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朧気な印象



彼女から受け取った御礼の品を胸に、家へと帰宅した廣光。

その日は、一日互いに休みの日であった為、仕事が休みであった光忠も何故か彼の家に付いていった。

そのまま晩御飯を作り、食べて帰っていくつもりなのであろう。

元々、そういう刀だったのだ。

今は、刀ではなく人であるが、誰かと集い集まって食を共にするという点では変わらない。

何かと他人の世話を焼くのも、同じだ。

よって、何の因果か、人として生を受け転生した今世でも、再び巡り逢った元刀達は、変わらず連るんでいる。

彼と光忠、貞宗に鶴丸といった伊達に連なる同郷者達も、今も尚、刻を同じくして繋がりを持っていたのだった。


「ねぇ、伽羅ちゃん。彼女から貰った贈り物、開けないの…?」
「ん…?嗚呼…まぁ、飯も食ったし、開けて見てみるか。」


受け取ったは良いが、何だか開けるのが勿体なくなり、今更気恥ずかしくなってきてしまったのも相俟って、なかなか開けれずにいた袋の中を指差して問う光忠。

彼に指摘され、漸く開ける気になったのだろう。

意を決して、袋の中身を出して確認した廣光は、一時停止する。


「…何であれくらいの事で、礼の品が二つもあるんだ…。」
「わ、本当だ…。気持ちの問題じゃないかな…?一つは、小さな紙袋に別に入ってて、もう一つは、少し大きめの箱物だね。この箱物は、もしかしてお菓子かな…?結構軽いし。」
「此処までしてもらう程、大層な事はしていないぞ、俺は…。」
「まぁ、それだけ感謝してるって事じゃない…?彼女、昔からそういうのは強かったでしょ…?」


思った以上の物に、頭を抱えた廣光は、呆れの溜め息を吐く。

光忠は、くれた彼女の性格を元より把握しているのか、少し眉を下げて笑うだけだ。

取り敢えず、少し大きめの箱物の方を先に開けてみるとして、包みを剥がす廣光。

綺麗に剥がした包装紙は、そのまま近くの場所にペイッと投げ捨てておく。

どうせ、光忠辺りが処理するだろう事は目に見えているので、小言を零されても、敢えて気にしない。


「思ったよりも、いっぱい入ったヤツだな…。色んな種類が入ってる…。」
「伽羅ちゃんは、いっぱい食べるからね〜。たぶん、そこら辺に気を遣ったんじゃないかな…?」
「まぁ、確かに、俺は大飯食らいだが…。」
「あ、さっきコレが入ってた袋の中に、小さなメッセージカードが入ってたよ…!えっと、何々…?“先日、お世話になった御礼です。お菓子は、お友達やよく遊びに来るという貞君達と一緒に食べてください!”…だって。伽羅ちゃん、貞ちゃんの事、璃子ちゃんに話したんだ?」


メッセージカードの存在に気付いた光忠は、そのまま勝手に内容を見て読み上げる。

予想以上の気の回し具合に、呆れを通り越して、最早感嘆する彼である。

顔を手で覆い隠し、天を仰いでいる。


「………馬鹿なのか、彼奴は……っ。」
「照れてるの…?本当は嬉しいんでしょ。素直にありがとうございましたって、後で伝えれば良いじゃないか。というか、まだもう片方、残ってるよ…。早く開けちゃいなよ?」


彼本人よりも中身が気になっている光忠は、早く開けてみろと急かす。

その声に押され、残っていたもう一つの小さな紙袋の方も開けて確認してみる。

袋の中を出してみると、小さな色付きの袋に包まれた物が出てきた。

シャラリと金属特有の音がしたので、試しに中身を手に出してみれば、一つのネックレスだった。


「あれ、このネックレスが入ってた袋に書いてあるお店の名前、お昼に僕達が彼女と逢った時のお店の名前だね…っ。もしかして…あの時、何か買ってたのって、コレだったのかもね…。ちょっと変だなぁ〜とは思ってたんだよ。何で女の子の彼女が、メンズショップに居るのか?って。」
「……………。」
「伽羅ちゃん…?」


急に黙りこくった彼を不審がり、彼の顔の方を覗き込むと、目を見開いたまま固まっていた。

彼の視線は、手元のネックレスに向けられたまま固まっている。

どうしたのかと様子を見守っていると、徐に動きを再開した彼が小さく言葉を漏らした。


「………は…、………に……………いる……っ。」
「え…っ?ごめん、今何て………?」
「…彼奴は…、微かに、刀の時だった俺の事を憶えている……ッ!」
「…………………え?」


まさかの彼の呟きに、瞠目した光忠は、彼の手の中にあるネックレスへと目を向けた。

よく見れば、其れはペンダントトップになっており、ペンダントの部分には、龍の絵が描かれていた。

彼女が、此れを贈ったのは、ただの偶然かもしれない。

然れど、偶然。

偶然は、必然でもある。

彼女は…はっきりとは憶えていないにしろ、彼女の中で、彼等と過ごした記憶は、今もしっかりと魂に刻まれているのだろう。

其れが、今回の必然とも言える偶然を呼び起こしたのだ。

龍は、彼を示す根源のようなもの。

元刀であった彼の名は、大倶利伽羅。

その刀に彫られた、彼を指し示す象徴とするものが、倶利伽羅龍だった。

嘗て、その刀の持ち主であった伊達政宗公が信仰していた、不動明王の加護にあやかった代物だったのである。

彼を象徴とする倶利伽羅龍は、切っても切れぬもので繋がれている。

それ程、龍と指し示しすものとの縁は強かった。

彼の持ち主であった伊達政宗公が、龍と称されていた事も其れに起因するだろう。

故に、龍は、彼を象徴とするもの。

彼女の中で、彼を意味するものが何であるか、根底に根強く残っていたのである。

彼等との記憶は憶えてはいない。

だがしかし、彼等と紡いだ縁は、今も尚、強く彼女の中に繋ぎ止められていたのだった。

彼が、手の中にある其れを強く握り締める。


「……俺は、待つ…。彼奴が…、璃子が、全てを思い出すまで………ッ。」


シャラリッ、ネックレスの飾りの部分が音を立てて揺れる。

其処には、龍の意志が宿っている。


「…僕も待つよ、ゆっくりと…。彼女が、記憶を思い出してくれる、その時まで。」
「彼奴は…きっと憶えている。俺達の事を…刀であった、俺達の事を。」
「そうだね…。その事が知れただけでも、今は一歩進めたよ。まだ時間は、たっぷりある…。彼女が少しずつでも、僕達との記憶を思い出していくのを見守ろうか。」


静寂は、夜を告げる。

龍の意志は、まだ眠らない。


次の日、彼は、何時も付けていたペンダントを外していた。

代わりに、昨日、彼女がくれたペンダントを首に付けていた。

首元で、銀色に描かれた龍が揺れる。


「オッス!おはよ…っ!」
「…はよう。」
「今日も、相変わらず早いな…!」
「まぁな…。」
「そういえば、何かアクセ変えた…?ちょっと、何時もと違くね?」


まだ人も疎らで少ない朝早い時間帯、彼は教室で同じゼミの獅子王から挨拶を受けていた。

其処で問われた、件のネックレス。

彼は僅かに口角を上げて笑みながら、静かに返事を返した。


「よく気付いたな…?」
「仲間の事は、何時もよく見てるからな…!何か何時もと違うなぁって思ったんだよ。新しいのに変えたのか…?」
「まぁ…ちょっと大切な奴から、貰い受けたんでね。使わないのも勿体ないんで、せっかくだから使ってやろうと付け変えただけだ。」
「へぇ〜…っ。ソレくれた奴、きっとセンスあるな…!だって、ソレめちゃくちゃ格好良いし、お前に似合ってるもんっ!良かったなお前、そんな素敵な良いヤツ贈ってもらえてさ。良い友達(ダチ)じゃねぇか…っ!ソイツの事、大事にしてやれよ?」
「…言われずとも、大事にするさ。彼奴は、特別だからな。」
「お…っ?何だ何だ、恋バナか…っ!?とうとう、お前にも彼女出来たのか…!?」
「ふん…っ、くだらないな…。別に、彼奴はそんなんじゃない。」


そうだ。

彼奴は、そんな軽々しいもので呼べるものじゃない。

彼は、心の中でそう思った。

馴れ合いを好まない彼は、それ以上語る事は無く、口を閉ざし、後は静かに授業が始まるまでの間、本へ意識を向けるのであった。


別の授業で、次の教室へと移動していると、また一人、元刀で同じ主の許に居たとする者と廊下で擦れ違った。

今は、あまり布を被らない、山姥切国広だ。

さっきの時間では、別の教科を受けていたのであろう、違う教室から出てきた彼も、廣光と同じゼミの者であった。

次の時間は、互いに同じ単限を取っている為、一緒である。


「おはよう…。今日も休まず来れたんだな?」
「まぁな…。今のところ、この教科では一度も休んでいないから、一回くらい休んでも成績には響かないがな。」
「一度も休まないというのは、良い事だと思うぞ…?その分、評価は上がるし、皆勤賞も狙える。」
「敢えてサボろうとは思わないが…別に皆勤を狙うつもりも無い。」
「そうか…。俺は、先日、風邪で一回休んでしまったからな…。これ以上、出席に穴を開けないよう、気を付けなければ。」


廣光と似て真面目な彼も、しっかり授業を受けて、点数を稼いでいる。

嘗ては、刀だった二人も、今や、お互い大学生といった勉学に身を置いている。

時折、バイトなりで勉学以外にも身を置いたりするが…。

それなりに、人の生を謳歌している者達なのである。


「なぁ…俺の気のせいで間違ったらすまないが、なんとなく、今日は機嫌が良さげに見えるんだが…何か良い事でもあったのか?」
「機嫌が良い、か…。強ち間違ってはいないな。今日の俺は、気分が良い…。」
「そうか…。それは何よりだ。ところで、何時も付けていたネックレスはどうした…?何時もは、刀の時に付けていた物を付けていただろう?」
「嗚呼…其れなんだが、偶々良いヤツを或る奴から貰い受けてね。気分転換に付けてみただけだ。」
「そうなのか。それは良かったな。アンタによく似合ってると思うぞ…。」


何故か、朝から口々に出逢い頭に言われる言葉達。

そんなに顔に出てしまっているのか。

そこまで浮かれたつもりはなかったのだが…無意識だ。

もし、今も刀の頃のままで居たならば、きっと、はらはらと桜の花弁を舞わせている事だろう。

それくらい、今日の彼は上機嫌だった。

故に、常の彼よりも饒舌に喋り、話しかければ、何時もよりも口数が多かったのである。

仲間達は、少しだけその様子を不思議がるも、特には気に留めなかった。

彼等も、彼を解っているので、変に指摘したりはしないのだ。

機嫌が良い龍は、珍しく多く喋り、口数を増やしたのだった。


機嫌良ろしく一日を終えた彼は、自身の家へ帰宅する。

今日は、光忠も仕事のある日なので、寄っては来ない。

一人のんびり過ごせると思いきや、呼び鈴のチャイムの音が部屋に鳴り響く。

誰か、来訪者が来たらしい。

こんな独り暮らしの大学生のアパートに遊びに来る奴なんて、限られている。

ある程度、予想が出来ている中、少し面倒くさそうに間を置き、相手を焦らした。

すると、相手は焦れたように、部屋の外から声を張り上げた。


「伽ぁ〜羅〜…っ。開けてくれよ〜っ!居るんだろぉ〜…?」


うるさい、面倒な奴が来たものだ。


「…はぁー…っ。面倒な奴が来た…。」


仕方なく腰を上げ、玄関へと赴く。

ドアのロックを外してやれば、即開いて飛び付いてくる子供。

彼も、廣光と同じ元刀であり、同郷者だ。


「何で居るくせにすぐ開けてくれなかったんだよ〜っ!つれないだろ…!?」
「騒ぐな…。アパートに響く。俺も、今大学から帰ってきたばかりだったんだ…。少しくらいゆっくりさせろ。」
「へへ…っ、そりゃ悪かったな!取り敢えず、ただいま…っ!噂の貞ちゃん、ご帰還だぜ!!」
「…此処は、お前の家じゃないんだがな…。帰るなら、自分の家に帰れ。」


やって来たのは、太鼓鐘貞宗だった。


執筆日:2018.10.12