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拙い贈り物



彼等との出逢いは、余程不思議な奇跡的出逢いだと思っていたのか、璃子はまだ言い足りず、言葉を続けた。


『こんな何処にでも居そうな平凡田舎女がさ…今こうして会話してるのも奇跡なんだよ、きっと。寧ろ、私なんか相手が言葉を発するのは、烏滸がましいと思えるよね。気安く口を開くのでさえ、末恐ろしいよ。もう、格が違い過ぎて平伏したい状況だよ、コレ…。何か、生きててスイマセンってレベルで。』
「其処まで自分の事卑下する…っ!?半分気持ちは解るけど、流石に其処までは思わないよ、私でも…!」
『いや…私にはそうなんだって…っ。コミュ障の私にとっては、かなりハードな相手なんだよ。解れよ、我が姉や…!』
「いやいや、こんなトコでコミュ障発症すんなよ、しっかりしろ。私の妹だろ、生きろ…!」
『いや、何でソコ生きろになるんだよ。そもそも、私死んでねぇよ。人を勝手に殺すな。』
「冗談だよぉ…っ。アンタの変な緊張を和らげようとしただけだって!」
『だからって人を死んだ事にすな。殴るぞ。』
「もぉ〜っ、またそんな事喋る〜…!駄目じゃん、アンタ…っ。せっかく良い女なんだから、言葉遣いちゃんと直しなさい!そんなんだから、モテないんだよ…?」
『モテるモテないはどうでも良いとして、言葉遣いに関しては、普段のアンタに対しても完全ブーメランだからな…?自分の事棚に上げてんじゃねぇぞ、コラ。つーか、モテねぇどうとかはアンタも同じじゃねーか。何自分は違いますよ的言い方してんだよ。マジ苛つくんですけど。やるなら受けて立ちますよ…?喧嘩上等、殴り合い上等だ、ゴラァ。コテンパンにぶち伸めしてやるよ…ッ。』
「………何か、意外過ぎて、何処突っ込んで良いのか迷うね?伽羅ちゃん…。」
「…嗚呼、そうだな…。」


最早、空気と成り果てた二人は、ボソリと本音を零す。

若干、視線だけメンチ切りかけていた璃子は、その言葉で我に返り、一度額に手を当てて俯き、深く溜め息を吐いた。


『違う…そうじゃない…っ、そうじゃないんだよ阿呆…っ!何でこうなるかな、もう…っ。』
「えっと…大丈夫かな、璃子ちゃん…?」
『ええ…ちょっと、すみません。少しだけ、自己反省兼自己嫌悪してました…っ。もう大丈夫です。ご安心を。ご心配ありがとうございます。』
「お前、マジ不安定じゃねーか。大丈夫かよ、精神…?」
『テメェが余計な口挟まなきゃ、こうはならねぇよ。心配するくらいなら、今すぐその減らず口閉じやがれ。じゃねーと、そろそろ本気で泣くぞ、私…。豆腐も吃驚な脆弱メンタル舐めんな。』
「……何か、苦労してるな…アンタ。」
『この気持ち、解ります…?』
「嗚呼…まぁ、よく似た状況に俺もなってるからな…。」


心なしか、僅かに涙目になっている目を向けた璃子。

既視感有りまくる状況に、つい思わずボロリと本音を零した廣光は、今の彼女の心情に酷く同情した。

誰の事を言っているのかは、お察しの通りだ。

左隣の男をチラリ見遣る彼は、同類である。

変なところでシンパシーを感じ合った二人は、揃って小さく溜め息を吐く。

その横で、首を傾げるのは、その両者が溜め息を吐く原因になっている二人だ。

意外なところで、似た者同士な璃子と廣光なのであった。

お互い自己紹介を終えた一行は、それぞれの目的の為に別れ、買い物を続ける事に。

その際、変に気を遣いかけた姉、椎名が…。


「あ、もしアレだったら、アンタ達だけで買い物する…?私は一旦、一人別れて別行動。その方が、恋愛的環境は整うよね…!どっちか一人、モノに出来たら教えて頂戴ねっ!」


などとふざけた事を抜かし、彼女に提案したが、一瞬で玉砕。

即答で却下し、おまけにベシッと一発手痛い平手打ちを腕へと構した事で、無かった事にした璃子。

スナップを効かせた平手打ちは、最早グーパンチと大差変わらず、瞬時ダウンした椎名は痛みに悶えた。


『私があの二人に付いていったら、単なる邪魔者じゃねーか。邪魔者以外の何者でもねぇよ。つか、恋愛的環境考えて二人に対して私ぶっ込んだら、三角関係になるからな…?お前の頭は馬鹿なの?ソレすらも解らないお馬鹿なの…?そもそも、そんな事ならないけどね…?んな面倒くさい事、お断りだし。くだらない希望的観測並べ立てるなら、ガチで一旦此処で伸すけど、それで良い…?』


彼女の反応は、正しい。

寧ろ、コレで懲りなければ、本当に鉄拳が下る事だろう。

流石の妹の態度に、マジレスした姉は青ざめた顔で両手を身体の前に翳し謝った。


「ごめん、悪かった。マジで謝る。だから、その本気(ガチ)な目、止めて…っ。あと、その構えた拳、下ろそう…っ?マジで殺りそうだから怖ぇって…!暴力反対…っ!平和的に解決しよう!!な…っ!?」
『…解ったんなら、良し。次、同じような事抜かしたら、マジで殴るからな?覚えとけよ。あと、何時まで荷物人に持たせる気だよ…。良い加減、自分で持ちやがれ。』
「ああっ、それは素直にごめんっ!忘れてたわ…!持っててくれてありがとう…っ!!」


拳でなければ、足が飛んでくる事間違い無しであろう。

流石に素直に頷いた椎名は、漸く大人しくなり、口を閉ざした。

璃子から荷物を受け取ると、すぐに自身の肩へと掛けた椎名。


『そんじゃ…っ、私、ちょっと買ってきたい物あるから、レジ行ってくるね?』
「あ、うん。此処で待っとくから、行っといで〜。」


レジへ向かった後も、何となく一緒に居た彼等は、彼女が戻ってくるまで共に居たようで。

彼女が姉の元に戻ったのを確認した後、その場を後にした廣光達。

恋愛的シチュエーションがどーのかどうかは解らぬが、姉が先にその場から離れてすぐに彼の元へと近寄った彼女は、小声でこっそり問うた。


『あの…っ、廣光さん…!』
「…!どうした…?」
『あの、この後、まだもう少しこのショッピングモール内に居たりしますか…?』
「え………っ?嗚呼…まぁ、今のところ、そのつもりではあるが…?光忠の奴の買い物に、まだ少し付き合ってやらなきゃならないだろうからな…。」
『なら、まだもし帰らないんでしたら、また後で逢えませんか…?少しの間だけで良いんです…っ。貴方に渡したい物があるので、其れを渡したいんです。』
「俺に渡したい物…?よく解らないが、解った…。待ち合わせ場所は、一階のエレベーター前で良いか…?」
『はい…っ、渡せる時になったら、ご連絡します…!そしたら、待ち合わせ場所で逢いましょう…っ。勝手を言ってしまい、すみません…!』
「いや…別に、迷惑だとかそんな風には思っていないから、気にするな。連絡、待ってる…。」
『我が儘言ってすみません…っ。了承してくれて、ありがとうございます…!では、また後で…っ!』


早口で伝えたい事を話した璃子は、離れた分、急いで先を行く姉の元へと走っていく。

数秒間、呆然と立ち尽くし、それを見送った廣光も、気付かず先へ行ってしまった光忠の後を慌てて追っていった。

追い付いた先で、後から遅れて来た事に気付いた光忠が問う。


「あれ…どうしたの?伽羅ちゃん…何かあった…?」
「…いや、大した事じゃない…っ。気にするな。」
「ふぅん…っ、その反応からして…遅れた原因は、璃子ちゃんかな…?何か言われでもしたのかい?」
「嗚呼…。何か、渡したい物があるとかで、また後で逢えないかと問われた…。答えは、是と答えた。」
「そっか。もしかしたら、この間の御礼かもね…?ちゃんと受け取ってあげるんだよ、伽羅ちゃん。」
「勿論だ…。彼奴からの貰い物なら、受け取るのが当然だ。」


らしくなく速まる鼓動が、無意識にも期待していると示しているようで、むず痒くなる。

素っ気なく接してしまう彼が、珍しく照れていると見た光忠は、心の底で嬉しそうに微笑んだ。

そうやって、人間らしく人へ接して感じていき、人として成長していって欲しいと願う光忠。

刀の頃から、他人と接するのが不器用で誤解されがちだった彼は、今も変わらず不器用である。

少しでも人として成長出来るのなら、其れを見守りたいと思うのは、同じ卿出身故か、仲間心からか。

どちらであっても、この想いは変わらぬであろう。

静かに傍らで寄り添い、彼と彼女等を見守れれば、其れだけで良いのだ。

柔らかに微笑む光忠は、温かい眼差しを彼へと向ける。

どうか、今世では幸せになって欲しい、と…。

心なしか、赤らむ顔で足を早めて先を歩いていこうとする彼を追って、足を早める光忠。

その心は、清々しいくらいに晴れ渡っていたのだった。


―ショッピングモール、一階の食品売り場、土産物お菓子コーナーの一角。

其処に、彼女等は来ていた。

此処へは、彼女が、彼へと贈る御礼の品のお菓子を見る為に来たのだ。

椎名は、そんな彼女の付き添いである。

先程とは、逆の立場で色々と見て回る璃子。

椎名は、迷う彼女にちょこちょことアドバイスを挟みながら、御礼の品を考える彼女の事を手伝っていた。


「彼への御礼になら、これくらいの値段のヤツが適当だろうね。相手が男性だから、デザインもあんまり可愛過ぎない方が良いし。」
『そうだね…。確かに、これくらいが妥当かも。』
「中身がアソートなら、飽きずに食べれるし。量も、お一人様相手なら、これぐらいが丁度良いでしょ。どう…?そろそろ決まった…?」
『うん…っ、これに決めるわ。これなら、あんまり重くならないし、種類も意外といっぱい入ってて食べやすそうだし…っ。やっぱ、アンタが一緒に考えてくれて助かったわ…!』
「アンタ、こういうの決めるのは下手くそだからねぇ…。」
『んじゃ、早速レジ持ってって包装してもらってくる…!終わったら、すぐ渡してくるから、入口ん処で待ってて…っ!!』
「はいよ…。急ぎ過ぎて、転ぶなよー…?」


パタパタと急いで駆けていく妹を生温かい目で見守る、姉。

これは、本気で女として先を越されるかもしれない現状に、些か複雑な思いを抱きつつも、姉として純粋に応援する椎名。


「(ま…っ、頑張りなよ、璃子…。)さぁて…っ、何かお腹減ったし、美味しい物でも買って食べながら待ってようかな…?」


ゆっくりと歩き出した彼女の歩みは、軽い…。

急ぎ、彼へと連絡を入れた璃子は、約束した待ち合わせ場所へと向かっていた。

待ち合わせ場所のエレベーター前の処へ行くと、既に来ていた彼は、一人ベンチの側で立ち待っていた。

彼女が側へ来ると、見ていた携帯の画面から顔を上げ、スマホを閉じる。

そして、彼女の元へ近付き、口を開く。


「来たか…。」
『はい…っ、お待たせしてしまったようで、すみません…っ!』
「別に、俺も今来たばかりだ。そんなに待っていない…。それで、俺に渡したい物とは…?」
『あの…っ、本当、気持ちばかりのつまらない物ですけど…っ、先日お世話になった御礼がメアド交換するだけじゃ、やっぱり申し訳なく思えたので…っ!これ、どうぞ…!!』
「…礼については、俺が気にするなと言った筈だったんだがな……。アンタって奴は、大層律儀で真面目な奴らしい…。」
『あの…要らなかったら、後でポイしてくれちゃっても構いませんから…っ。』
「人から貰った物をわざわざ、むざむざと捨てたりなんかしない。ちゃんと受け取るから…安心しろ。」
『あ…っ、ありがとうございます…っ。』
「本当、アンタは、律儀で情に厚い奴だな…。あの頃から、何も変わってない…。」
『ぇ…………?』
「いや…独り言だ…。気にするな。」


ふと、ボソリ、と零してしまった呟き。

その呟きは、小さな声過ぎて、彼女の耳にはっきり届く事は無かった。


執筆日:2018.10.11