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意外な一面



まさかの展開、偶然にも逢ってしまった、先日の彼のご友人であらせられる長船光忠。

廣光もそうであるが、大層イケメンである彼がこのような場所に居ると、それだけでその場が輝いて見えるというか、目映く見えてしまうというか。

要は、自分のような人間には、些か程遠いタイプの人間という事なのである。

故に、ただでさえ人が集まりそうな人と、こんな人多き場所で逢った事に戸惑いを覚えた璃子。

気持ちは、既にネガティブだ。


(うわ、ヤベェ…っ。こんなイケメンで顔の良い人と居たら、絶対何か言われる…!“何だあのブス、大して冴えてない癖して調子こいてんじゃねーよ、カス。”とかってさ…っ!そうですよね!化粧っ気も無い女子力も無い冴えない雌豚ですみません…っ!!)


一人勝手に落ち込み黙り込んでいると、突然声をかけられた事に戸惑っていると勘違いしたのか、気を遣った彼が口を開いた。


「嗚呼、ごめんね?急に声をかけて、吃驚しちゃったよね…。」
『あ、いえ…。(確かに、ちょっと吃驚はしたけど。)』
「知ってる顔を見かけたっぽかったから、声をかけたんだ。今度は、ちゃんと知り合いで良かった…!」
『はは…っ、それは良かったです。えっと…長船さん、で合ってましたよね?』
「…!うんっ、合ってるよ…!僕は、長船光忠。改めて、宜しくね!」
『え…っ?あ、はい…っ、宜しくお願いします…?』


何故かまた自己紹介をされ、頭に疑問符を浮かべながら応対する璃子。

光忠は、彼女が自身の名前を覚えてくれていた事が嬉しくて、にこにこと笑う。

しかし、彼は、すぐに首を傾げた。


「うーん…ちょっと固いね。もっと気軽に話してくれても良いんだよ…?見た感じ、あまり歳も離れてなさそうだし、改まった口調じゃなくて、もっと砕けた感じの喋り方で構わないよ?その方が、僕としても、君との距離感が縮まって嬉しいしね。あと、出来れば名前は、長船の方じゃなく、光忠の方で呼んで欲しいな…?君には、そっちの方で呼ばれた方が、しっくり来ると思うから。」
『はぁ…。じゃあ、光忠さん…?で…。』
「うん…っ!やっぱり、君にはそう呼ばれた方がしっくり来るよ…!何だったら、敬称も外してくれても良いんだよ?」
『えぇ…っ!?いや…流石に、そんな逢ってから間もなさそうな人に対して、呼び捨ては失礼というか、難易度が高いかと…っ!』
「え…、そう…?」
『私には、まだちょっと…っ。なので、敬語と敬称には、目を瞑ってくださると助かるかと…!(何で、この人こんなにコミュ力高ぇんだよ…っ!!コミュ力舐めてたわ…!コミュ障の私には、難易度が高過ぎる相手だよ!!誰か助けて…っ!!)』


内心テンパり、めちゃくちゃ焦っていると、未だ初対面でバリバリ警戒されていると思われた彼女は、再び彼に話しかけられるのである。


「(まだ逢って二回目だから、緊張してるのかな…?だったら、もっと話をして、その緊張を解いてあげるのも、格好良い男の出来る事だよね…!)今日は天気が良いからね、お出掛けするにはぴったりな日だよね!璃子ちゃんは、もう何かお目当ての物は買えたの…?」
『え…っ、いえ…まだこれからという処で…っ。光忠さんの方は、もう何か買われたんですか…?(何かめっちゃ話しかけられてる…っ!どうしよう…っ、私のキャパは既に限界値だ…!何でこの人、こんなに話しかけてくるんだ…!?私なんぞ、何処にでも居るような、冴えないつまらん女だろう…!私より、もっと相応しい子に話しかけなよ!!その方が、もっと有効的に時間を使えると思うよ…っ!?)』
「(何かキョドってるなぁ…。目線は一応合ってるけど、会話に自身が無さそうだ。しっかりフォローしてあげなくちゃ…っ!)ん〜っと、一応既に少し見たけれど、まだもう少し色々と見るつもり。元々、今日はセールやってるっていうのと、そろそろ新しい服が欲しくて来た訳だしねっ。今も、此処で良いのは無いかなぁ〜?って見てたら、君を見かけたんだ。璃子ちゃんは、今日は誰と一緒なの…?見たところ、一人ではなさそうだけど。その肩に掛けてるバッグ、二つあるから…片方は君ので、もう片方は誰かのだよね?その子は、どうしたの…?」
『えぇっと…今は、ちょっと別のお店に居るというか、試着待ちというか…っ。まぁ、姉なんですけど……。(うぉお…っ!まだ話しかけられてくるよ、この人ぉ…っ!!良い加減、人変えなよー…っ!別の人に話しかけなよぉーっ!!)』
「お姉さん?へぇ、そうなんだ…!じゃあ、今は暇潰し中だったんだね。話しかけて良かった!(男と来てるって言われたら、どうしようかと思ったー…っ。)」
『あはは…っ、そう、ですね…っ。(そうなんだけど、そうじゃねぇーっっっ!!)』


全くもって心中折り合わない二人。

光忠よ、逆方向に陥っている事に気付け。

ひたすら、この場から離れて欲しいと願う璃子に、少しばかり同情する。

そんな時、漸く現れた救世主、其の一。


「おい、欲しいのは見付かったのか?光忠。」
「あ…っ、伽羅ちゃん。」


ひょっこりと奥の棚から顔を見せた、廣光。

どうやら、彼も光忠の付き添いで来たらしい。

だが、まだ救世主の相手がまさか彼だとは気付いていない璃子は、「よっしゃ、やっとこのハードな会話から解放される…っ!」と思い、現れた救世主に感謝しつつ、この場から逃れようと画策していると。

彼の方も、まさかこんな場所でまた彼女と逢えるとは思っていなかったのか、驚いた様子を隠しもしないで声をかけた。


「…璃子……?」
『え………っ?ぁ…。』
「彼女とは、丁度、今逢ったばかりの処なんだ。お姉さんとお買い物に来てて、試着終わるのを待ってるトコなんだって。」
「そうなのか…。また逢う事になるとは思っていなかったから、驚いた。」
『私もですよ、廣光さん。凄い偶然ですね。廣光さんも、付き添いか何かですか…?』
「まぁな…。此奴の買い物に付き合わされてる最中だ。」
「あ、付き合わされてるだなんて、つれない事言う…っ。」
「事実を述べたまでだろう?」
「酷い…!君ってば、本当可愛いげが足りないね…っ!?」
「男に可愛げもヘッタクレもあるか…。」
「もう…っ、そういうところが可愛いげが無いんだってば…!」
『……ふふ…っ。(何か、見てて面白いな…この二人の遣り取り。)』


二人の遣り取りに、思わず吹き出してしまった璃子は、小さく笑う。

それに気付いた二人は固まり、二人して動きを止め、彼女の方を見遣った。


「璃子ちゃん…?」
『あ、すみません、つい…っ。お二人の様子が少し面白かったもので…。』
「…そんなにか?」
『えと、失礼でしたよね?人様を見ときながら、勝手に笑うだなんて…っ。』
「あ、いや、そうじゃないが…、」
「璃子ーっ、終わったよー。」
『あ…姉ちゃん。』


彼が何か話しかけた時、またもや現れた救世主、其の二。

試着を終えた璃子の姉、椎名が、彼女の元へと戻ってきたのである。


「お待たせ。ごめんね〜?レジ、少し混んじゃっててさ…。ちょっと時間掛かっちゃったわ。待った…?」
『いや…別に。大して待ってないと思うよ?』
「そう?なら、良かった。あ、もしかして話してた…?お友達?それか、知り合い?みたいな人と…。」
『え、あー、まぁ…友達っつーか、知り合いは知り合いではあるんだけど…何つって紹介したら良いかな…。えっと、さっきアンタん家で話したでしょ…?その介抱してくれたっていう人と、そのお友達さんだよ。』
「そうなの…っ?吃驚するくらいイケメンさんな男の子だけど…!こんな人に介抱されるとか、アンタ役得だね…!!まるで、モデルさんみたいな人じゃん…っ。」
『いや、介抱してくれたのはそっちの人じゃなくて、此方の人で…っ。』


人を指差すのに申し訳なさそうに小さく指で指し示した璃子は、慣れない知り合いの紹介に小さな声で答える。

逆に、彼女の姉たる人物とまさかのご対面となった二人は、そんな彼女とその姉との会話を凝視する形で見つめていた。

事情が事情なだけに、二人の内心で緊張が走る。


「あ、そうだったんだね…っ。手前に居る人だったから、勝手にそう思っちゃったわ。勘違いしてしまって、すみません…!」
「いえ、お気になさらず…。」
『えっと、介抱してくれたっていう人が左側に居る方で…名前は、大倶利伽羅廣光さん。まだ大学生で、アパートで独り暮らししてる人だよ。』
「お話は聞いております。私は、この子の姉の花江椎名と申します。その節は、妹が大変お世話になったようで…。ウチの妹が、ご迷惑を掛けてすみませんでした。介抱してくださった事、心から感謝致します。ありがとうございました。」
「あ、いや…っ、俺は、別に迷惑だとは…っ。」
「それでも、妹の事を助けて頂いた事は事実です。本当に、ありがとうございます。こんな妹ですけど、もし宜しければ、今後も仲良くしてやってくださいませんか…?この子も、それなりの年齢ですので、少しくらい男性の友人が居ても良いくらいなので…!」
『姉ちゃん…?余計な事は言わんで宜し…っ。』
「え、だって私心配なんだもの…っ。アンタの将来…!」
『だから、余計なお節介焼くなって言ってるの!変な事言うなや…っ!』
「えー…っ。余計なお節介じゃないもん…必要なお節介だもん。」
『ソレが要らん言うとるんじゃボケェ…っ。お前は余計な口挟むな、黙っとれ。』
「アンタ、本当その口どうにかした方が良いよ…?めちゃクソ口悪いから。」
『うるせぇ。誰のせいだ、誰の。』
「え、私のせい…?酷くない…?仮にも姉に向かって。」
『じゃあ、今すぐその如何にも姉ぶるの止めてくんない…?何か腹立つ。』
「人がせっかく御礼してるっちゅうのに、アンタは…っ!」
「あの……っ、お二人共、喧嘩は止めた方が…っ。」


椎名が余計な口を挟んだ事で、小さな声で突っ込んだ璃子。

ソレが思わぬ方向に発展し、火が付き、小さく言い争いを始めたと気付いた光忠は、然り気無く二人の会話に制止を入れる。

すぐに一時休戦した二人は、口喧嘩を止め、彼等の方へ向き直った。

しかし、璃子は一瞬だけ姉の方をジロリと睨み、「これ以上、余計な事は喋るなよ…?」と牽制する事を忘れなかったのである。


『すみません…っ、姉が余計な事を…っ。あの、さっきの事は、本当、気にしなくて良いですから…!』
「あ、嗚呼…っ。解った…。」
「…ねぇ、璃子…。まだ右側の方の事、紹介されてないよ…?此方の方は、どちらさんなの…?」
『え、嗚呼、ごめん…っ。此方の方は、廣光さんの古くからのご友人で、名前は長船光忠さんだよ。』
「どうも、長船です。宜しくお願いします。」
『実は、さっき、偶々私を見かけて話しかけてきてくださったのも、この光忠さん。』
「そうだったんだね〜…。いやはや、こんなイケメンさんがアンタの知り合いになるなんて、吃驚だねぇ〜…っ!正直、羨ましいぞ。姉としてはな!」
『まぁ、それは言えてるな…。私自身も吃驚だもん…。たぶん、奇跡的出逢いを果たしたんだと思うよ…?じゃなきゃ、私、こんなイケメン男子に出逢う訳無い。』
「「…………。(確かに、ある意味、“奇跡的出逢い”ではあるよね/な…。)」」


ある意味、的を得た言葉。

黙って彼女等の会話を聞き、内心頷いた二人は、意味深な視線を彼女へ向けた。

何時か、本当の事に気付いてくれ、と…。

だかしかし、まだ出逢ってから間もない彼女は、気付かない。

彼女の奥深くに眠る記憶は、硬く閉ざされ、蓋をしたままである。


執筆日:2018.10.11