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御礼返し


一応、真面目な顔に戻って話を続けた姉、椎名。

その空気は、姉毅然とし、家族であるからの心配の色を見せていた。


「それで…アンタ、倒れたって言ってたけど、大丈夫だったの…?」
『うん…。何か、私がまだ気失ってる間、助けてくれたその人の知り合いの人が診てくれたらしいんだけど、貧血だって言われたらしいよ。大した事はないってさ。』
「なら良いけどさ…。アンタ、ただでさえ今不健康なんだから、気を付けなさいよ…?」
『解ってるって。』
「んで…アンタを助けてくれたっていうその男の子は、何でアンタと同じベッドで寝てたんだろうね…?アンタに気でもあったのかね…?アンタ、黙ってりゃ顔だけは良いから。」
『いや、たぶん其処しか寝るトコ無かったからじゃね…?彼、アパートでの独り暮らしだったし。あと、後半は絶対に有り得ないと思う。だって、私、彼の家着いてすぐゲロぶちまけたらしいし。私自身は覚えてないけど…。そんな女に好意寄せるとか、まず無いだろ。』
「うわぁ…マジかよ…っ。お前、盛大にやらかしたな…引くわ。」
『言われずとも、自分が一番よく解ってるから、敢えて言うでないよ!チクショウ…ッ!』


思い出したくもなかった自分の失態に、再び頭を抱える璃子。

その横で、無駄に意味深な笑みを浮かべてにっこりと笑った椎名は、優しくポンッと彼女の肩を叩く。

まるで、「大丈夫、そんなアンタでも、私は嫌ったりなんかしないからね?」とでも言いたげな、何とも言い難い表情だ。

しかし、思うぞ。

今しがた引いたばかりの奴だろう、と。

この上なく腹の立つ顔と態度に、殴りたい衝動を通り越して殺意の沸く璃子であった。


「まぁ〜、取り敢えず、思ったよりもまともな理由で良かったよ…。もし、歌うのに夢中になって、時間配分ミスったから電車逃したアレで一晩ホテルに泊まってくるねー!、とかふざけた理由だったら説教してやろうかと思ってたから。」
『人の事何だと思ってんの。』
「まぁ、アンタは私よりまともな性格してるから、そんな事しないとは思ってたけどね。」
『おま、ソレ自分で言う…?』
「はっはっは。だって、事実だし…?」


からからと軽い笑みを浮かべながら、バシバシと彼女の背を叩く椎名。

地味に痛いソレに、顔を顰めたのは言うまでもないだろう。

すぐにペッと払った璃子は、不機嫌面で問う。


『それで…?用は、ソレ聞きたかっただけ…?』
「まぁね〜。お母さんが居ない処でなら、気兼ねなく自由に話せるんじゃないかと思ってねぇ。あ、純粋に、アンタの元気な顔が見たかったってのも事実よ?結構長い間顔合わせてなかった訳なんだし…。」
『話だけですかい…。此方来るだけでも、結構電車代掛かるんですけど…?』
「解ってるってぇ〜!だから、帰りは途中の彼処に降りて、一緒に買い物しようかなって考えてたの〜。たまには、姉妹仲良くショッピングに勤しもうよぉ〜っ!」
『そういうこったろうとは思ったよ…。私、この間も行ってるから、あんまり買う物無いんだけどな…。』
「じゃあ、久し振りにちょろっとゲーセン行かない?一緒に太鼓プレイしようよ!」
『あー、まぁ、それなら良いんじゃない…?』
「ついでに、プリも撮ろうよ…!可愛いの!」
『それは却下。』
「えぇ〜っ、璃子ちゃんのいけずぅ〜…っ!」


椎名の元から離れて、腰を上げた璃子は冷蔵庫の元へ。

もう一杯お茶のおかわりを飲んで、一心地着く。

気分を切り替えた彼女が、お茶の入ったグラスを片手に口を開いた。


『出掛けるんなら、さっさと支度しなよ…。私、待ってるからさ。』
「おぅよ…っ!流石は我が妹よ。話が解る相手で助かるぜ…!パパッと用意しちゃうから、待ってて!何なら、其処に置いてる漫画、好きに読んでて良いから。」
『やた…っ、早速読んじゃろ…。さっきからコイツが目に入って気になってたんだよねぇ〜。』
「ソレ、薄い本ですけど…?」
『まだ読んだ事ないヤツだから、良いッス。』
「あれ、そうだっけ…?そのテの作家さんのなら、そっちにも別のがあるよ。」
『待ち時間それなりにありそうだから、読んで待ってるわ。どうせ、アンタの事だから、化粧もするんでしょ?』
「勿論!お出掛けするのに、おめかしして行くのは当たり前でしょ…?アンタも女なら、たまには化粧くらいしなさいよ。」
『嫌だ。仕事以外で化粧するのとか、面倒。』
「うわ、出たよ、女子力低い発言…っ。勿体ないのに…。」


せっかく良い顔をしているのに化粧っ気のない彼女を思い、残念がる椎名。

姉故だろうか、女の身である故だろうか。

着飾る事にあまり頓着を置かない彼女に、疼く構いたがり精神。

それなりに素材が良い分、弄りがいがあるのだ。

何時か何処かで弄り倒してみたいと画策する姉の心中や、妹知らず。

何時か絶対に弄ってやろうと狙う椎名は、ムフフ…ッ、と嫌な笑みを密かに浮かべるのであった。


―場所は移り、ショッピングモール店内。

明るく、きらびやかに光る照明が、キラキラと彼女の目を刺していた。


(何時も思うけど…何故こういう系統の店は、こうも眩しく感じるんだろう…。目に優しくないな。出来れば、私は、もっと落ち着いた系のお店の方が好きだ…。)


偶々セールをしていた女性専門のお洋服店の一角に立ち寄っていた、姉妹二人。

璃子は、完全なる付き添いの体で付いてきていた。


『何か良いの見付かった…?』
「うーん。今、コレとコレ、どっちが良いかなって迷ってたの。アンタなら、どっちが良いと思う…?」
『ん〜…どっちも似合うと思うけどねぇ…。強いて言うなら、右の方が、色合い的にも似合うんじゃない?柄もはっきりしてるし。』
「うーん…でも、此方の服の方も捨て難いんだよねぇ〜。デザイン全く違うけど。」
『気になるなら、どっちも試着してみれば…?今なら、試着室空いてるし。』
「そうだねぇ…じゃあ、ちょっくら試着してくるわ。荷物お願い。」
『あいよ。』
「ありがと。アンタも、何か気になる服があったら、見に行って良いからね?別に、私に付き合わなくったっても良いんだから。」
『まぁ、今ん処、あんまり気に入るような物は無いから。気にしなくて良いよー。』
「そう…?じゃあ、ちょっとの間待っててね。あ、近くの店までなら、好きに見て回ってて良いよ?待つだけだとつまんないと思うから。」
『んじゃ…向かいのメンズショップの方行ってるね。何か良さげな格好良いのありそうだったんで。終わったら、来てー。』
「はいよー、了解。」


お互いに好きな物を見る体で話は決まり、彼女が試着してくる間、璃子は向かいのメンズショップへ入る事にした。

何故、女なのにメンズショップなのかというと…元々、彼女は可愛い系より格好良い系の物が好きである。

よって、何か良さげな格好良い物を見掛けて、そちらに引き寄せられていったのだ。

あまり重くはないが、姉の荷物も片手に、店の中を覗いてみる璃子。

先程までとは違うタイプの店で、照明も雰囲気も全く異なる。

此処は、どちらかと言うと若い男性向けの店なようで、ちょっとギラギラとしたビジュアル系チックな服も並んでいる。

他にも、服は色々と並んではいるが。

彼女は、ふと目に入ったお洒落なTシャツの方へ行き、手に取った。


『おぉ、コレ格好良いな…。サイズが合えば、私でも着れるかな?』


ハンガーに掛けられた服を探し、お目当てのサイズを見付け出す。

一先ず、自分の身に合わせてみて、考える。


『やっぱ男物だからかな…全体的サイズがデカくて、袖が余るな…。デザインは凄く良いけど。』


冬にはまだ早いが、肌寒くなってきたこの頃、少しくらい袖が長くても気にはならないが…。

一応、念の為にチラリと値札を見遣ると、結構なお値段だった。


(…ゼロの数が一桁多いな…。まぁ…暇潰しに見てただけだし、セールしてる訳じゃないから当たり前か。これだけデザイン良けりゃ、そりゃ値段もお高くなりますわな…。)


決して出せない額ではないが、この服の為だけに高額なお金を払う気は全く無いので、素直に元の場所へと戻す璃子。

別に、買い物をしたくてこの店へ寄った訳でもなかった為、諦めは早い。

どうせ同じ額を払うなら、もっとお安い物をたくさん買った方がお財布にも優しいというだけである。

まだ、姉の椎名が此方へ来る様子は無い。

まぁ、店はそれなりに混んでいたし、何着か持っていたから、試着するのにも時間は掛かるだろう。

もう少しこの店の中を見ているか、と辺りを見回し、目に留まったアクセサリー置き場に足を向けた。

ジ…ッ、と眺めて見ていると、ふと気になるデザインの物を見付け、手に取る。

其れを手に取ったのは、特に理由は無いが、何となく感覚でピンと来たのだ。

手に取ったシンプルなデザインのネックレスを手元でじっくりと眺める。


(…これ、何だか彼に似合いそうだな…。結局、御礼という御礼出来てなかったし。何かプレゼント、とまではいかないけど、ちょっとした贈り物程度なら御礼になるかな…?)


そのネックレスは、飾りの部分がペンダントトップになっていて、ペンダントの部分には、格好良いドラゴンの絵が描かれていた。


(私の勝手なイメージだけど、彼が付けるなら、こういうシンプルめが似合うと思うんだよね…。あんまアクセ付けなさそうだったけど。)


そこで思い出す、先日出逢った男の子の事。


(確か、あの時、似たような感じのネックレスを付けていたような…?)


なら、アクセサリーは全く付けないという訳でもなさそうだ。

好みが合うかは解らないが、そもそもが御礼がしたくて考えた事だ。

これぐらいの贈り物なら、そう重くもならないし、軽く受け取ってもらえるだろう。


『(あ、でも待てよ…?一宿一飯の恩だけでなく、バイクで送ってもらうまでしてもらっちゃてるから、結構お金掛かっちゃってるんじゃないの…?)今の時代、ガソリン代って馬鹿にならないよね…。学生で独り暮らしだったら尚更…。何か、クッキーとか軽くお菓子も添えた方が良いのかな…?』


まぁ、御礼なのだから、質や量より、気持ちさえ込もっていれば何だって良いのだろうが。

相手がまだ学生なら、そんなに重くならないような物にした方が良いだろう。

お菓子などの食べ物なら、気軽に受け取ってもらえるだろうし、値段さえ高くなければ、考えるのも難しくはないだろう。


(取り敢えず…これは買っておこうかな…。純粋に、彼に似合うと思ったし、龍をモチーフにしてるってのが気に入ったし…!)


誰かに贈り物をするというのは、何時振りだろうか。

前の職場を退職する際に、「お世話になった御礼です。」との形ばかりの意味で買った時の事はノーカウントだ。

相手を思っての贈り物は、何時だって心が擽ったいものである。


(よし、これ買ってこよう…っ。)


先程見たら、値段もそこそこで、贈り物には適していた。

いざレジへ持って行こうと、レジの場所を探していると、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あれ…?君、もしかして璃子ちゃん……?」
『ぇ……っ?』


まさかこんな場所で知り合いに声をかけられるとは思わず、少し驚いてそちらの方へと目を向ける。


「あ…、やっぱり璃子ちゃんだ…。こんにちは。今日は誰かとお買い物かな?」


あまり聞き慣れない声だった為、誰だろうと思ったら、光忠であった。

彼は、何故か何処か嬉しそうな雰囲気で彼女へと小さく手を挙げ、近付いてくるのだった。


執筆日:2018.10.10