されてただろうに、汚ない中に埋もれちゃ可哀想だからね。』


そう安堵したように口にした彼女は、柔らかな表情で微笑んでいた。

その美しさに、俺は一瞬見惚れた。

嗚呼…、漸く見付けたのだ。

俺に相応しい、俺だけの主を…。

そのすぐ後、興味本位からか確認の為か、刀身を鞘から引き抜かれた事により人の姿で顕現して見せた俺。

漸く面と向かってお逢いする事が出来ると期待に胸を膨らませて目蓋を開く。

すれば、ポカン…ッ、と惚けて驚き固まった状態の女性と目が合った。

綺麗な目をした女性だと、一目で思った。


「―貴女が…、今代の主ですね…?」


そう口にすると、首を傾げた彼女だが、その仕草のなんと愛らしい事か。


「俺の名はへし切長谷部、と言います。…どうぞ、お好きなようにご存分にお使いください、我が主。」


跪いて頭を垂れれば、慌てふためくようにわたわたし始めた彼女。

どう返事が返ってくるのか、逸る気持ちを抑えて彼女の言葉を待つ。

しかし、彼女からの返事は、思っていたものとは斜め上な方向で違ったものだった。


『……えぇーっと…、あの…取り敢えず、頭上げてくれませんか…?その…、凄く気まずい、です……っ。』


出方に失敗したのかと頭を抱えかけた瞬間だった。


執筆日:2018.02.12
加筆修正日:2020.02.02

やっと見付けた。

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