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古き旧友



学校帰りに、家へ帰らず彼の家に遊びに来た、貞宗。

何時もの如く、勝手に菓子を集りに来たついでに泊まっていくつもりなのであろう。

家に上がり込まれて早々、騒がしくする彼を大人しくさせる為、彼女から貰っていたお菓子を分け与えて静かにさせる廣光。

子供というものは、お菓子さえ与えておけば、何故か大人しくなるものだ。

一人勝手に来て喋り騒がしくする彼も、例外ではない。

彼に貰ったお菓子を大人しく手にして美味しそうに食べる貞宗は、ご満悦である。


「コレ、美味ぇな…っ!何処で買ったんだ?」
「知らん…。貰い物だ。」
「へぇ〜。結構、色々いっぱい入ってるよな。お前一人にくれるのには、ちょっと量多くね…?」
「…俺が大飯食らいでよく食べるってのと、“親戚のガキがよく遊びに来る”とお前の事を話したからだろう…。わざわざ、そこまで気を遣わなくても良いだろうに。世話になった礼だとくれたんだ。俺は、礼はしなくて良いと言ったんだがな…。」
「何だ、誰かの手助けでもして世話を焼いたのかい…?捨て置けねぇなぁ、伽羅!イカした伊達男じゃねーか…!」


馴れ合わないと言いつつも、人に手を貸し世話を焼く彼に、カラカラと笑い声を上げる貞宗。

そんな二人の関係は、昔から変わらない。


「んで…?コレくれた、その礼をしたって奴は、女かい…?まぁ、菓子折を用意するくらいだから、女っていう可能性のが高いよなぁ…。」
「嗚呼…ソイツは、お前の言う女で合ってる。それも、しかも、俺達の元・主だ…。」
「え……………っ?」
「…ふ…っ、何て間抜け面だ…っ。そんな派手に呆けた面してたら、伊達男が廃るぞ…?止めた方が良いんじゃないか?」


驚きのあまり固まる貞宗を他所に、小さく吹き出した廣光は嘲るようにそう口にする。

彼のそういった口が本気で罵っている訳ではないと知っている貞宗は、特に気にせず、敢えてその点には指摘せず言葉を発した。


「は………?な、に言ってんだ?お前…っ。主が、そんな、そう此の世に……っ、」
「ウィーッス…!邪魔するぜー?お鶴様のお通りだぞ、っと…!」


彼が言葉を告げている途中に、突如乱入してくる形で声を発した人物へ目をやる。

すると、真っ白に髪を染めた細身の若者が玄関から上がり込んでいた。

来客を知らせる、呼び鈴のチャイムの音は聞こえていない…。

無断侵入か。

不当にも無断侵入してきた輩を前に、彼は眉根を寄せ、不機嫌な面をして言った。


「毎度毎度…どうしてアンタ達は、揃って俺の家に集まろうとするんだ…?」


呆れを滲ませた深い溜め息を一つ吐いた。

文字通り乱入してきた白い頭の男は、あっけらかんとした口調で問いの答えを返す。


「どうして、って…そりゃ、其処に君が居るからだろう…?」
「…答えになっていない…。」
「まぁまぁ、そう固い事言うなよ…。俺達の仲だろう?」
「俺は、アンタ等に付き合ってやるつもりはない…っ。馴れ合いは、御免だ。」
「何だよ…相変わらず、冷たい奴だなぁ、君は…っ。そんなんじゃ、何時か絶対飽きられるぜ…?」


言葉に言葉を返した男は、平然とした顔で宣う。


「鶴爺…っ!何時来たんだ…?」
「今、来たところさ。何を話していたんだ?」


彼の名は、五条鶴丸。

彼の古きからの友人だ。

元の名を、鶴丸国永と言う。

彼もまた、刻を同じくして生きる、元刀である男なのだった。


「今、俺が食ってるこの菓子、元主だった奴から貰ったって聞いて…っ。という事は、つまり、伽羅は元主に逢った、って事だよな…?」
「嗚呼、その話か…。そういえば、まだ貞坊にだけは話していなかったっけか…?丁度、俺も主の件の話を聞いたのが夜だったから、連絡しなかったんだよな。…スマン。主と逢った事は聞いていたが…君、菓子なんて貰っていたのか?」
「世話になったという礼で貰っただけだ…。特に話すべき事柄でも何でもないだろう?」
「まぁ、普通ならそうかもしれないが…。今じゃ、転生したとしても、皆バラバラだろう…?嘗て、主であった彼女も生きているとあったら、気になるに決まっているさ。今、彼女はどうあるのか?…ってな。」


彼等は特殊で、元は刀であった頃の記憶を持つ人間だ。

それ故に、彼女の安否基生息の事を聞きたくもなるのである。

過去、主と称して付き従った、嘗ての自分達の立場上の上司…人の子で審神者を勤めた娘の存在の事を。

まだ話を聞いていなかった貞宗の為に、彼が彼女に出逢った経緯の顛末を話した。

すると、漸く納得した様子を見せた貞宗は、すぐに教えてもらえなかった事に仲間外れにされたようだ、と言い、拗ねてしまった。

話の伝達が夜であった為、仕方ない事だとは解るが、ちょっぴり疎外感を感じてやるせないようだ。

物分かりの良い貞宗は、自分の事を気遣っての事だと理解はするものの、やはり内容が内容なだけあって、すぐに教えてもらえなかった事が寂しかったらしい。

ほんの少ししょぼくれた様子を見せる彼の頭を、年長者な鶴丸が撫でる。


「まぁ、そう拗ねるなって貞坊…!」
「別に、拗ねてねぇよ…。」
「思いっ切り拗ねてるじゃないか。」
「ほら…この菓子やるから、機嫌直せ。」
「菓子で釣られるかっての…!そもそも、俺はそこまでガキじゃねぇ…っ!」


ぷんすこ怒り不機嫌さを露にするものの、お菓子はありがたく貰う貞宗であった。


「そういや、何でアンタはウチに来たんだ…?何の用か、まだ聞いていないが…。そもそも、来るという連絡も無いが。」
「ん?それはだな…特に理由は無い!」
「は…?」
「強いて言うなら、久々に君の顔が見たくなった、というところだな…!」
「…久々という程、期間は空いてないだろ…。というか、貞と同じくらい、結構な頻度で顔を合わせてる気がするが…。」


何の用かと思えば、実にくだらない理由であったせいか、呆れた表情を隠しもしないで晒す廣光。

だが、そんな対応にも慣れた鶴丸は、変わらず言葉を続けた。


「君が寂しがるかと思ってなぁ…。だから、時折、こうして顔を出しに遊びに来てるってこった…!」
「誰が寂しがるか。そうしょっちゅう来られても、迷惑なだけだ。ウチは、アンタ等みたいなうるさい奴がわちゃわちゃと集まり騒ぐような場所じゃないんだ。況してや、しがない大学生が独り暮らすアパートの一室だ…。騒がれては、他の部屋の住民に迷惑な上に、大家にドヤされるのは俺だぞ?少しは考えてくれ。」
「…なぁ、今のもしかして、ノンブレスか?」
「黙れ。菓子やるから、アンタは静かにそれ持って帰ってくれ。」
「あ、一応菓子はくれるんだな。ありがとう。ありがたく受け取っておくよ。彼女がくれたっていう菓子でもある訳だしな!」
「伽羅は、何気に優しいからなぁ…っ。」
「貞、お前も、それ食い終わったら帰れ。親御さんが心配するぞ。」
「えぇ…っ、せっかく泊まるつもりで来たのにぃ…っ。」


自分まで退散しろとの矛先が向き、不満を漏らす貞宗。

ブーブーと口先を尖らせ、抗議する。

しかし、そう簡単に折れる訳もない彼は、それを跳ね除け、騒ぎ出す前にと彼等を部屋から追い出す。

明日は、金曜日。

つまりは、平日である。

よって、明日も大学で授業のある彼は、一刻も早く夕食の支度をして、ゆっくり休みたいのであった。

彼等が去った後、あんなに騒がしかったのが嘘のように居なくなったからか、やけに静かになってしまった部屋。

ひたすら静寂な空間に、自身の呼吸する音だけが響く。

彼は、黙って部屋の片付けをしてから、夕食の準備に取り掛かる。

明日の朝も早いのだ。

出来れば、早い内に床に入っておきたい。

そう思いながら、彼はさかさかと動き、適当に決めたメニューの夕食を作っていく。

夕食を食べ、暫くテレビを眺め腹を休めた後、風呂へと入る廣光。


「今日は変に疲れたな…。」


風呂へと入った廣光は、湯の張った湯船に浸かりながらボヤく。


(そういえば…彼奴は、今何してるんだろうな…?)


ふと気になり、彼女の事を思い浮かべ考えてみる。

暇潰しに湯を使った手遊びをしてみれば、ちゃぷりと湯が跳ねて、水音を鳴らした。


(時間が時間だ…。恐らく、もう飯を食って、俺と同じく風呂に入ってるか…早くて寝てるかもしれないな。)


グッと腕を上に伸ばして身体を解し、口許辺りまで湯に浸かる。


(…今度、彼奴に逢ったら、アレを渡すか…。アレを持ってれば、今より何か変わるかもしれない。)


彼がアレと指す物は、彼が昨日彼女から新たな物を貰うまで、ずっと身に付けていた物の事だ。

もっと語るならば、遡る事、刀の頃から付けていた物の事である。

梵字の描かれた其れは、言ってしまえば、大切な彼の一部。

其れを、彼女に預けようと思ったのだ。

その理由は、簡単である。

元刀であった頃の物が身近にあれば、何か思い出すきっかけになるかもしれないと思ったからだ。

あとは、彼女を護るお守り代わりになれば良いと思ったからである。

刀としての彼の加護があれば、何かしらの厄が降ってきたとしても、祓ってもらえるだろうと考えての事だ。

そうと決まれば、彼女と逢う約束を取り付けなければ…。

浸かっていた湯船から上がった廣光は、身体を拭きしっかり水気を拭い切ってから風呂から出た。

服を着て、タオルで頭をガシガシと拭きながら部屋へと戻る。

風呂から上がったばかりで身体が火照り暑い為、濡れた頭はまだそのままに、携帯を手に取り、SNSを開く彼。

新しく登録したばかりのグループを開き、そこへ目的の要件を書き込む。

「次の土日、どちらか逢えないか?」、と。

思ったよりも早く既読が付き、すぐにピコンッと返信の言葉が送られてきた。

どうやら、彼女はまだ起きていたらしい。


「返事は…了解、か。まずまずの成果だな。」


返事は是との了承を得て、無事約束を取り付けた彼は、ホッと溜め息を吐く。

約束は、土曜日の午後。

待ち合わせ場所は、彼女と初めて逢った駅の広場前である。

まだ付き合ってもいないこの二人だが、気分は、既にデート前の恋する乙女な気分だ。

そわそわと騒ぎ立てる胸の内に落ち着かず、今緊張するには気が早いだろうと用の済んだスマホをベッドへ放り投げ、髪を乾かしにドライヤーを取りに腰を浮かす。

妙に浮かれた気持ちで、この時は思いもしなかった。

取り付けた約束が無くなってしまうとは…。


地味に落ち着かない一晩を過ごし、そわそわと気になって勉強に身が入らない一日を過ごして、待ちに待った約束の土曜日。

朝、起きてスマホを開き、何か連絡は無いかと確認がてらグループ画面を開いた途端、愕然とし、固まった。


「“急に引いていた風邪が悪化し、寝込んでしまった為、約束の場所には行けません。ごめんなさい…。せっかくのお誘いを断る事になってしまい、凄く申し訳ないです。また今度、日を改めてお逢いしたいと思うのですが、宜しいでしょうか…?”………か。…はは………っ、何だよ、それ…………。」


あれ程、勝手に舞い上がっていたのが嘘みたいな返しだった。

寝ていたところに、いきなり冷水をぶっかけられたくらいの衝撃を受けた脳内。

一瞬で思考停止に陥った廣光は、そのまま暫く突っ立ち、立ち尽くすのだった。


執筆日:2018.10.14