【参】
付喪神


猫か泥棒か、物音の原因を調べる為に、面倒な気持ちを抑えてやって来た放置蔵。

そしたら、見知らぬ、如何にも高価そうな歴史的保存物を発見する。

見るからに何処かの資料館や博物館にでも収められていそうな刀を手に取り、興味本位と一応の確認の為に中身を引っ張り出してみれば、何と驚き。

突然、人の姿をしたものが目の前に現れたのだった。

しかも、事はそれだけに留まらず、あろう事か、その人(?)は私の事を“主”だとか呼んで跪いてきたのであった。

いきなり現れた人(?)に、いきなり跪かれたりなんぞされたら、そりゃ誰だって驚くだろう。

事実、起こってしまった現状に頭が付いていかず、取り敢えず何か言わねばと言葉を絞り出したら、案の定、飛んでもない事を口走ってしまったのだった。

「初対面の相手にこりゃ無いぜ…っ!」と一人頭を抱える。

内心パニックに陥って何も発しなかったのがいけなかったのだろう…。

控えめに頭を上げた男の人(人なのかも怪しい)が、遠慮がちな様子で声をかけてきた。


「…あの、主…?どうかなさいましたか…?もしや…、俺が何か知らぬ間にお気に召さないような事でもしてしまいましたか?」


わぁ…、どうしよう……。

訳も分からない内に相手に不安を与えてしまったよ…。

どうすれば良いんだ、神様よ。

私、何かしたかな…?

そりゃ、普段から色々やらかしてるとは思うけど、罰当たりな事をした覚えは無いんだけどなぁー…。

そう、遠い目をして、現実逃避紛いの事を考える。

一先ず、この目の前に居る、人なのかよく分からない人(現状・かっこ仮)の不安をどうにか解かねば…。


『あ、あぁ…っ、いえ…!何でもないんです…っ。ただ、突然の事に吃驚して、頭が付いてきていないだけで……。単に、フリーズしてしまっていただけでして…アナタは、何モ悪イ事シテナイデス、ヨ…?』


…どうしよう。

ガチでやばい。

何か、言葉の最後、変な片言っぽい喋り方になっちゃったよ…!

コイツ変な奴だな…、とかって思われたりしないかな!?

嗚呼…ッ、こういう時、人とのコミュニケーションを取る能力の低さが仇となるよね…!!

コミュ障の特性丸解り講座か…ッ!!

「うわあうわあ…っ!」と一人内心で悶えていると、今の言葉で安心した様子の彼が安堵の息を吐いた。

あ…あの、すみません、本当に…っ。

無意識にも変に其処まで不安にさせてしまって…。


「…良かった…っ。俺が失礼を働いた訳ではなかったのですね…?安心致しました。では…、気を取り直したところで、主を何時までもこのままの状態で居させる訳にはいきませんね?一先ず、一度立ち上がりましょうか。主に何時までも膝を付かせていては、申し訳が立ちませんから。」


ニコリ、と愛想の良い笑みを浮かべると、律儀にも手を差し伸べて立たせてくれた男の人(仮)。

何だ、この人(仮)…!

めちゃくちゃ紳士じゃねぇか…!!

先程から変にときめいたりしているのは、普段あまり他人と接触したりしていない事が原因だと思う。

そっと立ち上がらせてくれた事に加え、土埃の付いた服を払ってくれたりまでしてくれて、マジ感動する私。

え…何、この人(仮)…。

めっちゃ良い人やん…!

さっきから謎の感動が止まらないんだが、どうしてくれる。

コミュ力の低さをもカバーしてくれそうなフォローっぷりに、早速好感度アップしまくっている脳内。

マジでどうにかしろ。


「何処かお怪我をなさったりなどはしていませんか…?もし、何処か擦りむいたりなどのお怪我をなされたりしていたのならば、遠慮せず仰ってください。俺が御運び致しましょう。」
『え…っ!?あ、はい…!だ、大丈夫です!何処も怪我はしてないです…っ。』
「そうでしたか…それは何よりです。ささっ、早くこの埃っぽい場所から出ましょうか。主の御躰に障ってはいけませんからね。」


恐らくこの人(仮)の物だったのだろう、刀を片方の手で持ち直すと、もう片方の空いた手で私の背を出口の方へと促した。

蔵を出ていく一瞬、後ろを振り返った彼…あ゙ーもう面倒だ…っ、長谷部さんは奥の暗がりを睨むような表情で見ていたけど…何か居たのだろうか?

幽霊とかだったら勘弁してくれないかな…。

お化けダメ絶対、悪霊退散。

そうこうしている内に出口まで辿り着いた私達は、漸く埃塗れの黴臭い空間から抜け出せた。

出入口には石段という段差が在ったのにも関わらず、つい先程までの摩訶不思議現象ですっかり頭から抜け落ちていたのか、派手に踏み外しすっ転けてしまった。

咄嗟に支えてくれた長谷部さんのお陰で、ラスト一段目辺りで止まる事が出来たけど、擦りむいてしまった足が地味に痛い。


「大丈夫ですか!?主…ッ!!」
『…あ、はい…っ、何とか……。』


「足は怪我しちゃったけどな、」という言葉は、余計かと思って飲み込んだ。

言ったら言ったで、何かこの人(仮)めちゃくちゃ心配しそうだもん。

何とか体勢を立て直し、真っ直ぐ立つと、再び服に付いた土埃を払ってくれる長谷部さん。

なんて甲斐甲斐しいんだ…。

半ば呆然と見遣りながら、今更ながらではあるが、逢った時から思っていた事を訊いてみた。


『…あのぅ…、ちょっと気になっていたので質問したいんですけど…。長谷部さん…?…って、人……?なんですよ、ね…?』
「いえ…俺は、この刀に宿る付喪神であって、人ではありません。今は、仮の器に人の身を写しているので、人と同じような姿をしていますが…正真正銘、刀であり、人ではありません。…まぁ、少々訳あってこの蔵に身を寄せていたんです。詳しいお話は、後程お聞かせ致します。」
『へぇ〜、成る程…、付喪神…。だから、見た目は人だけど、何処となく雰囲気がそうじゃないというか、浮世離れした風に感じたんですね…!成る程〜…っ!……………って、付喪神…ッ!?』
「っ、え…?」
『あ…っ、いや、長谷部さんが悪いんじゃないんです…っ!理解の遅い、私の脳味噌が悪いんです…ッ。』


私の言い方、もとい反応が悪かったのだろう。

一瞬、傷付いたみたいな顔をされて、慌てて謝った。

やべぇ…、早速コミュ障の性が出てきてる…っ。

早く何とかしないと、私のキャパがやばい事になる…!

内心では既に満身創痍の状態だが、此処で弱っていては長谷部さんに失礼だ!

というか、神様相手に長谷部さんは罰当たりなのではなかろうか。

どうしよう、祟られちゃったりするのかな…!?

気付かない内に、また無意識に考え込んで百面相していると、すぐ側からクスクスと抑えたような笑い声が聞こえてきた。

隣を見遣ると、口許を押さえて可笑しそうに笑う、長谷部さん改め長谷部様が居た。


『………あの…今の間に、何か面白い事でもありましたか……?』
「…っふふ、嗚呼…、いえ…っ。これは飛んだご無礼を。少々、今しがたの主の表情の変わり様が可笑しかったので…つい。何やら随分と考え込んでおられたのか、百面相になられていた様子にちょっとツボにハマってしまっただけです。気を悪くされたのでしたら、すみません。」
『い、いいえ…っ!長谷部様のお気に召されたのなら、良かったです…っ!!』


前面に両手を突き出してわたわたと振って弁明していると、急に不機嫌そうに眉根を寄せた長谷部様。

え…っ、早速何かやらかした…?(もう既に色々とやらかした後で今更だが。)


「その…、“長谷部様”という呼び方は止めてくださいませんか…?あまりにも他人行儀過ぎて、距離を感じます。それに、俺は主の部下です。部下は主より下の存在です。その下っ端に、様付けで呼ぶのは可笑しいでしょう…?どうぞ、御構い無く、最初に呼んだ時のように気軽に“長谷部さん”とお呼びください。何でしたら、呼び捨てでも構いませんよ?」
『えええぇ…っ。いやいやいや…、幾ら何でも、神様に対してさん呼び、若しくは呼び捨てなんて失礼に当たりませんか…!?様付けしなきゃ、罰当たりな気がしてならないです…!』
「俺は、所詮付喪神です。神の中でも末席に当たる位ですので、其処まで気を遣われなくても結構ですよ。何より、俺自身がこう申し出ているのですから、お気になさらず。」
『えぇー………、…そう仰られましても……っ。』


どう対応して良いのか解らず、オロオロと戸惑ってばかりいると…。

痺れを切らしたのか、私の手を掴んだ彼が、再度私の前で跪いた。

え…っ、何事…?


「では、こう致しましょう。主が慣れるまでは、さん呼びで。主が慣れてきたなと思われたのなら、呼び捨てでお呼びください。俺は、様付け以外なら、どちら呼びでも構わないのですが…主が決め兼ねているご様子だったので。僭越ながら、俺から提案させて頂きました。どうぞ、そう畏まらずに、お気を楽になさってください。」
『……ほ、本当に…様付けしなくて良いんですか…?』
「俺は主に仕える身ですよ…?何をそんなに畏まる必要があるのです?」


私は、貴方のその言動に裏が無いかを恐れているのですよ。

…とは、言えないよなぁ。

失礼過ぎて、寧ろ私が爆発したい。

まあ、此処までされちゃあ仕方ないか…。

腹を括っていっちょ勝負に出よう。


『わ、分かりました…っ。じゃあ、まずは初めてお逢いしたばかりなので…、さん呼びから始めても良いですか……?』


物凄く自信無さげな解答になってしまったけれど、コレで勘弁願えないだろうか…?

そろそろ私のコミュ力が限界を迎えているのだよ。

つか、キャパの容量なら、とっくに限界を迎えてオーバーヒートしている。


「はい。主がそれで宜しいのでしたら。」
『…正直、さん呼びも心苦しいんですが…直に貴方がお望みですし…。そんな貴方の望みを無視するのもどうかと思いますし……っ。取り敢えず、という形で、これから貴方の事を呼ぶ時は“長谷部さん”とお呼びしますね…?』
「はい…っ!どうぞ、何時でもお気軽にお呼びください!」
『(急に表情が明るくなったな…。もしや、わんこ属性なんだろうか…?)…えっと、改めて、宜しくお願いしますね…?えと…、取り敢えず、今すぐ立ち上がりましょうか…。神様に膝を付かせてるとか、大変物凄く申し訳ないので…っ。』


そう零したら、長谷部さんはきょとんとした表情になった。

そして、次の瞬間には、眉の下がった笑顔で。


「…はい……っ、主の仰せのままに。」


そう言ったのだった。

え、何それ、可愛か。

つか、今更なのですが…。


『ところで…その主って呼び方は固定なので…?それと、長谷部さんの主(?)というのは、私で決定事項なので…?』
「はい、そうですが…?何か不都合でもありましたか?」
『何ちゅーこっちゃ…っ!』


衝撃の事実に、本日二度最大に驚かされました。


執筆日:2018.02.12
加筆修正日:2020.02.02

なんと主になりました。

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