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見舞いと看護



風邪で寝込んだと知らせを受けた彼は、約束が無くなった事に暫く放心したが、すぐに我に返り、大丈夫なのかと心配の言葉を返信で送る。

すると、暫くして短い文章が返ってきた。


“ただの風邪です。大した事はないですよ。”


その一文で、酷く安堵した廣光は、ホッと息を吐く。

続けて、どう症状があるのかの文字を打って送った。

また、間髪空けず、短めの文章が並ぶ。


“鼻水と咳が少し…。あと、微熱がちょっと。”


微熱程度なら、彼女の言う通り、大した事はないのだろう。

しかし、予想以上に彼女は弱っていたようで、次の言葉にこう送ってきた。


“普段低血圧な分、ちょっと熱が出るだけでも辛いかな…。柄にもなく、逢えるの楽しみにしてたのに、自分のせいで逢えなくなって哀しいです。せっかく出掛ける準備してたのになぁ…。”


思わぬ感想に、彼は一瞬目を疑った。

見間違いだろうか。

今、何だか変な言葉を目にしたような…。

まだ寝惚けているのか、一度目を擦ってよく見てみたが、文章が変わる事はなかった。

嘘じゃなかったのである。

再び、落ち着きのなくなる心中。

取り敢えず、「大丈夫か…?」と短く一言だけ返事を送ってみる。

すると、数分後に、また返事が返ってきた。


“大丈夫じゃないみたいです…。何だか、心が寂しくて泣きそうです。”


本気で大丈夫か、と心配になってきた彼が返事を打とうと考えていると、ピコンッと通知を知らせる音。

見てみれば、またもや短い一文が。


“今、何故か無性に貴方に逢いたいです。”


時が止まったかのように感じた一瞬だった。

彼の手が、無意識に文字を打っていく。


“アンタが差し支えなければ、逢いに行ってやろうか?”


気付けば、そう打ち送っていた。

彼女からは、すぐに返事が来た。


“逆に良いんですか?”


わざわざ見舞いに来てもらう程までの関係ではないと思っての台詞なのだろう。

答えは、決まっている。


“逢う約束は無くなったが、見舞いという体の話なら、良いんじゃないか?”


暗に了承の意を滲ませた文章を送る。

少し間隔を空けて、返事が返ってくる。


“ありがとうございます。出来る事なら、貴方に逢いたいです。無理を言って、ごめんなさい…。見舞いという言葉を貰えただけでも、嬉しいです。”


つい、無言でジッと文章を見つめてしまう。

続けざまに言葉を打って、彼女の住んでいる家と隣近所の特徴を教えてもらう。

近くまでの道のりなら、先日送っていった為、解る。

先程より、少し間隔が空きつつも返事が返ってきたので、それを当てにしながら向かう事にする廣光。

出掛ける準備をして、早速バイクへ跨がり、走り出す。

大丈夫、道順ならしっかりと覚えている。

手ぶらで向かうのも悪かろうと、道中店に寄り、見舞いの品として幾つかを見繕う。

それを携えて、メッセージに記された場所を目指して進む。

店に寄ったせいか、先日送った時よりも少し時間は掛かってしまったが、無事目的地へと着いた廣光は、彼女の家と思しき前にバイクを停める。

降りて、頭のヘルメットを外してから、改めて彼女が住むという家を眺めた。


「意外と結構古いんだな…。それでいて、少しデカイか…。」


目の前の一見大きく見える、よくあるタイプの日本家屋を見て、簡単な感想を一人ごちる。

ヘルメットを片腕に抱え、もう片手には見舞いの品の袋を提げ、玄関先へと歩み寄る。

壁際に設置された呼び鈴のインターホンを鳴らして、相手を待つ。


「はーいっ、今開けますねー?」


数秒間待って、誰かの返事が返ってきて、玄関の鍵を開ける音がする。

間もなくして、家の家主の者が玄関の戸を開いて顔を覗かせた。


「はーい、どちら様ですか…?」


初めて顔を合わせる者だ。

彼女の母親だろうか、少し雰囲気が似ている壮年の女性が出てきた。


「花江璃子さんは、いらっしゃいますか…?俺は、璃子さんの知り合いの大倶利伽羅廣光という者です…。此方に璃子さんがいらっしゃると本人から聞いて、今日は、風邪で寝込んでいるお見舞いも兼ねて逢いに来ました。」


失礼に当たらないよう、なるべく丁寧な言葉遣いを選びながら言葉を発した廣光。

緊張で、些か表情が固くなってしまっているのは、ご愛嬌だ。

初めて見る娘の知り合いという顔に、よく解らない母親は、若干戸惑いの表情を見せながらも、「すみません…っ、ちょっと待っててくださいね…。」と生返事を返した。


「娘は、今部屋で寝ていますので、ちょっと本人に聞いてみます。」


そう口にして、母親は一度家の中へと引っ込んでいった。

少し待っているよう告げられた彼は、大人しく玄関先で立って待つ。

事情を知らない母親は、取り敢えず、寝ている件の娘を起こし、彼の事を伝える。

体調が悪く寝ていたところ且つ、人に起こされるのが嫌いで、寝起きの悪さを発揮して寝惚け頭を起こしていると、何とか起きた彼女に母親が声を潜めて言う。


「何かアンタの知り合いなんじゃない…?今、玄関に男の子が来てるわよ。えっと、おお…何て言ったかしら、取り敢えず何か難しくて長い名前のひろみつ君…?って子が、アンタの見舞いに逢いに来たんですって。」
『え……………?』
「玄関先で待たせてるから、起きれるんなら、早く起きなさいよ。話すのは良いけど、あんまり長い事話すのは止めなさいよ…?アンタ、まだ体調悪いんだから。あ、あと、玄関に出ていくなら、身体冷やさないよう何か上着羽織るのよ。」


半寝惚け状態で言われ、ポカン…ッ、と放心する璃子。

それだけ告げると、母親は用は済んだと腰を上げ、一階の部屋へと降りていく。

暫く固まっていた彼女だったが、スマホを手に取り、画面を見つめる。

次の瞬間には頭を覚醒させ、ドタバタと慌てて身を起こし、顔を洗って髪を整えて急いで身支度を整えていく。

急ピッチで何とかまともな身形になると、急いで二階の部屋から玄関まで走った。

その際、起き上がり故に加え身体がふらついて物にぶつかり、足を打ち付けたりなんかしたのは、最早テンプレだ。

如何にも、具合が悪くて寝てましたという姿に、彼は、「本当に寝込んでたんだな…。」と何処か他人事のように思うのだった。


『ご、ごめん…っ!こんな格好で…!!』
「いや、此方こそ、寝てるところをわざわざ起こして悪かったな。大丈夫か…?」
『え?あぁ、うん…大人しく静かに寝てたから、少しマシなったよ。心配してくれてありがとう。』
「いや、アンタが元気なら、それで良いんだ…。早く善くなると良いな。」


寝間着姿で申し訳なさそうに謝る彼女に、彼は気にするなと一言返す。

起きたばかりなのと、少しばかりテンパっていたせいか、彼に対する口調が敬語が抜け、普段の口調になっていた。

それに、新鮮味を感じていた廣光は、敢えてまだ突っ込まない。


『えっと、何か変な事言い出して、ごめんね…っ?逢いたいなんて、いきなり何言ってんだ?って感じだし。寝惚け半分、気持ち冗談半分で打ったから…後半何打ったか覚えてなくて。さっき確認して、自分で打っときながら、かなり驚いたわ…。その、マジで本当に来るとは思ってなくて…本気で何の準備もしてなかった…。申し訳ない…っ。』
「…一応、俺は、アレでも本気だったんだが…。」
『え、あ…すまん。ガチでごめんなさい…っ。』
「まぁ…、起き抜けの無防備なアンタの姿を見れたという事で、チャラにしといてやるよ。」
『え…………っ。』


咄嗟に自身の格好を思い、顔を青ざめさせた璃子は、再びわたわたと慌て出す。


『え…っ?な、ど、どういう事…?もしかして、アレですか…?どっか気付かないトコに寝癖とか付いてたって事ですか…!?』
「嗚呼、そうだ。右下の後ろの方…少し跳ねてる。」
『嘘ォ…ッ!?』
「嗚呼、嘘だ。」
『にゃんと…っ!?』
「冗談だ。アンタの反応が、予想以上に面白かったんでな…少しからかってみたくなっただけさ。」
『は………!?』


ひたすら慌て驚く彼女に、込み上げてきた笑いを隠しきれない彼は、ふ…っ、と笑った。

からかわれたのが冗談だと知った彼女は、まだ訳が解らず、放心している。


「まぁ、アンタの顔が見たくて逢いに来た、というのは本当だ。思ったよりも、元気そうで安心した…。」
『へ………?』


恥ずかしげもなく言葉を言い切った彼に、段々と恥ずかしくなってきた彼女は目を逸らして顔を赤らめる。

一先ず、立ったままはお互いの身にキツかろうと上がり段の処へ腰掛ける。

璃子は、身体を冷やしてはならないと、部屋に入ったまま足元だけ上がり段の処へと下ろす。


「そら、見舞いの品だ。受け取れよ。」
『わ…っ、ありがとう…。お見舞いに来てくれただけでも嬉しいのに…。』
「中身は、スポーツドリンク一本とフルーツゼリーだ。後で食え。」
『わざわざ、ありがとう…っ。体調崩して見舞いに来てもらうだなんて、何時振りだろう…?中学生の時以来かな…?』
「それ食べて、早く善くなれよ。」
『うん…っ、ありがとう、廣光君。』


つい言葉が砕けてしまった故か、呼び方も何時もとは違う呼び方になった璃子。

敬称が、「さん」から「君」に急に変わった事に、慣れない廣光は言葉を詰まらせた。


「…今日のアンタは、少し砕けた口調だな…。」
『え………?あ……っ!』
「今更直さなくても良い…。普段のままのアンタの方が、俺としても接しやすい。」
『え……、は。』


思わぬ切り返しに、せっかく冷めていた頬がまた火照り始める。

熱のせいではないが、赤くなってきた彼女の顔に、熱が上がってきたと勘違いした彼は、手を伸ばした。


「少し喋り過ぎたか…?人と喋るだけでも体力を使うからな。ちょっと熱が上がってきたんじゃないか?」
『え、いや、これは…っ。』
「…やっぱり、少しだけ熱いな。もう布団に戻って寝ておけ。これ以上、熱を上げて風邪を悪化させても、拗れて治りが遅くなるだけだからな…。早く横になって、安静にしておいた方が良い。」
『…ぅ、あ、はい…っ。そうします…っ。』


少し熱のある額に、ひんやりとした彼の手が触れて、少し気持ちが良い。

思わず、ホゥ…ッ、と息を吐いた璃子は、気持ち良さげに目を細めた。

平熱の彼の手と熱のある自身の温度差で、少しだけひんやりと感じる彼の手が心地好いのだ。

決して本当に冷たい訳ではなく、絶妙に人肌の温もりがして温かいのである。

最初こそ抵抗を見せたものの、すぐに大人しくなったのを見て、手の温度が温度差で冷たくて気持ち良かったのかと気付いた廣光。

目尻を和らげて、するりと頬を撫ぜた彼は、口を開く。


「早く治せ…。そしたら、また約束をして、逢おう。」
『うん…っ、頑張って善くなるよう努めます…っ。』
「良い子だ…。そんなアンタには、此れをやる。」
『ん…?これ、って……?』


よしよしと小さな子供を宥めるように頭を撫でると、大人しくソレを受ける彼女の手に、例のネックレスを落として握らせる。

何を受け取ったのだろうと首を傾げた璃子は、握らされた掌を開き、手の中の物を見る。


『此れ…私と初めて逢った時に付けてたヤツじゃ…?』
「俺のお守りだ。俺が今までずっと身に付けていた物だ。アンタにやる…。」
『えっ?そんな大事な物、簡単に貰えないよ…!』
「良い。アンタに持っていて欲しいから…。やる。アンタを災厄から護ってもらえるよう、願いは込めてある。だから、受け取ってくれ。」


手の中に落とされた其れは、酷く懐かしく、それでいて温かかった。

龍の加護は、今も尚、彼女の事を見守り続ける。


執筆日:2018.10.14